開かれた街を目指して。

今日から 長男エンリケは バルセロナです。
ピアノのレッスンを受けるために一人で 電車に乗ってバルセロナに。
そして それからバスに乗って アカデミア近くのホテルに行く。
17歳の冒険。
来年は 受験です。
これから 幾つかのレッスンを受けていかなくてはならない。
先日 パリで テロがあった。
犯人は 少年たち。
何人かは シリアの偽造パスポートを持っていた。
でも テロリストは パリで育ったフランス人。
地元で イスラム国によって リクルートされる。
先日 バルセロナで 数人がリクルートされたらしい というニュース。
地元の子の方が 土地勘があるし 言葉もわかる。

パリとバルセロナにある共通点。

2000年にスペインで住み始めた。
長女マリアが 4歳 長男がもう少しで2歳になる時。
その時 すぐに買ったのがこの本。

Controversias en la educación española
Alvaro Marchesi

コンプルテンセ大学(マドリッドの国立の大学)の教育学の教授の本です。
その中に 理想的な学校を作るための都市計画について書かれていました。
興味深く読んだのは ちょうど私たちが 済んだ マドリッド郊外のアルカラデエナレス市の新興住宅地が
このプランにかなり似ているからです。
ひとクラスに イスラム系移民の子 東ヨーロッパ系移民の子 ジプシーの子 貧しい階級の人 中流階級が
どのくらいの割合で混じっているのが理想的か そのためには 公団住宅(スペインでは 二種類あって 条件を満たせば無料で住めるところと 収入によって 値段が変わるところとある。) と 普通に売られているピソの割合等 街を作るときから
学校のクラスの構造を考えながら計画していくというプラン。
残念なことに 思う通りには できません。
というのは 中流階級は 少しくらい遠くても ジプシーやイスラム系がいない学校に連れて行ったり
イスラム系も お金があって 厳格なイスラム教徒の場合 私立のイスラム教の学校に連れて行くからです。
それでも 中流でもこういう学校がいいなっと思う人たちはメンタルが広がっていて いい雰囲気でした。
そして この理想的な割合が 守られるために ある程度の移民の制限はなされるべきだというのが
アルバロ マルチェし氏の考えでした。

私たちが 住んでいた時期は この理想的な割合が保たれていましたが その後 イラク戦争が始まり
保守党が敗退し 社会党になってから 『人類愛』的 政治展開になって 多くの移民が 入ってきました。
移民自身も 大量の移民が入ってくることには反対でした。
というのは やはり賃金が下がる
多くの働き手がいれば 賃金が下がる。
そして 誰でもできるような仕事は 移民が請け負い 貧しいスペイン人の仕事がなくなる。
それは 差別につながる。

ハーモニーというのは 音楽の世界だけでなく 大事なことだと思います。
ただ 今 ハーモニーなんて 時代遅れだと ヒンデミットが世界のハーモニーを
作曲した時点で言われていたことですが。

このプランの最も大事なことは クラスの子供達の割合。
つまり 中国人街 イスラム系の人たちの地域 とか そういう地域を作らないこと。
スペインではほぼそれが成功していると思います。
そういう極端に閉ざされた地域がない。

唯一 バルセロナにだけ イスラム系の地域がある。

それが パリとバルセロナの共通点です。

少し歩けば 美しい街がある。
そこに 閉ざされた人々。

うちの息子は モロッコ人の子供達と仲良し。
いろいろと宗教のことも教えてもらって かなりイスラム教にも詳しい。
そんな息子が一人で バルセロナに行くので
夫が 『バルセロナのイスラム系の人は カソルラの人とは 違うんだから 気をつけろ」
と言う。
できれば 巻き込まれない方がいいと思っている。
いつどこで発砲があるかもしれない。
息子はちょっと緊張した。

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カソルラのジプシーの家のある路地。
ちょっと寂れてるみたいだけど この隣は パジョ(ジプシーではないスペイン人)
その向こうが ドイツ人。



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Commented by tamagoneko at 2015-11-21 18:53
「理想的な学校」を住宅街の基本プランって興味深いですね
「自分とは色々違う人がいる」という事が当たり前な環境で教育を受けるって事ですよね
職場の近くに家族帯同の留学生が住民の大多数を占める公営団地があって、留学生の子供達は地元の学校に通っています
当然子供、お母さん、お父さんの順に日本に馴染んでいます(笑)
ある程度人数がいるから孤立することもないし、かといって自分たちだけで固まる程の人数でもない
地元の子供達も特に外国人の子供がいる事が特別な事とは思っていない・・・
子供の時からそうだったら大人になってからも思想/思考回路も随分違う風になると思います
まあ、これは「留学生」(いずれ帰国する人達)だから可能なことなのかもしれませんし、東京等大都会だったら状況がかなり違うと思いますが

エンリケ君、これだけご両親に愛されているのですから大丈夫ですよ
リクルーターも寄ってきません
ああいう人達って一種独特なセンサーを持っていて、ちゃんと自分たちにシンパシーを感じそうな人を選ぶんですよ
昔、仕事がつらくってとっても後ろ向きな日々を送っていた頃、街を歩くと面白い位新興宗教の人達に声をかけられました(もちろんひっかかりませんよ)
今の所、そんな変な経験をしたのはその頃だけです・・・

Commented by おーやま at 2015-11-21 20:16 x
バルセロナまで。それはけっこうな冒険ですね。

時期が時期だけに心配もひとしおだと察します。

イスラム地区はマドリッドにはない?規模からしてそっちのほうが大きいから当然あるかと...

写真の路地のいすに座って、夕涼みしながらおしゃべりしたら
楽しそう。
Commented by liebe at 2015-11-22 16:36 x
今回のテロや移民問題のこと、コメントの枠内では語れないくらい複雑ですよね。エンリケ君、トラブルに遭遇しませんように。サリン事件があった時、我が子は小学生で。なんだろう、あの時「地下鉄やバスに乗ってスタンプを集めよう!」なるものを市が流行らせた。祭りの時には、ごみ箱に不審物を仕掛けたりして爆発する事件もあって。私、毎日毎日心配で倒れそうだった。他の親達のように「東京じゃないから大丈夫」なんて思えなかったから。cazorlaさん、大丈夫?嫌な予感したら、馬鹿な親に嫌われる親になって呼び戻して下さいね。
Commented by cazorla at 2015-11-23 02:00
> tamagonekoさん

これが実現できていたらすごく良かったと思います。
留学生の家族。 家族と一緒に留学できるっていいな。
M物産の人 最初に一年語学留学できるらしいんだけど 奥さんは連れてくるなって言われたと
マドリッドに住んでる時 聞きました。
留学してきて 楽しかったら その後 日本を好きになるし
留学生の中には 政治とか外交に関わる人もいるだろうし
また 文化交流の企画ができたり
子供達は 大きくなって また日本に来たいと思ったり。
素敵なことが いっぱい広がりそう。

反日運動家の大半が かつて日本に留学していたと 1990年代の新聞で読んだけど
そういうことがなくなるといいですね。

見たことないような相手だと緊張して 差別意識なんてなくても 
相手は ちょっと悲しい気持ちになったりする。
だから そうやって コミュニケーションが 取れる環境を少しずつ 作っていったらいいな。と思います。
Commented by cazorla at 2015-11-23 02:06
> おーやまさん

ある地域は スペイン人が激減してるけど それでも イスラム系だけが住むっていうのはないみたいですよ。 イスラム系の人は 商売してる人が多くて 彼らの顧客は すべての人だったり。 でも コルドバ行ったら イスラム系の店がなくなってた。 中国人がいっぱい。 コルドバは街が小さいからね。 共存はありえないのかも。 それに最近は アイルランドの安売り大型店が入ってきて。

路地 いい感じでしょ? もっと いい感じなんだけど 写真 また撮りに行きます。
もっとね なんか あ アジアの路地みたい って思ったんだよね。
Commented by cazorla at 2015-11-23 02:12
> liebeさん

オウム真理教って 中野が本拠地だったでしょ? 独身時代は東中野に住んでいて よく 駅前で象の着ぐるみで 象の絵のついた風船配ってた。 お手紙が入ってたり。 でも そんな危険グループになるとはその頃思いもしなかった。 あの地下鉄 うちの夫が普段は乗ってる地下鉄だったんです。 でもその日は休講で 家にいた。 一歩間違えれば ってあるよね。 他人事じゃない。 マドリッドの電車も 私たちが住むアルカラからマドリッド間の電車で 夫が乗る電車。 その日によっていくところが違ってて その日は アルカラに留まった日。 
テロって 昨日まで続いた日常が 突然消えることだよね。
普通の人が そして 明日を疑わない人たちが 突然 失ってしまう。
Commented by tamagoneko at 2015-11-26 22:10
確かに、楽しい思い出がある土地は離れて何十年経っても身近に、親しく感じる事ができます
子供の頃に住んでいたのはブラジルなのですが、やはりもう一度位は訪ねてみたいなあ(さすがに言葉は忘れましたが)
逆パターン(イヤな思い出→二度と行きたくない、大嫌い!)は悲しいですよね・・・

「知らない→分からない→怖い→拒絶」ではなく「分からない→知ろうとする」だけでも随分違って来ると思います・・・

Commented by cazorla at 2015-11-27 08:05
> tamagonekoさん

言葉って ポルトガル語? 小さい時に話していた言葉って やっぱり 発音がいいみたいですね。 行ってみると 意外にすぐ思い出したりして。 いいな そういう経験あるって。 娘も 忘れてるけど 可愛く発音できるし(日本語) ドラマくらいなら 理解してるんです。 私が 怠け者母だから ここでちょっとがんばればバイリンガルになるかもしれないのに。 ははは 

1990年に 三ヶ月放浪したスペインの子供達は すっごく好奇心いっぱいで いっぱい質問してきたんです。 今は (まあ 私が年取ったからというのもあるでしょうけど) 子供達の目の光が違う。 情報がありすぎると こんなことに興味示したり 質問したら ばかみたいって思われるかも なんて思うのかもしれないですね。 で わかんないことは拒絶。 

ちょっとした考え方で 変わるし
知らない人と話すのって楽しいのにね。
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by cazorla | 2015-11-20 21:30 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(8)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla