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マドリッドのカフェ・ヒホン。ヘミングウェイが通っていたということで有名なカフェ。
1888年 開店。 
当時は 本店のみでテラスはなかったのですが 現在は道を挟んだ遊歩道にテラスがあります。
スペイン語でテラッサ。
テラッサは カフェやバルが 広場 遊歩道 など 公的地所にテーブルを置いているところですが 公的な場所なので 市役所に賃料を払っています。
これは 何年かごとに せりのようなことをして テラッサを置くための権利を獲得します。
今回 カフェ・ヒホンのテラッサをおいていた場所の権利を他の人が落としてしまいました。つまり カフェ・ヒホンはこのテラッサを立ち退かなくてはなりません。
もちろん 本店は残るし そこにヘミングウェイも来ていたのですが スペインでは テラッサでくつろぐのが好きな人が多く テラッサの収益がかなりの範囲をしめます。
だから この権利を失ったら もしかしたら カフェ・ヒホン本店も閉まってしまうことになるかもしれません。
 
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ここのすぐそばで開催される民芸品展が大好きでした。
ちょっとしたものを買って カフェ・ヒホンで じっくり戦利品を眺める。
マドリッドでは カフェ・ヒホンはマドリッドの歴史だ! 運動が はじまっってるらしいです。
継続してくれるといいな。
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by cazorla | 2012-03-31 10:07 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(6)
キム・カシカシアン ビオラCDのジャケットに入っていた写真。
ECMは いつも すてきな音と一緒に アートも 連れてきてくれます。
キムのneharot
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時々 ことばなんてないほうが ずっと 人々は仲良くできるのではないか と思うことがあります。
ことばなんて全然通じないんだって言う前提で コミュニケーション持っている方が
なんとなく 楽しい時間がもてたり。
ロシアに行った時 そう思った。ロシア人って けっこう 明るくて おしゃべりで うるさいんだけど なにもわかんないから 適当にわかるところで わいわいやれる。

このCDは フルートやアコーディオン そして 歌も入っています。


わからない言葉を聞いて いやされる こともあります。

ソロモン王は 動物のことばが理解できる指輪を持っていたけど
いやなことを聞かされて 指輪を捨ててしまいます。
ことばなんていらないのかもしれない。
ことばにあまりにたよりすぎるのかもしれない。
ネット上だと ことぱの占める範囲が 大きいけど
その人がなにを言ったかより その人のことば感覚で その人を好きになったりします。

たとえば 中二階 ということばを入れたある劇の脚本。
中二階 なんてこばを使う その人がいいなと思う。
だって 中二階って なんだか 隠れ家みたいでしょ?
この劇を見てみたいとふと思う。
子供時代のおとなりには 中二階があって ちょっとうらやましかった。
そこには ドラムセットがおいてあった。
ちょっと 隠れ家。
秘密の趣味の場所。
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by cazorla | 2012-03-30 01:06 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(6)
あなたもこどもができたらわかるわよ
という言い方をする人がいる。
わたしも最初の子供が三十六歳だったから それまでの間 言われたことがなくもない。
なくもない とあいまいに書くのは こどもなんかできて 何がわかると 
根底で思っていたからだと思う。
田舎に住んでいると 15くらいで妊娠してしまう というのがけっこうある。
おまけに シングルマザーには 毎月ちょっとしたサラリーマンの給料程度が支払われるので
そのまま 産んでしまう。 もちろん カトリックだから 中絶を拒否するという風潮もある。
で その15の子たちが 三十歳のころのわたしより 何かわかってることがあるのか・・
って言うと ない と思う。 産む時が痛かったってことくらいか。
でも 三十六の出産にくらべると 痛みも少なかろうと 密かに思う。

第一子は 新宿在住時代だったから 公園デビューというのがあった。
今もあるのかしら。 したくはないけど 公園であそばなければならないから 連れて行く。
必然的 公園デビュー。 で ママ友というものができる。
名前を付けるという点ですでに 既製品的おつきあい。
その中でも ちょっと ずれているママたちと お友達になる。
ママたちは こどもの居ない人にくらべて なんかわかってるか というと・・・。

なにがあったか全然覚えてないけど 長女の言っていた水泳教室で すっごい馬鹿な質問をモニターの人にした。 その瞬間 すっごい恥ずかしくて 私もとうとう馬鹿な 母親になったもんだと思った。 母親とか主婦って 十把一絡げにしてしまうけど たしかに退化してしまうこともあると思う。 ママ友だった もと銀行の総合職の女性 すっごい知性の人だったし 経済や文学の話をすると へぇって思うのにいざ 教育のことになると おいおい と思うことも多々。 それもおもしろかったけどね。
でも こどもができてわかるようになることなんてたいしたもんじゃない というのが結論。
もしかしたら 見えてくることもいっぱいあるかもしれない。
でも 同時に 見えなくなってしまうこともいっぱいある。
見えなくなる物があるっていうことを 少なくとも頭の隅に置いとかないと ほんとに
ますます 失ってしまうものが多いと思う。
こどもは三人生まれた。
三人そだてて 一人育てた人より えらいかというと 絶対 そんなことはないと思う。
丁寧に少ない本を読んでいる人のほうが 乱読している自称活字中毒よりずっと 深かったりするように。
唯一 三人目の時は まだ赤ん坊の末っ子を抱いて 足の裏をさわった瞬間 ああ 明日歩くなって思った。 そしたら ほんとに歩き出した。 そういう動物的勘 動物の母親としての勘が 強くなったと思った。
その程度だって。

ある時 鍵コメをいただいた。
もう五年くらい前のことだと思う。
ちょっと 嫌みな感じの鍵コメ。 その方とはまったく交流がなかった。
で その方のブログをちょっとのぞいてみた。
なんか サロンみたいな ブログだった。
アメリカで八人の子育てをされている方。 すばらしい。
たしか二人 もしくは 三人は 養子。 
記事では やっぱり八人育ててやっとほんとの子育てについて語れる というようなことがかかれていて コメント欄で スペインくんだりで 三人育てて えらそうに やはり ◆◆さんみたいに
八人くらい育てて初めて 云々 みたいなことで盛り上がっていた。
もしかして 偉そうだったかしら(笑)
だって うちの息子たちが ママって ちょっとほかのママと違うんだよね
僕たち ラッキーさ とか言っておだてあげるもんで ふふっ と思ってたというのも事実。
でも どうせ 母業いとなむなら 楽しくなくっちゃね。
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by cazorla | 2012-03-29 16:13 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

カソルラ山脈のはげたか

カソルラ山脈は大きな自然に包まれた場所です。
夫が 大学時代 三十年くらい昔ということですが
オオカミもいました。 家畜を襲うので 少しずつ減って 現在は絶滅。
でも ここには まだ quebrantahuesos ひげわし が住んでいます。
いわゆる はげたかです。
だから死肉を食べるのですが 家畜が死んだ場合に放置していてはいけないという法律ができたのと
狩りに関して かなり限定していること そして オオカミがいないために 死体がほとんどでないという状況で 少しずつ 減っていっています。
スペイン語名quebrantahuesosのhuesosは骨。 骨を高いところから落として 柔らかい骨髄を食べる習性を持っているので この名前を持っています。
カソルラでは この鳥の保護をしています。
先日 七羽のひなが生まれました。
ひなの時からくちばしが強く 兄弟を一緒にすると つついて殺し合ってしまうそうです。
だから ぺつぺつに。
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おとうさんひげわし。

でも ほんとうは 山があって オオカミがいて やまやぎや鹿がいて そのバランスのなかで
ばけたかがいる というのが 理想的なのですよね。
現実には 人間のわがままでそのバランスがくずれている。
アクアリウムだって じょうずに作れば自然のバランスで なにも手をいれなくても
水と水草と魚の調和で 生命がまわっていくのに。
山だって 結局は アクアリウムと同じはず。
でも 少しずつ 手をいれて 息をはあはあいわせながら 少しずつだけでも
滅びていく種を少なくしていこうとしている。
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by cazorla | 2012-03-28 07:24 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(0)

空を飛べたら

ブログを書くのって 基本的に やはりどこか不幸だからじゃないかと思う。
書かない時期が長かったけど その時期は幸せだったか?
よくわかんないけど それは不幸の種類がちょっと違ってただけのような気もする。
何をそんなに不幸がってるのかって 思われるかもしれない。
だって すごく幸せそうだもの。 幸せって概念に照らし合わせれば たぶん 幸せなんだと思う。
でも 人間って宿命的に不幸を背負っていて その不幸の度合いが少しずつ違うのだと思う。
トルストイのアンナカレーニナの出だし。
たぶん 村上春樹の小説で 有名になってしまった言葉。
しあわせは一種類だけど 不幸は 人の数だけある・・・だっけ?
手元にアンナカレーニナ翻訳本がないので。 村上春樹の本の中をさがせよって?
お許しください。

たとえば 「昼顔」
ケッセルの小説。 カトリーヌ・ドヌーブ主演で映画にもなりました。
主人公は医者の妻。 優しい夫。 それなのに 売春婦を始める。
昼間しか働けないから 源氏名が昼顔。
最終的に 彼女にぞっこんのやくざな男が 夫をピストルで撃つ。
夫は 命は助かったけど 半身不随。
そこにある種の幸せを感じるところで 終わる。

彼女のどこが不幸なのか。
端から見て 幸せでも 気持ちの中にある ある種の溝を埋められない。
埋められない溝を ブログを書くことや 売春することで埋めていこうとしているのではないか
そう思うのです。

だれが一番不幸なのか そんなのは やっぱりわからない。
不幸は比べられないから。
抱えてる卵の重さは 本人にしか はかれない。

十七歳で腎臓を悪くして 病院に入院していた。 長期入院。
一番 かわいい時代 顔が腫れ上がって 胴回りも腫れ上がっていた。
一番 活動的に時期 からだを動かすのがうっとうしく ほとんど 一日中眠っていた。
その時 入院していたたぶん五十代後半の女性に 言われた。
「あなた いいわね 若くって。 おかあさんに世話してもらえるし。
わたしなんてね もう 母親は年取っているし 息子たちは自分の生活に忙しくて
だれも 世話なんてしてくれない。 あんた ほんとに運がいいわ。」
彼女は 心から そう思って 心から わたしをうらやんだのかもしれない。
でも その時のわたしは こう思った。
「あなたは すてきな十七歳の時代を持ったでしょ?
健康できれいで どこにでも行けて ころころと 友達と笑いあう すてきな十七歳が」
不幸の重さは それぞれ自分の抱えている卵の重さ。

やまいを持った人たちは だれが一番重症なのか 競争する。
それってすごく おかしい。
わたしなんかね あんたはまだまだ 軽くて いいわよ あら あら わたしなんてね
と。
実は 早く直ってふつうの生活に戻りたいのに
重症であればあるほど ふつうの生活にもどるのに時間がかかるのに
それなのに 入院患者たちは 自分の抱えてるものの重さを自慢したがる。
無口な人が 次の日 突然 死んでいく。

卵はいつか孵化するのかしら?
いつか ふわふわと 飛んで わたしをどこかへ連れて行ってくれるのかしら。

あまりにもしあわせだから 卵の重みを確かめる。
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by cazorla | 2012-03-27 23:37 | 思うこと | Trackback | Comments(4)
サッカーチームがぞろぞろと マドリッドへ遠足。
というか一日バス旅行。
レアルマドリッド アトレティコマドリッド オリンピックチーム 三カ所の博物館と
カンポ・デ・フットボールって 日本語でなんて言うんでしたか?
サッカー場?(笑)
などを 五台の貸し切りバスで 見て回ってきました。
カソルラからマドリッド というのは たぶん 長野から東京くらいの感じ・・・だと思います。
で 朝六時に出かけて 夜中の一時半に帰ってきました。
サンドイッチとジュース込みで一人14ユーロ。 1ユーロ現在百十円くらいですね。

おにいちゃんにカメラを持たせて 弟の写真も撮るようにと言ったのですが
チームごとに行動するので 末っ子の写真はなし。

長男 13歳。 中学二年生です。

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自分たちをマキナズ 機械のように動く と言っております。
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田舎の子供たちがぞろぞろぞろ。
想像するとおかしいんだけど 楽しく過ごしてきたようです。
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by cazorla | 2012-03-27 00:54 | こども | Trackback | Comments(4)

ジム効果

ジムに通っているのでついついジム関係の記事に目がいってしまいます。
今回新聞で目にしたのは ジムのエクササイズで オーガズムに達するという記事。
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突然 ジム通いの女性が増えたりして。
でも パートナーのいない人には効果がないそうです。
だから 恋人のかわりに ジムというわけにはいかないらしい。
それと 新しい言葉を覚えた。ヘテロセクシュアル
異性愛ってあえてことばがあるわけですなーと。
で 異性愛者のほうが効果がある。
うちのジムは ホモセクシュアルのカップルがけっこう来ていますが。。。

先日 市役所に働いてる人の妻と話したんだけど
カソルラは 人口九千人で 十八組の同性愛の夫婦が住んでいるそうです。
で 目標は二十五組だとか。
新しい進歩的な町作り。
うーんなるほど と思ったけど・・・。もちろん この数値は正式に結婚しているカップルです。
恋人同士で同棲している場合は数値に反映していません。





下らぬ記事が続いてすみません。
書きたいことがあるんだけど うまく書けない。
ずっと書いてないと うまいぐあいに日本語が出てこない。
困った 困った。
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by cazorla | 2012-03-25 21:00 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(2)

アスピリン効果

アスピリンを毎日一錠服用していると癌にならない。
というのが 証明されたそうです。
もうすでに七十年代から そう言われていたのだけど やっと科学的な証明ができたらしい。
うちの夫が さっそく 一箱 買ってきました。
うちは 末っ子がまだ小さいので 夫は すごく心配している。
ものすごく元気いっぱいだった舅が去年 癌を発見して手術したのも一因ですが。
(現在 舅は またもや元気いっぱいになりました。 ただ 昔ほど テニスをしたりできなくなって ちょっと太り気味。 女の子にもてなくなったのが ちょっと悩みですが 八十歳こえてますので )

アスピリンは柳の木皮の成分だとか。
ウィッキーによると 古代ギリシアで使われていてヒポクラテスも愛飲していたとありますが
邱 永漢氏によると 中国でも 紀元前二百年以上前から 漢方の頭痛薬として 柳の木の皮を
煎じて飲んでいたそうです。
どっちにしても あの大昔 なにがなににきく・・というのを発見した人がいる っていうのが
驚きです。 そして その成分を分析して アスピリンを作ってしまったドイツ人もすごいです。

アスピリンは お花を生けたとき 水に溶かすとお花が長持ちしますが
そういう 細胞再生に効果があるのでしょうか。

毎日 一錠 アスピリン。

頭痛持ちでもあるので さっそく試してみます。
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by cazorla | 2012-03-23 01:37 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(4)
リナーレスのわたしの通っているコンセルバトリーは アンドレス・セゴビアの名前が付けられています。 リナーレスは アンドレス・セゴビアの生まれた町。 アンドレス・セゴビア基金主催のギター国際コンクールが毎年11月に開催されます。
今年も コンクール前に ハエン新聞三面に記事が出ていたのですが その第一ページ全紙サイズの
昨年の優勝者の写真が出ていました。 
吉川久美子さん。 吉川英治さんのお嬢さんだそうです。
で 実は この名前 わたしの名前と一字違いなのです。
その上 なぜか 写真がとてもわたしに似ている。
ご本人が 見たら とんでもない にてないわよって 怒るかもしれませんが
一瞬 なんでわたしがこんなところに・・・と 思ってしまったのですよ。
そのくらいですから 日本人や中国人を見ると みんな同じに見える スペイン人には ますます
同じに見える。
11月のある日 コンセルバトリーにつくと この新聞が 壁に貼ってありました。
そして 何人もの子供たちが ちらっ ちらっと わたしを見る。
私も おもわず その壁にはっている写真を凝視。

歩いていると ちらっちらっ。
階段を上ると やっぱり ちらっちらっ。

女の子の10人くらいのグループがこしょこしょと 内緒話。
で ひとりが 決意して 叫ぶ。
Kumiko~
私はつい 自分の名前を呼ばれたので
えっ なーに?
と 答えちまった。

すると 女の子たち ねっねっ やっぱりね。

いまさら 訂正するのも変だし そのまま。
きっと あとで 今日ね 去年のアンドレス・セゴビア賞の優勝者 見ちゃった とか
家に帰って家族に報告したのでしょうか。
最近になって 彼女たちとも 口をきくようになって わたしがギターではなく ビオラを弾いていると聞いてちょっとがっかりしているようでした。

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吉川久美子嬢です。
親が年をとっていると 肩のあたりがぽよんぽよんと頼りなげになるのですが
そういう感じがおんなじで なんとなくシンパティーを感じてしまいます。
と 勝手にシンパティーを感じてしまってごめんなさい。
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by cazorla | 2012-03-18 01:05 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(9)

時代

母の家にたどり着くと 第一声が 「吉本隆明さん 亡くなったよ。 八十七歳」

子育てしている時代の15年はあっという間で こんなに時が流れた という感じがしなかったけど
そうか 八十七歳だったんだ。
ちょっと 前 吉本隆明二十四時間なんて やってらしたのにね。 と
しみじみ。
去年は サリンジャーが 九十二歳で亡くなった。
彼の場合は 特に 四十代で 隠れてしまって イメージは いつもそのくらいの年だったから
九十二歳のサリンジャーを うまく想像できなかった。

そして 少し前 大好きな アントニー タピエスが亡くなった。
大好きだった。
マドリッドに住んでいるときは まだアルバロが赤ちゃんで だいたい昼寝の時間を
想定して 美術館のタピエスコーナーで しばらく ぼーっとしていた。
アルバロが 目覚めたら すてきな 時間は終わってうちに帰る。

自分の中では 時代はちっとも変わっていないのに 時は どんどん流れすぎていく。
そして シンボリックな人々が シンボリックな意味合いを残しながら死んでいく。
ガリレオが死んだ年 ニュートンが生まれた。
後世の人々は そこにシンボリックな意味を見いだしたがる
でも もしかしたらシンボリックな意味がこの世界を生成しているのかもしれない。

世界に内蔵されているなにかが 私たちを導いていく。

そして ふと 気づくと うっかりするくらい年をとっている。

夕べ 夢を見た。
ほんとに しんどくなるくらい悲しい夢。
娘が言うのだ。「ママ ママはもうおばあさんなのよ。」
ここ 2週間 体の調子をすっかりくずしていた。
最初は 風邪。 咳をしない風邪だったので すっかりこじらせた。
そして 突然 腕と手がぷっくり はれあがった。
あまりに腫れたので これは ビオラの弾きすぎかと思ったら
次の日 足が腫れ上がって 階段ののぼりおりがつらい。
これが かの有名な手足口病か と思って ネットで調べたら 手足口病は ぶつぶつができるのですね。  しばらくして 夫にもうつったので どうも これは やはり風邪の一種。
自分の中で一つの時代が終わりつつある象徴的時代。 
娘は 決して こんなことは言わない。 言わないけど
彼女の存在が わたしに語りかける。

五十の手習いのという ことばがある。
最初は いくつになっても 何かを学ぼうというその姿勢について言っているのだと思った。
最近 わかったのだ。 たぶんわかったのだと思う。
五十で手習いをして すこしずつ 自分の老いを 受け取る。
そういう プロセスなのではないのか。

今週は 音楽理論の試験。
来週はオーケストラの試験。
とりあえず 理論は終わって 週末は ビオラの練習に明け暮れます。
現実を しっかり受け取りながら。
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by cazorla | 2012-03-17 06:41 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla