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またもや 娘と喧嘩しました。
まあ いつものことだけど。
クリスマスに口論することもなかろうに。
彼女は 突然 とらになる。
よっぱらいという意味ではなく。

でもとりあえず クリスマスのお休み。
彼女は 家に帰らない決心をしたらしい。
それはそれでよいと思う。
一人で考える時間というのはいいものだから。

金曜日は 最後のクラス発表会。
音大 フルート科。


これは ベンデラ先生の全生徒。
一年生から四年生まで。
上段 真ん中がうちの娘です。
一番若い。
同級生もみんな高校が終わってから 一年間 用意してから入学試験を受ける。
高校から直接入る子は少ない。
うちの娘は 現役で入学。
それも 去年は 学校辞めると 12月に一ヶ月 引きこもりして。
なんども辞めると大騒ぎして。



一番 右端がうちの娘。
真ん中が オランダ人のフルートの先生です。
オランダ ヘーグ生まれ。


手のかかる子ほどかわいいというけれど
たしかにそうかもしれない。

先生には ダイヤモンドの原石と呼ばれています。
まだまだ これから。
2年前から 音大に入るのを 先生は今か今かと待っていてくれました。
そんな 恵まれた環境なんだから
それは ものすごくラッキーなことなんだから。

口論すると疲れますなぁ。








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# by cazorla | 2014-12-21 06:11 | こども | Trackback | Comments(0)

曼荼羅とクリスマス

ネズミがチーズを好きというのはほんとうなんだろうか。

と ふと思う。

チーズが好きで ロケットに乗って 月に行ったネズミの話。

うれしくて 毎日 食べて食べて 食べまくって

とうとう月がなくなってしまいました。

そして ネズミは 地上におっこちて来ました。


日本のネズミは チーズがなくて不幸なんだろうか。


そういうことを考えながら眠った。


馬はにんじんが好き。

でも ほんとは りんごのほうがもっと好き。

でも もっともっと好きなのは 角砂糖。

でも あんまり食べると体に悪いね。


スペイン人は陽気なんだろうか と思っていると暗い人が多い。

イギリス人は みんな紳士と思っていると 朝からジンを飲んで

刺青しているフーリガンがいっぱいいたり。



太極拳といえば 中国。

でも 太極拳くらい まったく中国的でないものはないとおもいませんか?

もちろん 太極拳を見れば 中国を思い出す。

象徴的にも そのイメージは中国を思い出させる。

私が住んでいた新宿のせせらぎの里という公園にも毎朝 何人も集まって

太極拳をしていた。

かれらは たしかに中国人で

私が通るといつも声をかけて誘ってくれた。

日本人だったら多分誘わない。

そういう意味でとても中国的。

太極拳にイメージは 象徴的に中国であるにもかかわらず

反中国的。

ゆったりした 動き。

喧騒から遠のいた フィロソフィックな動き。


それは たぶん龍安寺の石庭が日本の象徴的存在であるにもかかわらず

反日本的だというのと同じだと思う。

あの何もない空間。

石が 水を想像させる。

禅的空間。

スペインにもミニチュアの石庭が売っている。

日本といえば 龍安寺。

そして 龍安寺にインスパイアして作られた現代建築。

日本の家でこんなになにもない空間を 大事にしている家がどのくらいあるだろう。

飾り棚に所狭しと飾られた旅行のお土産の人形たち。

台所にかけられたクリーニング屋さんの広告付きカレンダー。

センスのいい美大出の友人が 5センチ角の刺繍の額を 家の壁の空間に飾っていた。

お姑さんが どうしてもっと大きい額を飾らないのかと 来るたびに言う。

お姑さんの家の台所はクリーニング屋さんのカレンダーがかかってるでしょう と私が言うと

どうして そんなことがわかるの と目を丸くする。

それが日本の平均的な 1940年生まれの人の家。

そう言うと またまた目をまるくする。


上野のアメ横に行った時 一緒に行った女友達が

このごちゃごちゃ感が やっぱり日本もアジアだって思い出させるよね

と言った。

アジアというのは 比較的カオス空間なんだ。

私が 机の周りに 読みさしの本10冊くらいとメモやらなにやら

置いていると スペイン人の夫が ここに アジアのカオスがある と言っていた。

今は言わない。

もうあきらめている。

じつは 石庭より カオス的空間に安らぎを覚える。


カオス的空間とは曼荼羅である。






曼荼羅とは 本質という意味だそうだ。

私たちの本質はどこにあるのだろう。


スペインの話をするとき アラブ文化の混じったというような 

ちょっとヨーロッパ的ではない言い方をしたりしますが

同時に キリスト誕生以前200年の歴史があるわけで 

イタリア同様 まさしく ヨーロッパ的でもあるわけです。


ものごとの本質を見る

というのは ほんとに難しいです。

本質というのを みなもと ということばに置き換えると

つまり 誕生の物語 

クリスマスになるのかな と思います。

クリスマスに飾る ベレンは スペインの曼荼羅とも言えます。



季節はずれの メリークリスマスペツレヘムの物語もうすぐクリスマス
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# by cazorla | 2014-12-18 05:26 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

修道女の時間

ハエンのクリスマス行事の小冊子で見つけたコンサート。
修道女 グレンダ。
音楽が好きならばこういう人生もなかなか素敵だと思う。
これは別のコンサートのポスター。








お菓子を作ったり パンを作ったりするのが好きなので そういう本で 興味深いのがあるとついつい買う。
修道女の料理の本もそのひとつ。
修道院ごとに そこの典型的な料理を紹介している。
Cocina Monacal
その本によると
リオハのアルネドというところの サンタ クララ修道院には日本人の修道女がいた。
だから 典型的な料理は 『てんぷら』。
かき揚げがのっている。
そこには 名前もいつの時代かものっていなかったが
ググってみると そんなに古い話ではない。
1957年。
きむら のりこ さん。

suspiro de manja ススピロ デ モンハ 尼僧のためいき と言う名のお菓子がある。
調理学校に行ってる時習った。
特にどうということのないお菓子だったが
とにかく あつかいにくい種で べとついて困った。
だからきっと 尼僧のため息 なんだろうけど
私は どうしても あれを思い出さずにはいられなかった。

中学生くらいのときに繁華街のちょっとはずれの映画館の前を通ると
直視できない日活の看板があった。
そういうのが 尼僧のためいき とかそういうのだった。
と 思う。
というか それを思い出してしまうのです。

なんか ものすごく エロい名前よね と クラスの皆さんに言ったが
エロスの種類が違うのか キョトンとされてしまった。
夫に言ったら 修道女とエロスを結びつける奴はいない と言われた。
でも 今 ググったら セクシー修道女ルックというコスプレセットがちゃんと
スペインにも売っていた。
だんだん 日本化していくスペイン。

The Town  という映画の一場面。


古い 修道女の写真。
女性たちの雰囲気も なんとなく 宗教的。

修道女(シスター)はスペイン語で エルマーナ です。
自分自信がカトリックの場合は エルマーナと呼んで
カトリックではない場合は セニョーラと呼ぶのが 正しいのだそうです。



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# by cazorla | 2014-12-16 01:55 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

ドイツのプレイボーイ 

我が村には けっこういろんな国籍の人が住んでいるけど
ドイツ人は カップルが一組のみ。
一般的には ドイツ人が嫌いな人が多い。
それは スペインが貧しかった時に出稼ぎに行って かなり差別されていたかららしい。
出稼ぎの生活はどこでもけっこう大変だと思う。
どこにいても 人をごみのように扱う人は存在するのだから。
だから 噂話をするときも ちょっとネガティヴかもしれない。
セニョーラたちが 集まって そのドイツ人の話をしていた。
男の人はギャッツ。
70歳くらい。
奥さんと同い年。
はげていて 典型的なドイツ人。
広告代理店に勤めていた。
大学では建築学を学んだ。
ドイツ語を知ってる人によると かなり美しい知的なドイツ語を話す。
イメージでいうとこんな感じ。

 
いつも yoji yamamoto か issei miyake の服を ちょっと短めにして履いてる。

セニョーラの情報。
『ねえ 知ってるぅ? ギャッツって 5回目の結婚なんだって』
『え 五回めぇ』
『ギャッツって リゴン だったのね。』


ここで一同爆笑。
リゴンという言葉。
動詞 リガール がナンパする で それに 接尾語がついて
よく ナンパする人。
プレイボーイとも訳せる。

たとえば 金持ちの形容詞がリコで それに接尾語をつけて
リカチョンというときに ちょっと 成金 というときに近いニュアンスが入るように
ん で終わる言葉に含まれる ちょっとネガティヴなイメージ。

で リゴンとドイツ人という 結びつきにくいことばの組み合わせが
笑いのツボに はまってしまっている。

そういうわけで リゴン。

その おおまじめな ドイツ人が いつもドイツ女性と結婚するのは
それも 二人目以降は スペインで知り合ったドイツ女性というのは
なかなか難しい選択なのではないかと想像する。
なんといっても 彼は ちょっと アラブ系の目の大きなアンダルシアの女性が好きなのを私は知っている。
そういう女性を見つけると 走っていってちょっかいをかけるのを 知っている。
それでも あえて ドイツ人とだけ結婚するのは 
家の中にあまりに好みの女性がいると 思考に集中できないという
ドイツ哲学によるのかどうか。













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# by cazorla | 2014-12-15 18:19 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)