明眸皓歯をめざせ

歯科矯正中 長女です。
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さあ 口を閉じて

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もう一度 開けてごらん。

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はい にっこり。

歯科矯正がこんなにめんどうなものとは知らなかった。
わたしは おかげさまで 歯並びはそこそこなので。
でも 歯を変えると 顔の原型から変わるのだと言うのもわかった。
それと 歯並びが悪くて コンプレックスがあって にっこりできないと人生 色々損すると思う。
にっこりは かなり効果があります。

よく 日本人でスペイン在住の人が スペインの歯医者 信用してなかったりしますが
保険がきかないだけに かえって それぞれ 技術を磨いております。
わたしの行っている歯医者さんは ドイツ人をして ヨーロッパで一番と言わしめております。
スペインで歯科医になったあと カリフォルニア大学留学。
システムはアメリカ式。 匂いがない。 話しかける。

スペイン在住の方だけでなく 旅行のついでに歯をなおすと 旅行保険で支払いもできるし
なかなか良いのではないかと思います。
オーストラリア在住の日本人が そうしてました。
スペイン 歯医者に行くための旅。
悪くないと思います。

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by cazorla | 2014-03-08 02:06 | スペイン若者 | Trackback | Comments(12)

陰と陽の食事法

オリエントはすばらしい という言葉の中に ある種の差別を感じたのは エドワルド サイード。
オリエントリズムというのは一種の差別なのだ。
ほんとうに 理解するのではなくて 花や馬をめでるように すばらしい を連発する
 西洋での 最近の健康ブームのなかにおけるオリエンタリズム。

 先日 友人の誘いで 食事についての無料講座に行った。

 それっぽい人たちがたくさんいて なんとなく居心地の悪い感じ。

食料を 陰陽に分ける というところで やれやれ と思った。
この講師は 陰陽の意味とか 道教とか そういう知識があるのか と。
そう言えば かつて ミハエル エンデが  ドイツには 陰陽の哲学がありまして。。。。。と 言っていたから 知らないうちに陰陽は 西洋哲学の一部になってしまったのかもしれない。 でも 陰は陽になりうる というのが 陰陽では なかったけ? 陰と陽に 食料をわけて 陰は悪者だから 食べないようにしましょう というのは ちょっと違うのではないか。

 酸性の強いものは 陰 だそうで それは食べない。 酢は酸度がきついので 勧めない。
 豆腐は生は ダメです。 で 生の豆腐は 陰。
 豆乳などはけしからん あんなものは 人をだますために作られた工場製品にすぎない。
と 豆乳のなにかを知らない だから 豆腐がなにかもしらず
豆腐は 生の大豆では ないですよね?

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 おいしい 冷や奴が食べたいぞ




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by cazorla | 2014-03-07 06:05 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(11)

ひさしぶりのお日様

カソルラ山脈 大雨でした。
 山の中で 木が倒れたり 土砂崩れがあったり
大きな石が転がって お店のウィンドウをぶち破って 建物ごと持っていったり。
山は嵐 観光で来ていた人たち  本当に大変でした。

 村は 無事でした。
 かなりの雨でしたが。 そういうふうに長い歴史の中で 大丈夫なところに集落ができてるんですね。

 大丈夫ですか って ニュースを見た方からメールいただいて
あ そんな大ニュースになってるんだ と びっくりして 

ありがとうございます

だいじょうぶ
学校もちゃんと 開いていて みんな 元気です。
 そして 今日はひさしぶりの青空。




こんにちは お日様 しばらく 仲良くしようね

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アーモンドの花の写真 撮りにいかなくては
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by cazorla | 2014-03-06 04:06 | カソルラ | Trackback | Comments(3)

洗面器とスマートフォン

金子光晴の「洗面器」という詩を読んだことがありますか。

( 僕は長いあひだ、洗面器といふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた。ところが爪硅(ジャワ)人たちはそれに羊(カン ピン) や魚(イカン)や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたえて、花咲く合歓木の木陰でお客を待ってゐるし、その同じ洗面器にまたがって広東の女 たちは、嫖客の目の前で不浄をきよめ しゃぼりしゃぼりとさびしい音をたてて尿をする。 )


洗面器があらわしているのは 多目的な存在。
一つの目的で存在しているのではなくて 
 例えば 洗面器で カレーを作ったり 洗ったり 小用したり。
 多目的存在というのは オリエンタルなものなのではないかと思う。
 日本の家も 襖を取り払って 宴会をしたり 布団をしいて 寝室にしたり。
多目的は多神教に通じるか どうか
 一神教の世界の固定された 役割分担された ものたち。
西洋化して 日本は 植民地を得ようとして 戦争が始まった。
西洋化して 失われたもの 喪失感 寂しさ。
 寂しさを埋めるために始まった戦争。

一つのものを色々な用途に使っていたプリティブな時代が懐かしく
 寂しさを感じるのかもしれない。
だから 今 多目的な存在 携帯電話は かつての洗面器なのかも。

無表情になりつつある子供たちが 握り締めている。


 寂しさを 埋めるために。

 反戦の詩人 金子光晴
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by cazorla | 2014-03-04 08:49 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

村上春樹の「ノルウェイの森」について 興味深い記事を読んだので 少しだけ書いてみたいなと思いました。
 こちらの記事です。

ノルウェイの森


[映画] ノルウェイの森


 若い頃に感じたことも書いていて あ そうか 若い時代の男性はこういう風に感じるんだと。 村上春樹を嫌いな人がどんな風に読んでいるか そういうことも わかりました。 (この記事の筆者は 否定的に書いていません。 高い評価をしています。 そして 村上春樹をとても好きな人です。)
 「ノルウェイの森」が ベストセラーになったとき 正直に言えば 違和感がありました。 春樹は決して 売れるタイプの作家では ないと思っていたから。
「風の歌を聞け」を群像で読んだとき 衝撃を受けた。 
 あの時代は たくさんの新世代作家の生まれた時代で  話題作のあと 続かない人も多かった。
 田中理恵の「おやすみなさいと男たちへ」とか。。。
 春樹に続けてほしいと思った。 切実に 次の作品を読みたかった。
 初期三部作や 午後の最後の芝生 評論家たちにこき下ろされながら 書きつづけた。 そして 「ノルウェイの森」。 この小説が 大ヒットして ますます 評論家の批判が集まった。 100%の恋愛小説というキャッチが受けたのか 色んな人が読み始めた。
この小説を読んだとき 私はまず ジョン アービングの「ホテル ニューハンプシャー」を思い出した。 現実から遠くにありながら 現実を越えて 現実に戻っていく。 完璧なる作り話が ありもしない作り話が 最終的には 現実を忠実に映し出す。 ジョン アービングの作品は 「ガープの世界」や「サイダーハウスルール」など 現実に一般的には認知されていない現実を描きながら そして とんでもないカオスを通して 最終的に真実につなげていく。 ある評論家が ジョン アービングの作品が とんでもないストーリーを書きながら 見世物小屋的大衆小説にならず 美しい文学として 人々を感動させるのは 彼の偉大なる魂によると 書いていた。 
そう言う 意味合いで 私は ジョン アービングを思い出した。 春樹が ジョン アービングの熱心な読者であると知ったのは ずっとあとのことです。

そして「ノルウェイの森」。
 BirdWingさんの次の指摘

 『「僕」は直子と寝るべきではなかった。もしほんとうに彼女を愛していて、彼女のことを真剣に大切な女性として考えているのであれば、20歳の誕生日の夕方 に、彼女と身体を重ねることを抑止すべきだったと考えます。少なくとも彼女が混乱から解放されて、精神の均衡を取り戻せるようになるまでは。それが10年 先なのか20年先なのかわかりませんが、「僕」は彼女の回復を待つべきではなかったのか。』

 これが 男の人の一般的な感じ方なのかどうかわからないけれど けっこう 私には新鮮でした。 私は 「僕」は愛してなかった というのは あきらかなことだと思っていたから。 「僕」が愛してる かどうかで この本の読み方もずいぶん違ってくると思います。 前提がまったく違うのだから。 私はむしろ 直子のほうが 僕を利用しているように ずるく感じていました。 そして 心の片隅で 助かりたいと言う気持ちもあったと思う。 ヒーリングとしてのセックス。 これは 風の歌を聞け のテーマでもあり ホテル ニューハンプシャーのテーマでもありました。 
あの 状況では 「僕」が 仮に 寝なかった としても 直子の混乱は避けられなかったと思う。 混乱の種類が 変わっただけで。 結局 直子は 自分という存在から 出て行くことはできなかった。 僕 に 抱かれることで 癒される かも しれない そう 思っていたのだと思う。 春樹がのちに これは 成長の物語だと 書いていますが 成長を拒否した 直子は 死ぬ以外仕方がなかったのだと思います。

 BirdWingさんの記事からの引用です。

 『そしていま、ふたたび古い本を開いて、次の行を読んでとても揺さぶられました。
 「ほんとうにいつまでも私のことを忘れないでいてくれる?」と彼女は小さな囁くような声で訊ねた。 「いつまでも忘れないさ」と僕は言った。「君のことを忘れられるわけがないよ」

映画には登場しなかった37歳の「僕」と同じように、ぼくも混乱しています。 そして直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけばいくほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う。何故彼女がぼくに向って「私を忘れないで」と頼んだのか、その理由も今の僕にはわかる。もちろん直子は知っていたのだ。僕の中で彼女に関する記憶がいつか薄らい でいくであろうということを。だからこそ彼女は僕に向って訴えかけねばならなかったのだ。「私のことをいつまでも忘れないで。私が存在していたことを覚え ていて」と。 そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。 忘却とともに深まる理解もある。けれどもすべて失われた後のことです。記憶のなかに生きることは難しいけれど、生きつづけている記憶がぼくを混乱させます。ぼくはいま、どこにいるのだ?と。(2010年12月27日観賞)』

女って 覚えていて欲しいのです。 トリュフォーの『突然 炎のごとく』で 主人公が恋人と一緒に車に乗って夫ににっこり笑って挨拶する そして そのまま 崖から 飛び落ちる。 車ごと。 女はずるいのです。 ずるいけど 切実で 寂しい。 忘れないで欲しい。別れた後も ずっと覚えていて欲しい。 別れた理由が たとえ女のほうに 別の男ができた と言うことであっても。 そして 直子は 愛してなかった男に 覚えていてね と 楔を打つのです。 忘れないように。 たとえ 誰か他の人と一緒にいても 私が そこにいる。 私の一部が そこにいる。

 もっと書きたいことがあるのですが うまくまとまりません。

 いつか じっくり BirdWingさんと 話してみたいと思いました。
 彼のしっかりしたブログの文章にトラックバックするのはおこがましいような 独り言ですが。

ちなみに 春樹によると ノルウェイの森ということばは ノルウェイ語では悲しい と 同時に幸せな 楽しいけど さびしい そよう言う 相反することを表しているそうです。



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by cazorla | 2014-03-03 07:09 | おすすめのもの | Trackback | Comments(1)

老いの春

最近 少々荒れぎみであったりしますが いかがおすごしでしょうか。

疲れ果てて 基本的に普段は素顔で過ごしておりますので 
疲れがはっきり顔に出ます。
クリームも塗らず お手入れというものは一切しません。
 旅行の時 身軽で過ごせる。 専門家に叱られそうな生活をしてます。
母は 手入れに 時間もお金もかけまくっておりましたので 
何をしても 年は取るのだという結論に達しました。
でも もちろん きれいに年を重ねることに情熱をかけることを否定しているわけではありません。
 疲れていても 主婦はやっぱり毎日出かけなくてはなりません。
 特にスペインは 毎日 パンを買わなくてはならない。
そして 人口8000人の村に住んでいると 知っている人に出会う。
元気ぃ? と訊かれて 元気よ ありがとう あなたはぁ なんて 
教科書どうりにこたえればよいものを 
私は 素直に 最悪ぅ と答えてしまうので 話が長くなる。 
まったく こういう性格は 直さなくては。
 「それでも 今日もいつもどうり最高にきれいだよ」 と お世辞にしても 言ってくれる。
そう言って 抱きしめてもらって なんとんく 嬉しかったりします。
それが 二十代の若者であれば また いっそう嬉しかったりします。

そして スペインは 名前で呼んでくれるので 
自分がすっかり おばさまになっていることすら 忘れてしまっているのです。 
そういう 冬を過ごして来ました。
もうそろそろ 春の兆し。
今日は一日中 窓を開けて 
外の空気を吸い込んで 新しくクッションを4個作りました。
ジョキジョキと適当に切って 縫い合わせている 私を見て
母が この性格はいったいどこからきたのかしらと笑っています。
母は もやしの根っこをていねいに一本一本抜く人でした。
もやしのお味噌汁の朝は 朝四時に起きていた人。
そんな性格の違いも 
今では なんとなくかみ合ってきているのは 二人とも 老い の時代に入りつつあるからなのでしょうか。
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by cazorla | 2014-03-02 08:44 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

通夜と脂肪

通夜と言う風習がある。
 死んだその日に 一晩中 火を絶やさない。
 家族が そばについている。 一緒に眠る。
今日 ジムに行った。
小学校の先生を定年退職した女性は毎日 三時間以上体を動かす。
一時間 歩く。
 一時間 自転車
一時間 スキーのブランコみたいな機械で両脚を動かし
マシーン で 腹筋を鍛える。
それでも お腹の脂肪が取れない と言う。

 そう言えば と ふと思う。
日本には 肥った老人がいないな と思う。
 四十を過ぎたころに 肥り始めて
 五十を過ぎたころ また 痩せ始める。
私自身も ある時期 肥った。
 今は ほぼ 元に戻っている。
もう少し痩せたいと思ってはいるけど。
 体の形を できるだけ 整えたい。 脂肪を取りたい。

 死んだ後 脂肪は臭う。 異臭を放つ。
だから 医大の死体解剖では 肥った体は こまりものだと言う。
脂肪の少ない国に伝わる 通夜という風習。
これは なんと美しい風習なんだろう。
できれば 夫と子供たちに してほしいと思うのだが
夫は 僕は怖いから嫌だという。

 通夜をして 焼いて欲しい。
スペインは ほぼ 棺のまま 埋めてしまう。
アパート式の安いほうのお墓では 入り口を 煉瓦でがんがんと閉めてしまう。
 封印をする。
コインロッカーみたいなお墓の コインロッカーの扉の所を煉瓦とセメントで封印するのだ。
ここから二度と出てきてほしくないと 言いたげに。
日本のお墓の軽く開くあのドアが懐かしい。

死者に対する感じ方が違うのだと思う。
それは死生観の違いでもあるし
世界の感じ方の違いにもつながっていくのだと思う。

葬式 結婚式は親の見栄 葬式は息子の見栄 と 
某氏が言っていたが
日本の葬式を ふと 思い出す。
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by cazorla | 2014-03-01 07:54 | 思うこと | Trackback | Comments(4)