その本は 山積みにされていた。
その時はまだ文庫ではなくて ハードカバーだった。
1982年だったのだろうか。
そう それは山積みにされていた。
83年に読売文学賞受賞とウィッキーに出ているから
そのころかもしれない。 山積みしているのだから。
それは その頃 ベストセラーだったのだろうか。
86年に 文庫になっているから きっとそれ以前のはず。
その本の表紙の女性が 私をいつも呼んでいた。
本屋に入るたびに そう思っていた。
その頃 多分 池袋の西武の本屋か 芳林堂だかで ラテン文学の本を探しに行くと必ず目に入っていた。
買いたいという気持ちもあった。
でも ハードカバーであるから それなりの値段。
それだけ払うのなら ラテンアメリカ文学の本が欲しい。
そういうわけで 結局 雨の木を聴く女たち を買わなかった。

そして すっかり 忘れてしまっていた。

どうしても欲しい本だったわけではない。
ただ 本が私を呼ぶのだ。

本が私に言う。
あなたは 『私』を読むべきなのだと。

1996年 私は母になった。
実は あれだけ本が好きだったにもかかわらず 1992年頃から すっかり本を読まなくなった。
多い時は 日曜日 1日だけで 5冊呼んでいた。
そんな私が 本を読む気力がなくなっていた。
多分 年齢のせいもあったのだろう。
新しい知識にどんな意味があるのか そういう疑問。
30歳を過ぎた独身の女が抱えているもの。
多分 そういうことなんだと思う。
母になった途端 また 本を読みたいという気持ちが溢れてきた。
なんというか 生真面目な言い方をすれば良い母になりたい という気持ち。
いや そういうのでもない。
ただ 赤ん坊の成長は 私を未来に向かわせてくれた。
そういうのでもないか。
授乳の時は 赤ちゃんの顔を見ながらしてくださいと
保健所の方に言われた。
はい はい と返事をしながら 実は授乳しながら 本を読んでいた。
本に対する情熱がまた燃え上がった。
新宿図書館に行っては 5冊しっかり抱え込んで帰ってきて
ただ ひたすら本を読んでいた。
本屋にも 通った。

そして またもや 出会った大江健三郎。
どういう経緯でその本を手に取ったのか覚えていない。
ただ 自然に その本は 私のところにやってきた。
どうしても 読まなくてはならない本として。



大江健三郎と武満徹の対談集である。
私は現在 コンセルバトリーの学生であるのだけれど 全く 音楽に疎くて
『雨の木(レイン・ツリー)』が 武満徹の作品の名前だということを知らなかった。
この本を読んで初めて知ったのです。

この本を 何度読んだだろう。
手に取った数は 百を超える。
ああ あれは どこに書いていたっけ?
そう思いながら ページをめくった。
この本は 私にとって 育児書だった。
長女を育てている時も
長男を育てている時も
何度 この本に助けを求めたことか。
子供というのはオペラだ。
ある時は ソプラノがアリアを歌う。
バリトンが静かにそれに答える。
テノールが叫ぶ。

私はオペラを作っている。
そう思いながら育児をした。
育児は オペラの作曲に似ている。
今 まだ 到底 オペラなんていうレベルではないが (もちろん)
作曲のクラスで ソナタを作っている。
作りながら思う。 やっぱり 子育ては オペラだと。

そう思いながら この本を何度もなんども読んだ。
読みながら 『雨の木を聴く女たち』を読むべきだったと思った。
どうせなら 日本にいる時にそう思うべきだった。
『オペラをつくる』読み始めて 20年目に急に読みたくなったのだ。
それで Tちゃんが 日本から遊びに来る時 何が欲しいか聞かれたので 迷わず
『雨の木を聴く女たち」を頼んだ。

そうだ 読むべき本だったのだ と思った。
不思議な宿命みたいなものを感じる。

それが去年の5月。

夏が過ぎて 9月に息子は高校最後の学年になった。
ピアノを続ける彼は 受験の準備を始めた。
作品は ベートーベンのOP2。 古典主義の作品
ドビュッシーの半音階のためのエチュード
ショパン スケルツォ。

もう一曲が 見つからない。
何にしよう。

先生は 彼のそのまた先生に聞いた。
マルタ サバレッタ。
ラローチャの 第一弟子。
『最後の曲は タケミツのレインツリー』

この時 世界が繋がった。
なぜ 1982年 私は特別に好きだったわけでもない大江健三郎の本に執着したか。
本屋に行くたびに 買いたいという気持ちを抑えなくてはならなかったか。
なぜ あんなに欲しかったのか。

未来はあなたに語りかけて来るのだ いつでも。
ただ 静かに耳をすませば きっと聞こえてくる。
過去 現在 未来とつながっているのではなく
世界は あなたの周りを ゆったりと螺旋状に 動いている。
まるで 世界が 抱きしめたいと思っているように。

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レインツリー
「『雨の樹』というのは、夜なかに驟雨があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだから。他の木はすぐ乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さい葉をびっしりとつけているので、その葉に水滴をためこんでいられるのよ。頭がいい木でしょう」



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# by cazorla | 2016-05-21 08:39 | 思うこと | Trackback | Comments(15)

花の季節

今咲いてる花たち。
今年は 雨が多かったので たくさん花が咲きました。

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不思議なんだけど
野生の場所にいる野の花より
半分管理された散歩道の野の花の方が 野生的だ。
それは 雑草として 時々 市役所から 伐採に来るから
それに対抗すべく 野の花は 荒々しくなるのではないかと思う。

森の花より ずっと野性的。

その強さに時として ドッキリさせられる。


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# by cazorla | 2016-05-20 22:00 | カソルラ | Trackback | Comments(4)

キス キス キス

先日 キスの仕方という記事を書いたら 新聞でこんな記事。
リトアニアの首都 ヴィリニュスの壁に描かれたグラフィックス。
プーチンとトランプのキス。
リトアニアの画家Mindaugas Bonanuの作品。


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ロシアでは 2009年にこういう作品が描かれていました。
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        ロシア人アーティスト Dmitri Vrúbelによる ブレジネフとホネッカーのキス のグラフィティー 
                           Foto: © Robert Wallis / Corbis.


新たなる冷たい戦争の時代が始まってるのでしょうか。


ところで フランス人に出会ったので フランスにおけるキスの現状を聞きました。
スタンダードは 三回だそうです。
アン ドゥ トロワ
メヌエットの国。
でも スペインよりずっと保守的で 男女の場合 最初は握手。
少しして 親しくなったら キスをする。
初対面で いきなりキスは まず しないなー
ということでした。
彼は パリのそばのリール出身です。
「スペインの女の子って もう いきなり がしって抱きしめて キス してくるもんね」
『そりゃ ああたが 美形だからでしょ』
『僕 日本式がいいな。 頭下げるだけ。 楽チン』




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# by cazorla | 2016-05-14 07:40 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(11)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla