時として愚痴ります。

娘の存在。
母に似ている。 母 私の母です。
普段は 聖女のようにやさしそうなのに ある瞬間 とんでもなくアグレッシブになる。
たぶんホルモンに関係していると思う。
伯母もそうだった。
きれいで やさしく 静か そんなイメージの人が 豹変する。
二重人格ってわけでもないと思う。
バランスの問題。
本来の自分を押し殺してる そんな気もする。
娘は そんなにスィートなタイプではなかった。
東京で四歳まですごした。
自分の好きなようにしていた。
学校も モンテッソリーの学校に行かせて 一日 絵を描いたり ナイフを使ってキュウリを切ったり。

西洋世界というのは もちろん 日本よりずっと自由がある。
少なくとも 自由があることになっている。
刑務所だって 自由がある。
妊娠したら 子育てのために 外に出られる。
えっ 妊娠したらって 妊娠できる環境なんですか?
そうなんですよね。

網走刑務所が ずいぶん昔の話だけど こたつを置いて 受刑者と家族が
そっとふれあうことができるようにした というのが かなりビッグニュースの日本と比べ
なんていう自由な環境なんだろうと思う。

でも 私は時としてこの自由な雰囲気に窒息しそうになる。
自由で あったかい雰囲気で ポジティブで
町を歩いていると 知ってる人に出会って
どうしてるの
あーら 元気そうでなにより
あなたに会えてほんとにしあわせ
と もちろん これは常套句なんだけれど
いつも元気で 楽しげにしているその雰囲気に ちょっと 窒息しそうになる。

娘もたぶんそうなんではないか。
日本の幼稚園では 芋掘りでいかにもこんなしょーもないもん 取ってしまいましたって
不機嫌な顔の写真を先生に撮って頂いてる。
スペインでは そういうことができないのだ。

日本は自由がないということになってるけど
制服のある学校も多いし
いろんな規律があるけど
ちょっと変な人には 寛大なところがあるような気がする。
もちろん 学校ではいじめもある。でも
それでも 軽く変な人のいる場所がある そんな気がする。

e0061699_7471846.jpg



だーれも座らないベンチ。
ふと ここに座って しばらく町に帰るのはよそうかと思う。

でも そんなことはしないけど。
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Commented by t7moko at 2013-08-04 10:48
このベンチに座って10分でもゆっくりしてみるのはどうでしょう?
私、この写真とても好きです。

抜粋します。
でも 私は時としてこの自由な雰囲気に窒息しそうになる。
自由で あったかい雰囲気で ポジティブで
町を歩いていると 知ってる人に出会って
どうしてるの
あーら 元気そうでなにより
あなたに会えてほんとにしあわせ
と もちろん これは常套句なんだけれど
いつも元気で 楽しげにしているその雰囲気に ちょっと 窒息しそうになる。

カソルラさんとは逆に、こういう雰囲気がとても欲しくなります。
自由って自由すぎるとその意味が薄れていくのかな。
Commented by enzo_morinari at 2013-08-04 13:56
かれこれ15分もこのベンチの画像を眺めているわけです。コピペして壁紙サイズに拡大して。
色々のことが思い浮かんでくるんですよ、このベンチを見ていると。
彼がまだ新しかった頃のこととか、この荒れた道の傍らに来るようになった経緯とか、
この場所に来てから最初に座ったのはだれだろうかとか、ファニカとチャンチャンのならず者
コンビは座らなかったかとか。まちがいなく、彼に話しかけたひとがいたにちがいないから、
その話しかけたひとはいったいどんなことを話したのか。愚痴? 自慢話? 小言? あるいは、
彼に恋したひとはいないのかとか。

というわけで、彼の名は、

妄想ベンチ

と命名しました。定点観測したいものです。
Commented by hanaco at 2013-08-05 03:17 x
久しぶりにブログ、拝見しました。

私、今日、さっき、最近読んだ本をアップしたのですが、
なんだかカソルラさんがお母様のことを、ここに書いてるとは思わず・・・。

カソルラさんとお母様との葛藤を、なんとなく時々自分のことのように感じるときはあります。かってな解釈でごめんなさい。

Commented by cazorla at 2013-08-05 10:53
t7mokoさん
意外と人通りの多い所。 誰も通らないような時間に座ってみます。 健康推進委員会のおばちゃんたちがとにかく通る。

自由って 私はないと思ってる。
ないというより それは存在するものではなくて 獲得するもの。
獲得しようとして 闘う物。
で そのないものをあるという 前提で生きている
つまるところ 偽善者だと。
そして娘は その世界で覚えた うんざりするようなことばを吐きながら 時としてつかれて 部屋を破壊しはじめる。 その激しさって 尋常ではないの。 その度に どれだけ出費があるか(つまりそこですか?はい 主婦ですので)

人間の社会生活って多かれ少なかれ 共同生活だから 我慢することもあって でも それで閉じこめられたエネルギーはちゃんと処理していかなくてはならないと思う。 その処理の方法を持たない社会って どこかで袋小路に入ってしまう。 体制だけの社会。 反体制が育ちにくい社会って だめなんじゃないかなって。
Commented by cazorla at 2013-08-05 10:55
虹のコヨーテさん
ふと 大きな木って 絵本を思い出しました。
ちょっと違うけど。
でも新しいときは 子供達が上にのったりして遊んでる
もう少しすると 恋人を連れてきて そこで いろんなことをして
それから 結婚の申し込みをして
それから ずっと来なかったら いつのまにか疲れたひとりぼっちのおじいさんになってやって来て
しばらく ゆっくり座ってる・・・みたいな。

妄想ベンチ すてきな命名です。
Commented by cazorla at 2013-08-05 10:58
hanacoさん
同性の親子関係ってなかなか難しいものです。
おまけに隔世遺伝というのがある。
実は 長男は舅に似ています。
夫はやっと あいつから解放されたのに
また こいつが おれをいらつかせる と言ってる。
私としては この息子がなかなかなごませてくれる存在なのに。

親子関係って 葛藤があります。
あって当然と思って 対処していきたいと思います。
Commented by t7moko at 2013-08-05 11:30
今、色んな人が形容詞として「自由」を使いますよね。
もっと自由な発想でとか自由に体を動かしてとか、
自由な生き方とか。。
日本では、色々な見出しでも自由という言葉を目にする機会が多いです。
カソルラさんの自由について定義とても好きです。
Commented by cazorla at 2013-08-05 12:12
t7mokoさん
ありがとう。

ものわかりのいい親とか大人より こいつらをたたきのめして いつか大人になって自由になろうっていう存在でいたいと 思ってます。 
自由を勝ち取る って言うのが人生の前半の目的で その後 また実は自由ではない現実の生活が始まる。 いつか ほんとの自由が来るのかなって 老後に夢をはせ そして 年とっていくのかなぁ。 
Commented at 2013-08-05 13:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cazorla at 2013-08-05 13:42
鍵コメさん
ありがとうございます。 
同じ問題を抱えている人がいるんですね。
どうして・・って いつも考えています。 どうして・・
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by cazorla | 2013-08-04 07:52 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(10)