読み返す本 

最近は「夜と霧」をもう一度読み返しています。
アウシュビッツで生きながらえた精神科医の著書です。
いかにして絶望せずに生き延びるか。
これはかれこれ20年近くの間に何度も読み返しています。
子供ができてからは 子育てのひとつの指針として。

人間というのは絶望した時 死に向かって歩いてしまう。
それが自殺という形を取らなくても アウシュビッツの中で ガス室に行くことを狂死を選んでしまう。
そうならないためにどうするか。
かれは三つのことを書いています。
ひとつ 愛する人の面影に話しかける。 その瞬間 その人が生きているかどうかは考えずひたすら愛する人の姿を目の前に想像し話しかけ 想像の中で その人の返事を聞く。
ふたつ 1日に一度はジョークを言う。 ユーモアは大事な人生のスパイスだというのはどんな状況でもほんとうです。
みっつ 1日一度は 何かに感動する。 美しい夕日 野に咲く花 水の流れ 土の中から飛び出した小さな芽・・・・等々。

この本の中のひとつのエピソード
一緒にアウシュビッツに入れられた外科医がある日この著者に打ち明ける。
「夕べ 夢を見たんだ。 神様が出てきて 僕は質問した。 いつ僕はここから出ることができるでしょうかって。 すると 神様は答えたんだ 五月三十日だと。」
それは1945年2月の出来事だった。
かれは その後とても元気だったが五月になると少しずつ不機嫌になり出した。
状況からどう考えても 五月三十日に恩赦がでるのはあきらかに不可能だから。
そして 五月三十日 熱が出て 五月三十一日に死んだ。
チフスだったが 希望を失った時に 菌に対する抵抗力がなくなったのだろう。

以前に読んだ時は このエピソードは私をそんなにとらえなかった。
何度も同じ本を読んでいると 年齢によって ぐっと引っかかってくる物が違う。

夜と霧
[原書名:EIN PSYCHOLOGE ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER : in…trotzdem Ja zum Leben〈Frankl, Viktor E.〉 ]

みすず書房 (2002-11-05出版)
・フランクル,ヴィクトール・E.【著】〈Frankl,Viktor Emil〉・池田 香代子【訳】
[B6 判] NDC分類:946 販売価:\1,575


 よく人は一度絶望したところから本当の希望が生まれると判ったような判らないようなことをいうが 自分の意志によって 自分を動かすことのできない自分が 自分の運命だと言うことの認識(絶望)からはどんな希望も生まれることはないと思う。 ただ 現実的な自分の場所に忠実であることより外には 努力のしようがないことになる。 これだけが 自分にとっても他に対しても誠実だというよりほかにない。 それが できるかぎり自由に近い生活方法だというより仕方がない。おやじは こういう自分の道を生活し 死んだ。
      辻 まこと 「おやじについて」 辻まことの世界 矢内原伊作編
      注・「おやじ」は辻 潤です。
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Tracked from 名言・格言・成功哲学・こ.. at 2006-09-21 22:29
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フランクルの英語の名言Live as if you were living a second time,and as though you had acted wrongly the first time.                 Viktor E. Frankl あたかも2度目の人生であるかのように生きなさい。それも、1度目の人生で失敗し...... more
Commented by antsuan at 2006-07-31 09:37
何時も何かに誰かに活かされていると思っている運命論者なのですが、映画「誰がために鐘は鳴る」のように、愛する人のために死にたいと云う願望があります。やっぱり愛する人がいなくなったら絶望してしまうでしょうね。 いちおう自分は海の男のつもりでいるのですが、自衛隊の教育隊時代に「板子一枚下地獄、絶対に諦めてはダメだぞ、諦めたら死ぬ」と、ヤクザっぽい仲間に真剣に言われた事を思い出します。海の上はそう云うところだと何時も気を引き締めています。
Commented by seilonbenkei at 2006-07-31 21:11
>よく人は一度絶望したところから本当の希望が生まれると
希望に本当と偽とがあるのでしょうか。私的には、小さな希望と大きな希望はあると思いますが・・・。
>自分の意志によって 自分を動かすことのできない自分が 自分の運命だと言うことの認識
これが何故絶望なのかも私にはもうひとつわかりません・・・。
字面を追っただけなので深く考えていないはいないのですが、少なくとも直感的な理解は私には?
Commented by eaglei at 2006-08-01 05:06
物質的に豊かになっても、心が病むことが多い世の中です。
貧しかったり、少しだけ健康を損ねているほうが、喜びと感謝の気持ちになれます。
特に子どもの頃に満たされて、鍛えることをしないで、大人になるので悲劇です。
小さな事で悩んでしまうからです。
絶望するなら、自分のことでなく、地球の未来で悩むほうが素敵ですね。



Commented by cazorla at 2006-08-01 06:21
antsuanさん 諦める→絶望したら死ぬ 本当に厳しい所に生きていらっしゃるんですね。 そう言うところで感じることはなまっちょろいことば遊びなんて ほんとうに蹴飛ばされてしまいます。
Commented by cazorla at 2006-08-01 06:34
セイロンベンケイさん >よく人は一度絶望したところから本当の希望が生まれると これは良く道徳の時間にも言われることばです。 日本人はこれを結構信じてきた それに対して辻まことは怒りを感じてるわけです。辻まことのことば 足の大きさのの自由。 どう説明して良いか判らないのですか゜ ここで引用したのは上の記述と重ねて 絶望してそこから立ち直るのではなく絶望しない生き方を目指そうと言う意味で
Commented by cazorla at 2006-08-01 06:38
eagleiさん 小さいことに悩んでしまう人 というのは 私は小さい時の愛が不足しているのではないか と思うのです。 物質的に豊かになって親ももっと楽しみたい。 子供には好きなだけオモチャをかってやったりしてる。 でも 無視されている子供が多い そう思います。
Commented by adriatic-sea at 2006-08-02 03:08
こんにちは。
夜と霧、何度も読みましたワ~。
また読もうかなあと、思いました。
学ぶことの多い一冊ですね。
Commented by cazorla at 2006-08-02 07:22
adriatic-seaさん コメントありがとうございます。
時々 どうしても読みたくなってしまうんですよね。
>学ぶことの多い一冊ですね。    その通りだと思います。
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by cazorla | 2006-07-31 09:04 | Trackback(1) | Comments(8)