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今日の夕焼けです。
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死んでいった魂に兵士は必要ない と夫が言う。
彼の言う魂は擬人化されていない抽象であり それは純粋なものである。
人間の中に潜んでいる魂を あなたは信じているだろうか。

マリア・モンテッソリーは イタリアの教育者。
彼女は敬虔なカトリックでもある。
子供達が自分の興味を持つ物に静かに向き合っている時
精神は集中し
魂は正しい働きにもどる と言う。
集中することは 祈り ということだろうか。

生まれたての赤ん坊にも
年取って 自分のことができなくなった老人にも 魂がある。
その魂と向かい合うことが 人権を守るということなのかもしれない。
私たちは ほんとうに魂を信じているだろうか。

ある日 突然誰かを好きになる。
もしかしたら それは魂がふれあったのかもしれない。
だって たいていの場合 あなたが突然好きになった人は あなたのことをやはり好きだから。

ずっと昔東京に住んでいた。
そのうち最後の5年間は夫と結婚し その間に子供も二人生まれた。
下落合の小さな分譲マンションに住んでいた。
すると 公園のママ友達が言った。
「えーーっ あのマンション買ってるの――?
すっごい ご主人 外人でしょ?
そんな質の良い外人 どこで見つけたの?
私も どうせなら外人のほうが子供もかわいいしさー
でも いっつも私の知り合う外人って 質が悪いのよ」

夫に言った そんな質の良い外人どこでみつけたの って訊かれたよって。
夫は言った そう 伊勢丹の夫売り場でみつけました ってちゃんと答えてあげた?

もし 彼の肉体の中に魂があることを知っていたら
こんなことを 彼女は言っただろうか?
彼はモノではない。 

これは 外国人に対してだけではない。
男全般にも
自分の子供達にも
モノとして 完璧であることを望みながら
その中に存在する魂を慈しんでいない そんな気がする。

差別というよりも 魂を認識すれば 良いのだと思う。
差別用語が削除されても 一人の人間に対する敬愛の念がなければ 同じことだ。

これは anthonbergさんの 外の国から来た人 を 読んだあとに書きました。
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by cazorla | 2006-10-31 08:02 | 夫のことば | Trackback | Comments(29)

諸聖人の日 

11月1日は諸聖人の日で 祝日です。 フランス・イタリア など カトリックの国では この日がお盆のような感じで お墓参りをします。
ハロウィーンは ケルト人の死者の祭りとキリスト教がミックスして始まり アイルランド人によって アメリカ合衆国に伝わり そこで 先住民の死者の祭りとまたまた合体して 今の形になったと言われます。

カソルラの公立墓地です。
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墓地にはたいていスペイン杉と呼ばれる木が植えています。
形が魂が天に昇っていくようすを象徴しています。
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大理石が主流でしたが 大理石は水に比較的弱いので お手入れの簡単なほかの石も使われるようになりました。 御影石も輸入されています。 御影石 お高いそうです。
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中はこんな感じです。 五つの棺桶が入ります。深さは約十メートル。
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死んでからくらい一人が良いわ と言う人や 将来お墓の管理のことなど考えて こういうアパート形式のお墓もあります。 ちゃんと 棺桶がはいるように深さは2メートル以上。
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ひとつひとつ 思い出の品や レリーフなどが飾られています。
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管理する人がいなくなると こういうふうに植物に占領されてしまいます。
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こちらは お金がないひとの共同墓地部分。 石のかわりにアイアンですが 私の個人的このみでいうと こっちの雰囲気の方が好きかな と。 石がこれでもか て使われていたり 彫刻があったりする その下で ゆっくり休めない気がしてしまいます。

古い歴史を見ていくと メソポタミアでも中国でも そして日本でも 王様が亡くなった時に 大量の兵士や召使いを一緒に埋めてしまう風習がありました。
夫が 死んだ後も 生きていた時と同じ状態だと思うのは 幼稚な考え方だ。 西洋文化の中では そんな考えが起きたことはないと 言います。
いやいや それを信じていたわけではなく
たとえば 愛犬が死んだ時 ドッギービスケットの箱 と一緒に埋めてしまう あの感覚だと思う。 別に あの世で わんこさんがドッギービスケット 喜んで食べるとは思えないけど それでも やはり埋める時に 何かを入れてやりたいと思う。
(もちろん そんな気持ちで埋められた兵士も 良い迷惑ですが)
お悔やみ ということばがあるけれど 悔やんで悔やみきれず 自己満足でとりあえず何か死者にしてあげたいと思うのではないかと 思うのです。 そして 西洋社会にはなくオリエンタルにだけあるのは たぶん オリエンタルは あまり生きている時に 表現することが少ないからではないかと 愛を力一杯表現することが少ないからではないかと思います。

付け加え 死んでからの世界について
       スペインでも死んでからの世界はもちろんあるのですが その世界では 富や権力とは関係なくなり 当然もう兵士はいらなくなる というのが考えです。 まったく別の存在として 天に行ってしまう。 ローマ人も そういう考えだったようです。 死後も 生前とおなじ煩悩を持っているから いろいろな物を墓にいれるのではないか というのが夫のぎもんです。
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by cazorla | 2006-10-30 08:09 | スペイン 文化 言葉 | Trackback(1) | Comments(16)

朝ご飯セットのコーヒー

ことばの誘惑で書いたオレンジジュース事件の続きです。

オレンジジュースの誘いがあって一週間後の週末。 朝7時に電話。
「朝ご飯 食べませんか?」
またもや 熟睡状態でした。
「ちょっと 早起きして 散歩していたら 家のすぐそばだって気づいたので お腹もすいてきたし よかったら 一緒に朝ご飯どうかな と思って・・」

私も眠れない夜に 日の出と共に散歩を始めることがよくあったので 出かけることにしました。 その時 実は彼がどこに住んでいたのか知りませんでした。
ずっとあとになって 彼が かなり遠くに住んでいると知った時に この日の朝のことを訊きました。

「朝 三時に起きて 出かけました。 ずっと歩いて・・
だって あなたと朝ご飯が食べたかったから」
「でも 朝の七時なら 朝一番の電車に乗れば 別に三時に出かける必要はないでしょ?」
「散歩していてたまたま偶然通りがかった と言った方が誘いやすいと思ったから。
それに 嘘はつきたくなかった。」

あなたと朝ご飯が食べたい というのは よく男性の使う 隠喩です。

前回のオレンジジュースの誘いのコメントでmikiさんが 
ピンキーとキラーズの 恋の季節の 歌詞を載せてくださいましたが
あの 夜明けのコーヒー という名文句
もともと越路吹雪がこの作詞家に話したエピソードをもとにしています。
フランスに滞在中 フランス人が「君と夜明けのコーヒーが飲みたい」と言ったので
越路吹雪嬢 文字通り解釈し 夜明けのコーヒーを飲むべく 朝早くに彼のいる部屋のドアをノックしたら 待ちくたびれて寝入った 不機嫌な男が出てきたそうです。
彼としては 素敵な夜を過ごした後 夜明けのコーヒーを飲みたい と言うことだったのですが・・・ 

でも かれは 純粋に私と朝ご飯が食べたかった。
「奈良風 朝がゆ定食」を食べながら 街並みを眺めていました。
その風景は 静かな絵のように覚えています。
それから 8年間 ずっと一緒にいました。
時々 別れたりしながら。
それでも 人生の中で 「私」という 今の存在にかなり影響を与えてくれた人でした。
「嘘をつきたくなかった」という彼の純粋さに 傷つくこともあったし
そして 私も いっぱい傷つけてしまったけど。

長女が産まれた病院は 母子同室 というのが売りの病院だったけど 帝王切開になったので 別室にされてしまった。 それでも がんがん文句を言って 2日目には同室にしてもらった。 そういうわがままで なんとなく 病院で居心地が悪い時 彼が見舞いに来てくれた。

「私ね あいかわらず わがままなんだよ。
もう すこしは丸くなってもいいと思うんだけど。
自分のしたいことしかできないし
だから いつも 人と良い関係持てなくて
そして自分が傷ついてしまう。
もう少し 丸くならなきゃだめだね。」と 言って笑うと

「大丈夫。
世界が少しずつ変わっていくから。
少しずつ 君に近づいていくから。
君はもう母親なんだから 自信を持たなきゃだめだよ。
丸くなろうなんて思っちゃだめだよ。」

ずっと昔病気になって少し人生の方向が変わった。
そのおかげであわなかったかもしれない人と 知り合えた。
それは 幸せなことだ。

いつも彼と会って 別れる時 歌ってくれた曲
グッバイ グッバイ ベイビー
涙こらえて・・・
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by cazorla | 2006-10-29 07:38 | 思い出 | Trackback(1) | Comments(22)

モノポールのシュトーレンには マジパンが入ってるそうです。 ウィッキーペディアで マジパンのところを見ていくとけっこう面白かったです。
マジパンは ドイツ語の marzipanの英語読みから来ているそうですが このmarzipan
の説明 日本語と ドイツ語 イタリア語 フランス語 スペイン語 英語で 違ってきます。
日本語以外は 起源はペルシアで アラブ人によってヨーロッパにもたらされ ドイツ語のページでは イタリア経由でドイツに来たそうです。 イタリア語でmarzapan。 やはり クリスマスによく食べる。 スペイン語でmazapan。やはり クリスマスのお菓子で クリスマスソング ジングルベルのメロディで ジングルベル というかわりに マサパンマサパン と歌っています。
スペインにもアラブ人が八世紀に伝えています。 トレドで作り始め 今では各地で作られていますが やっぱりトレドのがおいしい。 甘すぎるけど お抹茶とあいます。
トレドのでも トレド在住の方が送ってくれる 地元お用達がやっぱりおいしいです。
観光で行かれた方からなんどかいただいたけど やっぱり 地元御用達にかぎります。
スペインという国は まだ職人気質みたいなのが残っていて 商業路線にのせちゃうと おいしいものが作れなくなるから ほんとうにおいしいものって 隠れていてなかなか見つけられないのだと思います。 たとえば うちの近所のパン屋さん すごくおいしいけど 朝七時半に開けて パンがなくなり次第閉店。 だいたい 朝十時には閉店しています。 (実はけっこう こういう生活あこがれてます。 ) で その後 カディスでも パン・デ・カディスという マサパンに スイートポテトなどを包んで焼いたお菓子が作られるようになります。(こちらは 頂いたことがありません。)

ちょっと変わったマサパン細工を紹介しているブログ発見 Unjubilado
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http://www.unjubilado.info/2005/12/16/recien-nacidos/こんなマサパンだと ちょっと食べられないです。

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これが一番普通のトレドのマサパン

作り方は 英語のウィッキーペディアか゜一番わかりやすいと思います。
スペイン語の作り方 Mazapan, el dulce de Navidad
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by cazorla | 2006-10-28 09:21 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(34)

ことばの誘惑

「ことば」に弱いタイプて いますよね。
私はそうです。 
たとえば 何かを買う時に 雑誌なんかの情報を重視したり 友人の薦めとかありますが
名前が気に入るとつい買ってしまいます。
今日は チーズを買いました。
Abuelo Chatoです。
Chatoて 英語では ネットを介しておしゃべりすることですが
スペイン語では 鼻の小さい人のことです。
もちろん チャットのこともチャットと言います。
だから きっと 鼻の小さい人 しようっと と思ってコンピューターを立ち上げているのでしょうか。 
だからこのチーズの名前は鼻の小さいおじいちゃんです。
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ずっと昔 26才の時 一人暮らしをしていました。
私はなかなか眠れないタイプで 眠ると深い深い眠りになるので 夜中に電話なんかくれたら怒り狂って切ってしまいます。
ある日 三時 午前三時に電話がありました。
「オレンジジュース 飲みに行きませんか?」
相手は18才の男の子。 ピーター佐藤の絵にそっくりの美しい男の子。
さすがに頭ごなしに 怒り狂うわけにはいきません。
「今 三時だよ-」

「はい だから・・・ビールには遅すぎるし コーヒーにはちょっと早すぎる。」

もちろん 行きました。
ことばにはよわいのです。
赤いジープは 静かな町を走りました。

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今ではオレンジジュースの美味しい国に住んでいます。
こういう機械がたいていの バル(喫茶店でもあり お酒も飲めて 軽い食事もできる)にあって
オレンジジュースを頼むと絞ってくれます。
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by cazorla | 2006-10-26 07:00 | 思い出 | Trackback(1) | Comments(30)

秋の味覚 と 秋の空

先日 せっかく山に行ったのに カメラ忘れてしまいました。
ですからこれは 去年のですが 今年もきれいに 黄色になりました。
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山で暖炉用の薪と松ぼっくりをたくさん拾って 冬に備えます。
秋の行事です。
松ぼっくりは油を含んでいるので発火しやすく 暖炉で火を起こす時に使います。
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これは フランコの別荘です。 フランコは この時期 カソルラで過ごしていました。
独裁者お墨付きの カソルラの秋です。

ドイツ人のバルバラは 秋の行事として 大量にトマトソースを作り始めます。
そして 干しフルーツをお酒につけて シュトーレンの用意をします。
シュトーレンは ドイツのクリスマスのパン菓子。 パンだけど 日持ちがします。
どんなんだろうなー と興味のある方は モノポールというパン屋さんで予約できます。
モノポールについてのご質問はこの方へhttp://hiyoku.exblog.jp/

先日 母が美味しい栗御飯を作ってくれました。
これは あんつぁんの故里の秋を想うの トラックバックの記事として書きました。
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by cazorla | 2006-10-25 08:35 | カソルラ | Trackback(1) | Comments(16)

パレスティナで 誘拐されていたスペイン人新聞記者Emilio Fernández Morenattiエミリオ フェルナンデス モレナッティが今日 ガザで解放されました。

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て かっこいいからのせました。
すみません。不真面目な記事で。

パレスティナでは ここ2年間 欧米の新聞記者等の誘拐が頻発しているが 肉体的な暴力はなく たいてい数日で解放されている。 
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by cazorla | 2006-10-25 07:41 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(6)

悲しいこと

スペインの養子縁組で 四人の女の子を養子にしたフアナのこと 覚えてらっしゃいますか?
彼女が先日 心臓発作で倒れて今病院にいます。
まだ 四十七才なのに。
元気そうで いつも笑顔。
この秋から 機織り教室始めるんで お手伝いすることにもなっていたのに。
夏前に始めた 工芸品の店も やっと本格的に流行りだしたのに・・

秋は カソルラも演劇があったりして
一緒に行く予定だったけど
やめちゃった。
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by cazorla | 2006-10-24 08:39 | カソルラ | Trackback | Comments(18)

権利についての私の記事に りろさんがたくさんコメントを書いてくださって。
私の記事より長いくらい。
せっかくなので 読みやすいように 一つにまとめました。
ご本人に許可もいただいています。
ほんとは所々 私の合いの手 というか 会話形式ではないけど 私自身のコメントもいれたいのですが そうするとややこしくなるので 純粋りろさんのコメントをのせました。


cazorlaさん、子どもを縛る病院って、けっこうあります。たとえばT小児病院では、アトピーの子どもなんか、掻いちゃいけないといっても掻いてしまうので、手足をベッドに縛り付けられて入院させられるといいます。
国籍その他については、日本は明治以来、とっても父権主義的なんですよね。これは今の天皇のお世継ぎ問題にもつながっていますね。
アメリカ在住のある方のブログで読んだのですが、その方のお友だちはアメリカ人と結婚して夫の暴力で苦しむことになった時、二人の子どもの日本国籍を取っていなかったため、子どもを連れて日本に逃げ帰るという選択ができなかったそうです。何故って、それをすると、国際誘拐になってしまうから。

権利については、責任とセットで考えなくてはいけない面もあると思うのですが、その権利も責任も、もともとすべての個人に属する問題だ、って私は考えています。つまり、誰もがいろいろな感情や感覚や考えや好みを持って生きている、ということを認められるべきだし、いろいろな痛みを味わいながら生きているということを労られるべきだし、当人の好みや選択を尊重されるべきだし、同時に、何かをしたことに対する責任は、基本的にその行為をした当人にのみ帰せられるべき、と思っているのです。

でも、その辺の境界線が、日本では、いつもグズグズになってしまうのですよね。みんなが一緒にかばい合ったり、みんなが一緒にガマンしたりする。個人の事情や痛みは無視される。でも、そのみんなって、誰のこと?そのみんなから村八分にされた人には、権利がないものとされたりしますよね。そして、そのみんなに対して、何かを決定する権利を持っているのは、家父長的立場の人だけだったりする。だから、多くの人が、自分で考えて決定する、ということに明確な責任を負わない……。そういうわけで、日本では、「自分は何を感じ、何をしたいのか?」をつきつめて意識して考えて実際の行動に移す、ということを控えるよう訓練されてしまうので、依存性人格障害者の集団となってしまうのですよね。つまり、本当に個人単位でものを考えた上でそれをぶつけあっていく、そのことで最大限の自由を獲得していく、という民主主義にはならない、ってことでしょ。

例えば、公立学校の給食もね、アレルギーなどの問題がない限りは、食べない選択をしてはいけないらしいのです。でも、今は戦後のような栄養失調の時代とは違うし、アスペルガー症候群(高機能自閉症)なんかで味覚がへんに敏感で決まったものしか食べられない子もいるしね、ベジタリアンの家族もいるかもしれないし、何を食べるかなんて、最終的には、個人の選択の自由の問題だと思うのですがね。もたれあうことを拒む個人を許さない依存性人格障害者たちに特有の言いぐさの常として、「集団の和を乱す」とか言われちゃうんだろうなあ。

もちろん、公の場で個人の権利がある程度抑制させられるのは当然のことです。でも、人権っていうのは、いろいろな付随的な権利以前の権利ですよね。たしかに「権利」って人工的なコトバであり概念かもしれないけれど、人を家畜のように扱ったり拷問にかけたり平気でしてきた過去への反省の上に確立されてきた概念だと思いますし、それは他人や他集団の人たちの痛みを理解できるようになったり、(動物の権利に関しては)生態系が他の生物たちとの相互依存によって成り立っていることを理解できるようになった現代人の文明ならではの、成熟の証とも言える概念ではないでしょうか。ただ、どこで線を引くかについては、もちろん、いつも揺れているんだと思いますが

もひとつ、人として大切にされなかった人間が、いかに心を病んで問題のある大人となるか、ってことが理解されるようになった、ってことも、人権の問題には絡んでいると思います。だって、大切にされずに育った人が、例えばヒットラーのようになったりするわけですしね

ああ、もうひとつ、書きたくなってしまいました。それは、多分、基本的人権って、「人としてちゃんと向き合ってもらえる」「耳を傾けてもらえる」ってことかな、って思ったのです。前に、よしもとばななさんの日記の中で、「子どもと動物はことばがわからなくてもちゃんと説得すれば伝わる」って書いてあったのですが、そういうふうに向き合ってもらう権利が、たとえ赤ちゃんにだってある、ってことだと思います。

★2日目のコメント★
医療現場で人を縛る時、やむを得ずそうする時は、相手が子どもであろうと高齢者であろうと、「ごめんなさいね、私たちも手が足りないので、あなたが傷つかないようにするためにこうせざるを得ないのよ、許してね、かわいそうに」という気持ちを持ちながら縛るのか、それとも当然の処置としてモノを扱うように縛るのかでは、まったく違ってくるだろうと思います。つまり、縛る・縛らないという以前に、相手を人間として見てその痛み苦しみに共感しようとしているのか、ってことでしょう。人手不足や忙しさでそのように心を働かして患者さんと向き合う余裕さえなくなっているのが現場の現実だとすれば、それは本当に行政でなんとかすべき問題だろうと思います。

動物の権利ということに関しては、確かに、あまりにも自分の心情を動物に投影して感情的になってしまっている人たちがいる、というのも事実ですが、それは人間の側の自分勝手さというもので、動物の立場を本当に考えてのものの見方だとは思えません。それは本当の動物の権利とは違うものでしょう……ということを、ここに付け加えておきますね。

それから、スペインの病院で屈強な男性が運んでくれたというところを読ませていただいて、思い出しました。アメリカでは、例えば、血液検査用の血液を採る作業は、それ専用の資格を持った人がするそうです。看護士や医師の手をわずらわせないためです。医師には本当に大事な診断と判断を下す仕事に専念してもらうためだそうです。そういう棲み分けは絶対に必要ですよね。日本では看護士さんに負担が掛かりすぎじゃないでしょうか。

それから、ノルウェイの刑務所の話で思い出したのですが、フランスの刑務所では、昔から、何を食べたいかを囚人が選択できるそうです。明治時代の文豪かだれかがフランスで収監された時、メニューはここから選ぶか、それがいやなら外から取ってもいいよ、と言われたらしいです。それは今でも同じで、例の佐川君が収監された時にもそうだったらしいです。何を食べるかは囚人であろうと個人の権利、というわけですね。

もうひとつ。日本の刑務所ではあまりにも細かく管理されるので、刑期が終わった時、自分でものごとを決められなくて社会復帰できない人がものすごく多いそうです。それだけでなく、社会の側に、前歴のある人を雇って社会復帰をサポートしようという意志のある人が少ないことも問題ではあるのですが。
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by cazorla | 2006-10-24 07:40 | おすすめのもの | Trackback(1) | Comments(20)

スペイン語は・・

カール五世(神聖ローマ帝国皇帝 Sacro Imperio Romano Germánico フランス語やスペイン語では ゲルマン民族の というのをつける。その方が理解しやすいように思う。)であり 同時に スペイン王 カルロス一世。
ウィキーペディア 日本語版を見ていたら 彼のことばとしてい有名 として紹介されていた。
「スペイン語は神への言葉、イタリア語は女性への言葉、フランス語は男性への言葉、ドイツ語は馬への言葉」
たぶん スペイン語を勉強された方は このスペイン語は神へのことば というのをお聞きになったり エッセイ等の中で読まれたりしたことがあるでしょう。 このイタリア語は女性へのことばが転じて イタリア語は愛を語ることば という人もいると思う。 ドイツ語は 哲学を語ることばもここから派生したのではないかと想像する。 と 言うより ドイツ人が 馬へのことば に対して 作り出したのかもしれない。

「スペイン語は神への言葉、イタリア語は女性への言葉、フランス語は男性への言葉、ドイツ語は馬への言葉」
実はオリジナルと順番が違う。
実際は
「スペイン語は神への言葉 フランス語は男性への言葉 イタリア語は女性への言葉 ドイツ語は馬への言葉」
この言葉は 特に深い意味があるわけではなく 単に カール五世の個人的好みの表現でしかない。 まず頂点に神がいて その下に男 その下に女 その下に動物。
つまり ぼくは スペイン語が一番好きで その次は フランス語で~ それからイタリア語 ドイツ語は あんまり好きではないなー といいたかっただけなのだそうです。
女性差別ね! ま 16世紀だから?
なぜ スペイン語が好きだったのか?
母親がスペイン女王だったから 乳母もきれいなスペイン人だったんじゃないの と思ったんですが 彼がスペイン語を学んだのはかなり成長してからだそうです。
でも おもしろいのは ウィキーペディアで 順番が変わってること。
人生の中で一番大切なのは 女の子をくどくこと という現代的(?)な考え方からでしょうか。
(とりあえず 神様は一番に置いておくとしても)

カール五世の父親 フィリペ美公 le Beau (フランス語) El Hermoso(スペイン語)
美公というのは あだ名で フェリペ一世(カスティジャ王) フィリプ四世ブルゴーニュ公
とにかく すっごい美形で有名だったそうです。
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彼と結婚し 狂女になってしまったファナ女王。
当時スペインは ラテンアメリカからの物資で潤っていましたが そのほとんどを フェリペはプロテスタント抑圧のために 北に送ります。 スペイン帝国の衰退が始まります。
その後 スペイン王としてスペイン語のできない息子カール五世が来て スペインで歓迎されるはずがありません。 たぶん そんな状況で 言われた言葉なのでしょう。
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by cazorla | 2006-10-23 06:53 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(22)