年の暮れ 日の暮れ 人も暮れゆく 冬

冬の散歩。 寒いけど 空が青い。:
 歩き続けると 汗をかく。
 カソルラ生まれの二人の友と一緒に歩く。
 こんな近道があったのかと 驚きながら。 あちらこちらに 礼拝堂がある。
 カトリックの長い歴史 民の祈った小さな礼拝堂。
 これは サン セバスチャン礼拝堂 六世紀のものと言われています。 今はだれも使わない。
e0061699_01284647.jpg




e0061699_01305059.jpg
カトリックの長い歴史 民の祈った小さな礼拝堂。 これは サン セバスチャン礼拝堂 六世紀のものと言われています。 今はだれも使わない。 ここは 村から離れているので 雪が降ると 降りていけない。
 礼拝堂の横っちょに 少し年をとった夫婦が住んでいた。
 スコットランド人の奥さんは 二人の息子を  もう 三十すぎていたが  去年と一昨年 二年続きで亡くしてしまった。」 今 離婚して 一人で住んでいる。
 離婚するか ますます 関係が深くなるかは その人次第だし 状況次第。
 でも なんとなくわかるような気がする。
 もし 子供が死んだら あなたは どうするだろう。
e0061699_01350507.jpg




e0061699_01333156.jpg





e0061699_01575486.jpg
赤い実 見つけた。 冬の実。
[PR]
トラックバックURL : http://cazorla.exblog.jp/tb/21505372
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by mink330 at 2013-12-29 15:00
サンセバスチャン礼拝堂、長い歴史を物語っていますね。
一人で住んで居る方のことも、考えさせられます。
子はかすがい・・・は通じないのでしょうか?
なんだか寂しいお話です。
Commented by おーやま at 2013-12-29 21:00 x
こんな散歩道があるなんてうらやましい。
空気もよくて木々とおまけに礼拝堂がある。
日本の神社のような雰囲気がありそう。

たぶん村から山手に登って行くんですよね。
フランスだと、一人で人気のない場所に行くのは
避けるよう言われるけどスペインはどうですか。

子どもが二年続けて亡くなるなんてむごい...
礼拝堂に住みつくのも分かるし、離婚に至るのも
分かる気がする。

その女性に心の平穏が訪れますように
再びその方の世界が色を帯びますように
祈るだけです。
Commented by t7moko at 2013-12-29 22:42
センチメンタルになりメランコリックな雰囲気を感じます。
スコットランド人のご夫人は本当にこの場所を愛しているのですね。
人生って奥が深いとつくづく思わされました。
Commented by antsuan at 2013-12-29 23:33
六世紀と云うと、日本では大和朝廷が出来た頃。
歴史と伝統が新しい時代を正しい道へ導きますように。
よいお年を!
Commented by mi-mamam1 at 2013-12-30 00:02
人の心に、日本人も外国人もないですね。みんな、なかなかにシビアな現実を生きている。

山あり谷ありの人生でも、子どもに先立たれるのは辛いですね。その後、夫との関係はどうなるか?ちょっと考えてしまいました。
Commented by hanaco at 2013-12-31 01:26 x
なんだか不思議。6世紀頃の礼拝堂とすると、どれだけの人がそこで祈ってきたのだろうと思うと・・・。子供がいなくなったら、私の存在価値までなくなるような気がしてしまうのは、私だけかしら。

あと一日で今年が終わって、新しい年が始まりますが、きっと何も変わらないで、また過ぎていくのでしょうね。

Commented by cazorla at 2013-12-31 22:59
minkさん
子はかすがい だから こその結果ではないかと思います。
Commented by cazorla at 2013-12-31 23:02
おーやまさん
若くてきれいな子だとやはりさけたほうがいいかもしれません。 年をとって 得た自由は あんまりあぶなくなく どこにでも行けると言うことでしょうか。 
夫に話したら これとあれの関係がわからん 論理がない と言ってました。 これって 女だからわかることなのか 文学的なことなのか どうなんでしょう。 子供を持つのは 十字架を背負うことだと思います。
Commented by cazorla at 2013-12-31 23:05
t7mokoさん
年をとってわかるようになることもあるし 見えなくなることもありますね。 だから 同じ本を繰り返し読んで その時の感じ方を楽しむ。 子供が赤ん坊だったとき じつに イノセントだったと思うのです
Commented by cazorla at 2013-12-31 23:10
あんつぁん
こんにちは
もう 年越しそばの用意をしてらっしゃるころでしょうか。 飛鳥で 石を使った 大きな宗教的オブジェをみたことがあります。 あの時代の祈りも今の祈りも 本質的には 同じなのでしょうね。
Commented by cazorla at 2013-12-31 23:13
mi-mamam1さん
基本 どこの国の人も同じだと 思います。 宗教が違ったとしても。 どこの国にも こういう人がいる ああいう人がいる。
子供に先立たれること これにまさる悲しみはないと思います。 そう思えば 今 いるこどもたちに やさしくなれるかな と 自戒をこめて
Commented by cazorla at 2013-12-31 23:16
hanacoさん
自分の存在価値。 フェミニストの人たちは こういう言い方をすると 鼻で笑うかもしれません。 でも 私たちは いきとしいけるもの として 次代の人が先に亡くなれば 自分の存在価値を疑うのは自然なことだと思います。 だから 子供は 一生背負う十字架。 たとえ 彼らが独立し 彼らの人生を歩んでいるとしても
Commented by おーやま at 2013-12-31 23:49 x
ほんとうに その状況にならないとほんとうのことは
分からないけど

だって夫と顔あわせていたら否が応でも
子どもの事思い出してしまいます。

苦しみをつきつけられるということ。

その苦しみを超えて二人でいる意味が見いだせるか

弱いのかもしれないけど
あまりに辛い事があると全部を捨てて
また一からやり直したくなる
気持ちは確かにあります。

相手にうんざりしてるときなど、特にそっち寄りの
気分になります。笑
名前
URL
削除用パスワード
by cazorla | 2013-12-29 02:05 | カソルラ | Trackback | Comments(13)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla