「ほっ」と。キャンペーン

<   2013年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧

突然炎のごとく

トリュフォーの突然炎の如く 見ましたか。
真夜中にいろんな映画を見たけど あんまり覚えていないのに この映画の最後の場面は
とてもとても 切実に覚えています。
頭の中にしこりのように 残っている。
ジャンヌ・モロー 演じる カトリーヌがにこにこと微笑みながら 車が落ちていく場面。
今 ググって ウィッキーの解説を読んだら 私の解釈とは ちょっとずれがあるけれど。

ウィッキー 突然炎のごとく






このYouTubeの 2分30秒くらいのところが 車が落ちていく場面。
彼女のすがすがしく美しい笑顔が忘れられない。
この映画は復讐のものがたりだと思う。
優しい男達へ。
あなたは なぜ そんなにもやさしく 私を大事にしてくれるのでしょう。


Tu m’as dit “je t’aime”
Je t’ai dit “attends”
J’allais dir “prends-moi”
tu m’as dit “va-t-en”

You said, "I love you,"
I said, "Wait."
I was going to say, "Take me,"
you said, "Go away."

愛してると言う。ときとして それは ひとりよがりのことばでしかない。
愛してると言う。 そして かれは ものすごくやさしい。
やさしいから拒絶できない。
愛が終わってしまってるのに 関係を終えようとしない男がいる。
終わってしまったということを受け入れられないのは
過去のとてもすてきな日々につながった今日がほしいから。
今日を変えてしまったら 美しい過去も捨てなければならない そう思ってる。
対象である人間を愛しているのか 自分の美しい過去を もしくは 自分自身を愛していて
自分の一部である 過去を愛しているのか 区別できない。


カトリーヌは ジュールの目の前でジムと死ぬことで ジュールに一生忘れられないようにしてしまう。
これは 復讐の物語だと思う。
ジュールは 結局のところ 自分のことしか愛せなかったのではないか 
そのことが カトリーヌは耐えられなかったのではないか
そういうふうに 二十数年前の私は感じました。
ずっと見ていないので 私の記憶の中でかなり変形しているかもしれませんが。


e0061699_9392542.jpg



リアリティに対する考え方の違いかもしれない。
それとも ヨーロッパの男達のやさしさが 下地に男尊女卑的に意味合いを持っているのか。
それは 日本の優しい男達の優しさの時代が西洋化とともにやってきたと言う意味でも。
男が女をなぐることと 同様に 
大事にして やさしくすることも また 優しさという 檻に閉じこめてしまおうとする意味合いでは
同様に マチズモなんだと思います。
下地にあるリアリティは同じでも 文化の匂いの違いでジュール的な男はたぶんスペインにはいないかもしれないけど。
でも それは 形が違うだけで やはり 存在しうる。 たぶん。







なぜ この映画のことを思い出したかというと 
この記事を読んだからです。

人生は過ぎてゆく。
ぷちこわしたいって 気持ちを抑えつけていれば ね。


“Keep passing the open windows.” ― John Irving, The Hotel New Hampshire
ホテルニューハンプシャーの このことばをよく思い出します。
開いてる窓の前を通り過ぎなくていけない。 
飛び降りないかぎり 人生は すぎてゆく。
[PR]
by cazorla | 2013-08-26 10:07 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(7)

こうもりの腕

日本から離れて13年。
母はまだ七年なので 母にたまに新しい日本の知識を教えてもらいます。

母が 「見て 腕のこのぴらぴら ぷよぷよ。これ日本では振り袖って言うのよ。」と
腕を横に広げて 言います。
ため息つきつき 暑いからノースリーブを着たいけど着られない。
86才のため息。
スペインは どんな人でも 別に関係なくなんでも着ているのよって
言っても 関係なくても ここまで たるんじゃうと 見た目にあまりにひどくて
恥ずかしいっていうより 相手を不愉快な気分にしたくないのよ と。
だいたい 袖無しなんて もう ずいぶん長く着ていないのに 今年は蒸し暑かったせいか ついついこぼしてしまうのです。

振り袖対策 でググると けっこうたくさん いろんな運動方法が出ていました。
やはり 体の中でも かなり重要なポイントなんですね。
胸の大きさはある程度 ブラでだませるし
ウエストも コルセットでしめたり 見えないようなデザインなんかがあるから。
でも 腕を出す ちょっとおしゃれなカクテルドレスを着る時 腕は そのまま。
脚のほうはちょっと長めにすれば問題なし。

で スペインの場合 振り袖問題なんてあるのか・・・。
だいたい なんて言うのだろう・・・。
こちらでは こうもり ムルシエラゴって言うのだそうです。
Adiós a los brazos de murciélago さようなら こうもりの腕 って ググると やはり対策を説明したページがたくさん。

でも

スペインの場合 振り袖よりもなによりも太さの問題のほうが 深刻なのではないか と ちょっと思いました。
でも うちの中学生の息子の脚よりふとい腕でも平気で出してる人だらけだから
肥っていても ぴちぴち はりがあれば そんなに 悩んだりしないのかもしれません。

加山又造の初期のころのデッサンのぎりぎりに痩せた女性の裸像のエロスというのは
日本女性のエロスの本質だと ずっと 思っていました。
日本の女性 というか オリエンタルの女性って 究極までやせると ものすごくエロティックになる。
そこんとこが 西洋の女性の体と違うとこなのではないかと。

日本の女性が 究極まで痩せてもなおかつエロティックなのは 日本女性がものすごくフェミニンなのかな
と 思うのだけど その一方で 男の子のようにサッカーをするのが好きっていうタイプの女の子が 
ものすごくフェミニンな走り方をする(つまりどんくさい走り方)スペインの女の子たちのほうが ずっとフェミニンなんだろうか
と くだらないことに考えがついつい行ってしまいます。
日本の場合 サッカーをするタイプの女の子って 遠くから見ると 女の子か男の子かわからないですよね?

トン吉さんのブログの記事 年増ナマウデ問題を読んで この記事を書きました。 

e0061699_1024402.jpg



川で水浴する人たち。
雰囲気としては 岩風呂にいる感じ。
そんなふんわりした ゆったりした感じ。
でも 水は徹底的に冷たい。
[PR]
by cazorla | 2013-08-25 10:27 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

オヒノって何?

娘が17で 思春期。
スペインでは パボの時代と言います。
パボって 七面鳥。
アホやねん。
アホの時代。
そして 頭の中を鳥たちが飛び交ってる とか。
そういう言い方をします。

日本の思春期とは ちょっと違うと思う。
私の思春期なんて ずっと昔だから 比べようもないけど
それでも ニュースなどで見る日本の高校生は かわいい。
お化粧してなくて 白いブラウスの制服だったり
髪がみんな黒くて まっすぐで
ま そういう所しか ニュース番組には出てこないのだろうけど。

スペインの女の子たちは フェロモンがもんもんに匂っている。
目がうるうるして きれいにお化粧して
でも 半分以上の子は肥っていて 
お化粧に気を遣うなら やせろよ と思ったり。
そういう環境の中にいると やっぱり 娘だって そこそこ。
マスカラつけるくらいだけど
おしゃれは うちは 三人子持ちのワンインカムで 洋服なんて
そんなに買えないから 自分で 古い服を切ったり つなげたりして
なんとなく 今風 乙女。
一番 もてもてだった子を恋人にしているのは
必ずしも 好みとかの問題でもなく
やっぱり 女友達にうらやましがってもらいたいから。

日本の女子大生も つきあってる人を友達に紹介して
「えーっ なんで こんな人とつきあってるの」と言われるような もさい人とはつきあわない。
それと同じです。

でも その子にうんと 抱きしめられて 男のの匂いをぶんぶんさせて 帰ってくると
母として かなりいらつく。
やっぱり 心配。
うっかり一線超えるのでは といつも思う。

で 夫が
「僕らの時代は オヒノだったねえ。
あの時代は 恋人同士がもっとフォーマルだったから
オヒノで大丈夫だったよねぇ。」

「オヒノってなんやねん。」

「君 日本人なのに オヒノ博士のシステムを知らないのかい。」


荻野式ですか。 って やっとわかりました。
スペイン語は Jは ホタで 首しめたように ハヒフヘホ Ja Ji Ju je jo.
そして Gは ガギグゲゴ は Ga Gui Gu Gue Go。
Giは ヒ、 Geは へと読みます。
だから 荻野式が オヒノになってしまったのです。

でも 荻野式が そんなに世界的に広まっていたとは知らなかった。

「今日はだめよ とか 女の子が言うのよねぇ。
でも 大丈夫って言われて だまされて できちゃって 無理矢理 結婚させられた男もいたわね。」

「そう いたいた。 ばかだねぇ。」

などと ばかみたいに 盛り上がっていたら
娘が 学校で どんな状況であれ なんであれ コンドームはしなければならないって習ったと
とても きびしく学級委員のように言う。
今は エイズがあるし
男の子は どこでだれと なにをしているかわからない。
昔の男の子たちは もっと 純だった。
恋人がいて 恋人とできるまでは じっくりがまんして
そういう 一夫一婦制みたいな恋人関係だったから 病気の心配はなかった。
つまりそういうことが フォーマルな恋人同士ということになるらしい。

でも ほら アフリカの日々。 ああいう 夫はいたよね。

と だんだん 話は アフリカの日々へ。


でも それにしても 1970年代から80年代のスペインは コンドームなんて買えなかった。
そんなに簡単には。
カトリックの国だから 生殖を目的としない関係は 一切 禁止だった。
もちろん 国としては売ってるし 企業だってあった。
だけど 薬局の人がとっても信心深い場合は 売らない という意志を貫いていた。

時代ってほんとに変わってしまうのですね。
[PR]
by cazorla | 2013-08-24 07:20 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(7)
悲しいことがたまにある。
当然と言えば当然。
私は母として 年を取り損ねている。
いまだ 小娘である。
だから 小娘的に 悲しむ。

娘が家出した。
寺田寅彦の家出のすすめ。
家出もそんなに悪くない。
それでも自分の娘だと かなり悲しい。
結局のところ
一晩で帰る。
その程度。
でも 仕事も見つけて来た。
もちろん かなり ひどい条件。
もちろん 働かない。
ここで 賢い母なら 働かせて 世の中の理不尽を教えるべきか。
17才。
自分の17才は もう少し硬派だったと思う。
荒畑寒村を読んでいた。
娘はもう少し違う。
女友達なんて けっ と思っていた。
娘は違う。 アミーガと一緒。 人気者になりたい。
いらつく。
いらつく 母に いらつく。
爆発する。
母はひとり取り残されて 谷川俊太郎の悲しみはかじりかけのりんご ただそこにある
と つぶやいてみる。

悲しい気持ちになって 息子に質問する。
息子はあと一ヶ月半で15才。
普通の子はそこそこ肉体的に大人になりかけだが 彼は今のところ プレ思春期といったところ。
まだ 肉体的変化はない。

「ねえ ママを悲しませるようなことを あなたもするかしら?」

「たぶん しないと思う。 悲しみが何か にもよるけど。
ママは僕を悲しませるようなことをする?」

「あなたにとって 悲しみって何?」

「Perder」 と 一言。 動詞。 失う、負ける。。。。

「ママが死ぬこと?」

「それは最悪な悲しみだね」

「いなくなること?」

「失われた存在になること」

「失われた存在?」

今いる場所のほんのひとすじの切れ目の間から 違う世界に陥るかもしれない。
悲しみによって 失われるのか
失われることによって 悲しくなるのか。

e0061699_8385460.jpg




山で 枯れてしまった木が一本。
同じ場所で 同じ条件で 喪われてしまった物。
[PR]
by cazorla | 2013-08-23 08:42 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

心を開いて

ずっと昔 新聞に万里の長城の記事が出ていて けっこうおもしろいので紹介したことがある。
コメントで ただ一言 中国は嫌い っていうのがあって かなりびっくりした。
ブログを始めたばかりのころ。
だから そういう反応にまだ慣れていなかった。
それに 中国が嫌ゆ
アメリカが嫌い
ソ連が嫌い
日本が嫌いって
どういう意味なのかよくわからなかった。
たぶん 
つまるところ 想像でしか わからないけど
その体制とかあり方とか そういうことなんだろうと思う。
で そんな嫌な国にいる人に対して 気の毒だなぁって 思ってるのかどうか
そういうことを知りたかった。
でも 中国が嫌いって言う人は ほぼ そこに住んでいる人も含んで 嫌い
らしかった。 らしかった としか言えない。
よくわからない。
私は あんまり アメリカって国に興味が持てない
と思う けれど でも アメリカの文学は かなり好きだと思う。
読んでいる数からすると 
もちろん 有名な人が多い ということもあって
アメリカの本は フランス並みに多い。
音楽も アメリカで録音の クラシックミュージックを 持っている。
あまり よく見ていないのだけど たぶん かなりの量ではないかと思う。
だから たまにいやなアメリカ人がいたとしても
イラク戦争は ちょっとなぁ と思っても アメリカが嫌いっていうことはない。
アメリカ人の団体客は なんてお行儀がいいんだろうと思う。
アメリカから カソルラという この たぶん 来るのがかなり面倒なこの小さな村に訪れるのは
ほんとに スペインの風景の好きな人たちなのだろうと思う。
彼らは みんな 名札をしている。
初めて見たときは のけぞった。
名札をつけて 旅行をしている。
たぶん 団体旅行は 知らない人どうし そして そこで知り合ってつきあいが始まるのだろう。
とても楽しそうに ものすごくしょうもないものまで 写真に撮っている。
ずいぶん 文化が違うのだから。
名札をつける。。。
能力開発センターの集まりみたい。
恥ずかしながら一度行った。
なんの集まりかよくわかっていなかったのと ちょっと好奇心。
名札をつける というのに かなり参ってしまった。
そういえば 夫の働くホテルでは プエブロイングレスという 英語を学ぶための団体 半分がイギリス人 半分がすべイン人の団体が
時々 一週間単位で来る。
イギリス人は 一日目で 名札をはずしてしまう。
スペイン人は 5分で名札をはずしてしまう。
イギリス人の場合 よっぱらって わけわからなくなるから。
スペイン人は最初から あほくさっ と思っている。
どちらも こんな一週間で 英語なんて学べるわけもないと思っている。
どっちにしろ 彼らは 皮肉なものの見方しかしない。
だから 名札なんてくそくらえ。
そういう意味でも アメリカ人は いつも しっかり名札をつけて 町の中を歩いている。
高すぎず 低すぎない 声で イギリス英語よりカラフルな英語で話しながら。

ちょっと脱線した。

とにかく 言いたいのは どこの国でも いいとこもあるし いやなところもあるということです。
嫌いって一言でまとめて 心にふたをしたら もう 出口がなくなってしまう。
最終的には あほやなーって思いながら おもしろい部分 くくっと笑える話など 採集してるうちに
そこそこ その国になじんでいくものです。


私の好きなブログ 国際結婚はみとめない は 嫌いとか怒ったりした話とかが ものすごく深いところで とっても愛情深く感じるというか 筆者はけっして 心を閉ざさず 心も目も開いて しっかり ブログのネタを探しているのがよくわかるから。

  

心を開く


これってすごく大事なことだと思います。


e0061699_305947.jpg



e0061699_341643.jpg



これは ある とても広い庭の柵にぶら下がっていた札。
木の名前が書いています。
柵は世界との境界線だけど そこに家主が 木の名前を書いている。
世界に少しだけつながっていくために。
心を 庭を 開いている。
あなたとほんの少しだけ つながっていきたいから。
[PR]
by cazorla | 2013-08-21 03:06 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

スペインに住む

スペイン人って かなり濃いから 嫌いとなるとかなり大変なのではないか。 そう思う。
たとえば もう少し北の国であれば 距離が守られていて 無視しておけばいいものを
スペイン人は親切だし 隣だったら ちょっと顔を見ると声かけてくるし
色々でさけられない。
もちろん どこの国に住んでいても ストレスで大変になってる人はいっぱいいるだろうけど。
スペイン人の友人は 黒帯の弁護士。
空手をしてるだけではなく 奥さんも日本人だから なんとなく 在西日本人の顧客もそこそこいる。
悩み相談みたいな軽いものも多い。
全然 もうからない相談のほうが多いらしい。 

たとえば
「大家さんが私のいないあいだに ゴキブリを部屋に入れる」

まず ゴキブリって 飲食店の倉庫あたりならいるかもしれないけど
普通に住んでいて ゴキブリ かなり少ないスペイン。
私は13年住んでいて 一匹も見たことがない。
で 大家さんが たとえ 彼女のことをきらいでも 自分の持ち家にゴキブリを入れるってことは考えにくい。
と 思う。
で 弁護士である友人もそのあたりを説明したのだけど 彼女は ゴキブリを大家さんがいれるのをやめさせてほしい
やめなければ 起訴すると主張している。

でも こんな風に見えないモノが見えてしまっている 在西日本人が 多いんだ と彼は言う。
特に 一人暮らしの女性に多い。

彼の奥さんは 一人暮らしの女性に スペイン男性を紹介した。
スペイン男性にとっては 日本女性 華奢だし ずっと憧れていた。
でも 話があわなくて というか 話すこともなく 2・3回 食事に行って なんとなく立ち消え。
それは 日本人同士でもあることですよね。
なんとなく あわない。
でも この女性は すっかりプライドを傷つけられて しつこく 弁護士夫人に 苦情の電話をかける。
「あなたのせいで こんなにつらい思いをした・・・云々」

どうでもいいこととどうでもよくないことの区別ができなくなってる。
狭い路地から出られない そんな息苦しさ。

うちの母も 最初はたいへんだった。
まず 食べ物が 何を食べても 「スペイン臭い」とか主張するし。
外歩いていても 確かに 食事時は オリーブオイルで熱したニンニクの匂い。
たぶん それは スペインの匂い。
オレガノとタイム クミン そして オリーブオイル ニンニク 干したピーマン それから ワイン。
南欧の匂いでもある。
七年目にして なにをたべても おいしいおいしい と言うようになった。
果物だって 甘くておいしい。
豚肉は 最初からおいしい と言っていた。
キュウリは 最近 やっと そのおいしさがわかるようになった と言ってる。
皮は固い。 皮はむくものと 思ってるスペインでは 皮をやわらかく改良してない。

村上春樹が 料理は空気付きで食べる と書いていた。
たしかにそのとおりだと思う。
ひとつには イタリアンはイタリアで食べた方がおいしいって意味だけど
それともう一つ そこにいて居心地がよければ おいしく感じるし
そこにいるのが嫌でたまらなかったら おいしくないと思う。

人間の舌のセンシビリティは だいたい十に・三歳くらいがピークで 老化が始まるらしいです。
何を食べてもおいしい時代が実は ピークで その後 だんだんと 舌の神経が退化していって
グルメ本など読んで あすこで食べたいだの あのビネガーでないとだめだ
とか言い始めるのだそうです。

で スペインにいるのがいやでいやでたまらない人は スペインのごはん おいしくなくて・・・って悲しくてたまらない毎日を過ごしていたりする。
たいへんだな と思う。
いやなことは100%拒否しちゃったほうがいいのではないか そんな風に思う。
バルに入ったり レストランに入ったりして その雰囲気とかから だめなんだと思う。

なるたけ かかわらないようにして しばらくして 町を歩いてい ふと その匂いが快く感じたときに 
もう一度 食べてみようかなって レストランなりバルに入るのがよいのではないか と思う。
距離感って大事だと思う。 絶対逃げ出せないわけではないってわかれば
それが絶対的な選択ではないってわかれば けっこう いろんなことが 快いことに変化するかもしれない。

そして もう一度 スペインと出会う。

e0061699_12364274.jpg

[PR]
by cazorla | 2013-08-17 12:39 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

隣人を愛せよ ですね。

スペインに住んで 13年になる。
スペイン人と結婚して19年。
スペイン人の子供達の母になって18年。(子供達は 今のところ二重国籍だから日本人でもあるわけですが。)

スペインは いわば わが古女房。
いやなことはあっても もともとが好きな国だし 嫌いなことを話したりしても
悪口を言われると 気分が悪くなる。
古女房のような 
もしくは 親のような
もしくは 兄弟のような。

モロッコ人の男の子と ネットで話したことがある。
色々 モロッコのことを教えてもらったり 楽しかった。
けっこううちとけたと思ったのか 「スペイン人ってさぁ・・・」
が始まった。
彼は旅行ガイドをしている。 英語でのガイド。
日本人の団体はとってもお行儀がよくて 好きだと。
たいてい そう言ってくださる・・・よね。

スペイン語は わかるけど 仕事ができるほどではない。
スペイン人の団体の時も 英語で通す。
すると スペイン人が 彼の悪口を始めた。
目の前で。
スペイン人は 彼がスペイン語がわかるなんて夢にも思わない。

「で どうしたの?」
「目の前で悪口言わないでって スペイン語で言った。」
「びっくりしたでしょ?」
「うんびっくりしてた。」
「で どうしたの?
「悪かったね ごめんごめん。スペイン語わかるんだねぇ 知らなかったよ。 って
けろっとしてる。」
なるほど スペイン人らしい。
「でそのあと 雰囲気 悪くなったわけではないのでしょ? じゃあ そんなに悪い経験でもない」
「まあ そんなに悪くない。 でも やっぱり スペイン人は 信用できない。」
「日本人だって 似たようなことあるよ。」
「日本人は みんな礼儀正しい。絶対 悪口なんて言わない。」

確かに ガイドさんとか 世話をしてくれてる人の悪口は言わないかもしれない。
それが お金を払ってるから世話をしてくれているとしても
お金 という 仲介に関しては 日本人は淡泊だと思う。 
そういう代償があったとしても 感謝の気持ちは変わらない。
そういう所は 日本人のよいところ。
でも 目の前で悪口を言う・・というのは 東京に住んでいた時 よくあった。
例えば 電車の中で。
私たちが スペイン語で話していると なぜか 私まで日本語のわからない人 と思いこんでしまうのか
悪口というか そこまでいかないにしても 話し始める。

「こんなところで イタリア人が(たいてい イタリア人かフランス人と思われます。 スペインってマイナーな国なんですね)なにしてやがんだい。」と 彼の奥さんに言ってる。 ニュアンス的には なんで イタリア人が東京にいるんだ 帰れよ的雰囲気。
すると 奥さんは 困ったように (たぶん 彼女のほうが想像力がゆたかで 私がその会話を理解しているのがわかる。) 私のほうをちらっちらっと見ながら
「やっぱり 色々会社があるじゃない? イタリアの会社。 グッチとか ベルサーチとか。」
男の人は うたがわしそうに うちの夫をじろじろ見る(うちの夫はどう見ても グッチとか言う感じではない。 笑)

だから どこの国でも いろんなタイプがいる。
★★人は嫌い とか ★★国は嫌い とか 私はあんまり言いたくない。
それにその国に住んでいるその国の人と その国から出て 働いている人 または
定年退職して 海外に住んでる人 いろんなタイプがあると思う。
たとえば 日本に住んでるイギリス人を見て すべてのイギリス人については語れないと思う。

モロッコのガイドさんの話にもどるけど
例えば 日本から モロッコに行こう っていう人たちは まず 遠いから
かなり興味を持って その上 かなり出費をして 無理して モロッコに行ってるのだから
たぶん 知的好奇心の旺盛な日本人だと思う。
それに反して スペインからモロッコに行くのは たんに安いから とか 近いからとか 
ごく普通に日本から 韓国にいくような雰囲気だと思うし 
客層がかなり違う。
だから 比べられないと思う。

私の住んでいるカソルラは 小さな村だし グラナダみたいに有名なモニュメントがあるわけでもない。
だから 観光客も かなり特殊。
こんなところにまで来るアメリカ人は ものすごく知的好奇心 旺盛で ものすごく きちんとしている。
だからって アメリカ人がみんな 同じように 素朴で親切だとは 言えないと思う。

モロッコ人のガイドさんは 私と一緒に いっぱいスペイン人の悪口を言いたいと 思ってたみたいだけど
できなかった。
「ごめん 私の子供達もスペイン人だしね あんまりスペインの悪口 言いたくないんだ。」
「わかる。 ごめんね こっちこそ。」

e0061699_106253.jpg



フェイスブックなんて仲良しごっこみたいで嫌いと 最初は思っていたけど
けっこう便利だと思う このごろ。 だって 近所に住んでるぺぺも カンディンスキーが好きだって
わかったから。 普通に こんな田舎のただのおばちゃんをしていると まさか あなた カンディンスキーとか好き?なんて訊かないもの。 で スペイン人はカンディンスキーなんて好きな人に一人も出会わないわ なんて言ってるかもしれない。 私も好きぃって 道で会ったときにしばらく カンディンスキーの話もできる。 今 住んでる所の たとえば 日本国内であっても もしかしたら 隣に住んでる どうも怪しげなおっさんも実は あなたと同じ趣味を持ってるすてきなおじさまかもしれません。

五十男は嫌い とか 大阪人は(もしくは東京の男は)嫌い とか 思わず ちょっとだけ 近づいてみるのも悪くない そう思います。
[PR]
by cazorla | 2013-08-13 10:12 | 思うこと | Trackback | Comments(8)
かつて 川のある町に住みたいと思っていた。
川のある町。
それは 荒川の土手沿いを走る自転車のイメージ。
そう 古い。
吉永小百合の青春映画。

川があって
そこで 恋人たちが ゆっくり話したり
けんかをしたり
愛し合ったりする。

今 川のある町に住んでる。

今日は その川のずっと上流に行って来ました。

e0061699_3471526.jpg



e0061699_3481458.jpg




e0061699_3493473.jpg







男衆 三人衆


魚がたくさん泳いでいました。
カソルラ山脈


人は 人を殺した後 無意識に川や海に近づくそうです。
水で罪を洗うために。
私たちが ときとして 川に行きたくなるのも
罪を洗いたいからかも。
リフレッシュしてきました。
[PR]
by cazorla | 2013-08-12 03:55 | カソルラ | Trackback | Comments(6)

娘のいない時間に

処女は汚い

そう言ったのは 吉行淳之介。
当時は 文壇の代表格だった。
実は小説は 娼婦の部屋を読んだきり。
作家としてすごいのかどうか知らない。
娼婦の部屋は つまんなかった。 当時 まだ 14才だったし。


で 処女は汚い。

このことばを聞いたか読んだか したとき 14才。

なかなかショッキングなことばだった。
そのまま 記憶に残っているのだから やっぱり作家のことばなんだろう。
どういう状況で どういう本または雑誌に出ていたのか おぼえてない。
たぶん 色川武大との対談だったような。

処女崇拝がはじまったのはいつだろう。
特に 当時 七十年代は そういう処女性を重要視していたから このことばが出たのではないかと思う。
最近はそうでもないかと 思っていたら こういう 記事があった。

The Independent


ブラジルの女の子が処女をオークションにかけて
結局 やっぱり日本人男性が 780000ドルで買った。
また 日本人。
で この時も 吉行の 処女は汚いっていうことばを思い出した。
吉行が批判してるのは 売ってるほうではなく 買ってる方。
処女にこだわるのは 自分に自信がないからだと そのあとに続く。

日本の文化の中では 処女性重視は近代的なものだと思う。
結婚の時に処女だとよくないので 村のはしっこにいるちょっと頭のおかしいおっちゃんが
相手をして 処女ではなくして 結婚したり
初夜を 義父として それから 婿と という手順をふんだりというのを
確か 佐々木美智子氏の本で読んだ。
義父がその風習を継続しようとして 息子がいかって 阻止したというニュースが
新聞に出たのが 昭和15年だったから 思いの外 最近まで 残っていた風習。

なんで こんな話をしているかというと
17才の娘が 処女性云々を言う。
「セックスは 私の処女性を大切に思ってくれて
大事に思ってくれて 3年間つきあった人にあげるの。
薔薇の花びらをたくさん散らしたベッドの上で」

でも キスマークとかつけてくるし
そんなことしているんだったら 処女も糞もないと 私などは思う。
だいたい あの年で キスマークつけるくらいぶちぶちしていたら
その後が 地獄の苦しみではないかと つい 相手の男の子に同情してしまう。

基本 本人だって いらいらってするのではないか。
するから いろんなことに対する集中力がなくなるのではないか。
頭がアホ状態になるのではないか。
それなら いっそやっちゃったほうがいいのではないか。
病院に行ったら ピルなんて簡単にくれるし
最近は思春期用ピルもちゃんと売ってる。
その上 アホな女の子用に 買ったらちゃんと一錠ずつ 日付もつけてくれるそうだ。

娘は現在 夫の妹家族とメノルカ島の別荘で くつろいでる。
彼女がいないだけで 私は 心がゆるんで ゆったり。
たぶん 彼女のいらいらが私を窮屈にしてるのだ。

基本的に 私は処女性云々と言う 女の子たちが嫌いだったんだ。
ふと 思い出した。
だから 娘が なにかと言うと 処女性 ビルヒニダッ と言う言葉を振り回すのでいらつく。
母と娘って 仲が良いようで 色々 葛藤があってたいへんです。
特に スペイン文化に染まってる彼女と 日本の教育の中で たとえ反逆児だったとは言え
育った私とは かなり 難しいです。

娘のいない日々に心がいやされて 散歩の途中でいつものおもちゃ屋さんの看板の虫を発見。
こんなものまで見えない毎日を過ごしてたんですね。

e0061699_9372292.jpg



文字の上のところにいる。。。

e0061699_938189.jpg

[PR]
by cazorla | 2013-08-11 09:44 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(7)

清貧なからだ

肉体は 所詮 魂を入れる袋にすぎないから・・・ って 私はこの数十年言っている。
だからって 所詮 袋でも 私は 大切にしたい そう思ってます。
きれいな袋でいたいと。
きれい というか こざっぱり。

家なんて 人間をいれるだけのもの。
鴨長明みたいに 庵を持ち歩くというのもよい。
でも やっぱり その庵はこざっぱりと きれいで。

余計な物がない 家が好き。
ごてごて飾りがついていないほうがいい。

たとえば 教育。
ある英語教師が どこの国だったか忘れたけどある国に たぶんチベットだったような・・
行った。 コピー機もない。
本は 教師の持ってるもの一冊だけ。
子供達が順番に持って帰って 手書きでコピーする。
建物も 掘っ立て小屋。
それでも 子供達は英語を学びたくて 一所懸命。
そして その教師も 経験があって 教えるのがうまいから
あっというまに たくさんのことを学んだ。

そう 立派な校舎なんかいらない。

でも やっぱり そこは きちんときれいにしていたのだと想像できる。

ある中学で 生徒が トイレに落書きをしたり 壊したりして問題になっていた。
新しい校長は そのトイレを とても立派なきれいなトイレにした。
まるで そこそこのホテル並に。
すると 不思議に 落書きする人も 壊す人もいなくなった。

所詮 建物。
でも そこにある種の スピリッツが存在する。
そう思う。

だから 私は やっぱりきちんと きれいな体でいたい と思う。
今日も 2000メートル泳いできた。
悪あがきでも なんでも。
そうやっている努力が大事なんだ と思う。
鍛えられた体でありたいと思う。

余計なもののない建物が好き。
余計なもののない からだ が好き。

e0061699_7582026.jpg




あるおうちの庭先の門の上にちょこんと座ったぷたさん。
かわいいと思う。
でもね。 ははは
日常的にこういう家に帰るのってどうなんだろう。

ふと 思い出したのは 友達の家のトイレ。

建築関係の仕事をしている 友達曰く 顔が凶器 のおとうさんの家のトイレ。
とってもきれいで 便器もイタリアからとりよせ
そして トイレットぺーバーを取り出すと くるくると回るその軸の中のオルゴールが
エリーゼのためにを奏でる。
すてきすぎて笑った。 あの顔が凶器のおとうさんが毎日 ここで エリーゼのためにを聞いてる。
もちろん この家族がとても好きだった。

それから とっても大切なこと。
前回の記事でいただいたコメで 「かわいいと言われたり わかいと言われたり・・」とありましたが
かわいいと思われたい のであって かわいいと言われたいわけではないです。
かわいいって言われるのは。。。
あと 若いって言われたら もうあなたは ばばあよって言う意味だからね
と母に言われました。 私もその通りだと思う。
だから 若いって言われたい わけではない。
ことばにして 発せられた 形になったことばと
声にならなくて 心の中にたたずんでることばは
同じことばでも 意味が違う。

かわいいって 思っても ほんとに思ってる時は 言わないものです。
でも そのあったかい 空気でそれがわかる。
そういうのが好きなのです。


e0061699_8899.jpg

[PR]
by cazorla | 2013-08-09 08:15 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla