一房の葡萄

 
そういって、先生は真白(まっしろ)なリンネルの着物につつまれた体(からだ)を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白(まっしろ)い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏(はさみ)で真中(まんなか)からぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。(有島一郎)


私たちが 何か食べる時 いつもそこに付随したメタファーを食べている。
かならずしもその味そのものよりもメタファーの方が重要な場合もある。
だから もしかしたら有名な料理人はお皿の中に物語りを作るのが上手なのかもしれない。

母より十才以上年上の伯父が私に訊いた。
「★★さんは くだものでは何が一番お好きですか?」
私がたぶん八才の時である。
私は梨だと答えた。
母がむいて 私にくれる。
その甘い空間が好きだったのだ。
小さな子供にもすでにメタファーは存在する。
伯父は 「★★さんは 葡萄が好き とおっしゃい」
と言って 掌に葡萄をのせてくれた。
それは 知人の葡萄園で特別に家族用につくられている レディスフィンガーだった。
大正の初期にうまれた伯父にとって 葡萄は 優雅な食べ物だった。
そして 私のために一本の苗木をキープしてもらったのだから なんとしても私は葡萄が好きと言わなければならなかった。
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今日のお買い物 葡萄を一房 掌にのせてみました。
スペインの葡萄は 大きいので 掌にのるのがたいへん。
甘いです。
昔見た メキシコ映画で スペインから持ってきた葡萄の苗木で農場を始めるのだけど 嵐が吹き荒れて 葡萄が殆ど全滅してしまう。 夫婦で その荒れ果てた畑を歩いていると 夫が一房の葡萄をつんで 「ほら」と 妻に渡す。 まだ 生きている苗木があった。 掌の一房のぶどう。
スペインの葡萄は 一度病気で死に絶えていて その後 フランスから苗を持ってきているので 実は今あるスペインワインの葡萄は フランス製です。 だから 純粋に言えば 昔からのスペインワインは メキシコにあるのです。 そして 当時のメキシコは 現在の合衆国のカリフォルニアも含んでいましたから そこで今作っている美味しいワインも もともとスペインワイン。 つまり伝統あるスペインワインはもうなくなっていて 新大陸で その歴史が 続いているのです。

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市場で葡萄のほかに みかんを2㎏ いんげん(フディア ベルデ)500g アセルガ 一束も買ってきました。 スペインでは一般的に ほうれん草ではなくアセルガを食べます。
カソルラは特に 移民の少ない地域なので 外国人の良く行く スーパーマーケット以外では ほうれん草は見かけません。 うちの夫くらいの年(60年代生まれ)のおっちゃんは ほうれん草と言えばアメリカの味 といって 絶対口にしません。 もちろん地域による違いはあります。
フランスの影響のある地域もほうれん草は食べると思います。 


母に持っていってあげたら とっても喜んでいました。
これ フダンソウね。
普段に食べるからフダンソウって言うんだと思ってた。
戦前はよく食べてたよ。
あと 日本法蓮草もね。 今のほうれん草と全然違うのよ。 
でも 日本が負けて アメリカから おいしくない西洋ほうれん草が来たの。
おいしくない 西洋ほうれん草を食べて ああ 日本は負けたんだな。
負けたから こんな美味しくない物食べなきゃならないんだな と思ったの。

なぜ 日本のほうれん草やアセルガに替わって 西洋ほうれん草が増えたか。
それは 日本のほうれん草やアセルガはおいしいけれど 摘んだらすぐに食べなければ しなびてしまうし あくが急激に増えたりするからです。 摘んですぐだったら アクはほうれん草の六分の一 そして その他のビタミンも ビタミンB6 C カロチン 鉄分が豊富で ほうれん草より 栄養価は高いのです。
でも 西洋ほうれん草は しなびないように改良された。 売り手としては 最高の商品でした。

母にとっても 夫にとっても ほうれん草は アメリカの資本主義のシンボルです。

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アセルガはジャガイモと茹でて ゆで汁を捨てた後 熱した多めのオリーブオイルでいためたニンニクをかけて いただきます。

かつて 立原道造が 病に倒れ 何も食べられなくなって 亡くなる一ヶ月前に 「5月の風をゼリーにして」 と言いました。
私は ペパーミントリキュールのゼリーに 5月の風のゼリーと名付けて食べています。
これはメタファーが 食べ物より先。
このゼリーをいただきながら かのひとの 痩せて少年のような後ろ姿を思い浮かべます。

それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。もう二度とは遇(あ)えないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。(有島一郎)




violetvalleyさんからご指摘があったので つけくわえます。
ほうれん草は ペルシアからヨーロッパに伝えられましたが 本当の意味できちんと栽培されたのは 18世紀以降です。 アセルガは キリスト以前から つまり 紀元前四世紀から地中海地方で食べています。
また アセルガは Perpetual Spinach であるので ほうれん草と呼ばれる場合もあります。

農業のページで アセルガ           ほうれん草
をくらべると アメリカのほうれん草とちょっとちがって ほうれん草とアセルガ 似ているというのがわかると思います。

ここで 話題にしているのは 大手スーパーが扱っている アメリカで改良された枯れないほうれん草です。
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Commented by violetvalley at 2006-12-02 11:58
こんにちは
旦那さま、ほうれん草がアメリカの味と仰るのはどうしてかしら?
ほうれん草はイタリア料理にも良く合うし、あのピザに乗っかったのとか、パスタにもしても好きです。今、こちらスペイン産のみかんが少し前から店に並び始めました。美味しいの、はずれとかありますが。
Commented by cazorla at 2006-12-02 18:33
violetvalleyさん これはメタファのお話しです。
もちろん ペルシアから持ってきたほうれん草は イタリアでも食べているし
いちばん フランス・ベルギー・イタリアで栽培されています。
ただ 栽培種は イタリアのものと北のものとは当然ちがうのではないか とおもいます。 ペルシアのものですから 暖かい地方で 栽培できるものだったと想像できるからです。
合衆国に伝わったのは もっとあとです。ただそこで品種改良されています。
イタリアで食べている ほうれん草はその品種でしょうか。
日本にも日本のほうれん草がありました。 それぞれの地域にほうれん草があります。

夫の家では まずほうれん草を見たことはなかった。
それは 漫画ポパイの食べ物だった。 
それが 一般スペイン人 すくなくともマドリッドのスペイン人のイメージだと思います。

スペインの果物。 マドリッドでおいしいのを見つけるのはむずかしかったです。
田舎では なんでもおいしいのに。
輸出のは たぶんおいしくないと思います。 食べ物というのは 基本的にはその土地の食べ物が一番おいしいというお話しをしたかったのです。
Commented by アイビー at 2006-12-02 19:58 x
ほうれんそうは、典型的なポルトガル料理にも入っています。擦ってクリーム状にしたもの(離乳食みたいな)。私は実はこの食べ方が苦手で、よそのおうちで出されると、鼻をつまみながら食べてます。
スペインの葡萄が絶滅したなんて、知りませんでした。リオハのワインとか有名ですのにね。勉強になりますわ。
Commented by eaglei at 2006-12-02 22:15
食べ物は、何だかわからないメタファーのようなものだったら、食べた気がしません。
これを食べているんだ~っていう実感が欲しいですね!

スペインでは今頃でもブドウが食べれるのですか~、羨ましい!
マスカットの種類でしょうか、美味しそうですね。

どんなものでも地元で取れたものを食べたら、体に一番良いって聞きます。
だから僕は、小さな庭にえんどう豆の苗を植えましたよ。
収穫は、4月頃になるでしょうか。楽しみなんです。



Commented by Vi at 2006-12-02 22:46 x
詳しく説明頂きありがとう。
今此方で食べているのは日本で食べているのと同じ感じだけど、日本の
昔のほうれん草はもっと美味しかった・・・と言うことなんですね?
違和感なく食べてました。 ほうれん草しっかり萎びますが、確かに虫がつきにくくする遺伝子組み換えの野菜が多いようです。 ほうれん草、最近はイタリア料理式にして食べる事が多いです。そしてよく合っててとっても美味しいと思ってますが。 日本式は胡麻和えで頂きます。
遺伝子組み換えの野菜、長年の調査でないとどんな弊害があるかも判らないようです。それでヨーロッパはアメリカの野菜を輸入しない所が多いらしい・・・って聞きました。 
みかん、確かに昔、伊豆で完熟のみかんを食べた時、こんなに美味しいのか・・・と感激したのを覚えています。みかん中南米からも入ってきますが
今年は不作らしいです。
Commented by cazorla at 2006-12-03 09:27
アイビーさん ほうれん草のポタージュとはまた別のものですか?
スペインでプレと呼ばれているものでしょうか?
スペインでもよくプレは食べるようです。
学校の給食では週に二回くらいいろんな野菜のプレが出ると言っていましたが(マドリッドにいた時。 今はいなかにので食事なし)子供達も 飲み込む って言ってました。
Commented by cazorla at 2006-12-03 09:30
eagleiさんみたいなタイプはぜったい ナショナリストにならないんです。
メタファーに左右されない精神は大事です。
さすが 理系!
私は 左右されます! そして 多くの人がそうだと思います。
鯨が禁止になって 鯨好きが増えたのもそのせいではと思ってます。
なつかしき 日本。 でもね 給食で鯨のかつが出てた時みんな文句言ってたのですよ。私はけっこう好きだったから よく覚えているのです。
Commented by cazorla at 2006-12-03 09:33
viさん 誤解される書き方をしてもうしわけありませんでした。
書きたいことがあるんだけど うまくまとまらなかったり
実はバナナと日本人 みたいに ひとつの食べ物を追いながら歴史とか経済とかの問題を考えてみたい という気持ちがあるので なんか空回りしているのです。

ほんとに カソルラの果物っておいしいですよ!
特に桃が スペインってやっぱまずい と思っていたのがここに来てくつがえされました。 なんでこんなに味が違うんでしょうね。
そちらも 自然がいっぱいで 野菜や果物がおいしそうですね。
Commented by りろ at 2006-12-03 14:04 x
cazorlaさん、ほうれんそう、昔のあの根の赤いタイプね、あれ、私、苦手でした。「鉄分があるから根っこを食べなさい」と言われ、いやいや食べていたのです。今のほうれんそうのほうが、私、食べやすくて、好きです。アクが特に少ない、「サラダほうれんそう」というのも、今はあります。アクが強いものは、腎臓への負担が大きいですし。
ところで、このごろ、冬になると、葉がちぢれてロゼッタ型に広がった、「寒じめ ちぢれほうれんそう」というものが、売られるようになってきました。これ、甘くてコクがあるのです。ただ、悪いのにぶつかると、アクが強いです。でも、ほんれんそうのアクも、肥料のやりすぎでチッソ過剰な土壌で育てるがためのものであったりします。
Commented by りろ at 2006-12-03 14:05 x
う〜ん、いろいろ考えてみると、私も、食べ物に関しては、それほどメタファーに左右されるタイプではないと思います。何より、自分のからだに合うか、合わないか。時々アレルギーを起こして、食べられないものがたくさん出てくるので、からだの声を聞きながら食べるものを選ばないといけないのです。ただ、どうせ食べるならおいしく食べたいので、レシピ開発には熱心です。非伝統的な組み合わせが好きです。伝統食や話題のものは、一度食べて「あ〜、こういうものね」とわかれば充分です。
Commented by りろ at 2006-12-03 14:12 x
ただ、食のウンチクは、話のネタや文学を理解する手だてとしてはおもしろいですね。それぞれの土壌に合った食物、文化の中で育まれた料理には、知識として興味があります。
Commented by りろ at 2006-12-03 14:25 x
さらに考えてみると、幼い頃の思い出をあまり持たない、即物的な性格で、なおかつ食べ物の好き嫌いの多いダンナと結婚してから、私は、余計、食物に関しても、自分自身のセンチメンタルな記憶を脱ぎ捨てるようにしてきたのかな、と思います。それに、今までいろいろな国のいろいろなものを食べたので、からだに合いさえすれば、ほとんど何でもおいしく食べられる、と思っているせいかもしれません。
Commented by fumiyoo at 2006-12-03 14:56
根のところが赤いほうれん草・・日本のものと思っていました。あれも、アメリカ産なのですか?私はとても産地を気にして買うのですが、いつもスーパーー等では“京都産”て書いてあるので安心してたので、そうなんですか。でも、「すだち」をかければ日本産にならないかしら・・・???
Commented at 2006-12-03 15:05
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-12-03 15:06
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ぺけ at 2006-12-03 23:32 x
アセルガ、よく食べましたね。私戦後の生まれだけど(笑)、何故か「ふだん草」知ってたんです。母が一時庭で作ってて、同じ頃に山本周五郎の「ふだん草」っていう短編小説(?)、読んだ気がします。で初めてスペインに行って、アセルガをおひたしにして食べてみた時、あ、これはふだん草だ!
見かけからは想像つかなかったけど、味で分かりました。スペインの野菜は何でも大きいけど、ふだん草も大きいから…っていうか、料理する前のふだん草を、余り見た覚えがなかったんで(笑)。

ほうれん草、マドリッドでは結構普通に売ってますよ。これも大きくって、おまけに1把が1キロ以上ある…スペインの野菜料理は大盛りだし、昔は大家族だったから・・・
で昔のほうれん草は泥だらけで売ってたので、下洗いが大変で…水を替えて何度も洗ってから茹でないと、食べた時にジャリジャリ(笑) それからひとりだったので、一度ほうれん草買うと、ほうれん草の山盛りを毎日食べることになるの(笑)
最近はかなり綺麗な、そして小ぶりで盛りの少ないほうれん草や、カットして洗ったのなんかも売ってますよね。
…昔の話ばっかりで、なんかやっぱし「戦前の人」みたいかなあ?(笑)
Commented by cazorla at 2006-12-04 00:19
りろさん 私も基本的には 今そこにあるものが きもちいいものかどうかが第1ポイント。 そして 夫が好きかどうか。
スペインではあえて日本食って 母のために以外はどうも気が進みません。
たべてもそんなにおいしいと思えないんです。
スイスに住んでるスペイン人の友人が スペインのハムをスイスに持っていって食べてもおいしくないと言っていました。 そう言うもんだと思います。
それでも 彩りの良い子供時代の食べ物の思い出は たまに 思い出します。
でも あえて食べるとがっくりくるから たべません。
Commented by cazorla at 2006-12-04 00:21
fumiyooさん 京都の野菜っておいしいんですよね。
先が赤く そこが少しとんがってるのが日本製だと思います。
京都産だと たぶん日本種だと思います。 おいしいんですよね。
里芋も聖護院も
母は 山口に住んでいましたが 京都のお野菜を送ってもらっていました。
全部ではないですが
特に里芋は味が全然違うそうで。
Commented by cazorla at 2006-12-04 00:24
ぺけさん フダンソウって そんなに有名な って小説になるような話だったんですね。
今は洗浄野菜が中心ですね。ジャガイモも洗ってるし。
カソルラはどれも土付き。やっぱり土付き おいしいような気がします。
それも メタファーかもしれません。
わが家の食卓は たぶん 百年前と同じメニューなんだと思います。
義母がなくなったのが 1972年。 その時のメニューが今でもえんえん続いています。 だから 夫は まず ほうれん草は食べないんです。でも義父はわかりません。若い女の子とつきあってるみたいだし・・・
Commented by peque-es at 2006-12-04 12:59
たしかにスペイン、ジャガイモは洗って売ってますよね!
日本のジャガイモは土がついてて、スペインのジャガイモだと洗わずにイキナリ皮を剥いて、その後で洗ってたクセが抜けないので、日本の土つきジャガイモを同じように剥くと、中のおイモが汚れちゃうのね。まあ、その後洗えば取れるけど…日本の野菜はみんな洗って売ってるのに、何故ジャガイモだけ洗わないんだろうと思いながら、土つきのジャガイモを、いつもそのまま剥いちゃいます(笑)

1972年当時のスペインの家庭料理メニュー、きっと健康にいいと思います!
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by cazorla | 2006-12-02 08:21 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(20)