「ほっ」と。キャンペーン

失われた36を求めて


先日 iPodで対談を聞いていたのだが だれだか忘れたが 『トーマスマンがベニスに死すを書いたのも 谷崎潤一郎が 痴人の愛を書いたのも36だった。』と言っていた。

そして 村上春樹は はいほーというエッセイ集を出した。

たぶん 36くらいの時だと思う。

少なくとも おさめられたエッセイはその頃書いたはずだ。

 


先日 書いた記事で引用したけどもう一度。

今 このことばが すごくしみるのだ。


僕は思うのだけど家庭というのはこれはあくまで暫定的な制度である。それは絶対的なものでもないし、確定的なものでもない。 はっきり言えばんそれは通りすぎて行くものである。 不断に変化し移りゆくものである。そしてその暫定性の危うさを認識することによって 家庭はその構成員のそれぞれの自我をソフトに吸収していくことができる。それがなければ 家庭というのは ただの無意味な硬直した幻想でしかない。



村上春樹  はいほー  より


はいほー などという題名の おまけに 安西水丸氏の挿絵の本としては なかなか重い文章である。

36くらいの時 人は色々と考えるのだと思う。


私は36の時なにをしていたか。

最初の子供を産んでいた。

だから 悩みもなにも とても幸せにすごしていた。

もちろん いっぱい問題は抱えていた。

それでも

妊娠と授乳くらい すてきなことは ない と断言する。

だから その大事な 36を失してしまった。

おまけにその後 39 41で 出産してしまったので 気がつけば50代に突入してしまった。 やれやれ。


先日 コンセルバトリーに日本から留学している女の子 19歳に

『公園デビューって知ってる?』と訊いた。

すると にっこり笑って『私 しました』と。

むむ でもでも ほら 公園デビューって言うのは 赤ちゃん連れてぇ。。。。

『はい 私 母に連れて行ってもらいました。』


彼女は 高校出てすぐに留学しているのだから まだ19歳。

マリアより一才上なだけ。

そうなのだ。 マリアだって もう海外に独りで行こうと思えば行ける年なのだ。

そういうことをうっかりしてしまう。

家族というのは暫定的な

というのも ことばとして認識していても

物理的な時間という現象を きちんととらえていない。


今日は 東京にある いや あったすてきなものたちのことを訊いてみた。

たとえば 新宿御苑にある急な階段のバー。

もうないらしい。

新宿の小便横町も整理されただろうと言っていた。

最近は行っていないという。

銀座の並木通りにある青木画廊。

池田満寿夫だって死んだ。

知らないうちに 年が流れた。

大人になり損ねたと ばばあになって言うのはかっこ悪いが

そうなんだからしょうがない。

たぶん だいじな かんじんな 36歳を 失してしまったからなのではないかと

問題を 転換してみる。


さあ 失った36を 自分の人生の中でどうおぎなっていくか。



e0061699_07185147.jpg






写真はカディス
末っ子が 4歳くらい。 上の子 2人が海に入っていつも取り残されていた。
今の心境にあうので。
そう 今 私の気持ちはこんな感じです。

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Commented by antsuan at 2014-10-15 02:18
男と女では、36歳の通過点の意味は全く違うと思います。
男はその歳になって、ようやくいっぱしの事が出来るようになるのに対して、女は、もっと若い歳でも、いっぱしの事が出来るじゃないですか。
Commented by cazorla at 2014-10-15 05:46
あんつぁん いっぱしって? 笑 
個人差はあると思いますが やっぱり 人生 後半にはいったぞ みたいな そういう気持ちになるのも 36くらいかなと。
あと 40になると かなり年だぞ というおそれみたいなものも
実際は 過ぎてみるとたいして違わないのですけどね。
昔の女性は やはり ゆれてはならないと
しつけされていて おさえていたけど
今は男の方と同じ まだまだ 一花咲かせたいと夢見るお年頃では?
Commented by mimi at 2014-10-15 22:33 x
わたしは35で夫を亡くし、36で子宮を無くしました(筋腫で)。洗礼を受けたのも36の時。今思えばかなりいろいろ考えた時期だったのかも。その割には未だに利口になってないですが・・・。
Commented by cazorla at 2014-10-17 00:31
mimiさん コメント ありがとうございます。
いろんな時代の過ぎ方がありますね。

ほかの人生。ほかの選択もありだったか。 そんなことも考えたりします。 十代で 3年間 病院生活してたんですが その時 普通の生活だったら て考えたり。 でも それは ないんですよね。 あるがまま これって 仏教的ですが。 よりよく 死んで行きたい と。 そのための 今日一日。
Commented by おーやま at 2014-10-17 01:00 x
今の心境の写真 肝心な写真が
見られないぞ。
見たいのに。

大人って何だろう。
私も はいほーの家族についての村上春樹の言及
興味深く読んでます。

子どもが成人するまで壁に貼っておいた方がいいかも。
Commented by inuman at 2014-10-17 01:08 x
村上春樹は「プールサイド」の中で、ターニングポイントを35歳としていますよね。
そしてそのターニングポイントは自分の中でどんどんずらされていって、気がつくとターンできない年齢になってしまっている、と。
あれはたいていの人にあてはまる真実だなと思います。

でも、長い人生のターニングポイントを1回と決めるのも難しい話。
同じく「プールサイド」の中で、村上春樹は半分をまた半分に、その半分をまた半分に。
そうして距離を細分化することで意志も細分化される。
そうやって、人は目の前の困難を乗り越えていく、というようなことを書いてます。

人生は競技じゃないから、人によってターニングポイントは違いますよね。
なくした35歳より、得た36歳があれば、それはお釣りがくるんじゃないかなぁ。
Commented by inuman at 2014-10-17 01:09 x
僕は子供の頃、そして青年時代、オヤジを殺したいほど憎んでました。
家出しなければ本当に実行に移したかもしれません。
でも、オヤジ作った家庭の一員として過ごした年月より、自分の作った家庭で過ごした年月の方がはるかに長くなった今、その憎しみは薄れました。
オヤジに寿命がきてるようです(移送は延期、たぶん中止)。
医者はまだ何も言わないけど、きっとそんなに長くない。
オヤジが作った家庭の一員として、最期を看取ってやりたいなと思っています。

いつか、誰かが言ってました。
仕事でする他人の介護は楽だけど、身内の介護はそうじゃない、と。
僕にとってはそんなことないです。身内の介護は、つらくても楽しい。

「はいほー」の中に「ささやかな時計の死」ってのがあるでしょ?
昔は、時計を止めないように毎日ねじを巻いてたってやつ。
家庭もそうじゃないかと思います。
毎日ねじを巻くことで、暫定は確定に変化するんじゃないかなぁ。
そして、それが錆び付いて巻きにくいねじでも、巻くことは楽しい。
Commented by cazorla at 2014-10-17 07:22
おーやまさん
よく こどもができたら あなたもわかる と言うような言い方をする人がいるけど 反対に できたから見えなくなる わからなくなることもあるなと 子供ができてからわかりました。 主婦とか 母親と言う存在 あほやん と思っていた 若い頃。 自分は 母になってもそうはならないと思っていたのに。

写真 貼りなおしました。
最初見えていたのに。 ぶつぶつ
Commented by cazorla at 2014-10-17 07:41
inumanさん
記事より 深く長いコメントありがとうございます。

時計の話 
デズモンド モリスっていう生物学者も同じようなことを言っていました。 愛について。ちょうど アメリカで 愛は4年しかもたない という 女性の生物学者の本がベストセラーになった時です。 80年代。 そのときに 細胞は毎日 少しずつ 死んで 少しずつ産まれるから それぞれが もう一度 愛し直せば 永遠の愛はありうる というようなこと。 夫婦の愛は そんな風に 変化しながらも つづいていくと思うし 努力していきたい。 
Commented by cazorla at 2014-10-17 07:41
ただ 子供に」対しては 暫定ではない というのを 一応前提において というのを頭の隅においておこうかな と言う風に考えています。 というか自戒しています。 親子の関係って 夫婦にくらべると短いですよね。 一緒に ご飯食べて ずっと一緒の『家族』として機能している期間。 子供時代は 生まれてからこれ以外の現実はありえないと思っていたのに。 
おとうさまの野球のユニフォームの話 好きだなぁ。 
私は父の最期 一緒にいられなかった。 でも 亡くなる年の2月にアルバロつれて行ったんです。 孫三人だっこできてよかった。 あんまり仲良くなくて。 でも今思うといい父でした。 そのぶん 母を大事にしたいと思います。 親子の関係って変わりますね。 だんだん同等になって でも本質のところでどこか 頼っている。 それって一人っ子だからかな。 母がいるということで どこか安心してる。
Commented by おーやま at 2014-10-19 05:24 x
なるほど。
こんな気分なんですね。

がらんとしてて置いてけぼり、でも澄み渡った空と海。

それにしても シーズン中にこんな人気のないきれいな海があるとは。

私の友人の一人 O型の二人姉妹の長女も 結婚して、母と言う業にはまりました。母以前は、東京で一人暮らしをして、テクノを聞いて、芝居を見て、一番そうなりそうになかったタイプだった。
Commented by cazorla at 2014-10-19 19:32
おーやまさん
私もO型。 その人 私みたいだ。 
立派な独身時代を貫いたあと 立派な母時代だーとか。
根がまじめなのかもしれない。

カディスは 地中海じゃないから 時々 大波で だから いっぱい人がくるわけではない。 で 時々 ものすごく近くにいるかも来て いいところです。 物価も安い。おすすめ
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by cazorla | 2014-10-14 23:21 | 思うこと | Trackback | Comments(12)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla