イスラム教の友達

娘の高校の時の同級生とのクリスマスパーティ。
もちろん 男の子もきてるのだけど 女子勢揃いの写真、
一人 イスラム教の女の子がいる。
どの子かわかりますか。


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一番 左がうちの娘。
娘から数えて 4番目。
大学に入って初めてのクリスマス。

休暇が終わって コルドバに戻ったばかりなのに
フルートの調子が悪いので ルティエルに持っていくため またも帰省。
フルートを見てもらっている間 娘とお茶をする。
パリのテロ事件の話。
『フランスで ベールを禁止したときのこと 覚えてる? 
あ あの時 小さかったものね。。。』
『覚えてる。
だって 衝撃的な事件だったもの』
と 目を爛々とさせる。
文字通り爛々と。
怒りである。
2004年。 まだ小学校3年生。
この写真のメンバーと一緒。
『ママ あれは 精神的な暴力よ。
ベールをするのは 本人の自由だし
もし それが小さいときからの習慣なら いきなり はずされたら 裸にされたように感じる』
彼女は4歳のときに 日本から引っ越してきた。
だから そういう感覚は 理性以上に感じることができる。
『イルハム(イスラム教の上記の友達 いつも一緒) は自分の意思でベールをはずしたのよ』
それぞれの家の方針にもよると思う。
父親の考え方 母親の考え方も 影響があるかもしれない。

人間は環境の動物である とモンテソリーは言った。
友達と同じ格好をしたい と思うのは 自然である。
時として 日本人の母親である私と娘は衝突する。
『そんな格好 売春婦見みたいじゃない』と ちょっと古風な私が言う。
自分自身にはラディカルであったのに 娘にたいしては かなり古風かもしれない。
娘は反発する。
アブエラ(ばあさん)みたいなかっこうなんてできない と言う。
友達と 同じ がいい。
うぜっ と 母は思う。
お友達だって? ふんっ

私のころは ミニスカートにパンプスは 売春婦だった。
フランス人のファッション評論家のモレシャンさんもそう言っていた。
でも 今は そうではないらしい。

身に付けるものは 肌の一部。
そして 思想の一部。
だれも禁止できないし 強制できない。

だから ベール禁止令の発令は 彼女にとって『衝撃的』事件だったのだろう。
そして 運良く イスラム教の女友達がいて イスラムについて 本以上の知識がある。
肌で 感じることができる。

肌で感じることができる新しい時代の人たちが増えて行くといいな と思う。




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Commented by おーやま at 2015-01-11 07:24 x
たしかに。マリアちゃんの意見は説得力がある。
急に取れと言われたら裸にされたように感じるというくだり。

フランスもイスラム原理主義と良い勝負。フランスは自分たちの民主主義が至高だと信じてる。
その点で両者は同じ。自分が至高だと思うとき、争いが起きる。
もっと謙虚になって欲しい。
自分が思いもよらない価値観が存在するかもしれないと。
Commented by cazorla at 2015-01-11 19:05
おーやまさん

日本人も狂信的になって戦争が始まった。
疑うことをやめた時 危険になる。
スペインで 宗教の時間があるのは 実はすごく違和感があります。 でも 宗教は 家での教育 家でのことだから そこにまで立ち入るというのは また 別の問題で ベールをつけたら罰金というのは ファシズムに見える。それって民主主義なのか と。
Commented by みなみフランス at 2015-01-14 03:17 x
在仏者です。

”シャルリー”に違和感を感じる私は、フランス人の夫とぶつかっています。私のようにこの熱狂に違和感を感じる人の記事はないかと探していたところ、貴ブログにたどり着きました。よかった。貴記事を拝読して、本心からそう思いました。

私は自分と同じ意見を探していたわけではありません。ただ、条件づけられた自由がとても気持ち悪くてたまりません。それを個人主義の国、フランスで「私」ではなく「私たち」が意味するもののに、私は、イスラームは、他の移民たちは、たとえフランス人であっても入っているのだろうかとふと聞いてみたい衝動に駆られています。

在仏者の中でも、もともとフランスが好きでたまらずに来られたような方々は、フランスの正義を疑うことなく同調されているので、マイノリティーである視点を持つことの難しさなども感じ、歯がゆい思いをしていたのかもしれません。

私がいくら「それは言葉の暴力だ」と言っても、夫には伝わりません。だから、今回のパリでの事件は、私にはテロだなんて口が裂けても言えないし、フランス人のご都合主義を看過できないのかもしれません。もちろん、新聞社への襲撃を容認するわけではありません。でも、私が夫に言い続けているように「それは言葉の暴力だ」と言っても、「自分が何を言おうと自分の勝手だ。俺は自由なんだ」との身勝手な主張がフランスの自由、それを言論というのだろうかと、首を傾げたくもなってしまうのです。

この国でどうやって生きていけばいいのかと戸惑う自分がいます。自由、博愛、平等を掲げるフランスは、それがすべてのフランス人の、自由、博愛、平等ではないと知ってしまったからでしょうか。イスラームを対象とした検問を目撃するたびに、とても嫌な、悲しい気持ちになります。それを、共有できる家族がいない不幸を、つぶやく失礼をお許しください。
Commented by おーやま at 2015-01-14 19:10 x
↑みなみフランスさんへ
私もフランス在住で、フランス人の身勝手な主張にうなずけないでいます。がんばりましょう。

思うに、仏教思想の根本にある、因果応報という考えが、このフランス人の反省のない態度に反感を感じさせるんじゃないかと思います。だから多くの日本人は、私たちよりなんじゃないかなあ。
それからオーストラリアの友人によると、シャーリーの漫画のような内容は、法律にひっかかるので出版できないそうです。

フランスは革命をおこした国で、風刺漫画というに対して
日本と比べ物にならないような歴史があり、フランス人の思い入れはただ事じゃなさそうです。そこがフランス人を熱狂的にさせている原因かと思います。

私も主人と意見が分かれました。ヨーロッパ人は 言論の自由というと それだけで正義が保証された気持ちになるみたい。
ここはがつんとだれかが言ってやらねば。

この観点で論争がもちあがるといいんだけど。
Commented by cazorla at 2015-01-14 19:12

みなみフランスさん

コメントありがとうございます。
在仏の方から 共感していただいてうれしいです。
フランスにいて この空気を感じてないと
フランスの自由の意味はわからない
と言われて そういうもんかとか
それでも 中にいるから 近視眼的になって
見えなくなるものもあるのではないかと思ったり。
今回 シャルリーの責任について 疑問を持ちました。
やはり 自由には 責任が伴うと思う。
それは 2006年にシラク大統領も言っている。
すると 表現の自由に制限をおくと
どんどん 自由がしぼんでいくと
また 責任感とか良心というハートの問題は と言われたけど
これは ハートの問題ではなくて
自由を持つ『権利』と同様 法律の問題です。

シャルリーを守っていた警官のことを考えます。
彼はイスラムの国出身の人だったそうです。
彼の死を考える。
死です。人間の死。殉死だからしょうがない?

大きな波が ただ一つの方向を向くとき
やはり 疑わなければならないと思う。
ここには 疑うことを許さない雰囲気がある。
それは 危険なことです。
Commented by みなみフランス at 2015-01-16 05:15 x
おーやまさん

フランスには自由があるのだろうか? 
本当は自由がないことをフランス人は薄々気づいているのかもしれない、とここ数日の私の感想です。フランスになんの感情も持たずにやってきた私があらゆる不自由に晒されている現実は、一体どのように説明すればいいのだろう・・・なんて思ったり。フランスのこの熱狂に恐怖や違和感を感じる一方で、フランス人のいうところの自由がなんであるかがよくわかったので、この熱が冷めるのを待ってフランス人ととことん話し合ってみたいと思っています。

cazoriaさん

私も同じで、シャルリーを守っていた警官、その家族はどんな思いなのだろうと思います。シャルリーを、あのメッセージをみない自由はないんですもの。私が一番驚いたのは在外邦人の方々の反応で、集会に行かなければならない雰囲気だから行った・・・からはじまり、言論、表現の自由のために団結するフランスはやっぱりすごい、正義の国だという意見も散見して、私たちだってイスラーム側にいつ追いやられるかもしれないという想像力のなさに愕然とさせられました。お説教まで受けたりして。

人の命の重さはみな同じでなければならない。
フランスで叫ばれる自由が限定された人たちの自由であることが、私には恐ろしいのだと思います。福島の風刺だってそれがフランスのユーモアだと言われても。それなのにほんのちいさな日本側の、他国のユーモアには敏感に反応するフランスは、ユーモアがそもそもあるだなど思えないんですよね。個人主義の国なのに、こういうときだけ集団で、「もちろん、あなたもシャルリーよね?」という脅迫が自由の尊重ではなくなっていると思います。

ブログ、いつも楽しみにしています。
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by cazorla | 2015-01-10 16:35 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(6)