時は流れゆき
2006年 12月 14日
愛犬の命日であったので 母と喜んでいたら
夫が怒った。 西洋人やなーと思った。
だから彼との最初のクリスマスは 妊娠していた。
長いお下げ髪で 白い母の編んでくれたカーディガンを着て
高田馬場の図書館に夫と通った。
夫はその途中 自転車を見つけて がちゃがちゃとして乗り始めた。
目白通りを 私を追い越しては戻りしながら 私のまわりをぐるぐる回った。
私は借りたばかりの本を抱えて その風景を見ていた。
たぶん 一生で一番幸せな時だと思って。
もちろん 色んな種類の幸せはある。
それでも 最初の子供を産む その前の あの瞬間は もうどんなにしても戻らない。
私は慢性腎炎であったから
もしかしたら子供と一緒に家にはもどれないかも
と いつも思っていた。だから なおさらなのだと思う。
結局 予定日を過ぎても 産まれず
翌年 1月8日に病院へ行く。
夫が待っていたら一緒に行けるよ と言ったが一人で出かけた。
二人で 一緒に家を出たくなかったのだ、なんとなく。
家を出る前に ニコンFM2で写真を撮った。
万が一 娘が一人で家に戻った時 母親と一緒に写った写真が一枚もないのではかわいそうだから。 このお腹の中に娘はいた。
(実際はもう少しくっきりとしたカラー写真だが諸般の事情でぼやかしてます。)
もうすぐ11年。
一緒にいられてよかった って気持ち 忘れないようにしようと思って。
わがままな母親なので。
見えないのに見える気がする。
目白通りの光景。
11年前のカメラはもうAF機が主流だったと思うけど、そこでニコンFM2。それはたまたまかもしれないし、こだわりかもしれない。でもカメラ好きの私としては、自分でピントリングを回して焦点を合わせる行為に意味があったのだと思いたい。当時のAF機はまだ自分の思い通りのところにピントを合わせるのは難しかったから。
誰にも人生の中で切り取りたい一瞬があると思う。それをその時のベストショットとして自分の中に焼き付けることができた人は、次のベストショットを狙えると思う。
ナイスショット!、、、あ、これゴルフか(笑)
ほんのちょっとしたこと、幸せだとおもうこと。写真ではのこせない、そのときの気持ちをいっぱい心にためていきたいと思います。
<一生で一番幸せな時>
お腹の中に命が宿っていた時、確かに、つらいけれど、幸せな時間でした。
思い出させてくれてありがとう。
夫が私の写真で一番好きなのは、妊娠中でノーメイク、夫のぶかぶかのブルゾンを着ているものだそうです。その時の幸せな空気を思い出して、気に入っているということだと思うんです。
cazorlaさんの文章を読んでいたら、小説を読んでるときのように 気持ちがじんわり伝わってくる 不思議な感じです。
どなたかもコメントされてましたが、情景が浮かぶような、小説を読んでるよな感じです♪ やさしくもあり、決意もあり・・という秘めたパワーのある文章です♪
すてきです♪
素敵なことなんだろうな、と
カソルラさんが感受性豊かな方だからでしょうか?私にも感じられるのでしょうか?
まだ妊娠出産の予定はありませんが、そんな気持ちになれるのなら
楽しみかもしれません。
犬の命日と同じ、日本人なら喜ぶことですよね。
ウベダのお土産やさんの写真、恐らく同じお店の写真を記事に載せましたよ~
町の端のほうにありましたね。オリーブ畑が見渡せるところに。
私はこのお店の商品は割と良いかな、と思いましたが;
(あまりスペインの工芸品に詳しくないもので…)
たまたま同じところの写真があってびっくりしました!
なんとなく好きでした。 オートは電池がなくなったらシャッター切れなくなるでしょ?
焦点をあわせる行為 私も好きです。
でも 今は目があまり見えないので(水のたまる病気になったので)使えなくなってしまいました。デジタルだと 数うてば どれかがあってるの。
幸せな思い出として 思い出せるんですね。
母乳が でるようなへんな感じが身体にしたの。
人間の身体って不思議。
赤ちゃんの匂いに反応したんだなーと思います。
いまだに 自分の身体から出ていった
というのが信じられなくなる くらい
現代の生活の中で原初的になる 数少ない一瞬だとおもいます。
いやー可能性あるかも・・・(笑
だから 生まれた後ブルーになるらしい(なんたらブルー・ママ用語わすれつつあります。)
陶器は作家さんが自分でしている店とか 学校の教科書に載ってるような有名な陶工の店とかあるのですが
そのくらい有名でもけっこう安いの。ハエンだから。
ここの店は そういうの扱ってないわりには 割高感がありました。
いい店って 隠れ家のようなところにひっそり している・・・
レストランもそうだけどね。