bendecir 村人の願い


ゲームってしょうもないと言えばしょうもないんですが

その人の人柄というか 考え方とか 反映しますよね。

昔 ヒーローってゲームに凝っていた時期がありました。

今もヒーロー バージョンアップして 継続してますが

1990年代のあの素朴なバージョンが絶対いい。

はい その頃遊んでました。

夫と。

夫は必ず 怪物でもなく魔法使いでもなく 人間グループを選んでました。

そして 僧侶ではなく 騎士。

戦争の時 よく使うのが bless でした。

スペイン語でbendecir。

日本語だと 祝福する?

加護を与える ということでしょうか。

騎士たちは魔法の点数が少ないので こういうベーシックな魔法しか使えない

というのも一因かもしれないけど

私は まず使いません。

そういうもので 守られるというのを あんまり信用していないのかもしれない。

夫は 信仰がないと言いながらも フランコの時代の人だから

ちゃんと洗礼も受けているし 学校でも宗教の時間が必修だったから

否定しても カトリックから逃れられない。

だから ゲームをしていても 兵士たちにひたすら blessしてる。



宗教否定派で 教会にも行かない夫でもそうですから

村人たちは やはり 神の力を信じます。 もちろん。

村人の贈り物の記事で 登場したマドレーナのお家に行くと

bendecirしてくださいます。

さあ これで もう悪いことが起きないから。

悪魔も近づかないよ。

そうだ ついでだから 子供達のもしてあげよう

ついで ついで

はい。 bendecirしたから 家族全員のぶん。

だいじょうぶ。


家に帰って 夫に言うと かなり苦笑して

『それ 一般人はしちゃいけないんだよ

中世だったら 魔女狩り対象だ。』


カトリックと言えば 日本だったら ちょっと知的な宗教みたいなイメージありますよね?

カトリック系の学校って 知的なおかあさまときちんとしたお嬢さん。

でも カトリックだって 結局は民衆信仰。

きっちり教えとかタブーを知っていたり

プロテスタントの人みたいに聖書を読んだりもしない。

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これは カソルラの守護神 というか 大切な 『なぐさめのキリスト』。

このキリストの画像の裏には信者たちが お金を貼り付けています。

そして 強い願いのある人は裸足で 一緒に歩きます。

お百度参りと同じ。

人間って 本質は同じだな と思います。

場所が変わっても 神の形は変わっても

素朴な人たちの 心の反映はおんなじ。





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どこかの教会には キリストの服をさわった聖人の指が保存されているとか

どこかの寺には 仏陀の足が 保存されているとか


素朴な人々の 優しい願い。

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by cazorla | 2015-03-19 11:49 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(0)