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カトリックと村の宗教

ずっと以前にコメントの中でセイロンベンケイさんに スペインの宗教観についてご質問があったのですが 宗教観 観ですから なかなか無宗教の私にはことばで説明することはできません。 で ずっと宿題として ほったらかしにしてました。
それにスペインの となると 全ての場所についての知識もないし うちの家族ってあんまり信仰深くなさそうだし。でも カソルラというスペインの昔ながらの雰囲気の所に住んでいると カトリックって言っても 基本は土俗宗教だ というか村の宗教 どう言えば一番 誤解なく受け取って頂けるかわからないのですが つまり生活の一部を形成している そして 生活の土台になっている その一方で 神とは何か 的なこととは すごーーーーく遠いところにあるなと そんな感じを持っています。 基本は どこでも形はかわってもタブーとか習慣が少し違っても基本にある人間の営みは同じだな と思うのです。 
ずっと前に 大阪にフランス資本のカルフールができた時 ニュースでおばちゃんたちが「おフランス おフランスいうたかて ダイエーさんと一緒でんな」と コメントしてましたが まさしくそんな感じです。
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村の至る所にこういうものがあります。
スペイン版おじぞうさん というか スペイン版お宮です。
日本のと違う点は普通の家の壁に埋め込まれているところです。
歩いている人が立ち止まってちょっとだけお祈りしたりしています。
壁に食い込まれてる家の持ち主は とっても自慢に思っています。
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左の山の中腹にある建物 エルミータと言われる 山の礼拝堂です。
そこに マリア様の像がしまわれていて 年に一度 御神輿で地上に降りてきます。
エルミータは三つあって 村を守ってます。
この御神輿が回るルートというのがあって そのルートに住んでるっていうのも自慢だったりします。 うちも そう。 自慢します。
その御神輿が通るとき その後ろを裸足で歩く人の姿も見られます。
この人達 たいてい女性ですが 何か願い事があって それが成就するために裸足で歩くのです。
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こういう絵がたいていの家に飾られています。
これって やはりプロテスタントと違うところですよね。
イスラムが偶像崇拝を禁止してますが カトリック世界というのはまさしく偶像崇拝の世界ですね。 偶像崇拝のいいところは 信仰をやめる時に 目の前の偶像を破ってしまうと気持ち的にすっきりした改宗が(改宗でいいんでしょうか。変宗というの?)簡単なのだそうです。
それにひきかえ 偶像がないと 世界は神にみちていて 逃れられない。
だから 改宗率はイスラムのほうが遙かに低いらしい。

人間って本質は結構シンプルなんです。
だから 私は宗教に行かないようにしてるんですが心の奥で輪廻を実はすごく信じていて 次の人生を夢見たりしています。
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Commented by Sanae at 2006-08-24 10:29 x
私はムスリムのバングラディッシュ人がやっているカレー屋さんでラマダン(断食)の時期にアルバイトをし、モルモンの宣教師さんがボランティアでやってくださっている無料の英会話に毎週参加し、キリスト教からイスラム教へ改宗したアフリカ系アメリカ人のお友達からダライ・ラマの本を薦められ読みあさっていたという時期があります。ちょっと(かなり)カオスな時期でした。(笑)彼らとのつき合いの中で、いったい宗教って何なんだろうって悩みました。今では自分なりの距離のとり方を持っていますが…やっぱりスタンスとしては「どこにも属さない」です。

バルセロナで通っていたスペイン語学校の若い先生には、「多くの日本人は特定の宗教を持たないんでしょ?自由でいいわね…。」とつぶやかれたことがあります。ちょっとドキッとしました。カトリックも土着の宗教だと言うのは、私もカタルーニャ美術館の古い壁画などを見ていて感じました。日本に仏教として伝わっている地獄絵などと、とても似ていると感じる絵もありました。

個人的には、神様仏様すべての存在を信じて、毎日楽しく生きています(^^)決まりごとに縛られない境遇には、とても感謝しています。
Commented by peque-es at 2006-08-24 12:20
ガリシアに行った時、クルセイロと呼ばれる十字架があちこちに建っていました。例えば別れ道のような所に建っていたのか…記憶が定かでありませんが、正に日本のお地蔵さんとか、同じような感覚だなあと思いました。ガリシアはキリスト教以前の土俗の宗教や迷信が強く残っている事でも有名ですが、その時いたガリシア人の友達によれば、クルセイロのある所には元々土俗の何かがあった、そういう場所なんだそうです。
宗教の本質って、実はとても素朴なものじゃないかとか思います。
あ、私も「来世は間違えないようにしなきゃ」…とか、しょっ中思ってます!(笑)
Commented by ivydesousa at 2006-08-24 18:20
16世紀にカトリックの宣教師が日本に布教しにきたときも、かなり画像を用いたようですね。最初は日本人はキリスト教を仏教の一派だと思っていて、聖母子画像を子安観音像として拝んでいたこともあったよう。
カクレキリシタンの里には、今でも写真のような聖母子像の日本風の絵が「拝まれて」います。
Commented by seilonbenkei at 2006-08-24 18:47
コメントした本人はすっかり忘れていますのに(笑)わざわざすみませんです。
>年に一度 御神輿で地上に降りてきます。
前にコメントで書いたカナリア諸島では、年に一度マリア像を船に乗せてどこか(忘れました)へ運ぶそうです。どうやらスペインではそういう風習があるようですね。
プロテスタントでも十字架やイエスの絵を家に置きますので(我が家は置いていませんが)、私はマリア像もそんな感覚で見ています。偶像というよりはお守りというか、お札というか(笑)
>偶像がないと 世界は神にみちていて 逃れられない
「逃れられない」というのはうちの教団の牧師がよく使う表現です。神からは逃れられなくてもいいから、教会からは逃げさせてくれといつも言うのですが。でも、教会に限らずですが、人は支配層の仲間入りするとその地位を手放したくなくなるんですよね。さすらいの旅を望みながら、実は帰る家を求めているように。
Commented by cazorla at 2006-08-25 03:02
さなえさん 日本人って無宗教で それも結構有名だからか 色んな宗教の人が話しかけてきます。 たぷん宗教外で話してみたいと思ってるのかもしれません。 でも タブーの領域にはいらないようにしていますが。 さなえさんも なかなかすごい交友関係ですね。

たしかに決まり事にしばられない ってすてきです。 それに色んな人と話せますし ね。
Commented by cazorla at 2006-08-25 03:05
ペケさん ガリシアを舞台にした映画を見た時も そうかな と思ってました。 だいたい 雨が多かったりちょっとくらい所の方が妖精とか 違った不思議な物への宗教が多いようです ね。

来世 また人間と思うのは 甘すぎる と誰かにいわれましたが。ゴキブリとかいやだわ。 やっぱり 今よりワンランク上の人間になりたい(笑
Commented by cazorla at 2006-08-25 03:07
アイビーさんは専門家でしたね。 あと 地蔵にはね 天使のはねがはえているものもあるとか。 よく どうやって 布教していたのだろう と思っていました。 あれだけ強い信仰心を持つまでになるのですから ほんとうにすごいことだと思います。
Commented by cazorla at 2006-08-25 03:11
セイロンベンケイさん たぶんカナリアのほかの島で ちゃんとした教会がないところなのかもしれないですね。 日本の御神輿も 年取って山の上まで おがみに行けない人のために 街をまわるのが起源なので なんとなく似ているな と思います。

プロテスタントでもやはり置くのですね。 イギリス人に訊いたら そんなのだれもしないといっていたので 置かないと思ってました。 夫の母方の伯母達の家に行くと 壁という壁にかかっています。
私は無宗教だから 絵として感じるのですが 夫は信仰が薄いとは言え カトリックなので すごく居心地が悪いそうです。 なんとなく罰当たりな気分になるんでしょうね。
Commented by rudy-love-111 at 2006-08-25 06:19
シッチェスでもやはりマリア様やキリスト様が沢山建物の中に納まっていたり、タイルで絵が描かれています。
パティオで会う仲良しのおGちゃん達は以前はもっとお祭りが多かったんだと話していました。
何故少なくなったかというと、カトリックの人たちが少なくなったので宗教的なお祭りが少なくなったのですって。
でも・・・・私が思うに、今でも十分にお祭り多いような気がしますが。。。。
カトリックの人達は減っているのでしょうかね。
Commented by obreykov at 2006-08-25 15:55
Cazorlaさん、うーん、宗教は難しいですね。でも、CazorlaさんやコメントのSanaeさんのような方がいて安心しました。私も神様は皆一緒、みたいな、お地蔵さんがいれば手を合わせるし、神社に行けばおまいりするし、お墓に行けば、手を合わせるし、教会に行けば、蝋燭も灯すし。。。

夫の出身国ブルガリアはギリシャやロシアなどと同じ種類の正教会です。教会にはカトリックとはまた別のイコンという聖画が飾られており、家にもイコンを飾っている人たちは少なくありません。
すばらしい絵が多いので、美術品として飾るのも素敵だと思います。
私の車には安産のお守り(とってもよくきいたので)をバックミラーにぶら下げ、小さいイコンの裏にシールがついているものをラジオの下に貼り付けています。
Sanaeさんの御意見に賛成!
Commented by cazorla at 2006-08-25 23:16
るでぃさん 信心深い人が減っているのでしょうね。 カソルラは みんな教会に行くし 教会の前で十字をきりますが マドリッドでそんな人みたことありませんもの。 マドリッドの教会は色んなイベントをして子供達が来る工夫しています。 
Commented by cazorla at 2006-08-25 23:21
obreykovさん カソルラではお店に小さな大黒様を置いているところがいくつかあります。 神様だとは思ってないのでしょうが 商売繁盛のマスコットくらいの気持ちでしょうね。 田舎のカトリックの人たちのほうが 他宗教に対しても 緩やかな感じがします。 なんとなく 日本の神様みたいに 習慣の中の一部みたいなかんじで 解釈とかそういうややこしいことぬきで とりあえず 手をあわせているような。

ひとつの宗教に固執しすぎると 他宗教を生理的に拒否してしまう所なんかもあると思います。 ほんとはもっと鋭く追求することはほかにあるとおもうんです。 どうでもいいことと どうでもよくないこと これがときどき ぐちゃぐちゃになってしまうんですよね。
Commented by eaglei at 2006-08-27 10:06
輪廻思想ってキリスト教にはありませんね。
僕は輪廻を信じていますけど、スペインの人々は死後の世界をどう考えているのでしょう~?

来世のことを想ったら、絶対に悪いことはできません。
また人間に生まれていたいから~(笑)
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by cazorla | 2006-08-24 04:25 | カソルラ | Trackback | Comments(13)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla