舅自慢

先日 息子を連れて アルマグロ に行ってきましたが
またも お迎えに行ってきました。
その時 7年前に マサパンを買って美味しかった店を探したんですが
見つからず でも 今回 やっと見つけました。

マサパンは クリスマスのお菓子なんで 今は作ってなかったんですが
限りなく近い パスタ デ アルメンドラ (アーモンドパスタ)を買いました。
7年前は おじさまがいたので ここの店だったかなーー どうかなーと
半信半疑で おじさまより 若いセニョーラに反しかけました。
すると それは お舅さんだそう。

『それは舅よ、
そうそう 明るくて おいしいから 試食しなさいって言ったでしょ?
自分のマサパンにすごーーーーく 自信があるの。
もちろん マサパンは アルマグロの典型的なお菓子じゃない。
もちろん。
でもね 私の舅は そりゃ エクセレントなマサパンを作る
エクセレントな菓子職人なのよ。
スペインで一番エクセレントなの。』

このくらい 舅を褒め上げるって すてきなことだと思いませんか。
話していて 楽しかったです。

Angel Molina
C/ Mayor de Carnicerías, 4. C.P. 13270,Almagro. Ciudad Real.


パスタって やわらかめのクッキーですが
このアーモンドのパスタは さらにやわらかくて マサパンに限りなく近かったです。
すごくおいしかった。


でも スペインでは 舅を褒め称える嫁どのが多いです。
愛してる人のおとうさんなんだもの よく 考えると 当たり前ですよね。
父と息子の関係にもよるのかもしれないです。







雀の親子。
同じ大きさだけど 右の雀が 食べ物を拾っては左の雀の食べさせてた。
まだまだ 社会修行中。




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# by cazorla | 2015-08-01 06:50 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(1)

おんぶ紐

長女を産んだ時に
四人のこどもを産んで育てた友人から
おんぶ紐をもらった。
おんぶしてると こどもは落ち着く。
おんぶしておそうじすると楽よと言われた。

なるほど と
先輩の言うことには従う。
ところが 夫が とんでもないと言う。
そうじをしていたら ほこりだって舞い散るし
そんな不衛生なところに こどもをしばっておくなんて と。

国が違うと 感じ方が違う。

でもさ あーたのお家は 三人 お手伝いさんがいたし
料理をする人もいたし
そんな環境のおやくのおかあさんみたいには 育てられません
と 答えると

そうじは僕がする
こどもが一緒に遊びたいというなら ずっと 遊んでいなさい。

と いうわけで 三人ともおんぶしないで育てた。

そのくせ お正月休みに スペインに来た時は
(長女が 4歳になるまで 東京に住んでいた。)
娘は しっかり 赤ちゃんの人形を 背中におぶって歩いていた。
人間は環境の動物である。
そして おんぶする という行為あh 象徴的に母である。

私はおんぶをされていたか。
私もおんぶはされなかった。
1960年 の ちょっとおしゃれなママ雑誌は
おんぶは 脚の形が悪くなると書いていた。
脚の形なんて遺伝子ですから まったく効果もなかったけど
おんぶをされなかった私も
やはり 赤ちゃん人形をおぶっている写真がある。

母乳ケアの野方の山西先生に教えていただいた 抱っこ紐は手作りして抱っこして歩いていた。
同じ高さで 世界を見ることができる。
前向きにだっこしていた。
歩いていると 脚を動かす。
まるで歩いているように。

でも 不思議に 抱っこ紐で人形をだっこするこどもっていないですよね。
どうしてなんでしょう。

やっぱりおんぶ。

でもおんぶって 東アジアだけの習慣?

S子リアルの街を 人形をおんぶした娘を
みんな ニコニコしてみていた。
日本の女の子だーって 言いながら。


こういうの 見つけました。
おんぶ 西洋世界にも広がりつつあるようです。
そのリンクからお借りした画像。



アフリカでは 広い布にくるんで だっことおんぶの間くらいの位置で抱える。

子供達もなぜか 旅行のときに 弟が疲れると
おんぶしていた。 
今度 昔の旅行の写真 探してのせます。

おんぶって習慣 いいですよね。
でも 夫がそうじしてくれるというので 結局 おんぶしませんでした。
そこまで しても 妻が 赤ん坊をおんぶしてそうじするのがいやだったんですね。
人間の心情というのは 不思議です。







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# by cazorla | 2015-07-28 09:35 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(8)

娘がマカロンを作った。
母に持って行く。
母がきく。
88歳 もともと新しもの好き。
『あら マリアちゃん(娘の名前です。) パリに行ったの?』
「行かないよ。』
『じゃ どこで買ったの? マカロン。』
『マリアが作ったんだよ』
『あらー 自分で作ったの。
パリで売ってるのにそっくり。』
って パリで 買ったことなんかないし
第一 パリに行ったこともない。

それでも 不思議なのは 最近では 今日が何曜日かよくわからないし、
昨日のこともわからなかったり
あたらしい横文字のことばは覚えるのが大変になっているのに
そんなに 生活に密着していない マカロン ということばを覚えていた。
日本から離れて 9年。
昔はいろんな雑誌を見て 知識はたくさん。
母は新しもの好きなのだ。

大正時代の兄と姉のあとに 昭和2年に生まれて
それでも 少し 大正ロマンの香りの中で育った。
伯父は 銀座の資生堂パーラーで クリームソーダを飲んでいたが
母はもう戦争の真っ最中の 青春時代で
いかに脚が長く見えるモンペを作るかが  ふ人生の課題だった。

そういう母が 昭和の平和な時代を
山口の田舎に住みながら 雑誌から情報を得ていた。

私は 成長の速いこどもであったので
9歳で すでに ちょうど良い 服を見つけられず。
母が 服を作ってくれていた。
母は 雑誌を見て アイデアを盗む。
私は着やすい 前にファスナーのついた服を何枚か作ってもらっていた。
でも 田舎なので そのアイデアは あまりに急進すぎる。
そう あれは 70年くらいのこと。
ツィッギーの (あの細身のモデル)を 真似たのだ。
夫のコメント。
でも ママはそれがなかなかエロティックな服だということに気づかなかったんだろうね。
もちろん そんなこと 考えず 9歳の丸顔の女の子は その服を着ていた。
そして クラスメートから 軽いいじめ。
『それ 後ろ前よ。 着替えなさい。
ここで着替えなさい』
と 数人の女の子に 囲まれた。
『これは 母のデザインだから。
デザインした人が これでいいって言ってるから こうなの』
と 何度言っても 毎日 しつこく 繰り返す。
ある日 担任の先生が 気づいて 声をかけてきた。
ホームルームか何かの時 みんながいる時に
『それは おかあさんのデザインですか。
前にジッパーがあるなんて モダンだなー』
1969年 山口の フグだけはおいしい 港のある漁師の多い街だった。
その一言で いじめはなくなった。
そのころの先生たちは しっかりこどもたちをみていたんだな と しみじみ思う。

そして アンダルシアの田舎町に住んでマカロンを作る娘は
たしかに この前開きワンピを作った人の孫なのだ。





『ああ おいしい。
まるで パリのカフェにいるみたいよ』
と満足そうに母が言う。


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# by cazorla | 2015-07-26 22:42 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(8)