あなたに 会いたくて

会いたい人がいる。
ものすごく 会いたい人がいる。
頭の中で妄想描いて 会う場面を何度も想像しながら
会いたい人がいる。

夏にわたしはものすごく元気で
よく泳いで
われながら きれいだと思った。
会おうよ としつこく メールを送る。
会いたい人はドイツにいる。

ドイツなんて日本にくらべれば 近い。
長距離バスなら かなり安くで会いに行ける。
それでも 三人子持ちのわたしには無理。
ひとりであれば 一ヶ月 飲まず食わずで お金を貯めて
なんてこともあり。
でも 今はそんなこともできない。

ドイツにいる その人は 一年の予定でそこで仕事をしている。
1月に帰国予定。
最初 日本にいるもう一人の友達と ふたりで11月に来る予定にしていた。
夏が少しずつ遠ざかる。
寒さのなかで 少しずつわたしの元気も
きれい という妄想も消えつつある。
それでも 11月 楽しみにしていた。が
日本の企業は なかなか簡単に休暇をくれない。
ドイツの会社とわけが違う。
その計画は消える。

そして クリスマス休暇を利用してくるという。
少しずつ 遠のいていく わたしの元気。
会いたい気持ちは同じようにつづくのに。
手術の予約を入れていた。
スペインの公共の病院は無料なぶん
順番待ち。
いつ 手術したいなんていう 贅沢はない。
だいたい想像はついた。
スペインでは クリスマスはだいじな行事。
その時期には キャンセルがあいつぐだろう。
そのときに異教徒 無宗教のわたしの番になる。
そして 思った通り。
だから あえなかった。

日本に帰る前に十九日に行けるよ
という。ドイツから スペインは 帰国するには反対方向だけど それでも
ほんのちょっと 方向転換するだけだから

最近 スペインは 経済危機で なかなか薬をくれない。
抗生物質をくれなかった。
手術のあとに。
自腹切っても 買いたいが 抗生物質は 医者の承認が必要。
患者に 必要であるという承認。
しかし必要であれば 国が費用を持たなければならない
だから 
必要とは言えなかった。

というわけで 感染。
なんといっても婦人科系の手術だから
感染しやす。
1月19日は 手術から一ヶ月近くしてからだから普通なら元気なはず。
そのときは 最終的に抗生物質をもらって からだは落ち着いていたけど
元気がなくなっていた。

会いたい人がいても
年を取ると
やっぱり 元気できれいで 会いたい。
その上 もしかしたら もうこの年だもの
もしかしたら
これが最後かもしれない。
だったから 彼の記憶の中に
前回 あって もっと若くて かわいかったときの 記憶
残しておきたい って思うよね。

おんなごころ だもん。
彼が 恋人だったりなんだりしたことも なることもないけど
それでも あいつは なかなか いい女だった
と 思い出の中で 生きていたい。

そういうこと。

会いたい人がいっぱいいて
会おうと思えば 会えても
会わないでおこうかな って思うこともしばしば。
それが 年をとってしまったってことなのかしら。

真夜中に 電話が鳴って
そして なにげに 今から遊ぼうよ
と なにげに遊びに行っていた あのころがなつかしい。
次の日はぼろぼろで 仕事も中途半端でも
とりあえず あの東京の町をつかつかと
歩いていた あのころが
とにかく 
とってもなつかしい。

寝不足の顔もそれなりにかわいかったね。

e0061699_6525582.jpg


長女がまだ二歳になるちょっと前。
お正月に南国の島へ。
この年の十月四日 息子が生まれるので つまりこのときは受胎告知。
しあわせいっぱい
そんな感じがします。
[PR]
by cazorla | 2013-01-27 06:55 | 思うこと | Trackback | Comments(17)

娘は17才

娘のフェイスブックに 一人で行けない所が2カ所ある
という文章が載った。
まあ なかなか詩的で
うーーーんぼくが君と一緒に行ってあげるよ
とばかな男の子が思ったりするかもしれない。
きれいな文章だし。
美容院と病院
別に言葉遊びではなく スペイン語だと ベルケリアとオスピタル
美容院に入ったときに 待っているセニョーラが一斉に見るのがこわいだと
そして 病院のベッドに横たわると
誰かが手を握ってくれなくちゃ
ふるえて お医者さんがちゃんと 診ることができない だと。
ははは

で 

母であるわたくしは コメントいれてあげだよ。

「2カ所だけかい わっはは」

怒るな娘よ
君は あまりの方向音痴
どこにもまだ行けない
うちの母 つまり彼女の祖母にそっくりで
東と思えば西に行く
まったく反対に行くと 正しかったりする
あ そうだ まだ市場もまともに行けない。
みかん 食べたかったら 買ってくれば・・・と言ったら
素手で帰ってきた。
キロで買うのか 数で買うのかわからなかったし
2ユーロでどのくらい買えるかわからなかったし
順番もよくわからなかったし

で 肉を買ってきてもらう。
五百グラムね
メモ 1/2キロ
小銭がなかったので 20ユーロ札
なんか大きな包みを持って帰ってくる
2キロ・・・・・。
あの 2キロですか?
手のひらにメモしていたから 1/が消えたのね・・・・・

いいのよ
冷凍するから。

ゆで卵つくるらしい。
水に塩と酢
沸騰したら5分間
そしたら 冷水かけて冷やしてね。

うん わかった。

マミー 沸騰したよ

冷水かけてね

また かけるのーー?

またって なに?

一回 冷水かけて また 沸騰したのよン。

あのねー冷水かけるときは 火からおろしてね。

こっちんに固いゆでたまごできたよ。


それでも 最近は カレーも作れるようになった。
チキンの丸焼きも。
ワインを惜しげもなくぶっかけるので すっごいおいしかった。

いわゆる男の料理みたいなもん。

ま いいか カレーは安上がりだし

あと一年半で 一人暮らしか。。。。。。

今は 鼓笛隊でお給料 ちょっとだけどもらって 音楽理論 子供に教えて
少し収入もあるし
ま なんとかなるでしょう。 

たぶん ね。


e0061699_715257.jpg




プルーストの失われた時をもとめて で ムスメということばを聞いて
ものすごく エロい気分になる というのがありましたね。
フランス語の中に 日本語のmusumeというのが あの時代にすでに
はいっていたっていうのが驚きだけど。
[PR]
by cazorla | 2013-01-21 07:17 | スペイン若者 | Trackback | Comments(10)

うちの長女の初仕事?
ギャラはもらってないから仕事とも言えないんですが
カメラマンとして アーティストとして
信頼されて頼まれた・・のだと言う意味で仕事。
某作家が 彼の本の広告のために 写真を撮ってくれって頼んだのです。
作家と言っても 彼も若く まだ有名ではなく
本を 自費出版で 出して 売り出しているのです。
サイン会兼出版記念パーティみたいなのをして
その時 知り合って
読んで ファンになって
フェイスブックでおつきあいしている。

とても悲しい愛の物語とか。。。


e0061699_7434291.jpg




中学のお友達に本を持って貰って 写真を撮りました。

やっぱり なんかうちとけていていい雰囲気。
やらせではない 自然な笑いがいいですよね。
(全員が読んでるかどうか・・・という点を考えるとやらせとも言えるんですけどね。)


モードの体系がものすごく売れた時代って覚えてますか。
ロラン・バルトのかなりむずかしい哲学の本。
モードって言う題名だから なんか勘違いした ファッション系の人たちが買って
ベストセラーになったとかいう。
でも原宿あたりで その本を小脇に抱えていたのを何度か目撃した。
本をもっていることがちょっとかっこよかった時代。
それはもう過ぎ去ってしまったのでしょうか。
うちは夫がいつも 退屈しないようにどこにでも 本をもって行くので
赤ちゃん時代からなんとなく本を持って歩く というのが 子供たちのファッションになっていました。
ファッションから入っても
なんとなく本がファミリーな雰囲気を持っていたら
そのまま 読むようになるのではないか と思います。
本を読むのがおっくうで映画狂いの長男も最近は 本を読んでいます。
ファンタジーですが。
ファンタジーって 映像より 自分の頭のなかで 想像している方が 楽しいですよね。

本を読んだり 文章を書いたり
そういうことが 生活の一部にあれば
色々考えたり できる と思います。

この本の作者 まだ20代 そしてハンサム。(まあ そうじゃなくちゃ
ギャラなしでは働かないかも  笑)
でも そういうかっこいい小説家がいて
なんとなく 本買おうかなっと
そして読もうかなー
と そういうふうになっていけばいいな。
[PR]
by cazorla | 2013-01-20 07:58 | スペイン若者 | Trackback | Comments(8)

悲しさの図

娘 17才のフェイスブックのぞいたら こんな写真が。
なかなかすてきなので シェアして ツィッターにも


題名は 悲しさ。


e0061699_272334.jpg



フェイスでも いっぱい いいね してもらって ツィッターでも リツィートしてもらったよって
言ったら 
「なんで おんなじ写真なのに わたしのフェイスではだれも いいねしてくれないのよーっ。」と
ぶつぶつ言っておったが それなりに満足している。
やっぱりこういうのって 少女の目の新鮮さに どきっ としてしまう のかもしれないですね。
たまたま 眼を描いて
そしたら水が垂れて
それが涙に見えて
だから シャッターを押した。

携帯で撮ってるんだけど
ちょっと前まで 携帯持ってなかった。
うちはだんなも昔人間だし
みんな持っていても 別になくても生活していけるもんだし
買ってやらなかったら
娘の彼氏が 買ってくれた。 誕生日とクリスマスのダブルだから
奮発してくれました。 
ネットも見られるから ちょっと心配したんだけど 2・3日寝不足になったけど
もう 夜は 使わなくて 
あんまり深入りしていない様子。
一応 ほぼ 受験生だし。 ほぼっていうのは あと一年あるけど と言う意味です。
音楽大学にあたる コンセルバトリーのスーペリオールをめざしているので
楽器の練習もきちんとしなくてはならないし
やっぱりキャリアをつまないといけないから
コンクールとか オーケストラの入団試験
今 所属のオーケストラの練習と 
けっこう忙しいのだけど。

たまに こういうちょっとした作品を見せてくれると
やっぱりうれしい。
[PR]
by cazorla | 2013-01-16 02:23 | こども | Trackback | Comments(10)

今は フェイスブックとかツィッターとか なんかやたら流行ってますよね。
両方 持ってます。
最初はね フェイスブックって なんていうか 仲良しごっこみたいで嫌いだったんだけど
それはそれなりに 使えるし 楽しい。
で ツィッターは どういうふうに機能するのかさっぱりわかんなくて
あんつぁんに指導していただいたのですが それでもわかんなくて
ほっといてたら そのままだったのがて
最近 頻繁に使うようになり 使い出すと フォローも増えて 楽しくなりました。
わたしはついついだらだらと書いてしまうのでツィッターみたいに字数限定だと つまんないと思ってた。
それに 大多数は アフィリエイトとか くだらないつぶやきとか なんだかよくわかんなかったけど
その短い文章のかたまりのなかでも じっくりそこにいて 読んでいくと セン スのいい人 すてきなことば
それもどっかから借りて来たのではない すてきなことばを放つ人がたくさんいて だんだん
そういうのを探すのが楽しくなりました。

以前 ブログをがんがん書いていたころ。
夫の世話の時間はあるんかい とお説教されていたあのころ
アクセスがときどき 1,000を超えて なんどか カウンターが壊れてしまったり
あのころは 大好きな「重箱の隅」というブログを書かれているブロガーさんに刺激されて
書いていました。
やはり 書く っていうのは 多かれ少なかれ ある種の刺激が必要です。
特に外国に住んでいて たとえ本を読んでいても とにかく日本語世界から遠ざかってると
なんらかの形での 語学的刺激が必要になってきます。

だから ツィッターは 基本 日本語限定でやってみました。
すると なんとなく 書けるようになりつつある。それに
考えていることを具体的にしていく方法が見えてくるし。

昨日は ツィッターですてきなことばを書いてらっしゃる人に 長い文章は書かないのですか
と 愚問してみました。
そして 話しているうちに その方が 立原道造が好きだということがわかりました。
立原道造
若かかりし時 大好きだった 詩人。 東大の建築科で 普通は一度しかもらわない賞を
二度もらった 戦前の建築家。 ひまわりハウスと言う名のワンルームマンションをあの時代に
設計した立原道造。

ツィッターが日本人にとくに受けている理由は その制限字数内で日本語は書かれる内容が濃い
といわれているけど
もちろん それもあるのだけど たぶん けずっていくことばの文学が日本古来のものだったからではないか
そう思いました。
俳句や短歌のように。 

立原の詩は みじかく 14行のソネット形式 あの時代に難しい漢字をろくに使ってない
やわらかく 完結

ツィッターで話していて はじめて気づきました。
これは ミニマリズムなんだって。
立原道造は やはり 建築家だったから このミニマリズムという考え方が すっと入っていたのだなと。
あの時代 日本は ロマン主義がまだ 色濃くのこっていたと思うし
せいぜい 写実主義が入ってきたくらい。
ミニマリズムは あまりにも日本的で かえって 入りにくかったのではないか。
そういうことを色々考えました。

コンセルバトリーに行って音楽を勉強していると
そういういろんなイズムについて学べます。
そういう知識が こうやって会話の中で 現実世界の理解につながっていくとほんとにうれしい。

たとえば ヤナーチェックのシンフォニエッタ。1Q84で 有名になったあの曲が
ナショナリズムなんだってわかると
ナショナリズムに対する考え方も変わったりする。
そういう意味では 右翼なんてナショナリストでもなんでもないと思ったり。

そういう色々なことが楽しい。

最後にミニマリズムの曲。





少ないノートで 素敵なメロディ。 

印象派からミニマリズム。
日本の影響だった印象派が もっと日本的になって ミニマリズムが ツィッターという形で
日本に帰ってきた。
[PR]
by cazorla | 2013-01-12 02:35 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

e0061699_5543373.jpg

Erase una vez   むかしむかし
un lobito bueno    善良な狼さん 
al que maltrataban  羊たちみんなにいじめられてたんだ。
todos lo corderos
Y habia también    そして 悪い王子様
un principe malo    美しい魔女さん
una bruja hermosa   誠実な海賊さんも。
y un pirata honrado
Todas estas cosas   むかしむかし
había una vez       こんなことがみんな あったとさ
cuando yo soñaba   僕が夢見た
un mundo al reves.  さかさまの夢さ

これは パコ・イバニェス Paco Ibañez の歌った歌。
フランコの時代に フランコを批判する歌として有名。
王子様 は 今の王様。 亡命していたのですが フランコの意向で 一人だけ戻ります。
本来なら 王は彼の父親だったのですが。 
反・フランコだったので のちに スペイン在住が不可能になりパリに亡命。
その時 パプロ・ネルーダと知り合い 是非 彼の詩を歌にするように言われる。

前出の歌 今では 小学校で かならず歌われる古典的な歌でもあります。



最初にこの記事を書いたときは(2007年2月) このビデオがなかったのですが 
見つけたので このビデオをつけてもう一度アップしなおします。


You Tube では Andaluces de Jaen アンダルセス・デ・ハエンが聞けます。
ハエンは私が住んでる所。 オリーブ畑の歌です。

スペインの民衆の歌

e0061699_5504978.jpg

e0061699_5523322.jpg

絵も描いていました。
[PR]
by cazorla | 2013-01-11 01:14 | おすすめのもの | Trackback | Comments(4)

嫁姑問題っていうのは スペインにはないもんだとずっと思っていた。
でもやはりあれは民族の問題ではなく 多少の差はあっても
基本は少子化が産んだものだったのかもしれないですね。
と 最近 思っています。
カソルラは 基本的にまずしい土地だったからだか
今 ほぼ三十代 四十代の人たちは あんまり兄弟がいません。
だから 母と息子の関係がけっこう 密。 蜜ともいえるのか (笑)
親友のビリちゃんは 一人っ子で遠い町からお嫁入り。
ま お嫁いりって言う雰囲気ではなく 結婚してきたといだけなんだけど
おまけにばついちだから そこそこいい年で 大人の関係の大人の結婚。
こっちに来て ブティックも始めて おかあさんに会いたいときは お店を姑にまかせて
時々出かける。
でも あんまり 満足していない。
働いているから 姑のおうちで ごはんを食べる。
姑のうちでは 揚げ物とお菓子しか食べない。
お菓子は 姑の手作り。
お菓子つくるのが大好き。
料理はきらい。
だから ひたすら 揚げ物。
サラダすらつくらない。
ポテトフライと魚か肉のあげもの。
え それ ものすごーくからだにわるそうね。
ビリちゃんは 「わたしのからだにはすごく悪いんだけど あの人たちはすごく元気なの。」
姑と息子たちは元気。 姑のそのまたおかあさんも 基本的に同じような食生活。
でも 信じられないくらい元気。
血液検査しても 血がきれいだし コレステロールないし
心臓は ものすごく良い。
腎臓も肝臓も。
そして 歯もきれい。 六十二才で 歯が全部そろって きれい。
信じられん。

姑は 隣のまたそのまた隣村まで 約十キロメートルの道をてくてく歩く。 そしててくてく帰ってくる。
そのまた おかあさんの八十五才も さすがにそこまではしないけど いろいろと「会」を主催して
なんか楽しくやってるらしい。

ぴりちゃんは ただ ぐつぐつ煮たものが食べたい。
そういうものが体にいいと信じて 四十年生きてきて 
でもそんなもの食べなくても 元気いっぱいの人に囲まれて
うんざりしている。

不思議。
お菓子といっても パターではなく オリーブオイル 使ったお菓子だし
揚げ物 といっても サラダオイルで揚げたのではなく やっぱり オリーブオイルで 揚げているから
たぶん それでだろうなー。


最近は だから うちもオリーブオイル なるべく使うようにしています。

でもほんとに 食べ物の常識 かならずしも 正しくはないということなのかな。


スペイン製オリーブオイル Carbonellが一番 くせがなくておいしいと思います。
カソルラのオイルはちょっとからみがあって おいしい。
いつかスペインにいらっしゃる機会があったら是非 お試しください。
マドリッドのCazolraってバルで 召し上がれます。



古い台所には こんなセラミックの瓶かいにオリーブオイルが 置いてあった。



e0061699_1152364.jpg





オリーブ畑の風景写真

[PR]
by cazorla | 2013-01-09 00:54 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(15)

完全な一日
ただ あなたがいないだけ。

e0061699_52559.png


ブランコっていうのは ものすごくメタファーな小道具だと思う。
スペイン人夫は 日本人はブランコが好きだ。
ドラマには必ず ブランコの場面がある と言う。
たしかに 失恋したり
だれかが死んだり
喪失が起こると かならずブランコに乗る主人公。

そして 音楽はやっぱりバッハのピアノ曲。



これほど日本的心情を表している曲はな゛いのではないかと思います。
この曲を聴きながら もう一度 最初の写真を見てください。
夏の終わりのあの日のことを思い出しませんか?

すごく 日本的風景だとおもったから この写真を見つけたとき びっくりした。
つまり ブランコ的寂しさってあると思う。 それは 豊かさの中の寂しさ。 たぶん メランコリックな幸うせと悲しさがいつも一緒にいる。あいまいな不幸でも幸福でもない気持ちが広がってるんだと思う。
エゴを内奥した 自分の殻のなかに隠して 幸せも不幸も 同じ色の世界。

寂しさというのは贅沢な感情なのだと思う。
たとえば 羊をめぐる冒険 の この一節。
「寂しいと感じることができるというだけで少し救われたような気がした。寂しさというのは悪くない感情だった。小鳥が飛び去ったあとのしんとした椎の木みたいだった。」 村上春樹 

そして だからこそ 寂しさがひろがっている 今 という時代は ある種の危険性をはらんでいると思う。







8月15日につながる寂しさ。
反戦の詩人 金子光晴
の歌う寂しさ。
[PR]
by cazorla | 2013-01-07 17:46 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

前回の記事「午後の最後の芝生   村上春樹」の続きになるのですが やはり記憶をささえている一番のものは匂いだと思う。
そして 匂いはけっして記憶の箱の中に いつでも取り出しやすいように収納されているわけではないので
なおさら 感情の扉をたたきやすい。 おもわず 恋に落ちてしまうときは うっかり 匂いをかぎ取って それが 脳のひだひだのなかの忘れ去った部屋の中から なにかをとりだしてしまったときかもしれない。

ほんとにほんとに若いとき 大好きな人がいた。 ギターを弾いている人だった。 わたしは 二十歳で
小娘で そして ただ 好きだった。 ある日 彼がすてきなTシャツを着ていたので いいねっと言った。
夏の暑い日。 汗ばむような日。 彼はにっこり笑って するりと脱いで わたしのタンクトップの上から
着せてくれた。 彼の汗の匂いがした。 
「やるよ。でも 自分で洗えよ。」
わたしは洗わなかった。
壁に貼って 匂う。 フェチ。
彼はその次の日 事故にあった。 二度と会えなかった。
しばらくして Tシャツの匂いも消えた。
思い出そうとしても思い出せないもの。
それなのに コンセルバトリーに行くバスの中で 急に匂いがよみがえった。
一ヶ月くらい前のことだ。
まるで 少女のように泣いた。
知らないうちに
いえ 知っているけど
それでも 知らないうちに
すっかり年をとってしまった。
十歳年上だったその人よりもずっと 年が上の人になってしまった。

そのあとで もう一度 思い出そうとするけど 意志ではどうにもならないことはいっぱいある。

そしてわたしは雨戸のしめきった部屋にもどりたくなる。
「午後の最後の芝生」のあの部屋に。
[PR]
by cazorla | 2013-01-02 01:36 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(12)