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女の子たちの集まり

二十代の前半は くだらない遊びをしていた。
おばんパーティしましょって わたしの年上の友達が計画して 
女の子だけが集まった。 年上の友達はピアノを教えていたので まだまだ子供とも言える中学生くらいの子たちも 加わって 一晩中 続く お泊まりパーティ。
その時 みんなそれぞれの恋人やボーイフレンドがカンパしてくれるケーキやアペルティポを持って集まる。 実は 私はこんなに大事にされているのよ という 女の子たちのちょっと コンベティティブな集まりでもあったわけです。
それは 80年代前半。 まだ あっしーとかめっしーなんて下品なことばもなく
男の子たちが 純粋に女の子を大事にして 女の子たちが 無垢にお姫様だった時代です。

女の子って そんなもんでしょ?
だれがどれだけ幸せか はかりにかける。
実はそんなもの全然比べられないのに。

年がたって それぞれ結婚して たぶん わたしが一番質素な生活をしている。
特別になにか買ってもらうわけでもなく。
女の子の友達が 「夫」に買ってもらったものを見せる。
そういうのを見るのは 楽しい。
すなおに楽しいなと思う。
女の子のふわふわした雰囲気が大好きなのだ。


そして きれいな女の子たちが。

化粧」という記事でかいたように 私は 化粧の濃い女の子って意外に好き。
そして ちょっと軽い媚びができる女臭い女の子が。

そういう女の子たちが 年をとっても それなりに経済的余裕のある夫に大事にされて生活していってほしいなと思う。

でも 人生はおばんパーティの続き。
だれがどれだけ幸せか はかりにかけるコンベティティブな集まりが もう少し 空間的に広がって
しまっただけ。

モーガンを夫に買ってもらった Yちゃん。
それって おばんパーティの続きだったの?
破産して モーガンを売ってしまったYちゃんと今は連絡がとれません。
あなたが化粧してるのを見るのが好きだったのに。
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by cazorla | 2012-06-30 07:13 | 思うこと | Trackback | Comments(4)
マドリッド バリオ・サラマンカ。
日本大使館のある あのあたり一帯はサラマンカ地区と呼ばれ
高級住宅地でもあるし そして ちょっとおしゃれなこぶりな店もあります。
そういう地域にある平和市場。
このニュアンスからいくと 日本橋あたりの感覚になるのでしょうか。

平和ということばがかもすものは スペインではいったいどんな感じなのでしょうか。
昔は 日本でも 平和食堂とか平和荘とか平和とか文化とか そう言う名前のついた建物が多かったように思います。 だから ちょっと すり減ってしまう。 ことばもいっぱい使うとすり減って その結果
ださい名前の食堂ってことになってしまう。
平和市場
マドリッドの人たちにはどんな響きがあるのでしょうか。
ここの前を通ったら 長女のマリアが言いました。
「ここで パパがアンヘルと一緒にビールを飲んで ここんとこに立って待ってたの。」

平和市場のある心象風景。




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市場のなかにある時計屋さんの広告



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平和市場に行くと お刺身もお寿司も買えます。
そういうところが やっぱりマドリッドの高級住宅街ならでは? なのかしら。
ビールを飲むおやじを待つ女の子のイメージはあくまで 下町なのに。


平和市場に行こうよ
そこに行けばきっと会える
パパを待ってる女の子
ちょっと疲れてうつむき加減
未来はすてきな小説家
君が見つめる市場の出口
そこからあふれる ねじ巻きたち
パパはビールを飲んでいる
おしりに感じる石畳 すこしずつ眠れ
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by cazorla | 2012-06-28 11:04 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(6)
煮豆のある柔らかい構築 (市民戦争の予感) 1936年 サルバドール・ダリ

Construcción blanda con judías hervidas (Premonición de la Guerra Civil)

Soft Construction with Boiled Beans (Premonition of Civil War)


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1936年 市民戦争の始まる六ヶ月前に描き上げられています。
すでに 市民戦争はさけられないと感じていた その気持ちが アグレッシブのタッチに現れています。 そして この形の安定性のなさに 不安を感じさせます。

これは ゴヤの我が子を食らうサトゥルヌス Saturno devorando a un hijo、 特に頭が似ていると言われています。 ゴヤの作品からインスピレーションを受けたのでしょう。


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自分の子供に殺されるという予言から 自分の子供を次々と食べてしまったサトゥルヌス。
人間は 不安な気持ちの時 どんな狂気にも陥ります。
それが 戦争の一番こわいところです。
ダリ自身 妹が むごい殺され方をしました。


この不安の中を生きた人たちのことを考えていると ふと 鄭念Nien Cheng
のことを思い出しました。 毛沢東の時代 文化革命の時に 6年間 独房生活をした鄭念。
なにもない狭いコンクリートの箱の中 一匹の蜘蛛に話しかけて 孤独に耐えていたそうです。
わたしたちは 生きてそこにある小さな命にいやされます。
それは人間は特別なのだという気持ちではなく自分が 自然の一部なのだというへりくだった世界観に裏打ちされています。

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この写真当時 七十六歳。
美しい方です。
6年間の独房生活のあと 娘の死を知り
それでも生き続けた 強靱な美しい魂。

世界を支えているのはひとりひとりの毅然とした魂。
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by cazorla | 2012-06-18 05:46 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(14)
ウベダ サンティアゴ病院(古い病院を使った劇場)で 各コンセルバトリー 初級の子供たちのオーケストラの演奏会がありました。
カソルラのコンセルバトリーは小さいので コントラバッホはもちろんチェロもないし
吹奏楽器も フルートとクラリネットだけ。
最初にハエン(県庁所在地の一番大きなコンセルバトリー)の演奏がすごかったのでカソルラの子供たちはすっかりびびってしまいました。


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歌ってるのはピアノを弾く女の子。
今まで ピアノを弾いたのを聞いた記憶がないくらいの 目立たない女の子なんだけど
歌がものすごくうまくって 拍手喝采。

いろんな楽器があるけど やはり 人間の声にまさる楽器はない と しみじみ思いました。

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末っ子です。
ビオラ。
現在 初級の三年生。
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by cazorla | 2012-06-17 11:10 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

古い記事に寄せて

2007年 9月に この記事を書きました。
スンニ派の部族長 暗殺
当時 鍵コメがなんとなくいやで 鍵コメをはずしていました。
それで 鍵コメがわりにメールをいただいて そのメールに対する返信を昨日読んで。
このころは真摯に記事に対峙していたなと そういう感慨も含めて そのわたしがその方に書いた返信メールをそのまま載せます。




鍵コメメール ありがとうございました。
鍵コメを閉じてるのは なんか 公共の場で 内緒話してるみたいな感じで
イヤだなと思っている人もいる ということではずしました。
それと なんか ちょっと 軽くチェック入れた時に 鍵コメあると あらあら と思って
ログインしてしまうので。

イラク戦争のあとにアンテナはずして テレビを見るのをやめたんです。
感情的な映像を使って ムスリムに対する怒りみたいなものを 盛り上がらせようという設定の番組が多くて。
おまけに ムスリムとインド人の区別がつかなくて シーク教のターバンの男の人の映像使ってたり。

子供達にうっかり見せたら へんな固定観念植え付けるかもしれないし。

で 少しでも 日本ではあまり接触のないような記事をできれば 紹介したいな と思ってるのですが
中国とかロシアとか 出しても 「中国は嫌いな国です」「ロシアは嫌いです。」というコメだとがっくりくることがあるのです。
好きとか嫌い というのは コーヒーとか 饅頭とか 隣に住んでる人とか 具体的にそこにあるものでないと 言えないと思う。
中国は と言う時の中国 というのは たぶん 今の政治組織とか ロシア と言う時は プーチン率いる 国の体制とかなのだとは思うのですが
★★は嫌い とか ☆☆は 悪い とか良い という 言い方は どこか なんか変だなと。

日本も 赤狩りという点では ピノチェトの国と近いものがあるし 勝手に盗聴していた と言う点では中国にも近いし 
必ずしも日本って 自由と民主の国ではないと思ってます。
だけど だから日本が嫌いとは言ってほしくはないわけで
日本の自虐的ギャグって やっぱり好きです。

ムスリムの女性に対しても 固定観念があると思います。

キリストが イスラム教の一聖人だということを知らない人も多いと思います。
キリストが一聖人だから イスラムに改宗する人も意外と多いのかもしれないですね。
聖書より コーランのほうが 書物としてきちんとしているらしいですし。
イスラムの社会を見られたというのは ほんとうによかったですね。
頭で理解するのと 実際に経験して 知っているのとは 全然違いますから。
公園デビューのママともより はるかに モロッコ人ママのほうが おもしろい。
ユーモアのセンスもあるし 

うちの夫は こちらの村に引っ越した一年目は まだ仕事がなかったので
オリーブ畑で 働きました。 その時 モロッコ人の男の人がいて
お百姓さんたちは ほんとにセンシージョで無邪気で
「あんたの名前は あまりに難しいので おぼえられないから
一番有名なアラブの名前で呼ぶことにする。」
ということで 彼は ピン・ラディンと呼ばれるようになりました。
でも この カトリックのお百姓さんたちは 彼とも仲良くしてたし
うちの夫は 今でも このモロッコの人と 仲良くやっています。
時々 彼のお嬢ちゃんの勉強を見てあげたりして。

友達の妹が イスラム教の人と結婚しました。 イラストレーターだったので 家にずっといて 財布を持たされなくて買い物に行かなくてよいので
すっごくラッキーだと言っていました。 日本人って しがみつかなくてはいけない宗教がないから ある意味らくだな と 彼女に会った時 思いました。 

おもいつくままに書いていたら 主旨がなんなのかわからないメールになってしまいましたが

記事の中で★★さんのお使いになっている 少女趣味 という言葉が 気に入って ちょっと使ってみました。
「母に溺愛されて」というようなことをさらっと 言える男性というのは いいな と思います。
私もしっかり溺愛して育てようと思ってます。(笑)


今日は奇跡的に(スペインって スペイン映画とアメリカ映画がほとんどなので) イラン映画のともだちのうちはどこ?のDVDを見つけたので これから見ようと思っています。 



cazorla





古い記事を読み返しながら 書きたいという気持ちがふつふつと沸いてきます。


昨日 いただいたメールです。
「でもやはり真の詩人は言葉でポエジーを表現しなければならないと思います。
生きた、書いた、死んだ。
そうありたいものです。

cazorla さん、是非、書きましょう。
是非、読ませて下さい。」



以前にも書いたことのあるチャンドラー方式。
村上春樹氏ご推薦。
毎日 時間を決めて 書くことがなくてもとりあえず机に向かい 何か書く。
明日から はじめたいと思います。
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by cazorla | 2012-06-16 11:02 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla