グティって マドリッド出身にもかかわらず
レアル・マドリッドで あまり 人気がなかった。
女性誌にはよく出ていたけど
硬派のマドリッドファンたちには おかまとよばれたり

調子の良い時は よいプレーを見せる時もあるけど
むらがありすぎると批評されたり
ガキ過ぎると言われたり
そうこうしながら 三十を超えて
トルコに行くことになった。

プレゼンテーションのビデオです。
人生が変わった。
トルコでは アイドルです。



最初は なんで トルコ?
と 思ったけど こういう人生の選択もありだな と思いました。

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by cazorla | 2010-07-31 15:01 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(0)

初恋

夏休みに入って 朝 早く起きて娘と一緒に勉強してる。
音楽理論。
九時になったら 買い物やらなんやらで 一緒にいられないので
朝 涼しいうちに 勉強する。

今朝は 勉強しながら 突然 質問してきた。

「ママ わたしが離婚したら 怒る?」

いい 質問だ セニョリータ。

「あんたみたいな 変わりモンが結婚しただけでも 感謝して 毎日をすごすから
離婚くらい いいんじゃない?」
「マミー わたし けっこう もてるのよ、 悪いけど。
で つまり 離婚しても 怒らないってこと?」

「怒るもなにも その時は あなた 独立してるんでしょ?
基本的にわたしとは 関係ないことだもん。
もちろん 16で結婚して 17で離婚したら 怒る。
でも すでに家を出て 勝手に結婚したら
自分の責任で 離婚も乗り越えてね。」
「家にもどってもいい?」
「お嬢さん そのころは 私たち夫婦は 父島に住んでることになってるから
来てもらっても あなたのお仕事に差し支えるのではないかと ふふっ」
「ふーーん 一人で住むのねー」

と まだ 結婚さえできない身で 離婚後の生活を心配しているわが家のお嬢です。

というのも 最近 初めて 恋人らしきものができた。
水泳部の先輩。
それだけで もう アニメの世界。
ことのなりゆきを 興味津々に見守る 母です。
キスはしたらしい。
本人が言うのだから たぶん そうなんだろう。
でも なかなか スイートな物語が聞こえてこない。
娘は14で彼は16だから いろいろ 葛藤をかかえているのだと思う。

昨日は 口論をしたらしい。

娘と長男が 水泳のトレーニングのあいまに 遊んでいたら
いっくら 兄弟でも もう 君の年で そんなにからだを
男の子とくっつけて 遊ぶのはよくない と 彼が言ったそうな。
彼は 男だけの四人兄弟の二番目。
いまどき 男だけの四人兄弟で育ってるとは なかなかいいではないか
と 母であるわたしは思う。
身長182 肩幅ひろく めがねをかけた顔は なかなか知的。
そういうまじめな男の子だ。
娘は 基本的には 弟といるほうが 楽しい。
恋人を持つ と言っても それは やっぱり 持ってたほうが
女友達の中でも 一目置かれるからであるという
ばっかみたいな 女の子論理の結果である。
だから そういう 束縛を感じる発言に腹がたつのだ。

たぶん 16くらいというのは 性欲もそれなりにあるけど
それが微妙な時代。
恋人(らしき 女の子)が たとえ 弟であっても その子と
水着で遊んでいるのを見ると ちょっと 耐えられないのだろう
と 推察する。

でも たかだか その程度のことで 離婚した時の自分の心配にまで
発展するのか と 思わず 笑ってしまいました。

「マミー わたし 恋人とか 夫を持つっていうことに あんまり 合わないような気がする」

昔 昔 わたしが まだ 二十歳ちょっとだった時
禅宗のぼんさんが言った。(わたしは 坊さんと話すのが好きなのだ)
「人間ちゅうのは 男は 女と 女は男と つきあって 初めて 成長するんだす。
いっくら 本を読んでも だめです。 
どんどん 男とつきあいなさい。
損するとか そんなこと 考えないで 
1日で あかん と思ったら 次に行ってもええから
どんどん つきあっていきなさい」

自分の思うようにならない関係にいらついてる娘を見て
なんとなく 微笑ましい。
友だちとつきあうのとは 違うものね。
でも まだまだ つらい気持ちになる そんな恋人に出会うまで
の 練習なんだよね きっと。



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筋肉質の息子です。
もうすぐ 中学生。 彼の友だちは みんな 「恋人」と称するものを持っている。
みーんな 恋人ほしいんだよ。 どんなんでもいいから(como sea)とにかく欲しいんだよ。
と 笑ってる。 



明日 水泳大会で アンドゥッハに出かけます。
よっく 観察してこよー。
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by cazorla | 2010-07-31 08:26 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(10)

エンリコ 

マルセル ムルージは フランスの歌手。
実存主義の時代の歌手です。
彼の小説 エンリコは 彼の少年時代をモデルに描いた作品ですが
その貧しさは 日本のプロレタリアートの貧しくとも正しく生きるという
雰囲気とは 全く別の 狂気にみちたものです。
フランス人の母とアルジェリア人の父を持ち
兄は母に似て ブルーの瞳を持つのに
弟である マルセル つまり小説の中の少年 エンリコは
黒い瞳が 父親に似ているために 母の虐待にあっています。
最終的に母は その狂気のために死んでしまうのですが
解説の中で マルセルは オリエンタルと結婚した西洋人の女は
常に オリエンタルの女に対する コンプレックスに悩み続ける
と 書いています。
なるほど そういう立場からの見方
そう言う立場の 問題点 というのを 今まで 考えたことがありませんでした。



エンリコ (1975年)

マルセル・ムルージ / 中央公論社



この本は すでに絶版になっているようですが 安岡章太郎の訳と ユジェーヌ・アジェの写真
そして 細江英公の装丁という 豪華なつくりになっています。

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狂気の母はたんに殴ったりするだけではなく
息子の上におおいかぶさり 淫らな動きをするのだけれど
そういった すべてを しっかり受け取り
軽蔑も嫌悪感もなく
ただ ひたすら 愛情を注ぐ その少年のまなざしが
グロテスクともいえる ストーリーを読者にひとつの物語として
美しいパリの風景の写真に転換していくのです。


マルセル・ムルージが歌う ボリス・ヴィアンの曲Le Conscrit


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by cazorla | 2010-07-30 03:17 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(0)

おやつの時間 La merienda

おやつの時間に 子供達は よく おしゃべりをする。
たいてい たわいもないこと。
今日は だれが かっこいいとか だれが きれいとか そういう話。

マリアが 「わたし  マリア・コセーラは美人だと思う」
というから わたしは つい えっ なんで と言ってしまった。
だって ぜんぜん きれいじゃないんだもん。
(こういう発言は あんまりよくないんですよね。反省)
マリアがさらに続けて
「話もあわないし あまり好きじゃないけど
美人だと思うよ。」

すると 11才の長男 エンリケが言う。
「女が あんまり仲良くない女のことを きれいだって言うのは
嫉妬してる時だね」



なるほど
真理である。
でも なんで この11才の息子がそんなこと わかるんだ。



スペインのおやつの時間は メリエンダと呼ばれ
だいたい六時か七時くらい。
サンドイッチを食べたり ピサ゜を食べたり
軽食に近い感じでもあります。
大人達も メリエンダは バルに行ったりしてビールを飲みながら 軽い食事をします。





La merienda 歌詞
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by cazorla | 2010-07-29 08:25 | こども | Trackback | Comments(6)

猫たちの昼寝 

母が83才になった。
83才になると 時々 今朝のことだったか
昨日のことだったか
はたまた おとといのことであったか
わからなくなる と言う。
年のせいだけでも ない。
今は夏休みだから 何曜日なのか時々わからなくなる。
ちゃんと カレンダーにそって 生きてるのは
仕事している 夫だけ。

母は現在の記憶か゜あいまいなぶん
思い出話が次々出てくる。
忙しくしていた頃 頭のすみに追いやっていたことや
心の奥にしまいこんでいたことが 次々出てくる。

女学校時代 毎朝 なんとなく 見かけた中学生。
ほのかに好きだと思っていた。
その声を聞くことも
何に興味があるのかも 
何も知らないその人だったが。
毎日 朝 同じ場所にその人はいた。
たぷん 友だちを待っているのだろうと思っていた。
ある朝 その人はいなかった。
しばらくして 従兄弟が 彼の死を知らせる。
その人の兄と従兄弟が 同級生だったのだ。
鉄棒から落ちて 亡くなったのだそうだ。
ひそかに 憧れていたと その人の兄は
短い命の弟を不憫に思い 従兄弟に 言付けた。
ことばを交わらせることができない時代だから
その一瞬の まなざしで 気持ちが通じ合うことがある。

もし そんな事故がなくても 戦争に行っていただろう。
そういう時代のあわい物語。

母は そういう話をしながらも
最近の自分の記憶力の欠如を
10分前に自分がなにをしたかったか 思い出せないことを
とても 気にしている。

気にしなくても大丈夫と言いたい。
わたしは この間 じゃがいもの皮をむいた時
ゴミを入れるバケツがどこにあったか 思い出せなくて
しばらく 台所中を探していた。
それは わたしのちいさな脳の腫瘍が作る小さないたずらにすぎないのだ
と わたしは 自分に言い聞かせる。
だから 母とわたしは 同じような問題を抱えてる者どうし
だから そういうことは 一緒に笑い飛ばしたい
でも そんなこと言えば 母は心配するから言えない。

でも 一番 困るのは わたしは 子供達を生んだことが
あまりよく 思い出せない。
どうしても 実感として感じられない。

時々 思う。
現在の親子関係が強いのは
三十になっても まだ 親のすねかじりが可能なくらい強いのは
写真技術と関係しているのではないかって。
写真があるから 親たちは 息子や娘の幼かった頃を思い出し
愛を 何度も 紬直せるのではないかって。
思い出の力は すごい。
そういうのが 動物とは違うところなんだ たぶん。
子別れの儀式をする狐のようにあっさり関係を断ち切れない。

その反対に記憶のないわたしは
その瞬間を子供達にそそぎこみ
刹那的愛をそそぎこむ。
彼らを見ていることが楽しい。
思い出はないけど そのしぐさや その話し方 考え方に
シンパシーを感じることができるとき
すごく うれしく 幸せな気持ちになる。

親子の愛は恒久的愛のはずなのに
わたしは 刹那的に愛せる。
それは すてきなことだと思う。 たぶん。


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遠くに見える 君たちを見てるのが大好きです。
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by cazorla | 2010-07-29 07:44 | 思うこと | Trackback

今年 3月1日 あいつが 日本を離れた。

いつまでも まともに日本に住み続けるとは 思ってなかったけど

その一方で もうあいつも45だし

そんなに簡単に 日本を出て行くとは 思わなかった。

1月に メールを送った ひさしぶりに。

日本にいるのって ただ なんとなく質問した。

おや 勘が良いね って すぐに返事が来た。

仕事をやめたばかり。

日本を出るよ。

って。

45 年取りすぎてるけど もしかして こんなこと

もう 今しかできないかも

って そういう限界の

人生の最後の放浪生活。

3月1日に日本を出るよって

何処に行くのよ って 訊くと

ワイハー だって。

ハワイなんて わたしにとっては ロッキード事件のおっちゃんの

なんたらけんじさんのホテルのイメージ。

でも 彼は もぐるのが好きだからね。

ワイハーだったら 野宿ができる。

あんたの年で 野宿するの?

鍛え方が 違うよ。

それは 実は すごく すごく うらやましい。

わたしも 時々 考える もう 今じゃないと できなくなることって

いっぱいあるよね。

そう思う。

そんなことを 去年も考えてた。

もう 何年も会ってないのに

あなたが 日本にいないっていう事実が

わたしを ほんとに ほんとに 心細くする。

さびしくて さびしくて どうしようもなくなる。

勝手なやつだと 思うでしょ?

あれから もう五ヶ月。

どうしてる?

あと 何年くらい そっちにいる予定なのでしょう。



わたしは ここにいます。

とりあえず 鍛えなくっちゃ ね。



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by cazorla | 2010-07-27 08:06 | 思うこと

老いらくの恋

「わたし なんだか 最近 年取ったなーって 思う。」

母が しみじみと言う。
母は八十三才になった。
スペインに来た時 七十八。

「あのね 今だから 言うけど・・・。
笑うよ
きっと。
すっごい 笑うよ。

わたしね あなたと エンリケさんが仲良くしてるところ見ながら
ちょっとねー 想像してたの。」

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「わたしにも ああいう 運命の人が急に あらわれるんじゃないかなって。
ある日 歩いてると むこうから やってきて こう言うの。。。
『ずっと ずっと あなたが いらっしゃるのを待っていました』 って」

「でも ママ スペイン語わかんないから わかんないじゃん」

「でも わかるのよ。 だって それは 運命のことばだから。
わたしのことをじっと見ている その視線で すべて わかるの。
で それは 確信に近かった。 きっと きっと その人はやって来るって。
でもね 80をさかいに 急にそんなこと ないなって」

そう言って けらけら 笑う。

「でも ママ 来たのかもよ。
でも きっと ことばか゜わかんなから 気づかなくて 道を訊いてるんだと 
思ったのかもよ。」

「道 訊かれた時は わかるわよ。
ちゃんと メルカドーナって スーパーの名前が聞こえたし
指さしたら にこにこ して グラシャスって
言ったもの。
でも もうね そんな想像もできないくらい 年とっちゃっちのよ。」

「日本にいたら 恋愛したかなー?」

「老人ホームとか すごいらしいわよ。
三角関係とかで 一人の女性をめぐって ナイフで刺したり・・・。」

「つまり ママがスペインに来て 悲劇が いくつか減ったと・・・」

と 言いながら けらけらと 笑ったのでした。

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「広島のおばちゃんが 七十の時 うちに電話して訊くのよ。
 『てるちゃん 七十で恋愛できるかなー?』って。
 わたし その時 62で パパが退職して ずっとずっと くっついてきて
どこに行くのも いっしょ で たまに 一人で出かけたいとか 思ってた 頃だから
もう 恋愛なんて ばかくさいこと 訊いてきてからに
と 思ったのよ。
だから あっさり ないっ て 答えたの。
今ね わるかったなーと 思ってる。
ちゃんと 話してみたらよかったな。
あのとき たぶんね 山下さんから手紙が来た頃だったのよ。」

広島のおばちゃんというのは 母の八歳年上の姉。
四十の時 未亡人になって 女手一つで 三人の子供達を育てた。
山下さんというのは おばが 女学校を卒業した頃 東大に行っていて
ほのかに好きだったけど お互いに 何も言わず そのまま おばは結婚してしまった。
結婚が決まるまで 東京から 何度か電話がかかってきていたが
それは 戦前のことだから まわりがどうにかしなければ 発展しなかったのだろう。
東大に行ってるような人なのだから 祖父母はたとえまだ学生でも きっと 喜んだのではないかと思う。
でも 山下さんは 結婚を言い出す勇気がなかった。
その山下さんが 七十を過ぎて 手紙を送ってきたのだ。
ずっと ずっと 好きでしたと。
おばは 現在 90を過ぎて 少し認知症。
施設と家を往復しながら生活している。
おばの息子がある日 山下さんの手紙を 母に送ってきたのだ。
それは どういう意図で送られてきたのかわからないけど
たぶん 過ぎ去った日の母親の秘密をひとりで 携えているのが苦痛だったのかもしれない。
母親の最後の甘い思い出。
90のおばは きっと 施設の中の70才くらいの人たちの恋愛などを
見て あのとき 思い切って 会いに行けばよかった と思ったりするのだろうか。

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やぎです。
ほのぼの

余談になりますが
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by cazorla | 2010-07-26 05:19 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(9)

スペイン見返り美人

自転車で 川沿いに走る。


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自転車で走れない時は 抱えて歩く。


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お腹がすく しあわせ。
暑い。
今日はかなり暑い。
たぶん 日向は 40度 こえる。
それでも 木と川が 風に やさしさをあたえる。
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そして 水につかる しあわせ。

長女 14才。
がんこさに みがきがかかる。
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なかなか まともに写真を撮らせなくなった。
だから ほい 見返り美人。
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ばっかじゃない? てな 顔で相手を見るのは 母ゆずり。
だって 正直なんだからしかたがない。
つまんない冗談にむりして 笑わない。
退屈したら すぐ帰る。
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マリアは けっこう 先生に嫌われる。
熱狂的に愛してくれる先生もいる。
だけど 何人かの 女の先生に すっごく 嫌われてる。
わたしも そうだった。
女の国語の先生に嫌われてた。
もっと 明るく
とか 授業中には 前向きな表情で
前向きな表情って なんだ。
マリアは 一年生のとき 美術か ソブレサリエンテ 日本式なら 5。
それが 先生が替わったら あなたは画用紙を汚してるだけ
だと。
その言い方は ないと思う。
たとえ下手であっても その言い方は傷つける。
それで 絵が嫌いになったから 絵の個人レッスンを頼んだ。
その美術の先生の男友達 独身 それなりにハンサム。
一回のレッスンのあと いきなり よくなった よくなった と言い始める。
掌かえして ほめちぎる。

で 音楽 落第。
コンセルバトリーに行ってるのに
それは ないよね。
教務主任に話す。 基本的に 文部省でも コンセルバトリープロフェショナルに行ってる子は
授業を受けなくても 合格にすること と決まっていると わかる。

たしかに娘は 愛嬌がない。
あいそうもわるい。


見た目よりのろまだから
それをやる気がないから と思われたりする。
考えるプロセスが違うから ときとして ものすごい見当違いをする。

でも 変える ことなんて なかなかできないんだよね。


今日は パン屋さんに行って 一時間待っていた。
朝 八時に開くとおもってたから パン買ってきてって たのんだ。
九時になっても 帰ってこないから 迎えに行くと
今日は 土曜日だから 開店は九時。
ずっと バカみたいに お店の前で待っていたんだって。
アホやん って 笑ったら
ちらっと 見て ふんっ と言った。
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by cazorla | 2010-07-25 03:29 | カソルラ | Trackback | Comments(12)

むすこ

ときどき
息子がいるっていうことだけで
すごく すごく うれしくなる。
しあわせな気持ちになる。

わたしのことを一心に見守る男の子が 
この世に存在するだけで ほんとに満たされた気持ちになる。
なんていう 単純さ。

このあいだ っていっても
もう2ヶ月前だけど コンセルバトリーで
歌のクラスの 発表会をした。(以前の記事にも ちらっと 書いてますが)
その時 わたしは ピアノ弾き語りで
ひとりで歌うつもりでいた。
それなのに 君は 勝手に先生に かあちゃんと歌うと言ってしまった。
ピアノが上手だから ほかのグループにも
ひっぱりだこで
エンリケ 一緒にしようよと さそわれていたのに
だめ ぼく かあちゃんとするって
かあちゃんも 一緒に ぼくたちとしようよって
フアン君も言ってるのに 
君はわたしと一緒がいいって。
だから わたしは そんなにママとするのが よいのか
わたしと一緒が好きなのか
と うるうるしていたら

実は わたしと一緒なら 楽譜もちゃんと用意して貰えるし
難しかったら 適当に アレンジ変えてもらえるし
とりあえず 楽ができそうだから
というのが ほんとの理由。

悪いヤツだ。
こんなに小さいときから 女心を利用する。

だから わたしは 浴衣を着た。
たぶん 君が嫌がると思ったから。
先生たちも 生徒達も ものすごい感動してくれたでしょ?
下駄の鼻緒にまで 感動してくれた。
それなのに 君は マミー もっと まともになれないって
それでも きっと と思う。
十年して 二十年して
五十年しても
きっと わたしのことを 思い出してくれると。

わたしの骨をころんころんと ならしながら・・・・



小学校卒業記念に 先生がプレゼントしてくれた クラス写真。
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笑顔がおとなになったなって 思います。
だから わたしは ついつい 頼ってしまう。

一緒にいると 気持ちが落ち着く わたしの息子。
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by cazorla | 2010-07-23 07:34 | こども | Trackback | Comments(4)

テレビのない生活

うちには テレビがない。
テレビの機械はあって DVDは見られる。
週末や しなければならないことを全部してしまった時
兄弟全員そろって 一緒に見る。
これまでで 一番 何度も何度も
あきずに見たのは スペインの古き良き時代の映画 グランファミリア
20人くらい子供のいる家庭。
だからって 貧乏くさくなく おかあさんも おしゃれできれいで
楽しそうにしている。
テレビがないから 隣のテレビをみたりしている。
なんでうちには こんなにちょっとしか こどもがいないんだろうと 
息子は言う。

共産党員のファナが まだ こどもたち おとなしくテレビのない生活にがまんしてるの
と訊く。
特に我慢してるふうでもないけど とりあえず テレビがほしいとは
言わないので うなずく。
まだ 反抗期になってないのかしら マリアいくつになった?
14か・・・・・14で まだ テレビなくて 平気なのか・・・
って 共産党員なのに
テレビなんて 資本主義的なもの なくっても平気でしょ
で 実は 共産党員だけど テレビが大好きで 1日中見ている。
共産党員だけど 中国が嫌いだ。
中国の体操選手の養成所って この間 テレビでやってたんだけどね
小さな子供が できなくて 泣いてるの
泣きながら練習してるのよ
中国ってね なんて 国なんだろう・・
うちの息子も泣きながら ピアノを弾いてる。
いやだからじゃなくて できないとくやしくて 泣いている。
わたしも 泣きながら鉄棒にしがみついてた 子供の時。
でも テレビって 分析させない。
作り手が 批判したい批判をそのまま 自分の批判として 受けとる。
だから わたしはテレビが嫌い。

末っ子アルバロの担任。
彼は 最近の先生にしては なかなか きっちりとした 考えがあって好き。
それでも 彼は言う。
もちろん テレビの害はみとめるけど
自分のこどもたちが ほかの子供と違うようになるのは
いやだから。。。
それって 個性とか大事だとは 思ってないってことでしょ?
Personaridadなんて 言って ほんとのところは 皆 同じことをしてほしい。
政治家にとっても いろいろ ごちゃごちゃ 自分の考えを持ってる国民なんていらない
っていうのと同じ。

マリアは うちには テレビがありません
と すごく 誇りを持って言っている。
本をたくさん読んでるくせに たまにとんでもない間違いを
国語の試験でするのは 
常識
つまり テレビを見ていれば身に付く 普通の常識を
知らない。
考え方にくせがある。
でも 試験のために生きてるわけじゃ ないから ま いいか とおもう。
先生が わたしに言う。
「ま あなたから ご主人に言って
テレビをですねー つけるように こう なんとか説得してみられたら
いかがでしょうか ね。」
先生も常識的というか なんというか
家のことは全部 夫が決めるもんだと思ってる。
そして それを疑ってみようともしない。
夫はいつも図書館に行って 誰も借りないような本を借りて
その本を抱えて ぼさぼさ髪で歩いてるから かわりもんだと
思われてるのかもしれない。
「あのですね テレビをつけないのは わたしの意志です。
夫は サッカーが見たいからテレビをほしがったんだけど
わたしか゛やっと説得して テレビのない静かで
落ち着いた生活になったんですから 今更
テレビなんかのある生活は とんでもないです。」
と 答えたら もうすぐ退職を迎える 独身女性の先生は
あきれた顔をしていた。

実際のところ そんなにすごい教育方針を持ってるわけではない。
わたしが本を読んでる時や 音楽を聞いてる時に
テレビの雑音がどこからか 来るっていうのが イヤなんだ。
基本的に 母親の趣味の問題。
テレビの音って なんか 暑苦しい。
おまけに三人子供がいると
それぞれにお気に入りの番組があったりして 
それぞれが 見たい番組をチェックして
それぞれのスケジュールが違うから
サッカーから帰ってきたから 見たいとか
宿題したから 見たいとか
言っていたら 何時間もつけっぱなし ということになりかねない。
それをきちんと テレビを見る時間をつくって
規則正しく 教育していくほど わたしは 立派な母じゃない
と そう思ったから めんどくさいから テレビなしの生活にした。

でも テレビのない生活って いいですよ。
ほんとに。

音楽学校で 新しい時代の音楽というビデオを見た。
シナトラやらブレスリーやらが歌っている。
新しいというより クラシックではない音楽の
古い時代的なものなんだけど
スペイン語圏の歌で初めて 世界的ヒットした ラ・バンバが流れた。
刺激的なもののすくない生活をしているせいか
息子は しっかりそれを頭にきざみこんで
一回しか聞いていないのにしっかり覚えて
うちに帰って 弟にも教えて
それから一週間は 一日中 ラ・バンバを聞かなくてはならないはめに陥った。
でも それはそれで いいんだよね。
そんなささやかなことが 息子たちには
すっごく画期的におもしろいこと として インプットされていくって
言うのは なかなか素敵なことだと思う。

そんな息子だから 小汚いかっこうしてサッカーやってても
口笛でかなでるのは モーツァルトだったりする。
そういうアンバランスが 実はかっこよかったりする
そういう時代は もうすぐだと 信じて。



ときどき あまりにも 孤独な人生を進ませてしまうことに
なっているのではないか と 反省しながら・・・。
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by cazorla | 2010-07-20 07:24 | こども | Trackback | Comments(8)