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たまに窮屈になること

無宗教と言う名の宗教 で フランスのスカーフ罰金制度についてちらっと書いたら
このスカーフの罰金の話ですが
これフランスの公立校内にスカーフをしてくると違反になるだけだったように思います。
ちょっと過大解釈のような気がしましたので。念のため。』
というコメントをいただいた。
もちろん そのあたりは承知しているけれど
無宗教と言いながら そのあり方が一種の宗教のように感じたので
書いた。 そのあと 補足として 罰金 を書いた。
こういう法律は基本的には この程度のものだと思うから。

ただ 気になるのは 前記の 『過大解釈』
公立校内だけでの禁止と公共の場の禁止とどちらが 過大かということ。
私の見方で言えば 公立校内だけ というのは 
人権という面で見れば 公共の場での禁止以上にひどい 酷いと思う。

もともとは公共の場となっている。
これは 『すべての人」に平等 である。
でも もし これが 公立の学校での禁止 となると
宗教の自由は 私立に行ける お金持ちだけ ということになるのでは?

これは宗教の自由とかそういう問題ではなくて 親の教育の自由はどうなるのかということで。
私は スペインに住んで ときとしてとても窮屈なのは
学校の 『市民教育』のクラスで 男女平等 ホモセクシュアル などなどを教えているけれど
すべてを 簡単に善と悪にくくってしまって
たとえば 門限を置く親は 悪。
旧体制。
独裁者
と決めつけている。

それは違うだろう と言う余地がない。
門限を持つのは ひとつには 大邸宅ではないから 好き勝手な時間に帰ってきて
台所をがさこそされては 安眠妨害だし それは共生していく上での 規則だと思う。
それに 十代のまだ 体が完璧に育っていない 大人になっていない人たちが
バランスをくずすのは この時期 よいこととは言えないと思う。

私は 子供達に 美しいからだを持って欲しいと思う。
本を読み 自分のことばで 話す人になって欲しいと思う。
良い趣味を持ってくれたら最高。
美しく食事をしてほしい。

親が ある種の教育方針を持つことは違法なのか。
それなら学校に行かなければいい。
でも スペインは ホームスクリーンは禁止。
セビージャで 学校に行かせなかった子供が 無理やり学校にもどされたというニュースを読んだ。
すでに 3ヶ国の外国語をマスターし 歴史と哲学の知識も豊富だという。
その子が あえて 学校にもどる理由はなんだろう。
学校に行かない自由がない。


自由 といいながら 自由がない。


いくらでも個性的になることのできる今
個性的と言えるこどもが 減っているように。




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Commented at 2015-01-28 15:54
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cazorla at 2015-01-28 17:52
鍵コメさん

心遣い ありがとうございます。
子供時代は すてきでした。
スペインの子供たちは なぜ学校が好きなんだろう と昔
記事に書いたこともあって それを先日見つけて懐かしくなりました。
現在 下の二人も中学に入り 成績もいいのに学校が嫌い。
あまりに自由で カオスの中で 精神的に溺死しそうになってる。 教師たちも精神的におかしくなって 親しくしていた先生も精神をわずらってとうとうやめてしまいました。
長男はいじめられていたけど 成長して 次男をまもれるようになっていじめ問題は終わりました。
娘の場合 年上のちょっと顔のきく男の子とつきあうことでいじめ回避をしたことで 精神のバランスがくずれてしまって 今 大学生活をはじめてやっと まともになりました。

規則 そのバランスがどうも変なんです。 規則はないほうがいい。 でも ある程度ないと 弱いものは だまるしかない。いじめられる側にいくしかない。 そういうこともあります。平等というようになって じつはいじめが増えているような気がする。 私ももといじめられっ子だったから。 家族でいじめられっ子。私の時代はそれでも 先生が権力があった。権力なんて アンチ時代 ですが。 
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by cazorla | 2015-01-28 00:56 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla