清く正しく美しく

詩のクラスでまず言われたのは 形容詞を使うのは最小限に抑えよ だった。
どうしても 花が美しいの 夕陽が 輝かしいのと 形容詞を使いたがる。
それが 詩であるかのように。
形容詞は受け手によって違うものを想像するのでできるだけ具体的な名詞を使う が基本であると言われた。 魂 人生 愛 という抽象名詞も 使う人によって意味がことなるので 使う時には注意。

と いいながらも実生活の中にはたくさんの形容詞があふれている。
清く正しく美しく
このことばで 宝塚の乙女達が 私たちは 清く正しく美しく 生きましょう と思うとは思えないよね。 これは あくまで 宝塚のPR 宝塚のイメージ のためにつくられたことばで 宝塚歌劇を愛する女性をうっとりさせるためのことばなのだろう。

小学校では 「みんな なかよく げんきよく」や「つよく やさしく げんきよく」。
こういうのが壁に貼ってあるから 仲良くしようって思う子もいないと思うのだけど。
ことばって誰のためなんだろう。
時として あまりにも使い古されたために その言葉がまったく意味をなさなくなる場合もあると思う。 げんきよく しゃきしゃきと はっきり発表できるこどもではなかったので あいかわらずこういうのにちょっと けっ と思う。 
以前 テレビを見ていて(日本で) 教室に 「個性」って書かれていて なんだこりゃ と思ったことがある。 なんとなく ほかにすることがないからとりあえずスローガン そんなひねくれた取り方しかできないのは よくないのだろうか。
いや それよりも 殺風景な壁は 仕事をしていないような印象を 親に与えるのではないかと先生方は心配されているのかもしれない。

以前にも書いたかもしれないが 学校でアンケート調査があった。
これは提出してもしなくてもいいのだが 田舎の学校なので全員が持っていく。
当然 娘も持っていきたかった。
主旨は 簡単に言えば「フェミニズムを浸透させよう」ということ。
ひとつひとつの家事についてだれがするか
どのくらいの割合でしていくか
というような質問である。
これは 家庭の問題であるから 私は答える必要はない と判断。 却下。
でも 娘は持っていきたがる。だから 手紙をつけて 白紙のアンケート用紙を渡した。

わが家では 家事は 夫婦間で半分 というより はっきりいって夫の持ち分のほうが大きいと思う。 私は料理と アイロンかけ くらい。 あとかたづけは 子供達の仕事だし 掃除も夫と子供達がしてくれる。 だから たぶんフェミニスト協会から表彰状が来るくらい きちんと家事分担していると思う。 しかし 私がこういうアンケート調査が嫌いなのは こういう 調査が反対に主婦の仕事を軽いもの いやなもの という印象をこどもたちにあたえるし それ以上に こういう家庭のことに学校は立ち入るべきではないと考えるからです。

へんこな親を持つと 色々とこどもは苦労もあると思います。
学校の先生と家庭での意見に矛盾があったりすると思います。
でも それでいいのではないか と私は思うのです。

かつて灰谷健次郎さんが 子育てエッセイを書いてらした。
まだ たぶん十代で具体的に子育てについて考えていない頃だったのだけど とても印象的に覚えている言葉があります。 
唯一親が 教える事のできることは この世は理不尽だということだけだ。

日本では入学式があったようです。
親御さんの中には 学校のありかたに けっ と思いながらも
迷いがあったりもすると思います。 でも 親が自分のあり方に自信を持つ事しか結局はできないんだと思います。 それが 子供の自信と親に対する信頼につながるのではないか と思います。
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Commented by honn623 at 2007-04-09 07:09
一事一句なんども読み返しました。
意味をなさない記号みたいなもんね。そう思うことにします。
河合隼雄さんもいっていましたが、我家の憲法でよいと。
他がどうであろうと、うちは私たちはこうだ、という姿勢を示すことしかできないとね。

Commented by antsuan at 2007-04-09 07:49
へそ曲がりなオヤジを見て子供たちがどういう大人になるか楽しみです。(笑)
Commented by maron415 at 2007-04-09 11:08
「個性」で思い出しのだけど、
「世界に一つだけの花」とか「みんな違ってみんないい」とかも
書いていた時期もあったんだろうな。
今は、何だろう。
「美しい国…」とか書いていたりして…
「知育、徳育、体育」なんてのもあったな。
これは、まさしく「かしこく、なかよく、元気よく」だな。
まあ、○○○をモットーにしておりますというのがないと格好つかないわな。

徳育という科目ができるとかできないとか、
いいかげん、学校で何もかもしようとするのをやめればいいのにと思います。
何もかもしようとするから、本来学校ですべき「知」がおろそかになっている気がします。
「徳」とか「しつけ」とかは、別のところでもできるように…
そうすれば、子どもも、学校以外にもおり場所というのができるのではないかと思います。
Commented by peque-es at 2007-04-09 17:38
>唯一親が 教える事のできることは この世は理不尽だということだけだ。

そうですね。でも親自身が、その事に対して腹が括れてない場合が、多い気がする。親が自分自身の人生を生きないと、そういう事を子供に教えてやれないかも…自分の人生で、そこまでの体験をしてないから?
honn623 さんの言う「我が家の憲法」も、どれ位の家庭がそういうものを、きちんと持っているかと考えると、ちょっと悲観的になるんです。世代を問わず、「ヨソではこうしてる」っていうのに、日本人はとりわけ弱い気がするのです。

外国人、例えばスペイン人だって、そういうのが全然ない訳ではないんだけど、でも日本人に比べると、やはり「個」が確立している。
やはり「個人の確立」って、すごく大事で、でも日本人にとってすごく難しい事なのかもしれない…と思います。
Commented by eaglei at 2007-04-09 21:05
「唯一親が 教える事のできることは この世は理不尽だということだけだ。」
って、確かにそうですね。
でも付け加えたいです。 「それでもこの世は、素晴らしい!」 って。

コミュニケーションの経験を、子供たちにはもっと持って欲しいです。
友だちは、宝ものですから・・・。

あと、こんなのも好きです。
「強い者が弱い者をいじめるのは、卑怯だ~!」

Commented by もにか at 2007-04-09 21:11 x
ここんとこ外出する機会が多く、そんなときに気づいたのですが。最近の親子って手をつないで歩かないんですね。奥さんはまだ独身であるかのように、夫は家族で出歩くのがめんどくさいように、こどもは一人で走りまわってる。「ママーこれ見て!」と子供が呼んでも知らん顔か「あぶないorうるさい」の一言でぜんぜんスキンシップなし。子供時代なんて短いんだから、おもいきり抱きしめたり手をつないで散歩とかすればいいのになー。親自身が親であることに自信なさげに見えます。惚れた男の子供を産むことなく子宮を摘出した私にはじつにもったいないことに思えるのです。
Commented by cazorla at 2007-04-09 23:26
honnさん 親が嫌だと思いながら 学校はこうだからってがまんしていると
こどもはそういう小さな嘘をみやぶっちゃうんですよね。
矛盾があっても できるだけ本音で話したい そういうふうに思ってます。
けっ て思うんだったら 思っててもいいと思うのです。
Commented by cazorla at 2007-04-09 23:27
あんつぁんのお子さん達は おとうさんをまねて おかあさんを初めとする女性を大切にするのでしょう。
Commented by cazorla at 2007-04-09 23:29
マロンママさん 徳育とか もうゆとりの時間などで なんでも教える時間がないのに
ね。 家でこういうことは教えます というのもあっていいと思うの。
子供の性格は親がわかってるし みんなが元気にはきはき ってならなくても・・・て。
Commented by cazorla at 2007-04-09 23:32
ペケさん よそのことが心配っていうのはありますね。
ただ まあそういう人は 学校のスローガンには けっ とかならないわけで。
少数派のちょっとそういうのはいやだな
とか うちのこははきはきしてないけど ゆっくりきちんとじっくり考える子だよ
って 思っているおかあさんは それを誇りに思って 学校から何ていわれようと その子の個性を守ってあげてほしいな と。
ほんとは ちょっと違う子も気持ちよく過ごせる学校になってほしいな と思います。
Commented by cazorla at 2007-04-09 23:33
eagleiさん 世界がすばらしい それは感じてほしいですね。
いじめも どうせ喧嘩するなら自分より 強そうな奴としよう!
Commented by cazorla at 2007-04-09 23:35
もにかさん ベビーカーにのせたほうがラクだから ベビーカーにのせたまま
歩かせない親も多いな とも思います。
たしかに 楽しんでないよね 育児。
わたしは年取ってから始めたからかも知れないけど
あとがないから思う存分楽しみたいと思ってます。
おかあさんたち全員が楽しめたらいいのにね。
Commented by seilonbenkei at 2007-04-10 00:02 x
拓郎、長渕ときたので歌詞シリーズで。
世良公則が「恋のコレクトコール」の中で
♪ダイヤルを眺め続けて 自分の勇気を待っている
って歌ってます。

人間って、そこに意味を持たさなきゃ動く勇気を得られないんじゃないでしょうか。
それが例えば意味なんてないんだという意味だとしても。
そのために言葉は必要とされると思うのですが、同じ言語を使っていても言葉はみな一人一人のものです。
だからその言葉に涙する人もいれば、ケッと言う人もいるのでしょうね。

ちなみに僕は 「みんな なかよく げんきよく」や「つよく やさしく げんきよく」にきっと憧れたはずなのに、どうしたかげんかその「みんな」の中に入れなかったからケッと横向く人間になりました。こういうのを何的ルサンチマンって言うんだろう?(笑)
Commented by peque-es at 2007-04-10 10:22
cazorla さん、もにかさんへのお返事を読んでですが…

>ベビーカーにのせたほうがラクだから ベビーカーにのせたまま
歩かせない親も多い…

バレエの先生によると、振り付けを覚えるのが遅い子供が、小さい子に増えてるそうです。他のスタジオの先生たちも同じような話をしてる、バレエだけの問題ではないのでしょうって。

昔に比べて何でもあって、何でも便利。そして過保護。自分で考えて行動する機会が減ってるから、頭を使う訓練ができてないのかな?と思います。そしてそれは、実は子供だけの問題じゃないんじゃないか? 由々しきことかも…って思います。その内自分のブログでも書きたいんだけど、今日はヨソのブログで便乗(笑)。
Commented by cazorla at 2007-04-10 13:06
セイロンベンケイさん 歌詞シリーズって
こんなこったコメって 時間かからないの?
セイロンベンケイさんの頭の中は玉手箱だから・・ね。
(あけたらぱっと出てくると言う意味です。 けむりだけとかじゃないよ。)

あこがれてたんですね。
考えてみればそう言う子になりたかった ような気がわたしもします。
でも なれなかったのかな~?

Commented by cazorla at 2007-04-10 13:09
ペケさん 過保護というか 歩かせないのって ママ友同士でゆっくり話したい と思ってるのね。 バレエ習わせたいのだって ママ友がらみとか バレエを習ってる子を持つ
ということが重点で あんまり子供を見ていない気がする。
かならずしもそう言う人ばかりってわけではないけど。
小さい時に遊んでない 走ってない
スペインは 田舎がそうよ。 マドリッドは みんな働いているから 保育園で ずいぶん遊んでるけど 田舎は 家族のだれか お祖母さんとかが世話していて
危ないから走っちゃダメって。 昔はたくさん孫がいたからそんなこといわなかったんだろうにね。
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by cazorla | 2007-04-09 06:34 | こども | Trackback | Comments(16)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla