贅沢は 敵・・・ですか?

昨日は娘の所属するオーケストラのコンサートがあったので 
日曜日の夕暮れ ウベタ゜に行ってきました。
どうやら クラシックカー同好会の集まりがあったのかなんだか
きれいな古い車がたくさい。
その中でも一番目をひいたのが やっぱりジャガーでしたねー。

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表情豊かなジャガー。
贅沢品です。

今年は法皇様の交代があったのですがそのせいか フェイスブック内 とくに スペイン世界ではこの写真がシェアしまくってました。

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なんでこれがそんなにシェアの対象になるのか。
宗教ってそういうものでしょ。
カトリックはとくに 歴史的な意味合いでも こういう輝かしい服をまとった枢機卿や法皇によってシンボル化されてるけど ものすごい質素に見える新興宗教だって 実は お金がかなり動いているし そんなに目くじらたてることもない そう思った。

で たいていのコメントは なんて現実は残酷なんだろう とか なんて恥知らずな人たち とか この洋服で何人のアフリカの子供達がたくさん食べることができる・・・とか
そういうこと。
たしかに正論かもしれないけど。
でも
文化って基本的には無駄なものだと思う。
それをすべて無駄として切り取ってしまったら 文化はどうなるんだろうと思う。

で この下の写真はあきらかにアジアだよね。
で 私は そんなに彼らが不幸には見えないんですが。
この写真には まったく 説明がついてなかった。
どこの国のどういう状況で子供達が並んでいるか。
私には この子たちがいきいきと見える。

カトリックの世界に入ってしまった人たち
彼らは結婚とかそういう普通の生活を捨て 彼らなりの希望を成就していった。
で カトリックの式典にこの服をきている人たちはある種の苦悩すら感じることがある。

もちろん なまくさ坊主ということばは世界の共通語だけれど

それでも この二つの写真を並べることにどんな意味があるんだろう。

この写真を載せた人は 哲学 というスペイン語のページを作っている。
とっても肥った人だ。
彼が食べるのを減らせば少なくとも 五人のアフリカの子供達は たくさん食べられる
とは誰も言わない。

無駄なものというのは醜悪なものたちではないか。 まずは。
たとえば 賄賂をたくさんもらって 政府の金を使い邦題だった某スペインの政治家の家には
金で ほんとの金で作った蛇口がある。
そういうのが醜悪なものなんじゃないか。

カトリックや そして クラシック音楽 ピアノや金のフルートや 
文化とよばれる無駄なものたちを批判するのは簡単だ。
でも まず無駄だからこそ 文化とも言えるのではないか と思うのです。

それともう一つ。
貧しさは不幸か。
ほんとに不幸か。

もちろん 食べるものがまったくない
飢えた子供達がいるのも事実だし
助けを必要とするところは たくさんある。
それはもちろんそうだ。

でもその一方で 実は 他者が思ってるほど不幸ではない
貧しそうでいて貧しくもない ものたちっていうのは あると思う。
私たちが考えた というより 習慣化された考え方の中であくまでも
ひとつのものさしの中でのみ 正しいといえる事実がある。

たとえば 私が住んでいる ハエンは ヨーロッパで一番貧しい県といわれている。
ハエンは観光があまりないし ただ オリーブを作っているだけ。
ほとんどの人が お百姓さん。
でも ここには いわゆるスラム街がない。
コルドバの場末のような 悲しい場所がほぼない。
多少の違い きれいな小金持ち地域というのはどこにでもあるようにある。
でも どうしようもない救いようのない まずしい地域はない。

チュニジアに行って来た友人も チュニジアには 貧しい人がいないと言っていた。
国としてはたしかに貧しいかもしれないが みんなが同じ程度の生活をしていて
ほんのちょっと 開発がおくれていて それだけで みんなこぎれいにして
しあわせに暮らしているような印象をうけたと言っていた。


時々 みんなで ああ なんてひどいんだろう って嘆いているのを 見ると
ね ちょっと待って と言いたくなる。
なにかを批判するときは ちょっとだけ 立ち止まって 考えたい と思う。

ジャガーなんてほしいとは思わないけど
でも 町中で いきなり見ると 思いがけない人に出会ったみたいで嬉しい。
けっして この持ち主はこんなの買うお金があったら世界の貧しい人にお金をあげなさい なんて言わない。 好きなものは好きなものとして 伝統は伝統として そして それと同時に世界の幸福を考えたいなと思います。
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Commented by antsuan at 2013-06-11 10:04
スタンダールの「赤と黒」、たしか、赤が将校で黒が僧侶だった気がしますが、色の対比関係を思い出してしまいました。
貧困でなければ、貧乏でも幸せは立派にあります。
また、無駄そこ文化であり、芸術なのだと私も思います。
関係ないかも知れないけれど、子どもだって、二人よりは三人四人が面白い。
Commented by keymyall at 2013-06-11 11:59 x
私が小さい時、お米がなくて サツマイモやじゃがいもを蒸かした。でも、それがなんか新鮮で、楽しかった。米から作ったおかゆは、梅干し一つで、すごく美味しかった。4畳半に、祖父がいて、6畳間には、両親と、兄と妹、私。
玄関は土間だったし、水道も引いてなかった。長屋だったしね――もしかしたら、貧乏だったのかもしれないけれど、何も感じなかった。
服も、誰かのおさがりだったし、新しい物は、、、、ほとんど記憶にない位。
貧しいとか、豊か、、、、、って、何がもとになってるんだろうねー
ただ、食べるのにも苦労するとか、病気になっても、薬も買えない、、、っていうのは、貧しいと思う。
日本は、豊かになったと言われているけれど、先日も小さな子供と、若い母親が餓死したのが見つかった、、、というニュースもあり、何とかならなかったのか、、、、と。
心の貧しい人も増えたような気もします。
Commented by cazorla at 2013-06-11 17:14
あんつぁん
どんなにお金があっても不幸な人もいますしね。
どう環境のなかで 自分を把握していくか・・というか

で 無駄が文化のあとの子供の数・・・・ 無駄な子供・・・?
思わず 知らず 出てきてしまった末っ子こそ 文化なのかな 笑
でも うるさいけど 子供達との生活は楽しいですね。
Commented by cazorla at 2013-06-11 17:18
keymyallさん
今は 手作りのきちんと作った梅干しが贅沢品。 変ですよね。
私が最初に住んでいた家も 台所が土間ですこしして木の床を作ったからその分高くなって 洗い場がその分ひくくなって・・なんか変な台所だった記憶が。。。 
餓死って 昔だったら反対にありえないよね ご近所の人が見て たいへんそうだったら とくに子供がいるような人にだったら 助けていたと思う。 食べ物あふれているのに 今は。
捨てる食べ物がなんて多いんだろう。
でも 昔たべてたようなものは 自然食品屋さんに行かないと 買えないの。 ほんとに おかゆと梅干しがおいしかったよね。
Commented by inuman at 2013-06-12 00:21 x
行列のできる○○とかいうのが流行ってる気がするけど、、、
僕は並んでまで手に入れたいものなんて何もないわん。
でも、ひもじさから抜け出すためには並ばなければならないこともあるよね。
それは不幸かどうかはわからないけど、つらいことだとは思う。
家で過ごすことが幸せだと訴えてる人が、施設入所のために並ばなければならないのは不幸だともう。
Commented by cazorla at 2013-06-12 01:11
inumanさん
母は家にいるのがほんとに好きな人。 パートさえしたことがない。ずっと家にいる。で 家事をよくこなすかというとそんなこと全然なくて テレビ見てるわけでもなく ただ家にいる。 刺繍したり服作ったりはしてた。だから今も家にいて 日本語放送にニュース見て あとはボケ対策で詩を週に一作 暗記して そんな生活。 今まで特別に旅をしたこともなく 主婦になってからは ものすごい友達がいたわけでもなく 夫と大恋愛だったわけでもないけど ゆるく幸せに暮らしてきてると思う。でそんな人だから 施設が必要になったら もう おしまいにしてくれる? と言ってます。 ずっと家にいたいのね。 もうここは日本の慣れ親しんだ家ではないけど 生まれて初めて一人暮らしをしたひとりっきりの家だもんね。 
Commented by あのにまにあむ at 2013-06-13 13:09 x
こんなワザとらしい写真がシェアされてるんですね…でもそんなもんかも。

スペインに居た頃、ある時ユダヤ人(戦争中のじゃなくて現在の)にちょっと批判的な事を言ったら、そういう事を言うのはファシズムに繋がる恐れが…って言った人がいて、いやそういう一面的な物の見方こそがファシズムの台頭を許してしまうんじゃないのって反論しました。幸い分かってくれる友達が居て「批判精神が大事って事でしょ?」と援護してくれたけど。
価値観は常に相対的で、何かが誰にとっても100%正しいなんて事、絶対にないとは言い切れないけど、中々ないんじゃないかと…

アフリカのどこかで飢饉があっても、メディアで取り上げられるまでは誰も知らないし。

基本的にメディア不信というか、大勢が向いてる方とは違う方向きたくなるというか…ただのヒネクレ?(笑)

カソルラさんも私も、戦時中だったら「非国民」かも…

うちの母も86歳でひとり暮らし。色々あるけど、その時その時できる事をやって行くしかない…と思う事にしてます。
Commented by cazorla at 2013-06-14 00:05
あのにまにあむさん
なんかわざとらしい感動的逸話とかねー。専門の作家とかいると思います。 
でも みんな こんなむごたらしいことが なんてクルエルなの とか。 ブログはとりあえず ソースがあっても なんか自分で書いて記事にしていかなくてはいけないから それなりにじっくり読んだり書いたりするけど フェイスって あ かわいそー とかあ たいへん とかいって 軽くシェアして 自分はこの政治にかかわってるとか思って でも次ぎの瞬間まったく忘れていたり。 

そう ふぁしすたって言われるのですよ。 ちょっと違う意見とか言うと。 同性愛の婚姻が簡単にできるようになったでしょ? フランスの場合はデモとか反対運動がすごい。 スペインのほうがもともとのイメージからすると 反同性愛的な感じがするのに。 で スペインはすすんでるのか。 なんかね そこで反対なんかしたらファシストとか言われそうでこわいんじゃないかって思う。 フランスは なんやかんや言って自由で現実的。 

Commented by cazorla at 2013-06-14 00:06
政治家が自分の国のことに国民があんまり興味を持ってほしくないとき 新聞はでかでかと外国のニュースを流す・・・そんな気がします。 だから 自分の頭でなんでも感じないとだめだよって 子供達に言ってるけど これがまた 教育の つまりスペインの教育の成果で 騙しやすい羊になってる。 いらいらしてるのですよ そういうところに。 もう 非国民。 今でも私はどこにいても非国民ですね。笑
Commented by あのにまにあむ at 2013-06-14 00:58 x
違う意見を言わせないっていう、それこそがファシスタなのにね。

でも実際戦時中のような社会になったら、私は毅然とした「非国民」で居られる自信はないですよ。隠れ非国民…(笑)
Commented by おーやま at 2013-06-14 20:02 x
> フランスは なんやかんや言って自由で現実的。 

そうか!フランス いい国じゃん。

非国民である事
それあかそるらさんを支える アイデンティティ
かも。
そういう部分私たち 似てるんだ きっと。

私はいわゆる貧しい国の人を簡単に
かわいそうだと言う人が嫌いだけど
(同情に見せかけた優越感を感じるから)
そういう人達こそ貧しい国に残る
豊かさが見えてないと思う。

でも今回の写真については かそるらさんのようには
引っかからなかったな。
キリスト教内の腐敗についての記事を
見た後だからかもしれません。
Commented by cazorla at 2013-06-15 09:37
あのにまにあむさん
痛いのいやだから・・・ね。 でも
なんかつい言ってしまって 痛いことになって
で後悔したりする という そんな感じのようなきがする。
Commented by cazorla at 2013-06-15 09:54
おーやまさん
住めば都 とも言うけど 隣の芝生は青い も現実ね。

ひっかかちゃったのは
たぶん キリスト教の腐敗も 歴史的にずっとあることだと思うけど 腐敗 ってやっぱり不幸だと思う。
組織が存在すれば 腐敗は あると思う。 それと カトリック批判の中では まあ色々昔から 司教が六十人の愛人がいたとか 言われたり それは 英国が作り上げたり なんだりしてるし スペイン国内では 社会党も色々言ってるし なにがほんとかどうかはわからないけど それでも 私は教会の存在は批判しながらもリスペクトしてます。政治家批判を少なくするためにはいつも 教会批判が来ると思ってる。 で こういうのを載せる人たちが どんより肥ってることが うんざりしちゃうんだ。
Commented by おーやま at 2013-06-18 18:23 x
載せる人の写真ね。

私も顔や雰囲気で判断しちゃう人。
正しいのか?って自問するけど
でも自分の判断くらい自分でさせろって
いうポイントで落ち着く。

私も一方的に吐き捨てるような批判を
する人は尊敬できない。
批判するなら建設的に批判したい。

そう 愛を持って。

組織と腐敗の関係は切れないですよね。
春樹の1Qでもその節があったけど...
Commented by cazorla at 2013-06-18 20:15
組織が大きくなれば 腐敗は絶対ある。人間だもの。でもそれですべてを切り離しちゃうと それは また違う組織の思うつぼ。 去年 マドリッドにあんなにたくさんの若者があのアダムスファミリーの弟みたいなベネディクト教皇を慕って集まったってことに感動した。 やっぱり なにか可能性もとめてるのかな。 感動っていうのは 私 あの人 顔が嫌いだから あんなに集まるとは思わなかったのよね。 はは 夫に叱られた。 夫は 反カトリックのくせに やっぱり 教皇には私よりシンパシーを感じてる。 で カトリック組織も政治がらみだから。 日本の国会にもかなり介入してるから アメリカとしてはもうちょっとゆるくなってほしいと思ってるのではないか。 アラブ諸国はどうなんだろう。 
ゆうべは 81年に前の教皇がいらしたときのピデオを見て忌ました。 日本人て カトリック少ないはずなのになぜあんなに集まっておおさわぎしてるんだろう。 ラダイダマと同じなのかな。 
Commented by cazorla at 2013-06-18 20:15
やはりなにかの可能性を見いだしたいと思ってるのか。 後醍醐が威風堂々を歌っていた。 なかなかおもしろかった。 考えてみれば広島の平和の式に参加した最初の有名欧米人なのではないか・・・。で その時のテーマが愛でした。 日本人が 愛してます と 英語で叫んでいた。 夫が日本人は変 と言っていた。
Commented by おーやま at 2013-06-18 22:24 x
夫君に賛成。
 
81年といったらゴダイゴ最盛期。
見たいな。

ベネディクト教皇と言ったらドイツ出身の
一つ前の、方ですよね。
私もあの顔は信用できなかった。
でも教会の中にもいろんな勢力があって
その一角である教皇だって無力とさえ言えるかもしれない。

どの組織にもいい部分とわるい部分があって
それが共存してやっている。

でも教会関係の事で言えば
子どもへの性的虐待はほんとうに許せないです。

教会という隠れ蓑を使って子どもに与える
混乱と苦痛。

祈りって集まれば現実的なエネルギーになるんですって。
というか想念もエネルギーだと。
だから修道院で祈りを捧げる人がいるのかな。
Commented by cazorla at 2013-06-19 03:58
ベネディクト教皇の若い時の写真は ジェームスディーンにそっくりで ジェームスディーンも生きていたら・・・と言われました。 で イタリアのテレビ番組もありました。ベネディクト教皇のそっくりさんが かなでる教皇の日常。
ある意味 大統領・教皇・首相って 毒抜き的働きもあるか と思います。 みんなで悪口を言う。 そういう意味では その番組見てみんなで笑う。 サルコジの漫画見てみんなで笑う。 という 世界のハーモニーを保つ存在かも・・。サルコジ漫画好きだったな。 サパテロはそこまで 存在感ないからだめなんだな。 少しは漫画あったけど もっとこてんこてんに笑えないもん。

手かざしも たぶん ほんとに機能すると思います。本気でやれば。いかがわしい宗教の中ではなく。 

で あとで ゴダイゴの歌う式典のビデオ さがしてメールします。 ゴダイゴの前は鬼太鼓でした。 ふんどしで太鼓たたくの。 あの時代だったら たぶん大統領だったら不愉快になったと思う。 
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by cazorla | 2013-06-10 22:54 | 思うこと | Trackback | Comments(18)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla