母のこと









気持ちには暗い部分がある。
だれでも 心のなかに なにか 暗い 人には見せない部分がある。

レーナルドの朝を書いた精神科医のサックス先生は 精神を病んでしまっても
上品な人は 上品なまま
本をたくさん読んでいる人は そういう知的なところを残したまま
心の優しい人は やさしいまま
精神を病んだ人になる と書いていた。
それは 認知症でも 多分同じなのだろう。

母が少しおかしい。
もうすぐ 88歳になる。
米寿だ。
88歳になって 一番の心配は オムツをつけなければならないのではないか ということ。
夜中に何度も起きる という。
ぜったい ベッドを汚したくない。
汚したらもうおしまいだと思っている。
医者は そういうのは この歳では普通なので 寝るときだけ おむつをつけて 熟睡したら
と 言うのだが
それは 彼女の選択肢にはない。


そして 母の思考は うちへ 内へ
さまよっている。
体が少し小さくなった。
背中が少し曲がってきた。

そういうことが母を苦しめる。

体が曲がったことが つらいらしい。




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わたしのせいだと 罵られた。
私が もっと せっせと 外に連れ出したら 体は曲がらなかったと。
出かけようと言っても なかなか 出かけたがらなかったくせに。
そして 去年は 長女が なかなか 大変なときで
家庭内暴力なんていう域には達してないから
大変のうちには はいらないのかもしれないが
それでも 受験にこぎつけさせること そして
彼女もまた 私をののしっていた。
わたしのせいで 音大にしかいけない
ほかの選択肢を 取り去ってしまったと
だから 気力がなかった たしかに。
それは 母もわかっていたはず。

最近 弱っていて 料理を作らない
てきとうなものを食べているようなので
毎日 ご飯を作って持っていく。
しいたけを煮て
卵焼きを作って
母にだけの特別メニューで作って持っていく。
それでも 味付けが甘すぎる
からすぎる
物足りない
などなど 毎日 おいしくないけど 無理して食べた
と言われながら

そうやって否定されていると
なんとなく 力が 尽きてくる。

いらついてるのだ
死ぬことがこわいのかもしれない。

わかっていても 
私も生身だから
気持ちが 下に下にと行ってしまう。

たしかに スペインに連れてきたのは無謀だったかもしれない。
でも ほかの選択肢があっただろうか。
もし 今 母が日本の家で弱っていて
私はすぐに 帰国できるだろうか
私だって 日本に実家があって
たまに 帰国するという ガス抜きがあれば それは
それで ゆったりできる。
ものすごく下世話なレベルでは
日本の風呂に入れる そんなことを考える。
今は 8年帰国してない。
だけど 母と一緒にいたいと思った。
母もそうだと信じていた。

母が ベッドのスプリングがよくなくて 体が痛いと言っていた。
だから 新しいマットを買った。
マットを持ってきてもらうのに 数日かかった。
その間に 母は すこしまた 混乱して
新しいマットが来て 古いマットを捨てるときに
母も一緒に捨てられるのだと 勘違いしてしまった。
そんなわけ ないのに。
あるはずもない できごとを想定して 彼女は混乱し
悲しみ 恐怖のなかにいる。

そういう状態が ずっとつづくわけではなく
少しすると 普通に普通の考え方ができるようになる。
ふつうに生活し
本を読み
そして 私をののしらない。

姑だったら どうなんだろう。
母だから 私は苦しむ。

明日は良い日でありますように。

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Commented by germanmed at 2015-06-11 05:27
うわー、つらいですね。文句を言われても言われても黙って受け止め、それでも努力し続ける。それは凹みますよ。
お母さんも、現実が受け止められず、苦しいんでしょうね。そして、それを誰かのせいにする事で、「私は悪くない」と必死に思っているんでしょう。それを押し付けられる方は大変ですが、そのお陰でお母さんは精神状態を保てているのかも知れません。(それが正しいやり方かどうかは別問題ですが。)
私もそのサックス先生と同意見です。そして私自身は残念ながら、きっと醜い内面を曝け出して皆に迷惑をかけまくってしまうんだろうな・・・と思っています。
どうぞ無理し過ぎないで下さいね。cazorlaさんご自身の人生も大切になさって下さい。
Commented by アンジー at 2015-06-11 06:41 x
☆ おはようございます ☆


私の 年齢で 母親が おられる方… いいな~ 羨ましい って ずっと思って いました ♪

でもでも お互いが 元気で 健康なら なんだな~ って 最近 思うようになりました どちらも 年を 重ねて… 自分の 体や 心の 変化で 実の 親子なら より 厳しい言葉が出たりして 摩擦し きしんだりしてくること ありますね~

どう 言えば いいのか 分からないですが お母様の 言葉 正味に 受け取らず なんだか 支離滅裂に なってきました… ごめんなさい

変なコメントに なってしまいました
Commented by BBpinevalley at 2015-06-11 08:48
大変ですね。
でも、きっと連れてきてよかった、一緒にいて良かったと思える日が来ると思います。
一緒に住んでいるもの同士、人間は甘えが出て、ついわがままを言ってしまいますね。
ティーンとお年寄り、一番ワガママの出やすい時で、一手に受けられるのはさぞ辛いことと思います。
うちにも約1名、ティーン真っ盛りがいますが、学校が遠いので、週中は寄宿。
でも、大変でも、一緒に居たかったなぁと思うこともあります。
流して、流して、たまには自分にご褒美もあげて、この時期を乗り切ってくださいね。
Commented by mamoei at 2015-06-11 08:50
cazorlaさん、おはようございます☆

じっくりゆっくり読みました。
一回目はジワッと涙があふれ、2回目はウンウンと頷きながら読みました。

お母さまもcazorlaさんも抱きしめたいです。
お母さまの不安は、父のそれに似ています。
毎晩の排尿に悩みました。
父の自尊心がおむつを寄せ付けませんでした。
自分のそんな状態に、穏やかな父も険しい顔をする日も多くなりました。

母はブログに書いたこともありますが、本当に天使のような人です。
これほど母を愛おしく思ったことは、過去にないかもしれません。

cazorlaさんのお気持ちが私の心に響いてきます。
よくよく解るのです。

お母さまの状態が普通の時が、一日でも多くありますように!
cazorlaさんの笑顔が一日でも多くなりますように!

遠い日本から祈ります。
Commented by cazorla at 2015-06-12 04:58
> しろくませんせい

ありがとうございます。
正しいやり方 どうしたらよいのでしょうね。
時々 機嫌がよくなって そういうときは もう少し前向きだったり
きれいでいたかったとおもっているのでしょうね。
お茶飲み友達がいるわけではないし。

わたしも。
できるだけ長く夫と一緒にいたいと思ってます。
夫婦で助け合って生きる老後が理想的だと思うけど
未亡人になりたくないな。

Commented by cazorla at 2015-06-12 05:01
> アンジーさん

うちの場合 母がふつうの母親より 10歳くらい年上。
小学校のとき みんなで母親の歳を言い合って なんとなく仲間はずれだった。
でも まだいっしょにいてくれて ラッキーと思ってます。
ほんとに。
だから そのぶん やっぱりがまんするしかないなって。
他人だったら 我慢の仕方がもっとちがうのかもしれない。
西原理恵子が 姑に関しては この人はすぐ死ぬんだから
と思うとらくだと 書いていたけど
そう思うとまた悲しいし。。。
Commented by cazorla at 2015-06-12 05:05
> BBpinevalleyさん

ありがとうございます。
そうですね。 自分にご褒美。 笑
寄宿してるとやはり 成長するでしょ?
うちの娘も 今 外に出て 他の人といっしょに住んでるんですが
少し 変わっていってるみたいです。
勉強に関しても 前向きになってきて。
人生も人のせいにしないで自分で考えていかなきゃしょうがないと思ってるみたいだし

母とは
いつお別れになるかわからないのだから できるだけ 怒らないように
愚痴を書きました。
Commented by cazorla at 2015-06-12 05:09
> mamoeiさん

ありがとうございます。
やっぱり プライドがゆるさないんですね。
排尿の問題。
父も手術に関して オムツをされて
それが いやでたまらなかった。
手伝ったら トイレに行ってできるのだけれど
小さな血の塊をとる手術をしたときに オムツをしたんです。

どうしたらよいのでしょう。
お医者さんはそれはふつうだから 受け入れろ と言うけどやっぱり
ちょっと そこにはメンタルな部分が入ってないような気がします。
やっぱり 排尿の問題で悩まれたんですね。


Commented at 2015-06-12 06:21
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mamoei at 2015-06-12 08:21
おはようございます☆

父は部屋のすぐ横がお手洗いだったのですね。
でも夜中にとっても頻繁に行くのですよ。
泌尿器科にも行きましたが、高齢な上に頻尿になる病気のせいでした。

父も安眠できないことが嫌だったのしょう。
最後にはパンツ形式のオムツを履くことは了承してくれました。
でもその中に排尿したことはなかったのですよ。
気持ち的に少し楽になったような感じがしましたよ。
Commented by liebe at 2015-06-12 10:50 x
私52歳、母82歳。友人達の母より先にお婆さんになりました。幼い時から下の兄弟を養う為に働いてきた母。オムツも杖も補聴器も拒絶して生きて、今は全介助、寝たきり。暴言、恐怖の裏返しだと思ってるんです。誰しも老いは初体験。抱えきれない認められない。甘えたい泣きたい気持ちが姿を変えて暴言、ボケ症状になることで生きてるのかもって。私も涙で目が霞むけど最後まで見守っていきます。人間は不器用ですよね。
Commented at 2015-06-12 18:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cazorla at 2015-06-12 18:44
鍵コメさん

親子の関係って複雑です。
私たちは 比較的仲の良い親子だったから けっこうびっくりしてるんです。 でも 歳を取るって そういうことですよね。 仲の良い親子だったけど 小さな時厳しすぎて 5歳のとき 歩けなくなったことがあります。 母は 癇癪持ちだったから。 そういうの もしかして 傷として心の仲に残っているのかもしれない。 母は母で そのころ きっと大変だったんだと思いますが。
時間。 亡くなった時後悔しないように と思っています。
Commented by cazorla at 2015-06-12 18:44
> mamoeiさん

おはようございます。
高齢だとしょうがないのですね。 それに 精神的な問題もあります。
私も気持ちがゆったりしないと頻尿になるくらいですから
母も気にしすぎてかえって 頻尿になっているような気がします。
おむつをして気分が落ち着いたのですね。
することで 落ち着いて眠って でも おむつではしないと確認することで自信がつくのでしょうね。気持ち良くすごしてほしいです。 最後の 何年か。 何年かはわからないけど。
Commented by cazorla at 2015-06-12 18:47
> liebeさん

コメント ありがとうございます。 
そうですね。 暴言は 恐怖の裏返し。
老いは初体験。
ほんとにそうです。
そして 同じように歳をとった友人がまわりにいない。
孤独でしょうね。
いっしょに 見守っていきましょう。
Commented by cazorla at 2015-06-12 18:52
> 鍵コメ 6月12日 18時29分 さん

私は一人っ子だから 良い意味では わたしだけが 一番のこどもだし
悪い意味では 全部一人でしてあげないといけない。
孫たちともうまく交流できないし。 夫には ものすごく 不機嫌な顔をしたりしてます。
ことばって ぐさっときちゃうんですよね。
でも それはそれ って聞き流す。 おとなにならなくちゃね。
と まあ いい歳して思ってるわけです。
毎日 一日一日を だいじにしてあげようと思います。
ありがとう
Commented by otebox at 2015-06-12 20:18
cazorlaさん、判断を悔いてはいけません。その時々の最善の道を歩いておられるのです。今の今も。
素晴らしい人生を歩んでおられますとも。
私は私で「たどらなければならぬ道」と読ませていただきました。父や母はもちろん兄弟まで見送ってしだいに自分のこととなってきたこのごろですが、それでも覚悟なんて出来てないし、万年青年のように夢を追っかけて飽きることはありません。
辿り着きたい未来はあっても、戻りたい過去なんてないよ。
Commented by cazorla at 2015-06-13 06:59
> oteboxさん

そうですね。 やはり 母を一人日本に残すことはできませんでした。
祖母は だれにも 看取られずになくなりました。
静かに一人死んでいきました。 一日たって発見されたのです。
国内に住んでいても 九州と山口では 離れているし
それに 昔ですから 嫁が さっさと出かけるということも無理。

きっと もし連れてこなかったら いま 悔やんでいると思います。
どうやったって 最高の方法なんてないのだから
いま できることを 最善だと思う方法で するしかないですね。
Commented by スクムビット at 2015-06-13 11:56 x
私はヘッドホンでマーチを聞きながら一人で行進します。
昔の小学校の運動会の時のように。
ばかばかしいと思われるかもしれませんが、結構効きますよ。
Commented by Y Takeuchi at 2015-06-13 21:13 x
サックス先生の言葉は、精神を病んだ患者さんや、老いて近い未来に不安を
感じている人への暖かいメッセージだと思います。
でも、実際はこのメッセージの様に美しく暖かく 綺麗事だけで 認知症を
語る事はできません。
私は、認知症の義母と3年間暮らしました。
たった3年でしたが、少しづつ母で無くなっていく過程を
見るのはいくら嫁の立場とはいえ、辛いものでした。
母も自分が壊れて行くのを、
感じ始めていた様です。
そんな中 不安が妄想を産み 又その妄想が膨らんで行く
そんな繰り返しでした。
顔つきもおかしくなり、心無い暴言も吐くようになりました。
勿論普通に戻った時には、その間の事は全く覚えていません

介護パンツ(私も主人もオムツとは言いませんでした パンツです)
を穿いていましたが、汚れなかった時は、
洗濯機で洗ったりお風呂場で洗ったりしました。
今は無い実家に帰ろうとします。
何故こんな話をするかとお思いでしょう。
これからのお母様の変化にcazorlasさんが、戸惑わない様に、
こんな変化があっても 認知症ならば普通の事と、
受けとめてほしいからです。
〔スペインから〕生まれ育った所に帰ろうするかもしれしれません。
でも、それは遠いスペインに来たからでは無いのです。
これもよ〜〜く耳にする話です。
泣きたくなるような時は、このブログで吐きだす事で
少しは気分が楽になるかもしれません。そして
スペインの老人介護の情報を、集めておく事も大切かもしれません。




















そして 勿体無いとお風呂場で手洗い、洗濯機で洗濯!








Commented by cazorla at 2015-06-13 22:37
> スクムビットさん

ありがとう。 音楽って 不思議な効果がありますね。
モーツァルトを聞いたトマトは甘い っていうくらいだから
人間ならなおさら。
試してみます。
Commented by cazorla at 2015-06-13 22:42
> Y Takeuchiさん

本質ってやっぱり変わらないと思うんです。
変わるのは その人の本質が前に出てきた。
だから ほんとの 彼女を受け止める
それしかないよと サックス先生は言ってるんだと思います。

壊れていく自分
という感覚。 私にもわかります。
脳に腫瘍がある身なんで(私) 自分がどこにたどり着くか。
脳って不思議です。
それが その人自身なんだから。
で 反対に言えば 脳の中で幸せを感じていれば それはそれで幸せなのかなーって。

伯父 母の兄ですが が 時々 会いに来るそうです。
天国から。
しばらく話すと 幸せな気分になると。
Commented by おーやま at 2015-06-29 18:06 x
一度 老人用おむつを買ってしまったことがある。
巨大な生理用ナプキンと間違えて。
そうして見てみたら、老人用おむつっていう商品がすごく豊富だって知りました。
むかーしは こんなにあったのかな?

飛行機は着陸が一番難しいと言いますが

着陸する本人も見守る人たちも
こういう風に大変なんですね...

私も ののしられるの 大嫌い。
Commented by cazorla at 2015-06-30 07:05
> おーやまさん


むかーし どうなんでしょうね。
祖母のときは まだ布でした。 祖母は 自分で洗っていたそうです。
誰にも世話にならず。
ぼけたから オムツってことではなく 神経と脳のコネクションの問題なんですね。
だからやっかい。
オムツをする自分を受け入れられない。
いっそ ぼけてたら 楽なくらいと 母は言ってます。

Commented by あのにま at 2017-09-28 16:48 x
過去記事が目につきました。

父が亡くなってから時々、父は本当はどういう人だったのだろうと考えます。
若い頃はクラシックのレコードを聴いてたのに、歳とってからは田端義夫とか軍歌とか…
学生時代に無教会派のキリスト教に感化?されて、アメリカ留学の経験もあったり
食事の前に主の祈りとか、家には仏壇もなかったし、でも歳とってからの生き方は
とても信仰のある人のそれとは思えなかった。
分厚い文学全集を処分の為にまとめながら、この内一体何冊を手にとって読んだんだろう?
もしかすると持ってただけかも…

見栄っ張りで本音で人と接するのは苦手。その分家族にはさらけ出してたのかもしれないけど。
で本音を言う事なく認知症になっちゃったから、本当はどういう人で、
どういう生き方がしたかったのだろうと考えると分からないのです。

最近古いスライド写真が出て来てプリントしてみたのですが、
若い頃の父は別人に見える。若いというだけじゃなくて、違う人に見えるのです。
歳とってからの写真だけじゃなくて、中年の頃の写真とも違う。
母の方は、確かに今よりずっと若くて生き生きしてるけど、まあ同じ人に見える。
幼い自分が写ってるのもあって、妹が生まれた頃までの自分は本当に屈託のない笑顔をしている。
あれが本当の自分で、もしボケたり精神を病んだりしたら、あれが本性で出て来て欲しいなとか
思ってしまいました。

スペインから日本に帰って来る決心をした時、会社の同僚から
「君が取ったような重大な決断を、決して後悔してはいけない」と言われました。
心が折れそうになると、その言葉を思い出して噛み締めます。

親が若い内に亡くなった人は、親が居てくれたらなと思う事も多いんでしょうけど、
若くて元気だった親の思い出が残っていいなとも思います。


Commented by cazorla at 2017-09-29 07:02
あのにまさん

親との関わり合いって、いろいろですよね。うちの父は無学の人で、それを取り繕うほどのたしなみもない人でした。母といつも私は話していて、父を恥ずかしいと思っていた。うまく説明できないなー。言葉足らずになって誤解されそう。とにかく生きている時うまく話ができなかったし、愛情を表現したことがない。今になって思うけれど、彼にとって私という存在は唯一生きた証のようなものだったのかなと。

本当のところ親のことを知らないんですよね。私は両親が33と37歳の時に生まれてるから、ちゃんと話したりしたのは40歳の頃の彼らで。そして自分自身のこともこういう私でありたい自分を意識して作ってるところがあるし。

この間母の写真を撮ったらやっぱり年取ってました。90歳って。写真って不思議、実際に見ていると自分の頭で作り上げた姿を見てしまうけれど写真にすると変わるね。自分の写真もたまに撮って見ないとだめだなーと思いました。鏡だとこうあるべき自分を見ちゃうし。

話が飛ぶけど、母に大丈夫そんなにシワができてって言われた。母は70までシワがなかったっていうの。いやーありましたよ。もう、そういう言葉に若干傷ついたりしてます。
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by cazorla | 2015-06-11 05:14 | しょうもないこと | Trackback | Comments(26)