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母のアパルトメント

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母のために買ったアパルトメント 今工事中で 来春四月できあがる予定。
ピソは一般に100㎡以上 それ以下はアパルトメント。でも最近はそう言う区別はあまりなくなって マドリッドでは どれもピソと呼ぶようだ。
いわゆるマンション。 
今日は母と一緒に 壁の位置を確認に行って来た。
少し 変えてもらうことにした。
実際に見ると 少し使い勝手が悪い場合がある。
それは使う人の生活のしかたで違う。
建築家は 平均値で 設計する。
できあがる前の家は小さく見える。
すごく小さく見えるけど 82㎡は そんなに狭いはずはない。
窓から 見える風景を確認。
最高に素敵とはいえないけど 遠くに オリーブ畑が見える。
居間の窓からは 共有スペースの庭とプール。
ここで来年の夏休みは子供達が過ごすことになる。
子供達をながめながら おやつの用意をする 母の姿が見える。
母も同じ夢を見ているだろうか。
寝室を出ると廊下が続く 居間に続く。
母が訊く。
「この廊下も 私の廊下?」
母は具体的に考えるのが苦手だ。

それでもできあがっていく家を心待ちにするのは楽しいと思う。
楽しんでほしいと思う。
親不孝な娘であったので 一度くらいは 親孝行をしたいと思う。
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by cazorla | 2006-08-31 07:00 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(14)

スペインのパンの種類ってすごく多い。
好みで選ぶ場合もあるが 料理によって パンの種類を変えることもある。
e0061699_23335517.jpg一般的なものから バゲットとバゲットメディアーノ(バゲット半分サイズ)
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パン・カテット 田舎者パン
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バン・カテット・グランデ 田舎者パンの大きいもの こういうのはかなり重いと思います。
昔の大家族用
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チャパタ これは結構高いパンだと思います。 サルサ(ソース)が美味しいお料理の時 わが家ではこれを買います。 バゲットより少し低温で長い時間かけて焼いています。 まわりに粉が残っていて 昔ながらのパン。 結構大きくて 300グラムくらいあります。
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パン・ガジェーゴ ガリシアのパン。マドリッドではこれはピストーラ(ピストル)と呼んでいたように記憶しています。 たまに買います。 これは 羊をオーブンで焼いた時なんかに買ってます。
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マドリッドではこういうのがガリシアのパンだったと記憶していますが。
で 穴の開いたのがほしい時は パン・ロト 壊れたパンと言います。 地域にもよるかもしれませんが。 アルカラ・デ・エナレスで 年に一度 各地域の名産展があったのですが その時 ガリシアの売り場はいつも パンでした。 きっと ガリシアのパンは有名なのだと思います。
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パン・ピカドール・アンダルス アンダルシアのパンです。 アンダルシアのパンは個人的にはあまり好きではありません。 皮が厚いタイプ。 でも 油っこく 塩っ辛いアンダルシア料理には合うのかも。
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ピタパンです。 アラブ料理に・・・・
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パンシージョ 小さなパン ボカディジョ(サンドイッチ)に。 60グラムくらい。 これより少し大きいのはグルメ と呼んだりします。 
e0061699_0145035.jpgで うちで一番お気に入り パン・ヴィエナ ウィーンパン。 ほんとにウィーンから製法が来たかどうかは別にして これが子供達も大好き。 アルカラ・デ・エナレスのオドーネル公園横のパン屋さんのが今まで食べた中では一番美味しかったです。  V字が焼き印されています。(スペイン語でウィーンはヴィエナ その頭文字)

好きなパンを選んだら その次は好みの焼き具合をお店の人に伝えます。
するといくつか候補のパンを持ってきてくれて その中から選びます。
この時に妥協すると 結構食事時に 後悔したりします。
うちの夫に言わせると それはせこい らしいけど どの奥さんもパン選びはすごく必死。
それに美味しいパンというか好みにぴったりのパンを買ってきた時は 夫だって子供達だってたくさん食べます。

たぶん食事中にパンを一番食べるのは スペイン人だと思います。
ただひたすら 料理を食べていると口が麻痺して美味しいのかどうかわからなくなるから ときどき パンを入れて調整するのだそうです。
フランスのパンの情報ページ  Canelle.comにも 消費量が多いと出ています。
このページ 色んな国のパンを紹介してますので結構面白いです。
スペインのパンは ガリシアのパンと それからマジョルカのパンが紹介されていました。
マジョルカのパンはまだ頂いたことがありません。 バルセロナあたりまでいけぱ 見つけられるのでしょうか。

でも確かにイギリス人・ドイツ人とご飯を食べると彼らはあまりパンを食べません。
ドイツも地域によるのでしょうが 人によっては パンにパターを付けて 食事とは別に食べたり
前菜はパンと一緒にとって 主催はジャガイモと一緒でした。







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by cazorla | 2006-08-31 00:08 | スペイン 文化 言葉 | Trackback(1) | Comments(17)

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以前 アルカラ・デ・エナレスという街に住んでいました。
マドリッドの郊外にあたる街で マドリッド圏の中では マドリッドに次ぐ都市でした。
それでも 「村」的要素がたくさん残っていて
たとえば 丸い フランス風に言えばパン・ドゥ・カムバーニャ 田舎風パン、マドリッドだとパン・デ・プエプロと 呼びますが アルカラでは パン・ビエホです。 村意識が強いから 村と言いたくないのでしょう。 直訳すれば 古いパン。 もともと パンは丸く作るのが本当だったのですが フランスで バケットという形が発明されました。 少量の小麦粉で大きく見える魔法の形です。丸だと どうしても少なく見えるのです。 それに倍の大きさに焼かないと美味しくできない。
まあ それはともかく パン・ビエホ わたしは ずっと文字通り古いパン 昨日のパンを安く売っているのだと思っていたのです。だって 買う人のほとんどは なんとなく貧乏そうな(失礼)年取った人ばかりなんですもの。
e0061699_851722.jpgそれからもう一つ マドリッドに比べて とっても村的と思うのは お店に必ず つけはきかないよ と書いているところ。 たぶんちょっと前まで つけが大丈夫だったんだと思いますが 最近 マドリッドの通勤圏なのでベッドタウンとしてドンドン人口がふくれあがってます。だから つけにしても 次の日どこに住んでるかわからない よそ者も増えてきている。 いちいち言うのは面倒なので 入り口にどーんと書いてるんですね。 カソルラはどこでも スーパーマーケットでも つけはききます。 むしろ つけをお願いして初めて 村人として一人前に扱われ 対等の人間関係が始まるような感じです。

アルカラの良いところは 政権交代が激しいところ。
しょっちゅう変わるので 要求デモをするとすぐに受け入れてくれます。
カソルラというかアンダルシアは 長年 社会党なので どうしてもコネクションが幅を利かし なかなかデモ ということにはなりません。 それがちょっとものたりない。
それからもう一つは コウノトリがたくさん住んでいること。 
マドリッドには来ず なぜ アルカラに?
アルカラは 高層建築がなく 教会の塔が高くそびえているのが理由だと言われます。
その他 食生活などもかかわってくるのでしょうが。
それから 忘れられないのは パイプオルガン。 サラマンカほど 大きくはないのですが甘美な 音は忘れられません。
そして 私が住んでいた頃は 移民の方達にたくさん新築のピソ(マンション)を無料で提供していました。 だから 学校にも色んな国の子供達が 一緒に通っていました。 今は 移民も増えて ドンドン提供するのは難しくなっているとはおもいますが。

それからヨーロッパで一番うまい助産婦さんがいる とも言われています。
うちの末っ子も 彼女に取りあげて頂きました。 国立病院 プリンシペ・デ・アストゥリアス(皇太子の呼び名)
確かに 一瞬の痛みですみました。
保険の利かない人でも十万ちょっとで取りあげてくださるそうなので 是非一度お試しください。
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by cazorla | 2006-08-30 09:14 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(8)

e0061699_23195526.jpgマドリッドのセラーノ通り アメリカ大使館の近くにある文房具やさん。スエーデンのものなんですが このカードなかなかかわいいでしょ? 北欧 って感じですよね。
日記帳なんかもすてきです。



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by cazorla | 2006-08-29 23:28 | おすすめのもの | Trackback | Comments(7)

水戸の街

旅好きでした。
若い頃 結婚前 思い立ったように電車に乗ると言うのが好きでした。
貧乏でしたから めったにどこかに泊まることもなく 夜行の急行 つまり寝台券などの必要のない青春18切符で乗れる電車を乗り継いで。 朝日を目指す旅でもありました。 長岡を夜中に発つ大阪行き銀河は朝五時に琵琶湖のそばを通ります。 そして朝日はきれいに琵琶湖を輝かせる。 新宿発11時7分発 寺泊行き これは朝の新潟の海を見るために。
ある時 水戸に美術館ができた年 ゆっくり見たいと思い 泊まりがけで行くことにしました。
当時は インターネットもなかったし 宿泊施設はだいたいその辺を歩いて決めいていたのですが 水戸に着いた日はちょっと疲れていたのかな? 駅のインフォメーションにお願いしました。二十歳ちょっとくらいのきれいなお嬢さんに 安い宿おねがいします と言うと にっこりして探してくれました。 なんと二千五百円くらいだったかな。 うろ覚えですがすごく安かった。
地図をコピーしていくと なんと 入り口に下駄箱のあるタイプの宿屋。 私以外はみんな肉体労働のおじさんたち。 宿のご主人は野球帽をかぶって出迎えてくれました。 たぶんこんなかわいいお客は 初めてだったんだと思います。(←想像) まず 質問してきたのが
「お風呂 やっぱり入りたいよね~?」
「入りたいですが・・・問題でも・・」
「まあ いいからさ (なにがいいからさなんだ??) 六時に入ってもらうんで良い?
風呂場は一階の奥ね。 入る前  ちょっと 声かけてくれる?」
というわけで 言うとおりに声をかけて入りました。
お風呂は比較的広くって 気持ちよく入浴。
そして 出たら お風呂場の横に 野球帽のおじさんが バットを握って 座ってました。
「あ あがった? やっぱりさ ここ野郎ばっかりで 誰が覗きに来るかわかんないからね。
あ そうそう 部屋の鍵ね つけといたから。 安心して眠ってね。」
そう もともと 部屋に鍵もなかったのでした。

水戸の人がおしゃべり好き と言うのも意外でした。
飲み屋さんに行くと おばちゃんたちも みんな政治談義で盛り上がってました。
みんなそれぞれ政治を肴に それぞれの興味で
つまりおばちゃんたちは土井たか子の化粧がこすぎるとか 
そういうこともOKで みんな好き勝手に 政治の話をしていたのは新鮮でした。

そして水戸芸術館に行く時に 道を訊くと
「あーーーーあの税金いーーーーーっぱい使った建物ね。
いくら使ったか知ってる?」
という感じで三十分くらい税金の無駄遣いに対する批判を聞くハメにあったのでした。

よく お風呂から上がった時見た 野球帽のおっちゃんの横顔を思い出します。
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by cazorla | 2006-08-29 07:03 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(22)

窓と扉 カソルラ散歩

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これはかぎ針編み

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こっちはたぶんボビンレース
夕暮れ時はよくセニョーラスが集まって おしゃべりしながら手をうごかしています。

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これは オランダ人の家
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こちらはドイツ人。
アンダルシアといえぱやっぱりアラブよね~と思う外国人はこんな感じの家に住んでいます。
スペイン人は大抵 この形式の家には住みません。
一応宗教的な意味合いでしょうか。
まあ比較はできません。カソルラに住んでるのは 伝統的お百姓さん 外国人は芸術家がおおいので
イギリス人は たいてい自分の国のデザインの家をなんとか建築基準法をかいくぐりながら作るようです。 イギリス人の場合は芸術家ではなく たいてい定年退職者だからでしょうか。
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今は薔薇の実の季節。
たくさん薔薇が実をつけています。
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by cazorla | 2006-08-29 04:32 | カソルラ | Trackback | Comments(6)

日没 

日没を見に カスティジョ・デ・ジェドラ (アイビー城)へ。
先客がいました。 自転車ふたつ。 カップル。
普段は この時間帯は 観光客もいないし ロマンチックスポットなんですが 残念なことにわたした達が来てしまいました。
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ふと 吉原幸子氏の詩を思い出していました。

日没 吉原幸子(詩集 夢あるいは・・・)
雲が沈む
そぱにゐてほしい

鳥が燃える
そばにゐてほしい

海が逃げる
そばにゐてほしい

もうぢき
何もかもがひとつになる
  
   指がなぞる
   匂はない時間のなかで
   死がふるへる

蟻が眠る
そばにゐてほしい

風がつまづく
そぱにゐてほしい

もうぢき
夢が終る

何もかもが
黙る



この詩について作者は それがケッセルの小説による舞台台本「昼顔」の副産物だと言ってます。その台本は小説が終わったところから始まる。
カトリーヌ・ドヌーブの映画もご覧になったことがある方も多いと思いますが その続編のようなもので 不能の夫と 夫を裏切った妻が南仏のどこかで静かに暮らしている。

人生の日没の時期 夫婦の間にも色んなことがあったそのあとに どんな形の愛情がありうるか。
もちろん 長い夫婦生活ずっと仲良しで仲良しの延長上に 日没の時期をむかえられたら最高ですが。

e0061699_6515436.jpgうちのドラちゃん 正式名 ドラゴン・デル・ボスケ 森の龍 森の石松の弟分でたっちゃん くらいの意味合いだととらえてください。 うちの息子の命名です。 デル・ボスケは レアル・マドリッドの 元監督。 私はかれが監督時代が好きでしたが。 ちょうど 放し飼いの犬がいて 追いかけてどこかに行っていたのですが 頭をよだれだらけにして戻ってきました。 たぶん頭を噛まれたのでしょう。 こいつ すごくしつこい奴で いつも 痛い目にあってます。
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by cazorla | 2006-08-28 07:11 | カソルラ | Trackback | Comments(20)

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なんとなく 秋かなーという感じです。
西のせいか 朝日より夕焼けのほうがきれい。
いつも 朝日を見たいと思うのですが しらじらじらっと朝になります。
夕焼けには脳波を整える作用があるらしいです。
脳が正常にうごくために たまには夕日を見ましょう。
会社の時間帯も 夕日が見られるような時間帯だといいな と昔思ったことがあります。
スペインは 時間帯がずれていて 夕日はだいたい八時から九時くらいに見られるので みなさん 夕日を見ながら 手を繋いで夫婦でお散歩に行ったりします。

ずっと前に友人が遊びに来ていてデパートの下着売り場で どう見ても女子プロレスラーにしか見えない奥さんに セクシータンガとブラのセットを夫が熱心に つまり全然おつきあいとか義務とかではなく 幸せいっぱいで 選んでるのを見て スペインの夫婦ってすごい とぽつりとこぼしたのでした。 
やっぱり家にいる自分のパートナーが一番 と思えて生活しているのは 幸せなことだと思います。
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by cazorla | 2006-08-27 06:24 | カソルラ | Trackback | Comments(18)

最近 ちょっと所用でマドリッド方面通り過ぎました。
マドリッドには用がなかったんだけど 国道間違えてUターンしなくてはならず それならと 街の中に入ってしまった。そこはアルトゥロ・ソリア。
メトロの地図ご覧ください     マドリッド・メトロ地図
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夫は小さい時ここに住んでいました。
少し入ったところに一軒家ばかりがならんだ一角があるんですが そのうちの一件に住んでいました。 その後 そこは手狭になってもっと郊外の家に引っ越したんですが その四十年前に建てられ 十年近く住んだその家がどうなっているか見に行こうということになり 見に行きました。 そこには 彼の家がまだありました。 ガレージの上に秘密の隠れ家を造ってもらいそこで勉強したり 友達と秘密の相談をしたりしていた その部屋もあるし 小さなプールもそのまま 木だけがずいぶん大きくなっていました。

その近くに 日本人の男性と中国人の女性のカップルが住んでいたんだそうです。
彼らには子供が3人いて 一番大きい人は当時もう医学部の学生で一番小さい人が すこしうちの夫より大きくて よく遊んでいたそうです。 日本人男性は みんなに軍曹と呼ばれていました。 でも なぜそこに住んでいたのか どういういきさつがあるのかはなぞだったそうです。みんな 秘密には 近づかないようにしていたとか。
だいたい 息子さんの年齢で計算すると ご長男が生まれたのが1950年くらい。
たぶん 戦後 スペインにやって来たのだと思います。
でも 長嶺ヤス子が1960年に渡世した時でさえなかなか大変だったのだから これはきっと政治がらみの亡命ではないかと みんなひそかに噂していたとか。
皆の前では それぞれの言語を使うことなく  スペイン語で話し 子供達にも アンヘル ハビエルと スペイン語名。 近所の子供達は チノ・アンヘル(中国人のアンヘル)と呼んでいたそうです。て゜も 決して いじめがあったわけでもなく あの当時ほとんどアジア系が住んでいないスペインで しっかりなじんでいたのだそうです。
今は どうしているだろう と 少し感慨深い夫でした。

そのあと ガソリンが少ないので ガソリン・スタンドに行ったんですがそこも二十五年ぶり。
でも そこにありました。

アルトゥロ・ソリアは道が広く 道の真ん中に緑の地域があります。
国道ができるとき そこを国道の一部にして もっと便利にする計画があったんですが 住民の反対で 今でも そこは不便なまま でも緑の地域に 屋台のコーヒーショップやアイスクリーム屋さんが並び 犬のお散歩をする人たちがいて マドリッドのかなり都心部なのに緑が多く 静かな一角のままです。 そういうマドリッドが大好きです。

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by cazorla | 2006-08-26 07:44 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(12)

素敵な屋根裏部屋

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インテリア雑誌を見るのって楽しいですよね。
特に女性は 好きだと思います。
スペインでも 何十種類と インテリア雑誌や 家を改築するアイディアの詰まった雑誌がでています。
そして 素敵だけど実際に住むとなると 大変だろうなと思う部屋もよくあります。
このお部屋。

若いカップルが住んでいると仮定して
ベッドで本を読んでる彼が 「君がお風呂に入ってるの見るときが幸せさ」なんて言って
彼女がうふふ と笑いながら髪の毛を洗ったりするのかな とこの写真を見て想像しました。
うちの場合 普通にドアのあるお風呂ですが それでも子供達がすぐ入ってきて げらげら笑います。
どういう意味で笑ってるのかわかりません。
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by cazorla | 2006-08-26 00:29 | お家の中 | Trackback | Comments(10)