外国人の母親として

中学は 午後三時に終わる。
コンセルバトリオは 4時に始まる。
100キロメートル以上離れたコンセルバトリオに週二回通っている。
息子たちは 大変だ。
空いた時間に図書館に行って 宿題をする。
夫が大抵 図書館にいる。
わからないところを聞く。
大急ぎで コンセルバトリオに戻る時 末っ子は
よく 教科書を父親に預ける。
時々 父親は その教科書を自分のリュックにしまう。
そのまま 仕事に行く。
朝 末っ子は 本がないので学校にいけないと言う。
ネガティブがついてしまうという。
じゃあ ママが お手紙を書いてあげましょうという。
手紙に すべての事情を説明して 息子に渡す。
じっと手紙を見て 外国人のお手紙みたい と言う。
そうだ 私は外国人だから しょうがない。
間違ったところがあったら 訂正してよ。
間違ってるってわけじゃないけど つまり その
と 息子は言いにくそうに言う。
正しいけど スペイン人だったら こんな言い方しないな てそんな感じ、
だから 訂正のしようがないよ と言う。
つまるところ 外国人が日本語を話す時に 馬鹿丁寧で面白かったりする あれですね。

ふと 思い出す光景がある。
30年以上前のこと。
だから まだ 私が スペイン人と結婚するなんて 思ってもみなかった頃のこと。
ある 駅のプラットフォーム。
待合室みたいな グリーンハウスのような ガラス張り小部屋があった。
多分 どこかの新幹線のホーム。
そこに親子連れがいた。
まだ 二十歳代だったので 親子連れがどんな話をしているのか興味もなかった。
突然 父親と二人の息子が何か言って立ち上がって ガラス張りの小部屋から出て行った。
母親らしき女性が 怒鳴った。
『バカ バカ お前らの方が よっぽどバカ』
泣いていた。
そして そのイントネーションから 外国人だとわかった。
中国人か韓国人。
もしかしたら ベトナム人かもしれないし わからない。
本当に悔しそうだった。
多分 彼らの常識は 彼女の常識ではなかった。
でも だいたい いつもそうやって 父親にしっかり息子は くっついていて
母親に対するリスペイクトはないのだろうと 想像できた。
それは とても悲しい光景だった。
言葉が不自由で バカ バカ と言い返すしかない女性。
30年以上経っているから もう かなりの年配になっているはず。
その後 幸せに暮らしているのだろうか。
ことばができないと 知能もそのことばのレベルくらいと思いがち。
想像力がないと そういうことは多い。
うちの夫だって 日本語で話すと ただのおもろいおっさんになる。
だからって 黙っていたら やっぱり 分かり合えない。
変な言葉でも どんどん話してると 意外なところで 意外な人と同じ趣味で 意気投合したりする。
カンディンスキーが好きな人と この村で出会った。
彼は彼で カンディンスキーの話ができるなんて 思ってもみなかったと言った。

もし 日本に住んでるあなたの周りで 日本語を少しだけ話せる外国人がいたとしたら
ゆっくり 辛抱強く 話を聞いてあげてください。
意外と面白い話が聞けるかもしれない。
意外と好みが一緒かもしれない。

e0061699_861033.jpg

e0061699_864812.jpg

ちょっと懐かしい写真です。



[PR]
トラックバックURL : http://cazorla.exblog.jp/tb/24197890
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by mimizu-clone at 2016-03-06 23:29
>ことばができないと 知能もそのことばのレベルくらいと思いがち。

意図的にそれを狙う場合もある気がする。
ひねくれてるなー、僕。
Commented by NT at 2016-03-07 01:13 x
あの、ちょっと話が外国人のことからズレてしまうんですけど知人が入院時に
体験したことで。治療の為に話が出来なくなった入院患者に一部の看護師が
まるで幼児を相手にするような話し方をしていたんです。私なんか足元にも及ばない
くらい博識な知人が怒り・苛立ちそして諦めの表情になっていくのを見ていて
しゃべれないだけで相手は知性のある大人なのに・・・と悔しい思いをしたことを
プラットホームのお話で思い出して居りました。
母国語以外の言語を話さなければならない人達も状況は同じで流暢に話せない
ってだけで知性まで無いように扱われるはとても不愉快で失礼なこと。
そして逆に訥々としか話せなくても自分の好きな分野の話や趣味の話をうまく
つかまえて救い上げてくれる人と出会えて会話が弾んだ時の楽しさといったら!
Cazrlaさんのおっしゃるようにゆっくり辛抱強く美味しい会話の煮込料理を作って
互いにご馳走を味わえるように心がけたいと思いました。(←なんか優等生気取りの
作文みたいになっちゃいました・苦笑)
Commented by おーやま at 2016-03-07 01:23 x
外国に住んでると いろいろありますよね。

特に、最初 言葉が著しく不便なときに
私は被害者意識持っちゃったな。

今じゃあたくましくなったよ。
「風の歌を聴け」のジェイとか
中華レストランやインドレストランのおっちゃんで
〜あるよ って言っちゃうようなこてこての外国人。
でも人となりは味わい深い。
そんな外国人になりたいなって思って。

特に接した子ども達が大きくなったときに
あーあんなアジア人のおばちゃんいたなあ
話すの面白かったなって思ってもらえるように。

でもスペインも日本に比べたら 外国人が多いでしょ。外国人が話すスペイン語に慣れているのでは。あ、でも来るのはスペイン語圏の人が多いから言葉では違和感少ないかな。
Commented by germanmed at 2016-03-07 06:47
ドイツに来て医学部に入ったばかりの時、皆の討論のスピードについていけなくて、口を挟んでも誰も聞いてくれなくて、ゼミでも置いていかれて、小さい子みたいに扱われて相手にしてもらえず、帰りのバスの中で「わたしはバカじゃない」と呟いて泣いたのを思い出しました。
Commented by cazorla at 2016-03-07 19:14
> mimizu-cloneさん

そうね それ利用して テレビに出ている外国人タレントもいるね。 
Commented by cazorla at 2016-03-07 19:18
> NTさん

それ 老人にも当てはまりますね。 
伯母が おばあちゃん って呼ばれて 赤ちゃん扱いされるのを嫌がってた。
NHKのアナウンサーが お年寄り っていう時のニコニコ顔。
年取ったら ひとくくりで 低脳扱い。

そして 子供だって 意外とちゃんと見ていて わかってたりするし。
一人の人間 としてみる 付き合っていく 
それが本当のヒューマニズムですね。
Commented by cazorla at 2016-03-07 19:24
> おーやまさん

10年前 カソルラに住み始めた時は 唯一の東アジア人だった。
モロッコ人家族が一軒。 エクアドール人一家が一軒。
今では モロッコ人はいっぱいいるし ラテンアメリカは いろんな国の人
中国人は 6所帯くらい。
退職者のヨーロッパ人は結構いたけどね。

カソルラ弁って 訛りがきついの。 マドリッドに2年住んで 不自由ではなかったけど最初全く聞き取れなくて。 『スペイン語ができない」と思われてた。
たぶん 英語圏の人よりは 若干 ダメな喋り方でも 受け入れ態勢できてると思う。
日本に比べると。。。日本は新宿に住んでたから 結構外国人がいて 同い年のハーフの子も結構いたから。でも 混ざり合って生きてなかったよね。
ここの方が 子供達 どこの人とか あまり考えず 混ざり合ってると思う。
喧嘩すると チノとか言うけどね。


Commented by cazorla at 2016-03-07 19:29
> しろくま先生

そうなんですね。 医学部だと ますます 話す言葉が 日常会話よりさらに厳しそう。
西洋の人は 討論も慣れてるし
仮に 同じ言語だとしても すっごい大変だろうなと想像します。
私 普通の会話でも セニョーラスの間に入ると ついていけないもの。


Commented by tamagoneko at 2016-03-07 21:55
熊本の会社で働いていた時、会社の公用語が熊本弁でした
同じ九州の言葉なのに全然解りませんでした
で、「大学出てるのに出来ない人」扱いを受けました〜^^
狭い狭い日本の隣同士の県でさえこうなのだから、外国だともっと大変だろうと思います



Commented by おーやま at 2016-03-08 03:40 x
パンプローナの山口公園で面白い光景が。

スペインの子どもと日本の男の子の話。
チノ チノってからかわれた日本の子が
チノじゃねえ この メヒコ

イーニゴが
上手い事言うなって感心してた。
Commented by おーやま at 2016-03-08 03:40 x
あっ ごめんなさい
メキシコの皆さん
Commented by cazorla at 2016-03-08 06:49
> tamagonekoさん

え え え 日本国内で。
それも同じ九州で。
大江健三郎が 東京に出て きちんと話せるようになろうと思ったとか 
そういうシチュエーションは 考えられるけど。
なぜか 頭の中に 漱石の坊ちゃんが。。。
近い状況でしょうか。 実は 坊ちゃん ちゃんと読んでないんで。

そういえば うちの夫 生まれも育ちもマドリッドなのに
カソルラで 外国人みたいな喋り方 って言われた。 笑
Commented by cazorla at 2016-03-08 06:53
> おーやまさん

なんか そういう状況 でもないか
多崎つくるに出てきたよね。
フィンランドに行ったところで。
君たち スエーデン人?とかなんとか 聞き返すの。
で 違う 違う って言って。
そういう風に具体的に言うとわかるんだよね。
メキシコでも ポルトガルでも モロッコでも
遠い日本では ほぼ同じに感じてしまうんだよっていうことが
でも一緒にされるとやっぱり 嫌だってこと
どっちがいいとかじゃなくて
ちゃんと どこの人って 聞いてほしいっていうこと。
Commented by tamagoneko at 2016-03-08 20:44
私も坊ちゃんはちゃんと読んでませんが、お互いに「何だこいつは!何だここは!」と思いながら仕事をしている状況はそっくりかもしれません^^;

福岡と熊本、隣の県だからそんなに言葉が違わない、とお互いに油断していたのですね〜
鹿児島や宮崎みたいに「いかにも方言」じゃないから方言を喋っている自覚が無いみたいです

入社後すぐの出来事なのですが
「在庫がどしこあるか確認して」
「?」
「だからぁ、在庫がど、し、こ、あるか確認して」(ゆっくり喋ってくれた)
「どしこ???」
「どしこ」の意味が分かっていない、という事が解らなかったようで、「え〜、どしこって方言なの?」ってビックリされました(苦笑)
(どしこ=how many)

カソルラの方言とマドリッドの言葉って、どれ位の距離感があるのですか?
日本語で言うところの「標準語」と「関西弁」位?


Commented by mimizu-clone at 2016-03-08 22:24
そういえば、耳が聞こえないというのも同じような状況に陥りますね。
うちの母親、難聴がかなり進んで会話が成立しないことも多くなりました。
公共の場で冷たい視線が向けられることもあり、胸が痛みます。
Commented by cazorla at 2016-03-09 17:34
> tamagonekoさん

鹿児島は完全外国語ですものね。 父が鹿児島です。
親戚から電話あると 本当に緊張しました。
長崎は柔らかいそうですね。
母が 大分で 伯母が長崎の人と結婚したのですが 長崎のひと
大分の姉妹が話してるのを聞いて 喧嘩してるかと思ったって。
同じ九州でもねー
で 方言を話してる自覚ない ってわかる。

カソルラは アンダルシア独特の エスを発音しない プラス 他地域(アラゴン地方)のNをTに変換するがあって ものすごく聞きづらい。 おまけに山地方独特の鼻を使う発音。
あと 前髪をトゥッホって言うんですがトゥッホって マドリッドでは臭いっていう意味。
本当 こんがらがっちゃいます。 同じ言葉を話してると信じてるから ますます わかんなくなっちゃいますね。 今は テレビがあるから 言葉が同一になってるっていうけど まだ まだ ありますね。

Commented by cazorla at 2016-03-09 17:37
> ミミズさん

耳が遠いというのもそうですね。
母は 外国人で なおかつ 耳が遠い。
日本のテレビを見ても 意味がわからないことが増えてます。
なかなか じっくり話せないのも ストレスになるし。

交換日記始めようと思ってます。 
ミミズさんも お手紙書いてあげてください。
Commented by mamoei at 2016-03-10 15:37
こんにちは。

cazorlaさん、すごく伝わってきました。
確かに、母国語でない限り、自分の気持を端的には表現しづらいですよね。
母国語でも怪しいのに(笑)

本当ですね、言葉は大事ですが、言葉と知能は明らかに違います。
流暢に他国語を話せる人に一目置きそうな心に、喝を入れられた気持ちになりました。
Commented by cazorla at 2016-03-10 16:41
マモエさん

日本語で話してもつまんない人は英語で話してもつまらない。
留学から帰ってきて 英語で話したがってる子がいて 外国人を捕まえては話しかけるんだけど
相手が退屈する。
まず 母国語だなって。 かなり昔 フランス人を接待したんですが その時 一番 語学ができない子が 一番 彼のお気に入りというか
楽しく会話してました。 なんか ちょっとできると いやらしくなるし できないと コンプレックスで 構えちゃう。
そういうのが全くない人 ものすごく自然に 普通に話していた。
なるほどなーって思いました。

マモエさんの言葉は 心に留まります。 いつも。 
賢い女は料理がうまい と言う桐島洋子さんの言葉そのものだな といつも思います。
名前
URL
削除用パスワード
by cazorla | 2016-03-06 22:36 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(19)