今年のバレンタインの出来事ですから かなり古いできごと。

でも かきそびれてしまったので。

今年のバレンタインはたしか週末にあたってました。

それで 義弟が恋人と一緒に訪問。

一緒に シエラ (山)に行きました。

二人ともマドリッド育ち。

私は 10年も 山村のおばちゃんをしているし

かなり本格的登山ブーツを持っているので

さっさか 山を歩いていました。

でも だいたい 春夏秋の初めにしか じつは山に行ったことがなかった。

地面が 泥で ぬったりなっている。

こんなふうな季節は初めて。

マドリッ子の二人は普通のスニーカーだし

とくに 彼女 マルタは買ったばかりのピンクのリーボック。

汚れちゃうわ 

だいじょうぶ? なんて聞きながら

私は 本格的登山ブーツで さっさか歩いていたら

泥にはまってしまった。

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ほんとに自然というのは奥が深いですね。

ぬかるみにはまる

とはこういうことなんだね。

ではまった私を助けようとする 義弟。

そして 恋人マルタが冷静にすてきな記念写真を撮ってくれた。

義弟が 少なくとも 屍体が 二層この下にはあるね

と言っていた。

そうだ 山は 私たちを喰って成長してるのだ。

だから うつくしい。


土曜日は 山に薪を取りに行きます。





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by cazorla | 2014-10-31 01:20 | カソルラ | Trackback | Comments(0)

マジョルキン

スペインのゴミシステムは 大きなコンテナがあって そこに いつでもゴミを持っていける。
黄色が容器類 緑がガラス 青が紙 それから その他のゴミと 食用油 古着。

今日 ゴミ捨てに行ったら ちょっと 年上のセニョーラが ゴミのなかに棒をつっこんで 悪戦苦闘している。 
私もいちど ゴミ袋と一緒に手に持っていた鍵を捨てて 息子に頼んで撮ってもらったことがあるので そういうことかなっと思って 訊いてみた。 すると ゴミのなかに8部目入った香水の瓶があるのでそれを取りたいとのこと。 
あらあら と思ったが そうだ 『もったいない』ではないか とお手伝いした。 
私は基本的に 親切なのだ。
 棒と 厚紙を組み合わせて とってあげたらとても喜んでもらった。 

先日 リナレスの図書館でも 荷物を持ってあげた。
リナレスの図書館の建物はもともとスペイン銀行で 入り口は 五段くらいのはばのある階段がある。
 エレベーターはその上にある。 
だから 少し荷物が多いと その階段がなかなかややこしい。 
図書館の上は 市民カルチャーセンターで そこで 手仕事のクラスを持っている女性が クラスで使うものをたくさん運んでいた。 彼女は小柄だったので 階段でヒーフー言っていた。 だから エレベーターまで荷物を持って行ってあげた。
それで 手仕事のクラスに招待してくれた。 染め 織物 刺繍 いろんなことをしている。
そして その日はたまたまその方の誕生日で おいしいお菓子を持ってきていた。
おいしいお菓子は スペインの東にある島 真珠で有名なマジョルカのお菓子 エンサイマダ。
マジョルカ出身のご主人が作ってくれたのだそうだ。 
もともと お菓子屋さんをしていたのだが今は定年退職をして 奥様のためだけにお菓子を作る。
マジョルカ出身の人をマジョルキンと言う。 
ちなみにマドリッド出身はマドリレーニョ。
『私の主人はマジョルキンなのよ。
マジョルキンはね とぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおおおっても スィートなの。』
『あら いいですね。』
『あなたのご主人もマジョルキン?』
『いいえ マドリレーニョです。』
『あらあら どうしてマジョルキンと結婚しなかったの?』
『(苦笑)マジョルキンと知り合ったことがなくて』
『あらあら なんて運のわるいこと!』
『マドリッドですが スィートなんで。。。ボソボソ』
『でもね マジョルキンにはかなわないわ。
そりゃ スィィィィィートなんだから。
でも そうね マジョルキンと付き合ったことがないからわかんないわね。お気の毒ね。』
『ありがとうございます』(我ながらまぬけな応答)『
私は マジョルキンと結婚して とぉぉぉってもしあわせなの』

私は年上の 幸せな人たちと話すのが とても好きです。
時として かなり自己中心的ですが 幸せな あったかさが伝わってきます。

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by cazorla | 2014-10-30 03:11 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

広場の住人

昨日 母とシネマパラダイスを見た。 みんなが いい いいとか 泣いた・とか言ってた時は糞と思っていたけど 今は 素直にいい映画だと思う。ただの田舎の映画館の映写機の光が出て行く穴がライオンの立派な口で そういうところが やっぱりイタリアだな と思う。 そして 頭のちょっとおかしい浮浪者がいる広場。 これぞ ヨーロッパの というべきか 南欧のというべきか。 そういうちょっとおかしげな人のいるスペースがある。 そして 彼らをそっと支えている風景。

カソルラにももちろん ちょっと 変わった人たちがいる。

以前 いた ラタ (鼠)と呼ばれていたアル中。

本名は知らない。

鍛冶屋だったそうだ。

かなりアーティストな作品を作っていたので 酔っ払っていても いつも顧客がいた。

酔っ払って しばらく呂律が回らないときも みんな待っていた。

あいつの作るものがいいと。

ちょっとこまったさんなのは 私がひとりで歩いていると

ベジャ デ カソルラ  カソルラの美女

と叫ぶこと。

夫がおもしろがって プリンターにベジャデカソルラとヘッドに出るように設定してしまい 私は知らずに 学校に提出するレポートをプリントアウトしてしまった。

村人たちはケチで 畑でできたものを 私たちには 市場の倍の値段で売りつけようとするくせに ラタには優しくて いつもフルーツをあげていた。

でもとうとう 数年前の冬に凍死した。

寒くて 煽るように飲んでそのまま眠った。

それからしばらくすると 新しい広場の住民がやってきた。

どうやら 広場の定員は一人らしい。

不思議なことに。

そういえば ラタが来る前にも一人酔っ払いがいた。

でも 新しい住民は アル中ではない。

若い時に 母親に閉じ込められて 頭がおかしくなったのだと教えて貰った。

彼はいつもこぎれいにしている。

洗って アイロンをかけた ちゃんとした服を着ている。

村人が せっせと洗濯をして 持ってきてくれるのだそうだ。

ちょっと歩き方が変なのと よく独り言を言ってるだけで

そして 歩きながら すべての人に挨拶する。

それから 忘れてはいけない住人がいた。

ニョニョ。

ニョニョはアントニオの愛称。

トニョと呼ばれる方が普通だけど ちょっとこまったさんの時はニョニョ。

ニョニョは 私がここに住み始めた時は まだ働いていた。

鉄でできた廃物を回収する。

いつも リヤカーを引っ張って歩いていた。

3年前に退職した。

今は なにが入っているか知らないが 大きな袋を担いでいる。

そして 広場にいる。

かれは 寝る家はあるのだと思う。

だれとも それについて話したことがない。

でも いつも 広場にいて だれかをつかまえて 延々と話し続ける。

かなり なまりがひどいので よくわからない。

あれは なまりではなく かれの独特のアクセントだと村人が言う。

とってもふとっていて 顔もまんまるい。


そして みんな 名前がある。

フルネームは知らなくても 一人の個人として 彼らは存在する。


そして いなくなるときに 人々は涙する。

名前があるから そこには 物語がある。

物語のある世界に住む幸せ。

これが 村人の生活です。


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by cazorla | 2014-10-29 00:02 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

アルゼンチンの人気漫画 マファルダ。

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チビちゃんが パパに 『僕は 生まれた時からずっと ママのことしってるから 嫉妬してるんでしょ』
って言ってる。
子供時代 世界のすべてが 親の存在につながっていて これがすべてだった。
だから これがいちばんの関係。
いちばん大事な関係だと思っていた。
でも そうじゃないんだよね。
たいせつな人に出会う。

夫婦って 不思議。
他人なのに 人生の時間の大半を占めている。
でも こわれてしまうこともある。
子供との関係は 悪くなっても
なにがあっても 親子である
という事実は変わらない。

夫婦。

考えてみれば 20年になります。
先日 お会いした方に 何ヶ月続くか かけをしてみんな負けた
とおっしゃていました。

わからないものだ

とも。

こどもたちは 年を重ねるにつれて 理解不能になっていくけど
夫婦は わかりあえることが少しずつだけど 増えていくような気がします。

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by cazorla | 2014-10-27 22:49 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

子供部屋

 チェーホフの桜の園で 主人公が ああ これが子供部屋 という場面がある。

だれしも 帰る場所があるのは しあわせなことだ。

子供部屋

私の子供部屋はもうない。

母がここに来る時 家を処分した。

売るときは 母を連れてくることに夢中で

自分の子供部屋がなくなることを考えなかった。

私の子供部屋。

時々 目を閉じてそこにいる。

壁紙の模様をなぞる。

わたしの机。

わたしの本棚のことを考える。

娘が帰省していた。

昨年 娘は子供部屋を破壊した。

彼女は爆発し

額縁を叩き落とし

部屋中に ブラッシングスプレーを撒き散らした。

彼女はここを離れ

壁は新しく塗り直され

末っ子の個室になった。

サッカーチームのポスターが貼っている。

彼女はそこで眠った。

眠っている時そこには 彼女のおきにいりたちがもう一度 舞い戻っていたのだろうか。


失ってしまったもの。


うしなってしまったものはなんだったんだろう。



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by cazorla | 2014-10-27 18:14 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(2)

娘の帰省

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娘が帰ってきました。
ちょっとだけ おとなになって。
フルートの指使いは コンセルバトリーの上級生たちより
ずっといいけど
音のレベルが低いと

ママの言うとおりだったって。
今は四時間 練習してる 毎日。
そして 毎日 2時間走っている。

オランダ人の先生は きびしくて 
ママに似ている。
きびしくて オネスト。

走り続けるしかない。

末っ子はうれしくて 一緒に寝た。

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by cazorla | 2014-10-26 07:43 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(6)

前回の記事でも ちょっとだけ書いたが マドリッドの語学学校で働いていた時 夫はポーランド人の女の子に誘惑された。

授業中に パンティをチラッチラッと見せられたのだ。

夫いわく

そういうのには技術がいる。

いかにも アクシデントに見せかけながら

これは故意であるというのも同時に訴えかけなければならない。

そして その行為に美しさが伴わなければならない。

脚を組み替えるのだそうだ。

右から左。

左から右。

そして そのたびに 表情を伺うコケティッシュな上目遣い。

で そのあと 学校の出口で待っていたそうだ。

『私 その話 当時聞いてない。

ノルウェイ人のしか聞いてない。』

と言うと

『そうだっけ?』と 嘯く。

ちょっと 気持ちが動いたんでしょうね。

『ノルウェイ人はひどかったな。

技術も奥ゆかしさもなにもない。

展示会みたいな見せ方で

脚を組み替えるだろ? その時に

もしかして見てしまったかもしれない

と言う余韻が必要なんだよ。

それと ちょっと 嘲笑的微笑。』



私はしたことがない。

基本的にそういうことが この世で機能することさえ知らなかった。


イタリアの美術館に行った友人が 言う。

イタリアは美術館の管理をしている人まで とってもイタリアンでかわいい。

ミニスカートをはいていて 立ち上がるたびに スカートが上にいくので

それを おしりを軽く振りながら 整える。

そして 座るたびに軽く 脚を組む。

あの 各室の角で椅子に座っている人のことです。

日本の美術館で 毛布を膝にのせて 老眼をかけて本を読んでいたりする。

なるほど イタリアだ。

スペインの美術館には そういう人はいません。

どちらかというと日本に近いかも。

で 最近 ミニスカートを履くようになって 

必然的に 立ち上がった時 スカートを少し下げる動作をしなくてはならないということがわかった。

そういう 必然の中にある反日常的セクシュアルな行為。

私は あまりものにこだわらないので立ち上がるたびに 夫もしくは息子に

スカートと怒鳴られることになる。

そして 必然の中にある反日常的セクシュアルな行為をするのだ。


ポーランド人の行為も 脚が疲れたという前提を踏まえれば

やっぱり これは 必然の中にある反日常的行為ということになるのだろう。


つまるところ セクシュアリティが 下品にならないためには 前提が必要なのではないかという考察。


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by cazorla | 2014-10-25 22:50 | 夫のことば | Trackback | Comments(4)

女心

太宰が嫌いだという話を昨日書いた。

でも と 今日 考える。

もし 太宰が 一緒に死んでくれ と言ったら

私 あんまり死んだりするのは好みじゃないん

だけど

こわいし

でも 案外と あら いいわよ なんて言うかもしれない。

そう 軟弱者。

言ってることの矛盾がある。

確かに。

でも だからこその嫌悪感なのかもしれない。

きらいきらいも好きのうち。

昔の人はやはり深いと思う。

昔の男達は どんなに女に嫌いと言われても きらいきらいも好きのうちと言って

しつこくしつこく 通った。

案外と真実。

ただ とんちんかんにそう思って 大迷惑な人も存在する。

村上ラヂオに載った太宰のエピソード。

三島が太宰を嫌いで それを言いに行ったら

そうか でも 君はわざわざ会いに来てるんだから 好きなんだろう

と 言ったそうだ。

彼は きらいきらいも好きのうち をしっかり肉体の中の哲学にしている。

すごいものです。

昔は 本からではない 近所のジッちゃんとか家族とかから受け継いだしっかりした哲学があった。


夫と50階建マンションの話をした。

一番困るのは 窓掃除よね。あれは プロに頼まなきゃならないんでしょ?

と言うと スペイン人で それをしている人が居ると言う。

東京で 窓の掃除をして すごく 給料がいいから 空いた時間に アジア中旅行してるらしい。

うらやましそうだ。

高いところが大丈夫なら いい仕事だよね。

夫は高所恐怖症なのだ。


ミラン クンデラの 『存在の耐えられない軽さ』が大好きな私は言う。

『でも 窓の中から 誘惑されないわね。』

存在の耐えられない軽さの主人公 トーマスは 医者だったが 不適当な発言のため 仕事を失い窓掃除を始める。

チェコが共産主義の時代の話だ。


『あれは まったく非現実だよ。

窓を掃除しに来た男を主婦が誘惑なんかするわけないだろう』

『医者だったのよ。 で もしかしたら 昔から知っていて 憧れていたのかもしれない。

でも高嶺の花と諦めてたけど 窓の掃除をしてる。 チャンス!って。』

『ない。 ありえん。 イタリアの ソープオペラだ。』

『あなただって スペイン語のクラスでポーランド人のすっごい美人に

パンティ見せられて うはうはなったことあるじゃない?』

『それとこれは違う。窓掃除に来た人を誘惑するのはありえん』

『日本はほら コンドームとか 家に売りに来るじゃない? で

奥様 お試しになりますか?とか言うんだって。』

『ばかばかしすぎる。 それで はい 試しますって言うのか』

『すっごいハンサムだったら ありかもね』



女心はいろいろと複雑で 論理的にすっきりしているわけではない。

なかなか難しいです。


私自身 長年女をやってますが 未だに 自分の本心さえわからなくなる。

だから 男性諸氏が 色々悩んだりするのは当たり前。

やはり 嫌い嫌いも好きのうち を 座右の銘にするしかないですね。


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by cazorla | 2014-10-24 00:09 | 夫のことば | Trackback(1) | Comments(2)

太宰治の遺書が発表されたそうだ。

太宰が嫌いです。

歴史に残るほどの文豪かと 子供時代から 疑問を持っていた。

だいたい 太宰を喜んで読んでるタイプの文学青年が嫌いだ。

太宰の文庫本を持って スペインにバックパッカーで来るようなやつが嫌い。

駅で くらい顔で 太宰を読んでる。

旅をしていて 誰とも口をきかず たまに 行商のおばさんとわかった風な笑い声をあげる。

そのくせ ちょっと惑い気味の日本人の女の子が 何か訊いても知らん顔してる。

そういうタイプ。

さも旅慣れているように。

さもことばがわかったふうな。

女の子は ちょっと不安だったのだ。

乗るはずの電車が来ない。

スペイン語はほとんどわからない。

旅に来る前に 大急ぎで 覚えた幾つかのフレーズで宿を探している。

その程度。

駅の放送は 2ヶ月近い 旅の間に少しわかるようになった。

でも 今言ったことがよく聞き取れなかったので 太宰の本を持って 行商のおばちゃんと笑ってる男の子にきいたのだ。

その時 また 放送があった。 

自分の乗りたい電車の目的地の名前と30分ということば。

どうやら 30分遅れて 今 到着します と言ってる。

アンデン ウノ

走っていかなくちゃ。

女の子は 重い荷物を持って走った。

男の子はまだ行商のおばちゃんと笑っている。

どうやら 彼女の乗る電車に乗るのではなさそうだ。

電車が到着して やっと ほっとして 席についた。

もうすぐ 発車 というとき。

男の子が走ってきた。

じつは 彼も たいしてスペイン語ができない。

放送がわからなかったのだ。

わからないことを 小娘に知られたくなくて 冷たくあしらっただけ。


そう 彼は太宰を持っていた。

あれは25年前 スペインを旅行した時のこと。

これは 私の偏見です。

でもね 私は太宰が嫌いです。

桜桃を買って 愛人と食べる。

当時の桜桃は高かったと思う。

妻にお金の苦労させている。

子供達にも食べさせたいと 良心が痛む

妻の胸のくぼみを 涙の谷などと呼びながら。

痛むくらいなら 食べなきゃいい。

それはジレンマでさえない。

で 遺書には 本妻の美智子さんを一番愛してます

と書いてあったそうです。

で そんな遺書で 愛してると言われて 嬉しいのだろうか。

私だったら むしろ 怒り狂うと思う。


というわけで 私は太宰が嫌いです。

太宰と志賀直哉が嫌いだと 子供時代 学校の国語の時間がつらかった。

国語の教師に君は文学がわかっていないと言われた。

たぶんそうなんだと思います。

ただ 太宰は 男として嫌い。

たんに 好きなタイプ嫌いなタイプの話なので 太宰好きの皆様 怒らないでくださいね。




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by cazorla | 2014-10-23 09:16 | 思うこと | Trackback | Comments(5)

ちょっと 過ぎてしまいましたが
書き忘れていたので。
夏休みのキャンプの話です。
今年 末っ子が サッカーのキャンプ 2週間 参加しました。
長男はレアルマドリッド主催のキャンプに4年前 参加しました。
ワールドカップの年。
スペイン優勝をみんなで祝えて そういう意味では良い思い出に
なったのですが コーチが女の子で 食べ物が信じられないくらいまずかったそうで
末っ子には勧めませんでした。
末っ子が選んだのは 


REAL FEDERACIÓN ESPAÑOLA DE FÚTBOL

スペイン代表チーム運営のキャンプ。
値段もレアルマドリッドより安かった。
お土産で レアルマドリッドは リュックとユニフォームをもらったんだけど
ユニフォームは ほんとのあのユニフォームではなく
おまけに メーカーもどこだかわからない粗悪品。
それに比べて スペイン代表チームのほうは ちゃんとアディダスのを 2セット。
育ち盛りだから 今丁度良いサイズと もうひとまわり大きいもの。
そして ワーナーブロスの遊園地とアクアポリスのプール。
もちろん 宿舎もプール付き。
国営だから 広々としてるし
練習も人工芝ではなく 自然のやわらかい芝生で。
ごはんもおいしかったそうです。
三食とおやつつき。
だから お小遣いは ほとんど必要ないと思って (そして実際必要なかった。) 100ユーロ。
ちゃんと 50ユーロは使わないで持って帰ってきました。
でも インドの大使の息子さんは 1000ユーロ!!
マハラジャだ。
でも さすが インドの方 レアルマドリッドより こちらのほうが良いとご存知だったんですね。
スイスを始め 北ヨーロッパの子供たちの参加もあったそうです。

詳しくは ホームページ

息子は 来年も行きたいそうです。
がんばって コンセルバトリーの奨学金もらったら行ってもいいよって言ったら
一所懸命 ビオラを練習しています。


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by cazorla | 2014-10-21 23:53 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)