名前について まだ 考えているのです。

名前というのは不思議なものだと 先日 自己紹介する喫茶店の記事を書いて以来考えています。

名前を知ってるというだけで 他のことはなにも知らなくても 距離が縮まる。

なんとなく 友達になったような気がする。

西洋世界だと 姓ではなく 名前 いわゆるファーストネームで呼ぶのが 普通だけれど 日本だと

かなりしたしくないと 名前では呼ばなかったり。

エリオットは 猫に名前をつけるのは大変だと言う 詩を書いているけれど 猫だけでなく 人間だって

名前にかなり左右されるのではないか。

中野に住んでいる佐藤彰彦さんという画家は 高校生になるまで 絵にまったく興味がなかったそうだ。

でも 絵の大好きだった双子の弟が亡くなった時に 突然 絵を描き始めて 弟の名前 佐藤彰彦と

署名するようになった。 自分の名前はその時に消滅した と言っていました。


辻まことは 自称 オトカム。

Makotoをさかさまから読むと Otokam

たとえば Kumiko Okimuk。 オキムク

Yumi は Imiy。 イムイ

Takesi は Isekat。 イセカト


なんとなく さかさにすると なんとなく 山の精というか

森の中の住人みたいな名前になります。

辻まことは なぜ 名前をさかさまにしたのか。

自己否定なのか。

まこと 一 と書いてまこと。

一人っ子というイメージがあるけど 流二という 弟がいる。


名前を変えたいという欲望はだれにでもあると思います。

もしかしたら 新しい人生が始まるかもしれない。

娘には スペインの名前の中で一番シンプルな マリアと言う名前をつけた。

これなら 世界どこでも 聞き取れるし 一番 なじみのある名前だと思ったから。

でも あまりに普通すぎて もっと 変わった名前をつけたいと思っているらしい。


辻まこと は 娘にイヴという名前をつけた。

でも その子が死んでしまうと しばらくして生まれたもう一人の子に 同じ名前をつけた。

私なら その子の思い出のために 同じ名前をつけないと思う。

彼は なぜ 同じ名前をつけたのだろうと このごろ ずっと 考え続けているのです。



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写真は 最近 売り出した名前つきコカコーラ。
名前の種類が少ないスペインだからできる。
でも 私 私 私 という そんな風潮を象徴しているような。


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Commented by t7moko at 2013-12-08 15:30
名前って、呼ばれ方や読まれ方に命が宿っていると感じます。
私は、日本から出ると知子からtomoに自然に変わります。
この「子」を一つとっただけでも身軽になれるんです。
名前って生き物です。
Commented by keymyall at 2013-12-08 20:36 x
私が以前、仕事をしていたPC教室の名前は、オーナーの名字を逆に読んだものでした。
どこにもない名前だろぉ~  と、オーナーは、いつも自慢げに話していました。
確かに、、、、、あまり聞いた事のない単語のような(笑)

亡くなった子供の名前を、次の子どもに、、、、、
私が思うのには、娘の名前を口にするたびに、亡くなった子供と次の子どもの二人を一緒に育てているような気持になるから、、、、と。
私も、同じことをしたかもしれない、、、、、反対されると思うけれど。
亡くなった子供の分も次の子どもに楽しんでもらいたい、生きてもらいたい、、、との気持ちを感じました。
Commented by cazorla at 2013-12-09 01:00
t7mokoさん
千と千尋って そうですよね。 名前で変わるの。
あれは 海外に住むってことのメタファーかな とも思います。
Commented by cazorla at 2013-12-09 01:02
keymyallさん
亡くなった子供の名前。 考え方とか 色々 あるんですね。 ほかの人にも忘れないでほしい そんな気持ちもあるのかな とも 思いました。
Commented by あのにまにあむ at 2013-12-17 19:51 x
お久しぶりです。
日本でもバレエのクラスとか名前で呼ぶ事が多いみたい。
朝公園でゲートボールしてる高齢者のグループが居て、その人達が男女を問わず名前で呼び合ってたのは、ちょっと新鮮でした。

スペインに居た時は自分を名前だけで呼ぶのが当たり前で、日本人宛のメールでも私的なものは名前だけで署名してたのが、日本に帰って暫く経ったら、日本人の特に男性に対して名前だけってマズイ気がして来て、苗字も書くようになったり…
でも実は自分の苗字、あんまり好きじゃないのです(笑)
自分の出自に対して肯定的になれないのかもしれない。
ハンドルネームも、いつもすっごく悩むし(笑)。
あと文中で自分を指す言葉にも困るの。
自分の中ではずっと自分の事を小さい頃からの愛称で呼んで来たので、「わたし」って書くと「自分」て感じがしないのです。

でもスペイン語だとyoって普通に言えるので、これは日本語の代名詞の問題もあると思う。

死んだ子と同じ名前を次の子につけるっていうのは、もしかして生まれ変わりとか?
でもそうじゃなかったら、その子本来の個性を拘束する事になるから、私だったらつけないと思う。
男の子が生まれてたらどうしたんだろう?
Commented by おーやま at 2013-12-19 23:18 x
私もお腹で亡くなった子と次に産まれて来た子
同じ名前をつけたクチ。
理屈ではなく生理的に同じ名前以外
考えられなかったんです。
他の名前は ちがう と感じた。
妹には ほとんど説教じみたことを言われて
ものすごーく頭に来たのを覚えてます。
そんな事ぜんぶ分かっとるわいって。

一人目を大事にしてないから同じ名前というんじゃなくて、大事だからこそ だと思う。
あとは、やっぱり 思い出す事が少なくなって行くのが
一番悲しいから、同じ名前なら それがないし。

個人的には、亡くなった一人目の子に話す時は
最初のあいのあちゃん と呼びかけてる。

同じ名前にして私はよかったと思ってます。
Commented by cazorla at 2013-12-28 00:16
お二人のコメを読んで また色々 考えました。 だから ブログは楽しいのですね。 ありがとうございます。 レスだけで 記事が書けそうなくらいなんですが 書き出すときりがなさそうなので。
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by cazorla | 2013-12-08 08:50 | 思うこと | Trackback | Comments(7)