タゴールは 誰のために歌うのか

友人宅で タゴールの詩に曲をつけた CDを見つける。

そういうことには めざとい。
「なんだこれ すごいねー。
こんなの見たことないよ。」
と言うと
友人は少し恥ずかしそうにもじもじしている。
「歌としてはそんなに悪くないよ
聞きたいならもっていってもいいよ。
知り合いが持ってきてくれてね。」

あくまでも積極的入手でないことを強調。


ね? タゴールが表紙を飾ってると ちょっと 覗いてみたくなるでしょ?
e0061699_259969.jpg


で 中を開けると・・・・・
e0061699_2593656.jpg

友人が恥ずかしがってる意味がわかったよ。
宗教じゃん!!
おまけにこのインド人の胸毛がすごいっ。 すごすぎ。
マッチョなグル。

e0061699_2595424.jpg

そして 信者のみなさん。
名前を見ると ヨーロッパ中の方達みたい。


音楽は シタールにバイオリン そしてフルート
少しアラビックなリズムに 歌がついて
インド独特の長々しさもなく (ヨーロッパ人好みに作ってるということでもあるが)
聞いていて 心休まる(そうだよねー  そうじゃなきゃ 現代人は 入信しないもんね)

パンフレットの内容は あなたの中に住んでいる神をわたしたちが 呼び出して見せます 的 内容でした。
ほとんどの宗教が 「あなたは ほんとうは すぱらしい。 神が住んでいる。 でも 残念ながらだれもそれに気付かないんだよね。 ほんとの君を 表に出してみないか」

占い師も そういうことを言ってくれる。
でも 新宿の占い師は そんなにすごい金額をもとめないから 罪は軽いかも。

タゴールを知ってる でも すっごくよくは知ってるわけではない プチ・インテリが
一番危ない ということかもしれない。 
タゴール だ  と すぐに手に取ってしまう ミーハー文学少女なども危ない。 わたしだ。
タゴールを手にとった 心が解放された瞬間に入ってくることばたち。
あまりに使い古されてしまっていることばになぜ人は うっとりしてしまうのだろう。
それは 反タゴール的ではないか。


e0061699_302325.jpg


ずっと昔に当時の恋人からはがきをもらった。

人生にはリミットがある。
そのリミットを知った時 僕たちは ほんとうに心から祈ることができる。
でも 信仰を持たないぼくは 歌をうたいます。
こころをこめて こころのそこから。



わたしたちは 歌をうたうことを忘れてしまうことがある。
忘れてしまった心のすきまに 宗教は 少し 胡散臭い宗教は 入ってくる
そんな気がする。
宗教だって 必要だと思う。
でも それは 宗教が自分の哲学の一部なのだという 冷めた目がないと
宗教がすべてになったり
宗教を信じない人を軽蔑したり
他宗教を認知できなくなったり
そういうとき なにかを見るために必要だった宗教のはずなのに
なにも見えなくなってしまう。

だから

歌おう。
歌えなくなって
よくわかんないようなわかったような 他人のことばをうのみにしてしまうことのないように
腹の底から力をこめて 
歌い続けよう。
[PR]
トラックバックURL : http://cazorla.exblog.jp/tb/8795516
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by antsuan at 2008-10-21 07:42
平安時代のお坊さんは、今の流行歌手みたいなもんだったと云う話を聞いたことが有ります。歌も宗教のように心の隙間にしみ込んで癒してくれますね。
Commented by peque-es at 2008-10-21 11:48
スペインから帰った年に、東京都下のある盛り場を歩いてたら、すれ違いざまに呼び止められて、「…あなたの人生に大きな変化があるって相が出てるの、ご存知ですか?」って言われたの。内心、そりゃそうでしょって(笑)。相に出てるとは知らなかったけど、激変した事は自分で知ってたので、そのまま行き過ぎましたが、どんな話だったのか、聞いてみたかった気もします。
ある人にそれを言ったら、あの辺、多いのよ~、新興宗教の勧誘とか、気をつけた方がいいよって言われたけど。
Commented by cazorla at 2008-10-21 16:34
あんつぁん
永平寺のおぼうさんも 美しい人が多かったです。
禅を組むのが楽しかった。 ちょうどファンシーダンスの流行っていた時に行ったのですが まさしくファンシーダンス。 
歌がしみこむから プロテスタントは 歌を禁止したのですよね。
だから 歌は 自分で歌わなくては。。。と 思います。
自分のことばをうしなわないために。

Commented by cazorla at 2008-10-21 16:37
ペケさん
銀座あたりでも います。
長野旅行したとき 夜行列車を待っていたら やはり 話しかけられました。 たぶん 寂しかったりすると 話したりするのかもしれません。 自分のことを理解してくれる人がいる それがうれしいのかも。 神を見たいと思いませんか というのが多かった時代もあります。 何を見せてくれるんだろうと ちょっと 興味がありましたが
やっぱり怖かった。

Commented by rorie at 2008-10-21 23:45 x
会社のポストに何回もコピーにコピーを重ねたような紙切れが入っていて、救われたかったらお金を振り込みなさいとこれまた潔いことが書いてありました。

あえて信仰を持つのであれば、それが哲学であってほしいし、筋肉であってほしい。多数が勝ってはならないし、排他的であってはならない。

腹の底から歌って、その瞬間を信じられるだけで十分。

楠の大木が風に揺れているような。(なんとなく、この記事を読んだときに浮かんだイメージです。断片的でごめんなさい)
Commented by cazorla at 2008-10-22 03:21
rorieさん
そこまで潔いと ほんとかと思う人もいるかも・・・。
なんかすごいですね。

楠の大木 というイメージ。 ありがとう。
人間って簡単に変わるし いや 本質はきっと変われないんだと思いますが
変わりたくても変われないし 変わらなくてもいいところが変わったり。
根をはった木は 気持ちがくじけたとき 抱きしめると 安心しますね。
Commented by toqqum at 2008-10-22 15:15
カソルラさんっていつも堂々と自分の歌をうたってるなぁと思います。
なんか尊敬しちゃいます。
なんかあらたまってしまいました^^;
Commented by cazorla at 2008-10-22 17:01
とっくんさん
わたし 心臓に毛が生えてる?
音痴なのにね(笑)
名前
URL
削除用パスワード
by cazorla | 2008-10-21 03:20 | 思うこと | Trackback | Comments(8)