午後の最後の芝生   村上春樹 つづき

前回の記事「午後の最後の芝生   村上春樹」の続きになるのですが やはり記憶をささえている一番のものは匂いだと思う。
そして 匂いはけっして記憶の箱の中に いつでも取り出しやすいように収納されているわけではないので
なおさら 感情の扉をたたきやすい。 おもわず 恋に落ちてしまうときは うっかり 匂いをかぎ取って それが 脳のひだひだのなかの忘れ去った部屋の中から なにかをとりだしてしまったときかもしれない。

ほんとにほんとに若いとき 大好きな人がいた。 ギターを弾いている人だった。 わたしは 二十歳で
小娘で そして ただ 好きだった。 ある日 彼がすてきなTシャツを着ていたので いいねっと言った。
夏の暑い日。 汗ばむような日。 彼はにっこり笑って するりと脱いで わたしのタンクトップの上から
着せてくれた。 彼の汗の匂いがした。 
「やるよ。でも 自分で洗えよ。」
わたしは洗わなかった。
壁に貼って 匂う。 フェチ。
彼はその次の日 事故にあった。 二度と会えなかった。
しばらくして Tシャツの匂いも消えた。
思い出そうとしても思い出せないもの。
それなのに コンセルバトリーに行くバスの中で 急に匂いがよみがえった。
一ヶ月くらい前のことだ。
まるで 少女のように泣いた。
知らないうちに
いえ 知っているけど
それでも 知らないうちに
すっかり年をとってしまった。
十歳年上だったその人よりもずっと 年が上の人になってしまった。

そのあとで もう一度 思い出そうとするけど 意志ではどうにもならないことはいっぱいある。

そしてわたしは雨戸のしめきった部屋にもどりたくなる。
「午後の最後の芝生」のあの部屋に。
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Commented by keymyall at 2013-01-02 19:55
わかるっ!
言葉で言い表せないんだけれど、″におい″が、好きだと、側に寄りたくなる。
そして、自分の子どもの匂いは、活力になり、元気の元になる。
もしかしたら、他の人にとっては、嫌な臭いかもしれないけれど、かなり良い匂いに感じる。 良い匂いと言うよりも、、、、子宮で感じる匂いなのかも、、、と思った事がある。
反面、嫌な臭いは、堪えられないほどの不快感を持つ。
その人全体が嫌いになる。 申し訳ないけれど。

好きだった人の匂い、、、、甦った事が無いけれど、カソルラさんには強烈な印象が未だに心(?)、あるいは、海馬に残っているのかも。
良いな、好きだった人の匂いが、、、、、素敵!! ^^)
Commented by hanaco at 2013-01-02 20:03 x
カソルラさんのこういう文章が好きで、好きでたまりません。
好きな人の匂いかぁ。
私は、好きな人の匂いって、わからなくて・・。
多分ね、同じ匂いだったんだろうな、自分と。
だから、あまりにも心地よくて、気がつかなかったのかな。
離れてから、そういうことに気がついても、もう遅いんだけれど。
Commented by obreykov at 2013-01-03 00:16
ご無沙汰しています。なんだかじーんとくるドラマの様なお話ですね。でも、香りの記憶ってすごいですよね。私もいくつか記憶に残る香り持っています。
Commented by cazorla at 2013-01-03 05:02
keymyallさん 
やっぱり人間も動物ですものね。 匂いで おたがいを知り合うってことはもうしなくなっても 実はひそかにしていますね。
そして食べ物の匂い。
スペインに住んでいると ふと
あの路地でにおった匂い がなつかしくなります。
あと そう
こどもたちのにおいね。
きもちがたかぶってねむれない時は きゅっと抱きしめて 匂いをかいでいると落ち着いたり。

Commented by cazorla at 2013-01-03 05:05
hanacoさん
こんにちは

わたしね 自分の匂いってけっこう好きかも。
なんて甘いんだろうとか 自分で思う。
匂いに関するナルシス。
子供たちの匂いも近いような気がする。
同じ条件で生活しているから。。

離れてから気づくものってありますよね。。。
Commented by cazorla at 2013-01-03 05:07
obreykovさん
こんにちは こちらこそご無沙汰しています。
あのときはほんとにびっくりしました。
一人っ子同士 子だくさん同士 国際結婚同志 語り合いましょう。
Commented at 2013-01-03 06:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cazorla at 2013-01-03 08:06
ありがとうございます。
さがします。
Commented by kuniko_maekawa at 2013-01-03 15:11
身体のお具合いかがですか?手術だったなんて!
今年も神様に護られた良き一年でありますように!
私、村上春樹は読んだこと無いのでそこについてのコメントは無いのですが、cazorlaさんの文章が素敵!思わず恋しているその時の絵が映画みたいに浮かびました。素敵な1ページでしたね~!
Commented by cazorla at 2013-01-06 11:54
くにこさん
こんにちは ありがとうございます・傷がなおりかけのせいか痛くて座れない今日この頃。
しょうがないので 初期三部作 村上の を読みました。 やっぱり 匂いだなーって。 
Commented by スクムビット at 2013-01-12 08:45 x
ブログ読んで、”匂い”というキーワードにひかれamazonで「中国行のスロウ・ボート」を注文して午後の最後の芝生を読みました。
この人の本を読んだのは初めてですが、流石に流行している作家だけのことはありますね。

気のせいかもしれませんが、私は自分が匂いを反芻することができるのではないかと思っています。
例えばバンコクの空港の匂い。今日本に居てもその臭いを頭の中で感じられるのです。それはヨーロッパの空港でもなく日本の空港でもないタイの匂いなんですね。
おかしな話ですが、いくつかそういう特異な匂いの記憶を深く持っているんです。
普通の人からすれば価値のない匂いの記憶を。
もう一つ例を挙げれば、横浜市営地下鉄ができたころの電車の匂い。これは既に今の横浜市営地下鉄にはなくなってしまった匂いなんですけど。
Commented by cazorla at 2013-01-12 19:12
スクムビットさん
コメントありがとうございます。

そういう能力のある人っているかもって考えたことあります。
いいですね。 わたしは時々 不意打ちのように 匂いがよみがえったりしますが あとは おぼろげに あすこで こんな
匂いをかいだなー とかぼんやり。 たぶん もっと自然と一体化しているときは 匂いの記憶をきちんと脳の中に整理できていたのかも と思います。 スペインも古いアパートとか特にトイレとか 独特の匂いがあったんですが 今は世界がだんだんモノトーンになっていますね。 
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by cazorla | 2013-01-02 01:36 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(12)