雪に変わりがないじゃなし

ある日の母の日記
「うちの娘が お座敷小唄を歌い始めたのには驚いた。
ちゃんとした歌詞を知らなくて 京都なんたらの雪なんて歌っているので 先斗町と教えた。」

そうなんですね。ある日 突然 口からぽろっと出て 歌い続ける お座敷小唄。

富士の高嶺に降る雪も
京都先斗町に降る雪も
雪にかわりがないじゃなし
溶けてしまえば皆同じ

今までこの歌を歌ったことはなかった。
流行ったのが昭和39年 私が四歳の時。
脳みそのひだの間に閉じこめられていた記憶がふとした拍子に出てきた。
でも この歌詞 実に 日本哲学だと思いませんか?






日本人の90パーセントが死刑に賛成だっていうのは こういう哲学的背景があるのではないかと思う。 死によって清められる罪 そういうもの。 死刑をわたしは 敵討ち的なものとしてはとらえてない。 わたしは 死刑をある意味で肯定的に感じるのは 罪を犯した人の立場で。

心臓を貫かれて」でも紹介した殺人者ゲイリー ギルモアは 家族の努力もむなしく自分から死刑を望んだ。
人は 殺人を犯したあと無意識に水辺に近づくという。
無意識に清められることを望む。

そういう宗教以前の本質的人間の願望。
そして 日本の場合は 特にけがれときよめ という感覚。
それか゜ 日本人の90パーセントが死刑 賛成というデータに結びつくのではないでしょうか。


もう一つ 
日本の哲学だなーって感じる歌。

矢野顕子のごはんができたよ




「・・・八百屋のみいちゃんにも お医者さんちのあっこちゃんにも
静かに夜は来る みんなの上に来る

甘ったれのふうちゃんにも 鼻ったれのかずちゃんにも
静かに夜は来る みんなの上に来る」

「・・・義なるものの上にも 不義なる者の上にも
静かに夜は来る みんなの上に来る

いい人の上にも 悪い人の上にも
静かに夜は来る みんなの上に来る」

矢野顕子がエホバの信者と知ってちょっと悲しかったけど

夜 眠るとき よくこの歌を思い出す。
最近とくに一日が短く 一週間がみじかい。
そして夜は あっという間に 飛び込んでくる。
そして ベッドに入って こんな感じで 最後の日も来るのかなって思う。
たぶん まだ 死にたくないなって 今も 眠りたくないよってぐずるのと同じように
ちょっと 本を開いたり ゲームをしてみたりして でも ずいぶん眠くなって ま
いいか って目を閉じる そんなふうに その日は 静かに
ま いいか って 静かに眠り始めるのかもしれない。

ちょっと 書きたいことからずれてきたけど

人生の目的は 魂の救済にあると思う。
キリスト教的な意味ではなく。 清められるという意味で。

ヨーロッパでは 人道主義 ヒューマニズムで 刑務所の設備は信じられないくらい良いし
生活も なかなか快適。 その上 罪もずいぶん軽い。 25人殺した人が ハンストして
刑務所から出てきたりする。 
なにがいいのかわからない。
死刑には死刑の問題があると思う。
たとえば死刑を執行するのは誰?
わたしは 偶然 死刑執行人の息子さんと知り合った。
死刑囚よりもずっと つらい と思う。
いろんな 角度 いろんな 要素を 考えなくてはならないと思う。

それでも 今日も なんとなく 口ずさんでしまう お座敷小唄。

このチャンチャンチャンチャカチャンチャンというメロディか゜ やっぱり 日本だなっておもう。
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Commented by antsuan at 2012-03-03 20:45
それがですねぇー、今や歌謡曲なんて日本のどのテレビ局からも流れていません。韓流流行。
ですから、日本の哲学もほとんど絶滅状態なんじゃないでしょうかね。

「魂の救済」って、言い方を変えれば、「鎮魂」ですよね。
日本は「鎮魂」こそが人生なのですね。
今の日本人はこの怨霊文化を忘れてしまっていたようです。
そういう意味で、3.11の大震災は、日本人にとってその怨霊文化を思い起こすための、必然的なものだったと想います。
Commented by cazorla at 2012-03-03 23:03
あんつぁん
日本哲学・・絶滅?
でも きっと 何らかの形 漫画にしろなんでも きっとどこかで 生きているのではないかと。。。
でも みんなが知ってる歌 なんとなく一緒に歌う歌って 減りましたよね。昔は 戦争を知らない子供たちとか ほぼ全員知ってましたが。

で 鎮魂ですね。 そのことばが出てこなかった。
すいません。 震災が必然だったかはべつにして
なにがあっても それを プラスのほうに 向かっていくという感じは 外に住んでいても感じます。
Commented by おーやま at 2012-03-05 18:24 x
神道の考えなのでしょうか 汚れたら潔く新で ではなくて
死んで終わりにすると言う 感覚がありますよね。

仏教の考えで輪廻するから 次の人生にかける方向にいけるし
ドロドロになりながら生き抜くほど日本人はタフじゃない。

一方 西洋人は 生きててなんぼ で
生に対する執着が強いと思います。

清められるため水辺に近づくという話
興味深い。
日本人って水 湿気 が大好きな国民だというのが
私の意見。
Commented by cazorla at 2012-03-05 20:55
おーやまさん
こんにちは >ドロドロになりながら生き抜くほど日本人はタフじゃない。
読みながら これこれって思いました。
タフじゃないですよね。 で 嵐が丘的執念みたいなものも 日本文学ではありえない。 ロマン主義が 日本で言うなら近松あたりですよね。 心中するが精一杯の体力なのではないかと。

日本人ってやっぱり風呂に入って ああ きれいになったって感じを実感しながら日々を生き抜いてますよね。
このきれいになった って感じ 欧米の風呂設備では不可能だと思う。 こういうのが百年単位で続いたらやっぱり 考え方も違ってくるかも。

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by cazorla | 2012-03-03 20:15 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(4)