以前 日本橋で浮浪者のおっちゃんに写真を撮ってもらった話を 宝物はいつも 掌の中で紹介した。 その写真 もうなくなってしまっているかと思ったら ちゃんとしまってありました。

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写真を見ると 思い出がこまやかになりますね。
Sちゃんのささやくようなふわふわした話し方を急に思い出した。
浮浪者のおっちゃんを見つけたときの 目の輝きとか。
見て あの人 芸術家よ
わたし 話してみたい。

あの あの おじさん
おはなししても いいですか?
おじさん 芸術家でしょ?

おじさん きらきらした目でふりむいて ゆっくりうなずく。

「そ おいら 芸術家だよ」

やっぱりーーー

Sちゃんはいつもあんな感じ。
やわらかくて 現実味がなくて そして さりげなく積極的で。
彼女のおかげで 存在の耐えられない軽さ に出会った。
まず映画を一緒に見て

うーーん ヨーロッパの風景は わたしをあのときの気持ちにしてくれるの




あの日は 日本橋に ホタというスペインの踊りを見に行った。
フラメンコが有名だが ホタは アンダルシアではなく もっと北の地方の踊り。
もっと軽く おどって 白いストッキングがかわいい。
男の子の衣装もチロルっぽい。
バレエの先生でもあるSちゃんは この踊りはさりげないけど
ものすごく筋肉がいるんだと 説明されて ふむふむと見入る。




やさしい時が流れて わたしはここにいる。
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by cazorla | 2012-08-28 00:37 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

やさしさのゆくえ

結果よりプロセスが大事だ
と言いながらも たいていの思い出は結果の映像化だったりします。

1996年1月 長女のマリアが江戸川橋の病院で生まれた。
江戸川橋のH産院は 雑誌かなにかでおすすめで 母子同室がうたい文句なので選んだ。
にもかかわらず たぶん 医師のスケジュールの都合で 木曜日 帝王切開をして 母子同室を
拒否されたり して なんとなく 居心地の悪いおもいをした。
そのときの一番の思いでは やさしい恋人 元恋人が 見舞いに来てくれたことだ。
彼の腕に抱かれた わたしの最初の赤ちゃん。
八年間つきあった 八歳年下の彼の ちょっと疲れた顔と わたしの小さな赤ちゃんの
美しい映像をわたしは 心の中にしまいこんで 時々 取り出して 眺める。
背広を着て ネクタイをしていたから 仕事の帰りか なにかのつごうで外に出たついで。
初めて会ったときは まだ19歳で 一緒に東中野の文学学校にいた。
築地の市場でアルバイトをしていた。
そのころから ちっともかわらないきらきらの瞳でわたしの赤ちゃんをじっと見つめていた。
その思い出はわたしの宝物。

でも ふと なぜ 来てくれたのかなって この間思った。
電話をかけたのだろうか。
泣きながら?
笑いながら?
寂しいって言った?
うれしいって言った?
そういうことをふと 思い出したい そう思った。
それで 彼にメールを送ったんだけど 彼もやっぱり覚えていなかった。
どんなにプロセスが大事でも結果しか 映像を心に残せない。 うん。

たった 16年前のことなのに。 あのころは メールもなかった。 あったけど 一般的ではなかったのかな? もちろん フェイスブックとかそういうものも。
そして わたしたちは よく手紙を書いていた。 毎週末は 二人で過ごして 週に二・三回電話で話して そして 2・3通 手紙を書いていた。 おまえら文通友達かと 仲間に笑われながら。
彼の書く文字が好きだった。

だから もちろん電話をしたのだ、わたしが。
会社にしたのか 自宅にしたのか、 思い出せないけど。
あのころは携帯を持っていなかった。 けっこう使い始めたころだよね。 1996年。
仕事をしている人 特に外回りの人 わたしの友達は 夫に持つように言われていた。 すぐどっかに行っちゃうから(笑) わたしは まだ 持っていなかった。 夫はいまだに持ちたがらないくらいだから 当然。
そして わたしは 電話をしたんだ 病院の公衆電話から。
暗い廊下で 髪の長いわたしの後ろ姿が見える。
帝王切開だったから 点滴をしている腕につながった管。
ずるずると点滴の瓶をぶらさげた車輪付きの台をひっぱって 公衆電話から電話をする。
もう いやだ はやく こんなところ出たいよ と 愚痴を言っているわたし。
いつも わがままで だれかのことを傷つけてることも知らなかった。
そして 彼がなぜ オーティスレディングの歌が好きなのか 考えたこともなかった。

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右に写っている 馬のぬいぐるみ。 リバティの生地で作ったセリーヌのオルゴール付き。
彼のプレゼント。

わたしは いつも自分の幸せだけ考えて生きてきた。そんな気がする。
幸せであることが人生の目的だと思った。
でも 最近 思う。
不幸であることも また 人生の重要な要素ではないかと。
不幸であるがための幸せもあるし
しあわせであるがための不幸もある。

そんなことを考えるのは 少し 幸せボケみたいなものなのじしょうか。


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by cazorla | 2012-08-26 07:06 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

ほんとは書きたいと思ってることがあるのですが
それをどういうふうに書けばいいのか 
というより それをどうして書きたいのか 
そういう気持ちが いまひとつよくわからないので なかなか書けないで
います。 で ずいぶん 更新していないので とりあえず 我が村紀行でも。

坂の町です。 ここにわたしの家があります。 細い道。 夏は 40度を超えますが
こういう作りのおかげで 家々は 比較的すずしくすごせます。
ただ 最近は 新興住宅地では 道を広げたり 家の壁を薄くして 少しでも広く高い値段でうりつけようと エアコンなしでは生活できないようになりつつあります。
スペインは 電気が高いから たいへん。

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by cazorla | 2012-08-25 08:59 | カソルラ | Trackback | Comments(4)

誕生日のものがたりで紹介した ムーア人。 ビデオを見つけたので。 
30分以下の短いビデオです。

小説 とても美しいお話なんで是非 読んでくださいね。本のほうがずっとすてきです。

http://www.imdb.com/video/wab/vi1205600537/
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by cazorla | 2012-08-16 07:48 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(9)

別れる理由 (わけ)

Tちゃん 離婚するんだって と夫に話す。
Tちゃん ふたり子供がいるし 六歳と八歳 まだまだ手のかかる時期。
マリアが生まれたときに うちに来て つきあってるんだって言ってたから
つきあい始めたのが 十六年前。
結婚して 15年まらいなのかな。

夫が ふむふむ なんで と訊く。
そういう時期に離婚って めずらしいなと。
いや そうでもないんじゃない?
マリアのクラスの子のご両親 離婚ラッシュは 小学四年五年くらいだったよ。
で マリアが みんなのちょっと つらい話をうんうんと聞いて来て
「わたしはみんなに話す ネタがない」と愚痴っていた。
見てるだけでかわいい子供時代も終わって 手はそれなりにかかるけど ちょっと暇になる時代である。
Tちゃんがね だんなさん 保守的になったって言ってた。
保守的?
保守的とはなんぞや。
保守的なんて その時代に急にかわるもんでもなかろう。

と 二人で ふにふにと話していると 最終的結論。

つまり保守的というのは デブになった ってことなんじゃないか。

という結論に達した。
考えてみれば われわれ夫婦もひまだな。

やっぱり 伝統的生活を送っていると 肥る。
週末は 親戚一同集まって食事とか しょっちゅう お誕生会 結婚式 結婚記念日 コミュニオン(スペインの七五三みたいなもの)などとなど たくさん食べる機会も多いし ね。
うんうんそうだ。
理想的からだを保とうという努力は なかなか革命的努力がいる。
おいしい食事という誘惑をはねのけ 戦っているのだ。
共産党的 肉体を保とう。

保つ というのは 反保守的であるということに意見が一致。

やっぱり だぶんと肥った ぶるんぶるんのおなかはいやだわ としみじみ言うと
夫は 必死で 毎日 プール通いを始めました。
腹筋 五十回 ダンベル体操 十分。


健康のためにも いいですよね。


特にスペインだと 肥った人って おなかがものすごいし
その上 毛むくじゃらだし・・・ぶつぷつ。
日本男性のふとった は ふとったうちに入らないので これを読んで気を悪くしないでくださいね。
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by cazorla | 2012-08-16 07:33 | しょうもないこと | Trackback | Comments(4)

最高のおとこ

人生は おとぎ話 に満ちている。」を書きながら やっぱり 存在の耐えられない軽さのトマーシュが好きだな と思ってしまいました。 もう 二十年近くも読み続けている 存在の耐えられない軽さ。 以前の記事に すでに書いていますが だれとでも 寝てしまうトマーシュは 誠実な人なのだと思う。 誠実で 愛が深い。 よけいなことは考えない。
存在の耐えられない軽さ 第七章 カレーニンの微笑み。 カレーニンは トマーシュが妻と一緒に飼っている犬。 その犬が 癌になって もうすぐ死のうとしている。 トマーシュは カレーニンの大好きな小型のパンを口にくわえて よつんばいになって 歩く。 ほら ぼくはこんなすてきなものを持っているのだよと 見せびらかすようにして。 
ほんの少し 動くカレーニン。 それを見て喜ぶ トマーシュ。
愛が 強いのだと思う。

だから 自分をだますことなく生きてきた。
政治的発言もそう。
それはミラン・クンデラの祈りでもあったのだと思う。
共産党員だったときにおかした罪にたいする報い。
それを トマーシュを通して 描きたかった。
彼自身もトマーシュになりたかったのだと思う。
そう トマーシュは 理想の男なのだ。

あらゆるすべての人たちにとって。

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若かりし 小生意気な小娘だった時代。
まだ 存在の耐えられない軽さも読んだことがないし だいたい 存在していなかったころ。
それでも わたしは トマーシュのような人を好きだった。
だれとでも寝てしまう男。 
小生意気な小娘は それを 清らかなる精液を持つ男と呼んでいた。
川は流れ
よどみなく流れるからこそ
それはにごることなく
清らかな水の流れ

わたしは そういう男たちに会うと 彼らの中に川の流れの音を聞いた。

こういう人を夫にすると ものすごくたいへんだと思う。
それでも 心の隅で あこがれのようなものを持ってしまう。
危険な恋がしたいのでしょうか。
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by cazorla | 2012-08-12 10:31 | 思うこと | Trackback | Comments(19)

ほほえみがえし

宝物はいつも 掌の中
で 紹介した写真を 見た某氏が 「若いっ!」と一言。
うーーん 確かに。

若かったんですね。
数学的帰納法的に 昨日と今日はほぼ同じ 明日と今日はほぼ同じ
k日にほぼ同じと仮定すると k+1日もほぼ同じと言えるので・・
というような気分で年を重ねていくと 本人感覚ではちっとも変わってないつもりで
それなのに。 悪あがきはするまい と強い決心にもかかわらず 年をとっていく。

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この写真です。 長女が十一ヶ月。 新妻という雰囲気ですよね。

そして 先日 マドリッドの友人宅で お昼を一緒に用意したときの写真。 長女 十六歳と五ヶ月。
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しっかりと 母 ですねー。

まだ 一人しか産んでいない わたしと 3人産んで もうこれからは産まないなーって
そういうわたし。

だから どうなのって
別にどうってことないのだけど 人間って年とっていくんだなーとしみじみ感じただけです。
そして 当時は 別段若いとも思ってなかった写真が あとで見ると 実にかわいかったんだな
って思う。
ですから あなたも 今 のあなた は とってもすてきでわかくて かわいいってこと
自覚して 楽しい毎日を送ってくださいね。
子供が小さいときって そんなこと感じないかもしれないけど
小さいお子様をお育てのあなたは とってもかわいくて
まわりは きっと どきどきしているはず
ということを忘れないで。
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by cazorla | 2012-08-09 05:39 | 思うこと | Trackback | Comments(24)

ぺぺが マドリッドから カソルラに引っ越してきたのは 五十八の時。
国営テレビの脚本を書いていたのだから 仕事をやめて つまり 退職し 定年生活を
五十八で始めたのだ。 長年一緒にいた 妻と離婚し マドリッドの家を彼女にわたし 貯金を半分ずつ そして お城の見えるアパートを買って カソルラで一人暮らしを始めた。 長い間 どうして 妻とうまくいかないのだろう という疑問に終止符を打つ。 もうこれ以上考えないで 新しい生活を始めようと思う。 けっして 彼女のことがきらいだったわけではない。 ただ ある種の違和感があった。 娘は二人。 ひとりは大学を卒業し 働いている。 もう一人も あと一年で大学が終わる。もう これ以上働く必要はない。
カソルラでゆっくり一人暮らしを始めて やっと 自分自身にもどったような気がした。
そして ある日 出会う。 運命の人に。 心から 恋してしまう。 青い目が澄み切って 美しいその人に。 その人は 三十も年が下のバスケットボールのコーチ。 美しい顔と 美しい 筋肉。
美しい青年は その美しさのために 多くの女性に恋されてきた。 にも かかわらず 一度も 気持ちが動かされたことがない。 母と二人の暮らしをけっして変えなかった。 まもなく 三十になるというのに。 そして 彼も ぺぺにあった その日 恋に落ちてしまう。

二人とも自分が ホモセクシュアルだなんてかんがえたこともなかった。

こんな出会いもあるんだ。
人生は おとぎ話に満ちている。

ぺぺの妻から見れば これは なんて 趣味の悪い冗談のようなおとぎ話。
彼女は 彼女なりにきっと 努力したに違いない。夫のしあわせを。 
もっと あたたかい関係を望んでいたと思う。
この二十年の努力はいったいなんだったのだろう と思う。
二人の娘たちは それなりにショックかもしれないが 人生にたいする喪失感はないと思う。
父はやはり父に違いない。 大学生の娘は もう新しい父の恋人になれてしまった。 良い友達として接している。 年上の娘のほうは まだ 少し 違和感が 肉体的な拒絶感があって 新しい恋人に会えないでいる。

青年の母親はどうだろう。 自慢の息子だった。 たった一人の美しい息子。 自分よりも年のいった男のものになる それは 耐え難いことだろうか。
二年たった今では 一緒に食事をする。 息子のいない生活が耐えられなくなったから。


わたしは ただ ぺぺの前の奥さんが すてきな恋をしたらいいな と思う。
五十代だって まだまだ すてきな恋ができるよね。
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by cazorla | 2012-08-01 09:07 | カソルラ | Trackback(1) | Comments(11)