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やさしさのゆくえ

結果よりプロセスが大事だ
と言いながらも たいていの思い出は結果の映像化だったりします。

1996年1月 長女のマリアが江戸川橋の病院で生まれた。
江戸川橋のH産院は 雑誌かなにかでおすすめで 母子同室がうたい文句なので選んだ。
にもかかわらず たぶん 医師のスケジュールの都合で 木曜日 帝王切開をして 母子同室を
拒否されたり して なんとなく 居心地の悪いおもいをした。
そのときの一番の思いでは やさしい恋人 元恋人が 見舞いに来てくれたことだ。
彼の腕に抱かれた わたしの最初の赤ちゃん。
八年間つきあった 八歳年下の彼の ちょっと疲れた顔と わたしの小さな赤ちゃんの
美しい映像をわたしは 心の中にしまいこんで 時々 取り出して 眺める。
背広を着て ネクタイをしていたから 仕事の帰りか なにかのつごうで外に出たついで。
初めて会ったときは まだ19歳で 一緒に東中野の文学学校にいた。
築地の市場でアルバイトをしていた。
そのころから ちっともかわらないきらきらの瞳でわたしの赤ちゃんをじっと見つめていた。
その思い出はわたしの宝物。

でも ふと なぜ 来てくれたのかなって この間思った。
電話をかけたのだろうか。
泣きながら?
笑いながら?
寂しいって言った?
うれしいって言った?
そういうことをふと 思い出したい そう思った。
それで 彼にメールを送ったんだけど 彼もやっぱり覚えていなかった。
どんなにプロセスが大事でも結果しか 映像を心に残せない。 うん。

たった 16年前のことなのに。 あのころは メールもなかった。 あったけど 一般的ではなかったのかな? もちろん フェイスブックとかそういうものも。
そして わたしたちは よく手紙を書いていた。 毎週末は 二人で過ごして 週に二・三回電話で話して そして 2・3通 手紙を書いていた。 おまえら文通友達かと 仲間に笑われながら。
彼の書く文字が好きだった。

だから もちろん電話をしたのだ、わたしが。
会社にしたのか 自宅にしたのか、 思い出せないけど。
あのころは携帯を持っていなかった。 けっこう使い始めたころだよね。 1996年。
仕事をしている人 特に外回りの人 わたしの友達は 夫に持つように言われていた。 すぐどっかに行っちゃうから(笑) わたしは まだ 持っていなかった。 夫はいまだに持ちたがらないくらいだから 当然。
そして わたしは 電話をしたんだ 病院の公衆電話から。
暗い廊下で 髪の長いわたしの後ろ姿が見える。
帝王切開だったから 点滴をしている腕につながった管。
ずるずると点滴の瓶をぶらさげた車輪付きの台をひっぱって 公衆電話から電話をする。
もう いやだ はやく こんなところ出たいよ と 愚痴を言っているわたし。
いつも わがままで だれかのことを傷つけてることも知らなかった。
そして 彼がなぜ オーティスレディングの歌が好きなのか 考えたこともなかった。

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右に写っている 馬のぬいぐるみ。 リバティの生地で作ったセリーヌのオルゴール付き。
彼のプレゼント。

わたしは いつも自分の幸せだけ考えて生きてきた。そんな気がする。
幸せであることが人生の目的だと思った。
でも 最近 思う。
不幸であることも また 人生の重要な要素ではないかと。
不幸であるがための幸せもあるし
しあわせであるがための不幸もある。

そんなことを考えるのは 少し 幸せボケみたいなものなのじしょうか。


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Commented by mildpink at 2012-08-26 13:11
お嬢さんは、日本で生まれたのですね ^^)
16年前、、、、、メールなんて、、、、あったんでしたっけ?
帝王切開は、痛かったでしょうね。
お産って、その時によって違うみたいで、私は次女を産む時、私の命が危なかったそうです。 30年前でしたが、、、、、
子育てって、後から考えると色んな事を思い出します。
必死だったのかもしれないけれど、今だったら、もっと余裕を持って育てられたかもしれないです。でも、その時は、それで良いと思っていました。
小さい赤ちゃんって、本当に、天使ですよね❤
可愛い!  今も少し面影があるような感じです。
Commented by chico at 2012-08-26 14:34 x
カルソラさん

8歳年下の元恋人との不思議なシチュエーションですね。
自然と私の想像の中で病室での3人の姿が浮かんできます。
カルソラさんにとって元恋人の方は、特別な存在なんですね!
文通できる恋人って良いな。
同じ感覚では無いと思うけど、たとえ大事なパートナーが目の前にいても、元恋人の事を愛おしく感じる事ってあります。
こういう気持ちはそっと隠します。
愛しい感覚の引き金になるのが大抵私の場合は、
音や風の匂いです。
女性って愛おしいと感じる事でホルモンの動きが良くなるから、
綺麗になるんです。
カルソラさんとガールズトークしてみたいです。
Commented by cazorla at 2012-08-26 17:24
mildpinkさん
パソコン通信とか言ってた時代? それはもっと昔なのかしら。 わたしはけっこうアナログ時代が長いので 一般の歴史わかりません(笑)CD買ったのもかなりあとだし・・・。

赤ちゃんのいる時代って いいですよね。
ちょっとくらい無理しても絶対産みたいって思いました。産んでよかった。
毎日見てるとそんなに変わらないのにいつのまにか大人になっちゃうんですよね。
Commented by cazorla at 2012-08-26 17:28
chicoさん 
こんにちは
たった一行のメールでも 心にぐっとくることってありますよね。 そういうことばが 交差してしまう相手が
ほんとに人生の中で大切な人なんだと思います。

>愛しい感覚の引き金になるのが大抵私の場合は、
音や風の匂いです。

うーん すてき。 感覚的なものって大事だって思います。 そして それをことばに置き換えることができるのはずっとあとになってから。

ガールズトーク このことばも なんだか くすぐったいくらいすてき。

Commented by antsuan at 2012-08-26 22:49
幸せだけが人生じゃない。
でも、幸せになってもらいたい人がいて、その人のことを考える人生って、やっぱり幸せなんだと思います。
Commented by cazorla at 2012-08-26 23:21
あんつぁん
で こどもには幸せになってほしい とか思うでしょ?
でも しあわせってなんでしょうね。
親がこれがしあわせって おしつけた人生が 全然幸せでなかったり。 でも 幸せって 実は 青い鳥じゃないけど そこにあって それを感じられる人かどうかの問題なのかもしれないですね。

感じられない人は やっぱり幸せになれない。

で どんな状況で苦しんでいても 基本的なところで幸せな人っています。 ね。
Commented by Haruki at 2012-08-28 16:32 x
マリアちゃん、可愛い♪

ブログを読んで、私も色々考えさせられました。
私は日本で恵まれた環境で育ってきたと思いますが、母を亡くしてから自分が幸せになることに後ろめたさを感じていたんです。
そして、また母が他人の幸せを優先するような人だったので、それがあるべき姿かな・・・なんて思っていたのかも知れません。
最近、ようやく自分は幸せになっていいんだ、という実感を持つようになりました。これはスペインの影響?なんて思っていますけど(笑)

プロセスもしっかり覚えていられればベストですが、結果だけでも記憶に残っているというのは大事だと思いますよ。
時々、日記や手帳にちょっと書いたことで昔の情景が蘇ってくることってありませんか?何も書いていなかったら忘却の彼方に行ってしまっただろう・・・なんてことも。

そうそう、この前Moleskineに関する本を読んでいたら、「感情を記載するのが一番重要。感情が一番移ろいやすいもので、感情が一番記憶をパーソナルなものにする要素だから。」と書いてあって、ちょっと胸に響きました。全て書くのは抵抗感がありますが、面白そうだと思いました。
Commented by cazorla at 2012-08-29 07:42
Harukiさん
昔書いたブログの記事を読んで こんなこと感じてたんだなとか 考えてたこと 趣味って 五年やそこらでは全然変わらないなーって。 書いてるとほんとにおもしろいですよね。
できるだけ 書き続けていきたいな と思いました。

Moleskine って なんだろうってググったのですが・・・文房具?
気持ちをそのまま 書き留めるんですね。
なんかそういうのって 女臭いかなって思ってたけど
いいんですね そういうのが。
ありがとう。
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by cazorla | 2012-08-26 07:06 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla