時代

母の家にたどり着くと 第一声が 「吉本隆明さん 亡くなったよ。 八十七歳」

子育てしている時代の15年はあっという間で こんなに時が流れた という感じがしなかったけど
そうか 八十七歳だったんだ。
ちょっと 前 吉本隆明二十四時間なんて やってらしたのにね。 と
しみじみ。
去年は サリンジャーが 九十二歳で亡くなった。
彼の場合は 特に 四十代で 隠れてしまって イメージは いつもそのくらいの年だったから
九十二歳のサリンジャーを うまく想像できなかった。

そして 少し前 大好きな アントニー タピエスが亡くなった。
大好きだった。
マドリッドに住んでいるときは まだアルバロが赤ちゃんで だいたい昼寝の時間を
想定して 美術館のタピエスコーナーで しばらく ぼーっとしていた。
アルバロが 目覚めたら すてきな 時間は終わってうちに帰る。

自分の中では 時代はちっとも変わっていないのに 時は どんどん流れすぎていく。
そして シンボリックな人々が シンボリックな意味合いを残しながら死んでいく。
ガリレオが死んだ年 ニュートンが生まれた。
後世の人々は そこにシンボリックな意味を見いだしたがる
でも もしかしたらシンボリックな意味がこの世界を生成しているのかもしれない。

世界に内蔵されているなにかが 私たちを導いていく。

そして ふと 気づくと うっかりするくらい年をとっている。

夕べ 夢を見た。
ほんとに しんどくなるくらい悲しい夢。
娘が言うのだ。「ママ ママはもうおばあさんなのよ。」
ここ 2週間 体の調子をすっかりくずしていた。
最初は 風邪。 咳をしない風邪だったので すっかりこじらせた。
そして 突然 腕と手がぷっくり はれあがった。
あまりに腫れたので これは ビオラの弾きすぎかと思ったら
次の日 足が腫れ上がって 階段ののぼりおりがつらい。
これが かの有名な手足口病か と思って ネットで調べたら 手足口病は ぶつぶつができるのですね。  しばらくして 夫にもうつったので どうも これは やはり風邪の一種。
自分の中で一つの時代が終わりつつある象徴的時代。 
娘は 決して こんなことは言わない。 言わないけど
彼女の存在が わたしに語りかける。

五十の手習いのという ことばがある。
最初は いくつになっても 何かを学ぼうというその姿勢について言っているのだと思った。
最近 わかったのだ。 たぶんわかったのだと思う。
五十で手習いをして すこしずつ 自分の老いを 受け取る。
そういう プロセスなのではないのか。

今週は 音楽理論の試験。
来週はオーケストラの試験。
とりあえず 理論は終わって 週末は ビオラの練習に明け暮れます。
現実を しっかり受け取りながら。
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Commented by antsuan at 2012-03-17 11:33
ほんと、若者が近くにいると自分の老いをいやというほど感じさせてくれます。
でも老いてくると、世の中のことがよく分かるようになって、無理せず生きていけるようになります。けっこう、それが楽しい。(笑)
Commented by cazorla at 2012-03-18 00:28
あんつぁん
大岡越前のお母上でしたか 女はいつまで女ですかという問いに対して 灰を指さしたとというのは。
女は灰になるまで女でござる。 ここんとこが 老いに対して 達観できないのですねー。
無理してます。 だから きつい。
女はきついです。 白雪姫のほんとのお話って 継母ではなく 実の母なんですよね。 ついつい 若さに嫉妬します。 早く 楽しさを感じられるようになりたいです。
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by cazorla | 2012-03-17 06:41 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla