どんぐり
「頭のいい人には恋ができない。」と寺田寅彦氏が言ったそうですが サルトルは頭の悪い女に恋はできない とも言っています。 それをうけてかどうか 吉行淳之介が中島みゆきとの対談で 愛は論理的思考を有するから 女には人を愛せない と言った。 そして それをうけて 中島みゆきはその時はなにも言わなかったけれど 後に「女なんてものは」を書いた。
話は飛んでしまうのだけど 私は寺田寅彦という人が好きだ。
ある時 ネットで知り合った若き科学者のF君と 話している時
(F君はタンパク質核酸酵素というのを研究している)
学者ってマッチョよね と いつもの癖で 軽いのりで言ってしまった。
たとえば 寺田寅彦のドングリ。
私としては マッチョは必ずしも悪い意味ではない。
F君はなるほど と言って ちょっと「どんぐり」について 書いてみます。
と言って 書いてくれたのの一部が次ぎの文章だ。
で それに対して私はこういう風にマッチョな男が 少し離れた所から慈愛の目で見つめてくれている というのは (フェミの方にしかられるかもしれないけど)それは幸せなことではないか と書いた。 この場面を書いているのは 寺田自身である。だから 妻の大儀な身体を充分わかっているのである。 そして 亡くなったあとに息子が ドングリを拾う姿を見て 妻に思いをはせる。
冒頭の「頭のいい人には恋はできない」というのは 彼の「恋」という定義はなにはさておき愛する人にべたべたすることなのではないか。 本当は 死ぬ前の妻にもっと 優しくしたかった もっとそばにいたかった という気持ちが このことばを 言わせたのではないかと思う。
愛は 少し離れた所から見つめる物だと思う。
時が絡め取っていく物を含めて 愛していかないといけないから。

女なんてものに 本当の心はないと
そんなふうに言うようになった
あなたが哀しい
女なんてものは 心にもないことを
平気で言うと人を悟してる
あなたが哀しい
笑ってごらんなんて なぐさめを
あたし これから 信じないわ
泣いてもどうにも ならないけれど
笑ってもあなたは 帰らないじゃないの
女なんてものは 愛などほしがらないと
笑いながら 言うようになった
あなたが哀しい
女なんて奴の 涙は 売り物だと
泣いてる人を指さして言う
あなたが哀しい
忘れていればなんて 言い方を
あたし これから 信じないわ
呼んでも どうにもならないけれど
忘れてもあなたは 帰らないじゃないの
笑ってごらん なんて なぐさめを
あたし これから 信じないわ
泣いても どうにもならないけれど
笑っても あなたは
忘れても あなたは
帰らないじゃないの
話は飛んでしまうのだけど 私は寺田寅彦という人が好きだ。
ある時 ネットで知り合った若き科学者のF君と 話している時
(F君はタンパク質核酸酵素というのを研究している)
学者ってマッチョよね と いつもの癖で 軽いのりで言ってしまった。
たとえば 寺田寅彦のドングリ。
私としては マッチョは必ずしも悪い意味ではない。
F君はなるほど と言って ちょっと「どんぐり」について 書いてみます。
と言って 書いてくれたのの一部が次ぎの文章だ。
●「どんぐり」と著者寺田寅彦先生について
http://www20.tok2.com/home/voicelibrary/donguri.htm
http://park18.wakwak.com/~seppo/0402/0403koisikawa.htm
(解説引用)明治38年4月、『ホトトギス』に発表された寺田寅彦の『どんぐり』(『団栗』)は、原稿用紙12、3枚の小品だが、当時、不治の病とされた結核に突然見舞われた若い夫婦の動揺・不安、一時の平穏、そして、亡妻への愛惜、娘への思いなど、複雑微妙な心理のあやを見事に描いた作品。
初産を控えた若い妻が突然喀血した日のことから、『どんぐり』は書き出されている。一進一退の妻の病状がやや安定した二月の半ば、風もなく暖かい日に医者の許可を得て、「余」は妻を植物園に連れ出す…(解説ここまで)
この小品、妻そして忘れ形見の娘への慈愛に満ちた作品です。妻を亡くして数年経ってから、心に留め続けてた偲ぶ記憶をつづっている。哀愁を帯びた観照、科学者だった寺田の性質も端正に出ていて、私にとってもある種の憧れです。
先週、cazorlaさんとの話に出てきたので、私も十数年ぶりに読み返しました。小石川植物園を知っているのもあって、情景が絵画のように浮かんできます。でも、同じ男性として、途中はらはらするような場面もある。例えば、次のくだりなんかを読みながら、
----引用----
実にいい天気だ。「人間の心が蒸発して霞(かすみ)になりそうな日だね」と言ったら、一間(けん)ばかりあとを雪駄(せった)を引きずりながら、大儀そうについて来た妻は、エヽと気のない返事をして無理に笑顔(えがお)をこしらえる。この時始めて気がついたが、なるほど腹の帯の所が人並みよりだいぶ大きい。あるき方がよほど変だ。それでも当人は平気でくっついて来る。美代と二人でよこせばよかったと思いながら、無言で歩調を早める。
--ここまで--
・初産を控えた妻が歩きづらそうにしながら「一間後ろを歩いてくる」のであれば、歩みを止めて横に並び、支えたりしながら歩んであげようよ?ハラハラ。
・「よせばよかったと思いつつ、歩調を早める」くらいなら、歩調を緩めて歩きづらい妻にあわせればいいのに。うーん。
こんなところに気をやきもきするのはテクニカルなことに過ぎないかもしれませんが、そのテクニカルなポイントを具体的に身体で把握していることって大切なんじゃないでしょうか。日本社会におけるジェンダーの律速(ボトルネック)は、男性側がテクニカルな部分(ジェンダーについての具体的な量的質的な部分)に対してリアルな理解がない点にあるのではないか、と思うのです。「対象に愛情」をもっていることと、「対象への愛情を具現化できること」では、comfortabiltyの質が異なりますよね。ジェンダーギャップを知っているひとが増えても、ジェンダーギャップが埋まりにくいのは。。。
この話の流れで、「学者社会は特にジェンダー的にマッチョなのでは?」との問い、答えはYes。2つの側面があって、一方は悪名高いアカデミックハラスメント。もう一方が、産休・育児の比重差から女性の戦闘力が低く評価される点。後者が難題。一線の研究者はプロサッカー選手やプロ野球選手と同じで、業績でその価値を評価される。業績と産休・育休は二律背反、という風潮が確かにある。こんな環境なので、マッチョな女性も多い(気がする)。
で それに対して私はこういう風にマッチョな男が 少し離れた所から慈愛の目で見つめてくれている というのは (フェミの方にしかられるかもしれないけど)それは幸せなことではないか と書いた。 この場面を書いているのは 寺田自身である。だから 妻の大儀な身体を充分わかっているのである。 そして 亡くなったあとに息子が ドングリを拾う姿を見て 妻に思いをはせる。
冒頭の「頭のいい人には恋はできない」というのは 彼の「恋」という定義はなにはさておき愛する人にべたべたすることなのではないか。 本当は 死ぬ前の妻にもっと 優しくしたかった もっとそばにいたかった という気持ちが このことばを 言わせたのではないかと思う。
愛は 少し離れた所から見つめる物だと思う。
時が絡め取っていく物を含めて 愛していかないといけないから。

by cazorla | 2006-11-14 20:29 | おすすめのもの | Trackback | Comments(23)
「頭のいい人に恋はできない」というのは、頭=理性という観点でしょうか。
べたべたすることを恥ずかしいとかはしたないとかいう理性が抑えてしまうようでは、恋の喜びに浸ることはできない、というふうな解釈をしました。
恋を感情とするなら、私は愛はそれにプラス理性だと思います。
理性がなければ愛することはできないと思うのです。
だから、「頭の悪い人は愛することができない」んじゃないかなと。
どんぐりの写真、いいですね~。
顔を描きたくなります。
べたべたすることを恥ずかしいとかはしたないとかいう理性が抑えてしまうようでは、恋の喜びに浸ることはできない、というふうな解釈をしました。
恋を感情とするなら、私は愛はそれにプラス理性だと思います。
理性がなければ愛することはできないと思うのです。
だから、「頭の悪い人は愛することができない」んじゃないかなと。
どんぐりの写真、いいですね~。
顔を描きたくなります。
今日のはちょっと考えないとコメントできません。が、どうも風邪で。
頭痛いのでcazorlaさんがマドリッド行ってる間に考えます。
お母様と二人で、、、ですよね?
気をつけて楽しんできてください。いい思い出がたくさん残せますように。
お帰りをお待ちしています、、、って書きながら、時差があるからご挨拶はまだちょっと早かった?
頭痛いのでcazorlaさんがマドリッド行ってる間に考えます。
お母様と二人で、、、ですよね?
気をつけて楽しんできてください。いい思い出がたくさん残せますように。
お帰りをお待ちしています、、、って書きながら、時差があるからご挨拶はまだちょっと早かった?
寺田寅彦の言葉の解釈、同感です。死がドングリと同じく身近にあった時代程、愛も身近にあったのではないかと。
凄く深いですね。恋より愛は深いもの?なるほどね。
とにかく難しい~~~恋して愛して・・・私の場合考えたら昔の事だった(笑)
どんぐりいい雰囲気ですね。いつも落ちてるものは見かけるけれどこのような
木に下がってるのは珍しいです。
とにかく難しい~~~恋して愛して・・・私の場合考えたら昔の事だった(笑)
どんぐりいい雰囲気ですね。いつも落ちてるものは見かけるけれどこのような
木に下がってるのは珍しいです。
う〜ん、頭の善し悪しというのが何を指すのか、判然としませんけれども、愛することができる、というのは、その人を大切にする、ということに対して自分の責任で腹をくくることができるかどうか、ということとは関係があるでしょう。若くてずるい臆病者は恋することはできるけれど、愛することは必ずしもできない。頭の良さというのが、そのずるさを意味するのなら、そう言う人は愛することはできない。でも、自分とは違う人の気持ちや価値観を洞察することができるだけの賢さがなければ、やはり本当にはその人を愛せないでしょう。
なるほどな言葉ですね。頭が良い人が恋が出来ないと言う意味はわかります。でも恋は一人でも出来るけれど、愛は2人で育むものだと思っています。人を好きになる事って大切ですよね。でも何度も経験したいと思いません。エネルギーが入りますから。(笑)
私は松山千春の『恋』の歌詞が大好きです。男なのに女の気持ちがわかるなーと思っています。あの歌詞のように『それでも恋は恋』と言える恋があったかなー?と思ってしまいます。
私は松山千春の『恋』の歌詞が大好きです。男なのに女の気持ちがわかるなーと思っています。あの歌詞のように『それでも恋は恋』と言える恋があったかなー?と思ってしまいます。
気が付いたら恋をしているっていうものなのでしょう。
愛も。「女には人を愛せない」って言うという事は、
よほど女で痛い目にあっていらっしゃるのかな??
でも、そういう女も存在します。だから人それぞれ。
カソルラさんのテーマいつも新鮮で面白い!!
愛も。「女には人を愛せない」って言うという事は、
よほど女で痛い目にあっていらっしゃるのかな??
でも、そういう女も存在します。だから人それぞれ。
カソルラさんのテーマいつも新鮮で面白い!!
息子達の写真載せました、見て貰おうと思って、でも旅行でしたね、お母様と。
何時帰られんでしょう・一週間?
この欄のコメントは長ーくなりそうなので、止めときます。どうせ私は古い女よ!
だって、旦那が明治男みたいなとこがあるんだもん、家の旦那も、さきさき歩いていってしまうタイプですよ。でもそんな男の心を読めたら、可愛いとこもあるんだよね。
優しくしてほしいと、やたら思った若い頃はその、ジェンダーとやらでケンカしましたけれどね。旦那曰く、”俺って、言ってくれな解らんねんわ”だって。真顔で言ってましたよ。
男と女の間には、深くて暗い川がある、~~~エンヤコラトュトと船を漕ぐ~~ローアンド~ローローアンドーロー
何時帰られんでしょう・一週間?
この欄のコメントは長ーくなりそうなので、止めときます。どうせ私は古い女よ!
だって、旦那が明治男みたいなとこがあるんだもん、家の旦那も、さきさき歩いていってしまうタイプですよ。でもそんな男の心を読めたら、可愛いとこもあるんだよね。
優しくしてほしいと、やたら思った若い頃はその、ジェンダーとやらでケンカしましたけれどね。旦那曰く、”俺って、言ってくれな解らんねんわ”だって。真顔で言ってましたよ。
男と女の間には、深くて暗い川がある、~~~エンヤコラトュトと船を漕ぐ~~ローアンド~ローローアンドーロー
寺田寅彦氏の発言、彼のみぞ知る。しかしながら、知人(頭の良い人)は理屈で恋愛を語ることがとても多い、「実践」とは無縁な「恋愛論」に過ぎないから退屈な奴だと思うこと多々、苦笑。寺田寅彦氏著者「どんぐり」にみるジェンダー論、男女の間に存在するある種の「ズレ」に関してはなくなればいいと思うこともあるしそのままで...と思うことも多々。お母様との旅行、楽しんできてくださいねー。
寺田氏や、吉行氏の愛のかたちは、女性が描く愛のかたちとは別なのでしょうね。しかし、自分の思う愛をはっきりと意識しているらしいところが、なんだかマッチョ。芸術家だ。
若い頃(学生時代に)、恋愛で苦労している友人をみて、私はかしこく恋愛するわ、とおもったけど。今では、恋愛至上主義になれる女の方がかわいい、うらやましいと思います。男の目から見てどうかは別として。
若い頃(学生時代に)、恋愛で苦労している友人をみて、私はかしこく恋愛するわ、とおもったけど。今では、恋愛至上主義になれる女の方がかわいい、うらやましいと思います。男の目から見てどうかは別として。
cazorlaさん初めまして。リンクの果てにこちらにたどり着きました。スペイン語検定4級(笑)の私にとってはたいへん興味深いblogです。よろしければリンクさせて下さいませ。よろしくお願いします。
風待ちさん 人との関係って 距離の保ち方だけでも むずかしいもので。
恋人だから だらたらになる と愛も育ちにくいのかもしれませんね。
人前でべたべたしなくても充分恋の喜びに浸れるような気もするのですが
きっと そういう観点でおっしゃったのでしょうね。
恋人だから だらたらになる と愛も育ちにくいのかもしれませんね。
人前でべたべたしなくても充分恋の喜びに浸れるような気もするのですが
きっと そういう観点でおっしゃったのでしょうね。
セイロンベンケイさん もう元気になられたでしょうか。
あとでお邪魔します。
あとでお邪魔します。
あんつぁん 昔の恋愛小説の方が切実ですね。
今のは 特別な状況 たとえば どっちかが不治の病とか ではないとなかなか恋愛小説も書けません。
今のは 特別な状況 たとえば どっちかが不治の病とか ではないとなかなか恋愛小説も書けません。
asakeさん それはわかりません。 私もむかーしのことですが でも未来のことでもあるかも知れません・・・(笑 人生 いろいろですから。
りろさん みかえりを要求しない愛って むずかしいですよね。
でも それをもって愛というのですから。
純愛ブームだって と夫に言うと 純愛ってなに と訊くので
純粋な愛よ というと 純粋でなかったら それはもう愛とは呼ばない。
なるほど ごもっとも と思ったのでした。
でも それをもって愛というのですから。
純愛ブームだって と夫に言うと 純愛ってなに と訊くので
純粋な愛よ というと 純粋でなかったら それはもう愛とは呼ばない。
なるほど ごもっとも と思ったのでした。
anthonbergさん 確かにエネルギーがいります。
でも 夫婦の愛を 持続するのも たぷん エネルギーがいる と思います。
ずっと 好きでいてほしいな とおもいますもん。
がんばりましょう。
でも 夫婦の愛を 持続するのも たぷん エネルギーがいる と思います。
ずっと 好きでいてほしいな とおもいますもん。
がんばりましょう。
マンボさん 吉行氏 女関係 華麗だから やっぱりそうなんでしょうね。
なくなった時も 何人かの女性が 色々書いてましたね~
「りこうな女の方が捨てやすい。 想像力があるからだ」とも言っております。
なるほど 別れ話でこじれたことがおありなのかしら・・?
なくなった時も 何人かの女性が 色々書いてましたね~
「りこうな女の方が捨てやすい。 想像力があるからだ」とも言っております。
なるほど 別れ話でこじれたことがおありなのかしら・・?
fumiyooさん 古くっても 大・大・大・恋愛ですよね~
大恋愛の果てに おまけにこんな運命的出会いで結婚されて
あたらしくても 古くても なかなかあることではありません。
やっぱり 愛 ですよね←意味不明ですが・・
息子さんの写真見て参りました。
ハンサムできっと旦那様も 素敵な方なんだなー
というのが 想像できました。
大恋愛の果てに おまけにこんな運命的出会いで結婚されて
あたらしくても 古くても なかなかあることではありません。
やっぱり 愛 ですよね←意味不明ですが・・
息子さんの写真見て参りました。
ハンサムできっと旦那様も 素敵な方なんだなー
というのが 想像できました。
pfgiaさん 吉行氏とかサルトルだと いかにも実践と経験に基づくという感じですが
寺田氏 どうでしょう。 やはり 奥さんに べたべたべたとしてあげればよかったなーと思ってるのでは・・・ 気持ちは深い男性なのではと 思うのですよね。
恋愛論はやっぱり 実践者のもののほうが面白いかも ですね。
寺田氏 どうでしょう。 やはり 奥さんに べたべたべたとしてあげればよかったなーと思ってるのでは・・・ 気持ちは深い男性なのではと 思うのですよね。
恋愛論はやっぱり 実践者のもののほうが面白いかも ですね。
さはんじさん 恋愛至上主義でも しめる所はしめて
賢く恋愛 できれば やっぱり最高ですよね。
ぼろぼろにはなりたくないですもの。
でも 渦中にいると わかりません。
私は大昔のことなので。
賢く恋愛 できれば やっぱり最高ですよね。
ぼろぼろにはなりたくないですもの。
でも 渦中にいると わかりません。
私は大昔のことなので。
monikaさん リンクありがとうございました。
こちらからもさせていただきます。
こちらからもさせていただきます。
おかえりなさい。私の予想より早かったので、まだどんぐりの用意が・・・。
リンクもまだ踏んでいないので、予備知識もまだ。
小石川植物園もすぐそばにいたのに行ったことないし。
この記事は時間かけてゆっくり味あわせてもらいますね。
ニューハンプシャーをそうしてるように。
リンクもまだ踏んでいないので、予備知識もまだ。
小石川植物園もすぐそばにいたのに行ったことないし。
この記事は時間かけてゆっくり味あわせてもらいますね。
ニューハンプシャーをそうしてるように。


