ファィト!

ここ数日 色んな人と話したり 調べたりして
書きたいことが山のようにあるんだけど とりあえず なにをどう書いていいかわからない。
耳に入ってきた 山盛りのことばに ただ 右往左往するばかり。

平和の日ということで なんやかんやと話すことになって

まとめられたら また自分なりにまとめたいと思うのだけど 切れっ端で。

まず 恥の壁 Wall of Same.
サハラに 食料を送る というキャンペーンで こういう話になるわけです。
今 世界中で壁が作られてる。 ベルリンの壁がやっとこわれたというのにね。
イスラエルの壁 モロッコと西サハラを区切る壁 米国とメキシコ ケベックの確実なる壁(?)

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バンクジーは イスラエルの壁に絵を描いたわけだけど・・・

例えば 西サハラの問題。 西サハラは リンの生産高が高い。
そして たぶん まだ 掘り起こしてない 油田がある。だから 米国はモロッコを後押ししてるし モロッコも 米国とフランスを 天秤にかけてる。 アルジェリアは ロシア そしてスペインとの国交がある。 アルジェリアから 直接パイプを通して大量の天然ガスを 運んでいる。 それをまたフランスに売って利益を上げている。 そういう関係があるから スペインは サハラ難民に食料を送る。 それは子供達が集める。

アルジェリアは 一応 宗教的な政治をしていない。だから モロッコの介入 というか干渉があって 1991年の選挙でイスラム原理主義が 勝った。 イスラム教だけど とりあえず 選挙に関しては 特に問題はなく ちゃんと選挙の結果。 しかし 軍隊が入って クーデターが起き イスラム原理主義は事実上 無効になった。 クーデターが起きたことに関しては 国連の介入はなかった。 
選挙で決めるのが デモクラシーなら これは かなりおかしいのではないかと思う。もちろん 過激なイスラム原理主義の国 というのは脅威かもしれない。 しかし  クーデターは国際的な意味でも 違法だと思う。 なぜここて゜介入がないのかわからない。

テロのことを持ち出す人もいるかもしれない。しかしテロはこの軍事介入のあとではないのか。
どこからどこまで線をひくか。 フセイン死刑の時も思ったけど 国際法ってよくわからないのだ。 先日 eagleiさんが コメントで エホバの証人が国連をつぶしたいそうです とおっしゃっていたが どういうセンスで このアイデアが出たのかわかりにくいが 国連の存在と各国の利益という問題はつねに 矛盾をはらむのは明白な気がする。

話は飛ぶけど アルジェリアつながりで アルジェリア生まれのカミュのおかあさんはスペイン出身の移民だったんだって。 だから 彼の書くものには少しフランスぽくないものがある。もちろんそれは アルジェリアの風景も含まれるんだけど。 そして かれは きちんとした論理体系に入りきらない異邦人を描く。 「反抗か 革命か」という本 カミュとサルトルの論争なんだけど
サルトルの嫌らしい言い方。 「(カミュに) 君は 貧乏人の代表のような顔で発言されるけど もう君にはその資格はないんだ。 君は貧乏人出身かもしれないが もう 君はブルジョアなんだ。」

じゃあ 誰が 彼らのために戦うんだ。

ところで 中島みゆきの歌を聴いていて ふと思ったんだけど
この ファイトという曲 1983年 発表。 
それ以前の 「世情 」1978年 と 比べると 戦い方に変化があるな と思った。

「世情」
世の中はいつも、変わっているから  頑固者だけが、悲しい思いをする
変わらないものを、何かにたとえて  その度崩れちゃ、そいつのせいにする

  シュプレイヒコールの波、通り過ぎてゆく  変わらない夢を、流れに求めて
  時の流れを止めて、変わらない夢を  見たがる者たちと、戦うため

これは 彼女より少し上の世代にたいするオマージュ。

「ファイト」
薄情者が田舎の町に あと足で砂ばかけるって 言われてさ
出てくなら おまえの身内も 住めんようにしちゃるって 言われてさ
うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかった この切符
あんたに送るけん 持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が 笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながら のぼってゆけ

ファィトって言うときの力の抜け具合がね。
で この歌の発表のあとくらいだと思う。 さそわれて 成田に行ったのは。
成田闘争の下火の時代。 それでも 自分で残り火を見ておいたほうか゜いいと勧められて。
単に 大量の味噌汁ときんぴらゴボウ作らせたかっただけなのかもしれないけどね。

デモに参加する時は 顔を隠さなきゃいけないんだけど
私が顔は隠したくないって言ったの。 自分で悪いと思ったことはしないから。
でも 「おまえの身内も 住めんようにしちゃるって 言われてさ 」の世界で
警察が全ての参加者の面をわって その家に嫌がらせをするって 言って 結局 マスク・ヘルメット めがねをかけて参加。
で 機動隊の人たちの顔が間近に見えるの。 彼らはすごく怖がっていて 一人一人は若くて働き始めたばかりの男の子たちなんだなーって。 近くにいけば 見えてくるものがある。
ほんとは 私たち愛し合えるよね って 言いたくなるくらい 近く。

で 私たちは結局 壁に落書きするくらいしか なんにもできないんだよね。
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Commented by antsuan at 2007-01-31 08:00
成田闘争にヘルメットつけて参加してたんですか!?
早稲田の友人も機動隊員のことを同じように云っていましたが、足を蹴られる挑発にのってしまいブタバコに入りました。
Commented by cazorla at 2007-01-31 19:24
あんつぁん ヘルメットは実はよく覚えていません。
みんなが とにかく なんかあってはいけない ということで すごい重装備を用意してくれました。 私 一番 若いというか 子供だったから。
栗原彬先生の東京大学の紛争のときの みちこさんとの腕の思い出 っていうのをよく思い出します。 
早稲田って 放校にならなかったんですか。
詩人の先輩は放校になって 法政に行ってました。法政 は 15年前でもまだたてこもりの場所があったらしいです。
Commented by fumiyoo at 2007-02-04 00:01
公衆電話が赤いのも、郵便ポストが赤いのも、おまわりさん、み~んな、オレが悪いのさっ。

変わりたい、変えれない、~~独り寝の夜が続く~~
Commented by cazorla at 2007-02-04 09:25
ふみよさん ・・どうしましょう。 
Commented by りろ at 2007-02-04 20:28 x
cazorlaさん。昔ね。昔々の恋人の友達が、よく成田に行って石を投げてました。この人、ある時に当時の私の恋人とシルクスクリーン工房で同僚だったらしくて、ジミ・ヘンドリックスのイラストをウォーホル風に描いて付けた、当時の天皇誕生日が入っていないカレンダー、なんてのを自分でデザインして刷ったりしてた。やさしい恋人と同棲していて、たくさんのノラネコの面倒を見ていた。一見、すごくいい人ふうでしょう。
でもね、その後、バケの皮がはがれた。同棲していた恋人が妊娠して籍を入れることになった後、妻を殴る男に変身したわけ。「おまえはどうしてオレの母親のようにできないんだ」って言ってね。
結局、彼は、単に、いろんなことに異議申し立てしたいだけの、すごく幼稚な人でした。

思想うんぬんの前に、人として、目の前の人の痛みがわかる、ちゃんと成熟した人にならないと、ね。
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by cazorla | 2007-01-30 03:52 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(5)