娘とマカロン そして 母。

娘がマカロンを作った。
母に持って行く。
母がきく。
88歳 もともと新しもの好き。
『あら マリアちゃん(娘の名前です。) パリに行ったの?』
「行かないよ。』
『じゃ どこで買ったの? マカロン。』
『マリアが作ったんだよ』
『あらー 自分で作ったの。
パリで売ってるのにそっくり。』
って パリで 買ったことなんかないし
第一 パリに行ったこともない。

それでも 不思議なのは 最近では 今日が何曜日かよくわからないし、
昨日のこともわからなかったり
あたらしい横文字のことばは覚えるのが大変になっているのに
そんなに 生活に密着していない マカロン ということばを覚えていた。
日本から離れて 9年。
昔はいろんな雑誌を見て 知識はたくさん。
母は新しもの好きなのだ。

大正時代の兄と姉のあとに 昭和2年に生まれて
それでも 少し 大正ロマンの香りの中で育った。
伯父は 銀座の資生堂パーラーで クリームソーダを飲んでいたが
母はもう戦争の真っ最中の 青春時代で
いかに脚が長く見えるモンペを作るかが  ふ人生の課題だった。

そういう母が 昭和の平和な時代を
山口の田舎に住みながら 雑誌から情報を得ていた。

私は 成長の速いこどもであったので
9歳で すでに ちょうど良い 服を見つけられず。
母が 服を作ってくれていた。
母は 雑誌を見て アイデアを盗む。
私は着やすい 前にファスナーのついた服を何枚か作ってもらっていた。
でも 田舎なので そのアイデアは あまりに急進すぎる。
そう あれは 70年くらいのこと。
ツィッギーの (あの細身のモデル)を 真似たのだ。
夫のコメント。
でも ママはそれがなかなかエロティックな服だということに気づかなかったんだろうね。
もちろん そんなこと 考えず 9歳の丸顔の女の子は その服を着ていた。
そして クラスメートから 軽いいじめ。
『それ 後ろ前よ。 着替えなさい。
ここで着替えなさい』
と 数人の女の子に 囲まれた。
『これは 母のデザインだから。
デザインした人が これでいいって言ってるから こうなの』
と 何度言っても 毎日 しつこく 繰り返す。
ある日 担任の先生が 気づいて 声をかけてきた。
ホームルームか何かの時 みんながいる時に
『それは おかあさんのデザインですか。
前にジッパーがあるなんて モダンだなー』
1969年 山口の フグだけはおいしい 港のある漁師の多い街だった。
その一言で いじめはなくなった。
そのころの先生たちは しっかりこどもたちをみていたんだな と しみじみ思う。

そして アンダルシアの田舎町に住んでマカロンを作る娘は
たしかに この前開きワンピを作った人の孫なのだ。

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『ああ おいしい。
まるで パリのカフェにいるみたいよ』
と満足そうに母が言う。


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Commented by misaodosu at 2015-07-27 12:09
こんにちは~

私の母も遠い昔 私が小学生の頃
シャーリングの水着を作ってくれました
関西の田舎です やっぱり珍しがられました
・・・・懐かしく思い出しました

暑い夏
日本も尋常でない暑い毎日です
お母様もお元気で乗り切っていただきたいです
Commented by kyotachan at 2015-07-27 19:19
わたしの母は昭和四年生まれだから生きていたら今八十六歳なんだな。六十九歳で死んでしまったけれど。
わたしの母は独学でお裁縫をしていた人で兄たちは幼稚園の制服もお手製だった。母親自身も「着たい服が売っていない」て、適当に縫っていたらしい。わたしのときはもう働きはじめていて、たま~にスカートやなんか。それも、普通は後で交差するはずの肩紐が前で交差するようになっていて、学校で「これ、前後逆じゃない?」と言われた。あと、夏に、涼しいように、って背中の開いたシャツを作ってくれたんだけど「きょうた、ファスナー、閉め忘れてるよ」て幾人もの人に言われた。
マカロン、けっこう高度なお菓子でしょう?マリアちゃん、上手~。おいしそう。この熱さの中でオーブンを使う、ということに敬服する。
Commented by cazorla at 2015-07-28 09:37
> misaodosuさん

シャーリングなんて すごい。
手のかかるものを作られていたんですね。
母親の手作りって 思い出になりますね。
。。。反省。
私は大して作ってないから。
特に末っ子には。。。。
Commented by cazorla at 2015-07-28 09:43
> きょうたちゃん

ああ 同時代だったんですね。 同時代で うちも九州。
だから なんとなく シンパシー感じてた。 きょうたちゃんのお母さんシリーズ。
斬新なデザインだ。笑
娘がけっこうそのあたりを受け継いでいて
服を切り刻んで あらたなデザインで 着てる。
問題は 自分のだけじゃなく 人のものも切り刻み縫いこんで あらたなものにしてる。
弟の服とかねーーー。
Commented by アンジー at 2015-07-28 12:15 x
☆ こんにちは~☆


お母さま… なかなか ハイカラな方なんですね ♪ もしや ミセスなんて 雑誌愛読されてたのかな? 装苑かな?
うちの母は 昭和11年生まれ いてれば 79かな

和裁も 洋裁も 毛糸編みも 結婚前に 習ってたらしく… よく 私たち三姉妹に いろいろ作って くれましたよ 私の 高3の 被服の 浴衣は ほぼ母の作品! でした (・_・;) なんか 懐かしいこと いろいろ 思い出しましたよ ♪

お母さま 暑い熱い夏 なんとか… それなりに 乗り越えられますように 祈ってます
マカロン 未だに 食したこと… ないの (・_・)エッ..?
Commented by cazorla at 2015-07-28 21:50
> アンジーさん

こんにちはー。 そうミセス愛読してました。
加藤登紀子のエッセイ 私はそれで読んで。
全学連時代のカップルに憧れてしまった。
編み物も一緒にしました。
いまはたいして作らないけど 雑巾とか縫っていて
母の家で 友人のスペイン人が 雑巾貸してーていうのでかすと
ええ これぞうきん? こんなきれいなのでふいてもいいの
ってとまどいます。 鼻布巾。
日本ってそういうものまで きれいに作りますよね。

三人姉妹って 細雪ですね。
お正月はあでやかだったでしょう。
Commented by inuman at 2015-07-31 09:07 x
なんか、
「そーかー」
という感じの記事。
なんだろう、この「そーカー」感は。

最近、遅まきながら1Q84を読んでます。
古本で、かつ安くなるのを待ってたから(笑)
今ようやくBOOK3に入ったところ。
「牛河」をなぜかカミさんが「牛革」と読んだ。

なんだろうな、、、天吾が無意識の父親と話してて、それが自分のオヤジにつながる感じ。
で、そのつながりは当然母親にも馳せていく。
「そーかー」感は、それがさらに広がってるのかもしれません。
Commented by cazorla at 2015-08-01 05:13
> inumanさん

私 この間 色彩のない。。。を読んで かなりコミットしてました。
春樹の作品って ある部分 非現実なのに 自分の現実に すごく近い部分を見つけられて
コミットして 落ち込んだり 考え込んだり してしまいます。

ギュウガワって 読んだの? そのボケ方が いいな。 でも 私もよく 名前は
自分流に読んでることある。 時々 隣にいる 夫にこれ何て読むんだっけって 聞きそうになる。 

そーかー で トラバしてほしいなぁ。 その前のブログだぁ
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by cazorla | 2015-07-26 22:42 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(8)