カテゴリ:スペイン年金生活( 35 )

90歳の読書ノート

6月20日に母は90歳になりました。
大台の乗る時はいつでも少しエネルギーがいるようです。
19歳の時は、かなり期待を持って。
29歳は不安と倦怠感を持って。
39歳は諦めとふてぶてしさを持って。
49歳は半世紀生きたことの感動と老への不安を持って。

私はここまでの大台体験しか持っていませんが、母は79歳の時、スペインに住んでいました。
その時、母が言った言葉。
「やっぱり、言葉ができないとロマンは生まれない。」

ちょっと期待していたようです。
シャルルボワイエのような人の登場を。
今、当時の母の写真を見るとやっぱり若かったなと思います。
79歳なんて、実はまだまだ若いのです。

母は本を読むことで孤独と折り合いをつけています。
藤原周平がお気に入りです。
時代物を書いていても、藤原周平は母と同い年。
同じ年に生まれたものがもつ、共通の心情、考え方、感性があるのでしょう。

もちろん、私も藤原周平さんの小説、大好きです。

大使館には図書館があります。
勝手に借りて、ノートに借りた本の名前を書いて持って帰るだけ。
好きな時に返しに行きます。
私はマドリードから、4時間以上のど田舎、それも車と列車を使って行かなくてはならないところに住んでいるのでしょっちゅうはいけませんから、たくさん借りて、そして3ヶ月間借りっぱなしです。

そうやって、色々な本を母と一緒に読んでいます。

90の大台に乗るにあたり、母は結構気弱になっていました。
もう一度一人でお風呂に入れるようになりたいと願っていましたが、それは無理なようだとぽそっと言いました。

その年にならないとわからないことはいっぱいあります。
息子がある日、私にききました。

「ママ、死ぬのは怖い?」
「怖いよ、だってまだ一度も死んだことがないから。」
「僕も怖いな。
ママ、他に怖いものがある?」
「年を取っていくのも怖いね。
まだ、一度もおばあさんになったことがないから。」
「それは大丈夫だよ。僕が一緒にいるから。」

年を取るのは怖いなと思う時があります。
軽く体をさわってみると、今まで気づかなかったけれど痛いところがたくさんありました。
いつの間に、こんなに痛いところが増えたのだろうと。
随分、長い間、自分の体に向き合ってなかったなと。

あ、そうだ、母の話でした。

母は、少しずつ、老いを受け入れてきたのですが、それでも90の大台に乗るに当たって、かなりしんどかったようです。
乗れないかもしれない、という時もあれば、乗りたくない、という時もありました。
そして、とうとう乗ってしまって、6月、ちょっと暑かったこともあって、しんどくしていました。

ところが最近、スタインベッグを読みたいと言い出し、「怒りの葡萄」を読みました。
モーパッサン、E・ブロンテ、トルストイを読み、夏目漱石を読み始めました。

「100年後も読まれている小説というのは、やはりあらすじが面白いだけじゃないの。
そこには魂を強くしてくれるものがある。
読んでいると体の中に力が湧いてくるのを感じるのよ。」

それが文学のすごいところなのでしょう。

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経験するってこともすごいこと!






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by cazorla | 2017-08-02 23:07 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(8)

年金を受け取っている人は毎年、お誕生月に現況届を提出しますね。
海外に住んでいる場合は、マイナンバーや住民票がないので、大使館に在留証明書を発行してもらいます。

申し込みは証明書発給申請書、在留証明願、現況届のハガキのコピー、住所のわかるもののコピー(身分証、光熱費の領収書など)、在留証明を送ってもらうための封筒と切手を大使館に送ります。

書類が大使館に到着すると、大使館から電話がかかってきます。本人の声を聞いて生きていることを確認したら在留証明を送ってくれます。

その在留証明と現況届のハガキを一緒に封筒に入れて日本の年金機構に送ります。

実は母は大使館からの電話を楽しみにしています。私以外の日本人と話す唯一のチャンス。
今回、11回目になります。もうすぐ90歳。
書類を木曜日に送ったので、母に月曜日くらいに大使館から電話があると思うと伝えて起きました。
すると、スペイン郵便事情を甘く見ていて、金曜日に大使館から電話がありました。
あら、はやい!

母は受話器を受け取ると
「ごめんなさいねー。
まさか今日電話があるなんて思っていなかったので、用意してなかったんです。
発声練習していないから、声がうまく出なくて。
声が変でしょ?もっと、本当は良い声なんです。
ね、あらあら声がうまく出ない。
まるでおばあさんの声みたい。
いやーね。こんな声じゃないのに」
と延々続けておりました。
大使館の人が「お元気そうですね。娘さんに変わっていただけますか」
と言っても
「え?|何?私耳がよく聞こえないからわからないの。
えーと、何をお話しするんでしたっけ」
などと言っているので、大使館の人がさらに大きな声で
「娘さんに代わっていただけますか’」と怒鳴っているのが私にも聞こえました。
受話器を受け取って挨拶しておしまい。
母が、「何にも質問されなかった。」とかなり不満そう。

笑い話のような話ですが、
やっぱり母は寂しいのかなーとちょっとキュンとしてしまいました。

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by cazorla | 2017-06-05 09:27 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(0)


去年の今頃、母が倒れて歩けなくなっていました。
車椅子とポータブルトイレを買って、ずっと母についていました。
毎年、12月には何かが起こる。
その前は確か私の婦人科系の手術があって私がベッドの人になっていました。
その前は娘が受験を前にして不登校になってハラハラしていました。(結局、受験して今は留学しています。)

今年はインフルエンザ。
それも二回もかかってしまって、最初は熱と咳。
2回目はひたすら吐く。吐く。
2日間吐き続けたら、次の日末っ子、そして母も。

12月は大変です。
でも不思議なことに一つずつ起きるんですよね。
全部いっぺんに起きたら。。。と想像するだに恐ろしい。

そういう風にちゃんと出来上がってるのでしょうか。
娘の不登校に母の世話、で、私が病気だと家族は機能しないですよね。
なんとか今年もクリスマスが近づきつつあります。
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母とバエサに行った時の写真です。
11月の末に行きました。
母は久しぶりに喫茶店でコーヒーを飲んでご機嫌。

また来週天気がいい日にまた連れ出そうと思います。

毎年、年末に日記帳を母にプレゼントするのが恒例になりました。
いつも来年、いつまで書けるかわからないしなんて言うのですが、そう言い続けて10年以上日記を書いています。

来年は90歳。

良い年になりますように。

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by cazorla | 2016-12-18 01:27 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(14)

母とお山

母とカソルラ山脈にある リナレッフォスという公園になっているところに行きました。
平らなので 歩きやすいので 軽い運動。
森林浴もできます。
腰痛いし 〜
と言っていたけど 行ってよかったです。

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一時は ベッドから出られなかったのに。
元気になりました。

89歳のお誕生日まで あと 2ヶ月。

翌日は ちょっと疲れて 寝ていましたが 食欲はいっぱいあって
むしゃむしゃ美味しそうにいっぱい食べました。


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by cazorla | 2016-04-25 20:19 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(20)

母の身分証更新問題も無事 解決しました。
一番 心配していた 母の外出拒絶。
三日前にお風呂に入って そのあとで お出かけしなければならい話をしました。
その時は かなりショック だったんですが
1日前は 鼻歌交じり。
歌をひとりで 歌っていたのです。
外に出るのが 楽しいんだ。

『何着て行こう?』
と 母が訊きます。
『着心地のいいのがいいんじゃない?
まだ ちょっと肌寒いよ。』
『そうね。 このジャケットとこのスカートにしようと思うんだけど。。』
『いいんじゃない? いいと思うよ。』
『でもねー 問題があるの〜〜』
『どんな問題? 入らないとか?』
『それがねー 前回と同じなの。』


同じ? 前回って 前回の更新?
前回の更新って 5年前ですよ。

『そーんなの 誰も覚えてないよ。
係りの人だって 変わってるかもしれない』
『でも 前回は 前々回の人と同じで
で 私のこと 覚えてた。』
『そりゃ そうでしょ。
日本人のばーさんなんて 滅多にいないもの。』

母は それでもなんとなく不足そう。
自分が魅力的だから 覚えていたとでも言いたいのか。
そして 魅力的であるから 服だって 覚えているにちがいない と思ってるのか。

まあ そういうことがあって 
最終的には 前回と違う服を着て 出かけました。

係りの人はニコニコ笑うおまわりさんで 全然別の人でした。

『ああ あんなに迷って損したわ』
と 母。

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今は こういう花が 野原で咲いてます。


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by cazorla | 2016-04-14 00:02 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(15)

母の身分証更新

母の身分証の更新 終わりました。
以前の記事で 書いたのですが
カソルラ 田舎なので 外国人事務所まで 110キロメートルくらい走らなければならない。
夫が事務所に行って 頼み 怒り 怒鳴り 説明して また 頼み
でも ダメでした。
暖かくなって 母の様子が よくなりつつあるので
むしろ これを利用して 無理やり 外に連れ出してみるか
と 思うようになりました。
まだ 新聞記者に頼んだり
体の不自由な人を守る会に頼むことも
みなさんから 教えていただいて そうしようかなーって思ったのですが
母が 倒れた時に比べて しっかりしてきたし
顔つきも違う。
外に出ることは いいことかもしれない。

書類の提出は郵送で大丈夫でした。
ただ 指紋を押さなくてはならない。
夫は もう 88歳で どんな刑事事件を犯す可能性などないのに
なぜ 指紋が必要か と聞きました。
事務所の人は 万が一のため と。
寒い時期に外に出すのは ちょっと 強かったので
4月11日まで 待っていただきました。
本当は 6日以前に行かなくてはならないのですが。

そう 今日です。
少し 雨が降っていましたが 菜の花によく似た花が 道路脇に咲いていました。
黄色いベルトを ずっとたどって 110キロメートル。
母は 窓の外を楽しそうに見ていました。
福原一笛さんの横笛のCDを聞きながら ハエンまで。

そして 指紋。

おまわりさんが そっと 手を触って もう お歳ですから 指紋はありませんね。 と。
機械が読み取れるほど しっかり指紋はないのです。
ですから 指紋を取る必要はなし。
だいたい この年齢になったら 仮に 刑事問題を起こしても
裁判は免除されるそうです。
刑事責任はなし。
社会滴に 刑事責任はなし。
ピノチェットも ボケを理由に免除されましたが。
何のために わざわざ ハエンまで行ったのか。

それでも 母が楽しそうにしていたので良かった。
天気のいい日に また 出かけたいと言っていました。




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by cazorla | 2016-04-12 02:40 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(12)

達磨とお茶 

母はスペインに来る前に 百均で だるまを五つ買った。
目のない あのだるま。
一年 生きたら一つ目を入れるのよ。
10年生きる が 彼女の目安だった。
だるまは 家のあちらこちらに 散らばっていた。
目のあるのも 片目のも 両目のもいた。
年末 突然 片付けを始めて そして だるまさんは五つ
本棚に 並んだ。
両目を 描かれた五人の達磨。

そうか 10年目のお正月。

彼女の気持ちの中で 10年は一区切りされたのか。
それとも 一区切り しようと 頑張って掃除をしすぎて
ダウンしているのか。

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夫の元教え子である Yさんから 年末にお茶が送られてくるようになった。
昨年暮で 三つ目のお茶が送られてきた。




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とても美味しいお茶で 母は とても楽しみにしている。
お茶が来ると セグラ村で 有機栽培している小豆を買ってきて茹でる。
小さな あんぱんを作って いただく。
これが 毎年 暮の行事になった。

写真の左の青い 夏を思わせる柄が 今回のもの。

母は これ コレクションにするの と言う。

そう 3個ではまだ コレクションとは言わないから 
これからも 生き続けて お茶を待ちましょう。


小さな 達磨を 五つ 作ってみようかと思っている。
これから また 新しい10年に向かって。


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by cazorla | 2016-02-04 18:27 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(4)

生きる力

少女時代を一緒に過ごした犬がいる。
黒い柴犬。
これ以上 頭の良い犬はいないと断言できるくらい賢くて
ユーモアのある犬だった。
犬嫌いのおばさんに出会うと
近寄って お尻をクンクンして
うわっ 臭いって顔で 体をよじって
失神するふりをする。
周りで それを見てる人は 笑いをこらえる。
おばさんは 大急ぎで逃げるように 去る。
誰しも パンツのにおいに関しては 自信を持って無臭だとは言えない。
夜 私が寝ていると 時々 きて 布団をトントンする。
それは 私が寝相が悪くて 布団を脱いでしまうから。
冷蔵庫だって開けられた。
朝 日の昇らないうちに 出かけて 一緒に山を走り回った。
昭和40年代の地方都市は 野犬もまだ多かった。
だから 私たちの散歩には 30匹の野犬がお供をした。
私の犬は 彼らの王だった。

だから 彼が年取って おまけに睾丸に顔を患い 歩けなくなった時は 悲しかった。
彼を抱っこして 思い出の場所に連れて行って 
ほら ここ 一緒に歩いたよね と言った。
その時は もう私は実家に住んでいなかった。
『僕は もう 歩けないんだよ』
と 彼の目は 語った。
それでも諦めず 腕に抱えて歩き回った。
彼は 悲しそうに 私を見ていた。
そして 食事をするのをやめた。
大好きな 赤身の牛肉も もう彼には なんの魅力がなかった。
そして 静かに 私の腕の中で死んでいった。

歩いて と願ったことは 彼を苦しめただろうか。

母が倒れた。
年末にc一度倒れて 痛い 痛いと言いながらもなんとか起き上がった。
そのあと また 倒れて トイレに行くのが苦痛のようだった。
夜だけでも オムツをしたら と言ったら
目が急にきつくなった。
これは プライドの問題なんだ。
そして また 倒れた。
冬は 体が冷える。
筋肉が冷える。
うまく 足が動かない。
倒れやすい。

母の脚をマッサージする。
信じられないくらい 冷たくなっていた。
爪が伸びていた。
そういうことを気をつけてあげていなかった。
爪を切ってあげる。
マッサージを続けて 足がだんだん温かくなる。
ポータブルトイレを部屋の片隅に置くことにする。
母は 承諾した。
母は もう 5mの廊下を歩いて行くのが苦痛なのだ。

それでも 歩かないと 本当に 歩けなくなるから 練習しようと言うと
母は 悲しそうな顔をする。
痛いよ という。
もう あまり本が読めなくなった と言う。
耳が遠くなって テレビもよくわからなくなった と言う、

それでも 生きていてほしいと思うのは 娘のエゴであろうか。

それでも 私が 用意する食事を美味しい美味しいと言って 食べてくれる。
おいしいと感じること。
オムツをつけない と頑張ることは
生きる力なんだと思う。


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by cazorla | 2016-01-17 16:54 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(22)

アンパン

久しぶりに小豆を炊いたら
柔らかくなる前に砂糖を入れてしまって
どうしたものだと思って
ブレンダーにかけて
煮溶かして 寒天と混ぜて 羊羹にしようとしたら
寒天の使い方忘れていて
うまく溶けず 羊羹にならなかった。
でも 手を加えていたら なんとなく
こしあん風になったので 
あんぱんを作る。


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セブンイレブンだったか
どこかの コンビニで売っていた 生クリーム入りあんまんを 思い出した。
急に。
疲れすぎた日の夜 買って食べた 生クリーム入りのあんまん。

母と娘と 美味しくいただきました。
女3人は アンパンが大好きです。

母が 10年前に頑張って作ろうとしていたセーター。
もう 編み図もなくなって 続けられないから どうしようと。
解くしかないでしょう。
後ろ身頃と袖。
もう少し ましな娘であれば 編み図がなくてもなんとか 前身頃を適当につないで
完成できたでしょうけれど。
解きながら なんだか 悲しくなりました。

明日 マドリッドに行きます。
日帰りの一人旅。
娘が家にいるので 母を任せて 行きます。





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by cazorla | 2015-12-21 04:07 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(12)

秋らしくなってきました。
まだ 日中は袖なしを着ていますが
涼しい風が吹くと 数年前の秋の出来事を思い出します。
母が死にかけたことです。

その日は 比較的天気が良くて 母の家に行く途中 母にばったり出会いました。
『スペインにもこんな可愛いお嬢さんがいるのかと思って見ていたら
あらあら 私のお嬢さん。』
なんて バカみたいなことを言って笑って 母のアパートに入ってお茶をしました。
普通に話していたのに 急に立ち上がるとふらーっと
床に吸い込まれるように倒れてしまいました。
その時は そんなに大変なこととはおもわず 
どうしたの と言いながら抱き起こそうとしたら
なんだか おかしな音がして 脱糞を始めたのです。
さすがに 大変だと思ったのですが こういうことは初めてで
どうしていいのかわからず オタオタするばかり。
『ママ だいじょうぶー』と叫ぶだけ。
泣きながら。
少しずつ 体が冷たくなっていく。
これは死ぬのか と思っていたら 母が一瞬 目を開けて
にっこり笑って
『くみこちゃん だいじょうぶよ」
と言ってまた目を閉じました。

とにかく助けを呼ばなくては と 夫に電話。
夫がすぐに救急車に電話してくれました。
そう 救急病院に電話をする ということさえ 頭に浮かばなかったのです。

すぐに お医者さんと看護師さん二人 介護の人 二人が来てくれました。
大急ぎで 脈を測る。
採血して検査。
汚れた下着を替えて 体を拭いて 着替えさせる。
点滴。

母の寝室はあっという間に病室に。

何があったのかあまりよく覚えていません。

一時間くらいのことだと思います。
母の顔に血の気が戻って 手も暖かくなってきました。
もうだいじょうぶとお医者さんが言って 電話番号を書いた紙をくれました。
『今日は一晩中 電話はつけたままにしているから
いつでも電話ください。
でも このまま よくなったら 一度検査に 来てくださいね。』
そう言って帰って行きました。

そのあとも三時間ごとに電話をくれて 夜の11時に最後の電話をくれました。
一度起きてスープを飲みました と言うと
『じゃあもうだいじょうぶだから あなたも寝なさい。おやすみなさい』

翌朝 看護婦さんから電話があって 様子を聞いてきて
そのあと 2.3日して だいじょうぶそうなら診察にくるようにと言われました。

それから もう5年くらい。
寒くなる度に思い出します。

少しだけ 糖が出ていたのでした。
今は食事も注意してるので元気です。

『一度 死にかけたババアは なかなか死なないから
覚悟しときなさい。』
と 母は笑います。

死にそうで意識もないのに 私が泣いてると
目を開けて 『だいじょうぶよ』と言って微笑んだ母。
本当に私はいつまでも ダメな一人っ子のままです。





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秋の雲です。





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by cazorla | 2015-10-03 08:00 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(4)