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心に住む蟋蟀 

母の家で映画を見る。

たいていは日本の監督とか 日本にかかわっているもの。

図書館で借りてくる。

おかげで 小津映画などをたくさん見た。


たいていが 第二次世界大戦がらみで その知識も増える。

一昨日 戦場のメリークリスマス。 これは 23歳の時見た。

昨日は ラストエンペラー。 これは 20代後半。

別に 坂本龍一特集ではない。

今 母親なるものになって見ると 子供としての問題が切実に感じる。


溥儀が 刑を終えて 庭師として人生の再出発をする。

57歳のとき。

そして 死んでいく 1967年に 紫禁城を訪れ 

玉座の後ろに隠した 缶から蟋蟀を取り出す。

こおろぎ


皇帝として 半生を送った人が つみびととなる。

普通の人以上の生活の転換。

狂う人も多い。

スタンリーの息子は トイレをよごすなと言われ

刑務所で 自殺した。


チェーフォフの『桜の園』が好きだ。

なんども書く。


『ここが 私の子供部屋』


主人公 ラネーフスカヤは すべてを失う日に 家を訪れ思い出にふけり

そして 新しい人生へ 出発する。


『ここで ばあやが本を読んでくれた』


大人になって 心をささえてくれる子供時代。 (ニニェス niñez)

それは 意外と シンプルでささやかなものかもしれない。


人間って そんなに変わらないものなのだと思う。

私の子供時代。

沈丁花の木の下でおしっこをするのが好きな子供だった。

沈丁花の花の咲いている時は特に その匂いをかぎながら。

私の体の一部が 大地に吸い込まれていく。

『わたし』とよばれるものの中に存在し 

『わたし』とよぶときに その総合体の一部として存在していたものが

大地の一部になっていく。

地球の一部になり 今では 地球とよばれる総体の一部に化していく。

そういうことをぼんやりと考える子供だった。

今も変わらない。


そういう考えること

考えて考えて ぐるぐると頭をしぼっていること

が 私を支えているのだと思う。


こおろぎを 愛した溥儀が 庭師となって人生を全うするのは

だから 自然のことなのだ。



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こういう記事みつけました。

蟋蟀をこうやって飼うのが中国の習慣なんですね。

蟋蟀とラストエンペラー


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by cazorla | 2014-12-31 04:42 | 思うこと | Trackback | Comments(12)

今年もお茶が送られてきました。
ありがとうございます。
去年のお茶缶と一緒に。

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おいしいお茶で年の暮れを書いてから 一年 たったのですね。
もしかして 今年も と 密かに期待していました。
期待していると 思ってるほど美味しくない場合があります。
でも 今年のお茶は去年よりおいしかった。
生き物ですから やはり 年によって味に違いがあるのでしょう。
甘さがあって ほんとに良いお茶でした。
この甘さは どんなお茶にも砂糖をいれまくりのスペイン人にはわからない味だと
母と意気投合しながらいただきました。


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お茶受けは 白豆の甘煮とマンテカード というスペインのクリスマスのお菓子。
マンテカード まさしく 月餅です。
パールバックの『大地』を読むと 月餅の作り方が出てくるのですが
まさしく 同じ。

ブラマンジュ ってフランスの白いお菓子がありますよね。
スペインでは マンハール ブランコ。
意味は同じ。白いおいしいもの。
これも 杏仁豆腐。
もともとはアーモンドのジュース 白い液体で作っていた。

中国三千年の歴史は ヨーロッパのお菓子の歴史を支配する。

でも お茶を世界で一番たくさん飲むのは日本人ではないでしょうか。
お茶の習慣は すたれることなくずうっと続く。

美味しい紅茶が飲めるのも イギリス インドの次くらいに 日本ではないかと思います。
スペインでは なかなかおいしいお茶がいただけないので
先日 ミンスミートパイ を頂いた時に イギリス人婦人に 教えてもらいました。



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カレフールに売っているというので 早速買いに行きました。
なんども カレフールでは 探してるのに これが 紅茶だとは気づかなかった。
おいしいです。

松のことは松に訊け ですね。
って このことば こういう風につかうのではなかった?



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by cazorla | 2014-12-29 04:41 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(2)

マドリッドのプラド美術館にある一昨。
ヒエロニムス ボスの作品。
15世紀の画家の作品が新しく感じる。
音楽もそうです。
ラストデイって 映画が 15世紀の音楽で始まるのだけど。

この作品は テーブルでしちゃいけないことを あらわしているそうです。
gula
テーブルでの原罪。
こういうのも原罪って呼ぶのかと。


Hieronymus Bosch 094
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by cazorla | 2014-12-28 20:30 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

クリスマスメッセージ

だれが クリスマスのメッセージを 『発明』したか
という 記事が スペインの新聞に出ていた。
最近 クリスマスがらみの記事が多いスペインの新聞。
クリスマスだから 事件も少なくて なにか書かなくちゃいけないのかな
って想像してます。
クリスマスは みんな 心穏やかで幸せ。
家族のおつきあいで 大変な人もいるかもしれませんが。
もちろん。
ま だれがなんと言おうと いいか と
リラックスすれば 楽しくなる なんて 他人事だから言えるのですね。
おつかれさま。

で だれがクリスマスのメッセージを発明したか。

最初のクリスマスメッセージは ジョージVだそうです。
BBCの設立者 ジョン レイスのアイデアだった。
キプリングが 草稿し エリザベス女王の祖父にあたるジョージVが読み上げた。

I speak now from my home and from my heart to you all. To men and women so cut off by the snows, the deserts or the seas, that only voices out of the air can reach them; to those cut off from fuller life by blindness, sickness or infirmity; and to those who are celebrating this day with their children and their grandchildren; to all, to each, I wish a happy Christmas. God bless you.


キプリングが書いた というのが 歴史的にも意味があるのだなと思いました。
キプリングといえば ジャングルブック。
ジャングルブックは ヒッピーたちの聖書みたいなもの。

ジャングルブックを読みながら インドに来た夫は その流れで日本にたどり着き
私と結婚してしまった。

そういう意味でもキプリングはなかなか歴史的に意味があるわけです。 笑


こちらは 最初のクリスマスメッセージのテレビ放映
1957年




ちなみに 天皇陛下の新年参賀は 昭和23年に始まったそうです。


スペインでももちろん国王が挨拶してるらしいですが
テレビを持ってないので 聞いたことはありません。
でも 国王と女王の写真は 学校で 各教室に飾られてます。
でも いまだに 前国王。






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by cazorla | 2014-12-28 20:04 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(0)

心を温めるクリスマス

 世界で初めてのクリスマスカードは 1843年 ヘンリー コールって人が最初に作ったんだって

と 夫が言う。
クリスマス慣例 食事のあとの暖炉で シャンパンではなく
シードラとクリスマスのお菓子を食べながらのひと時。

だって それまでだって カードもどきはあったでしょうと思ったら
つまり クリスマスカードを作って商品化したということらしい。

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イギリスの良き時代という感じがする。
世界初なんて言うとついつい 国粋主義者としては 年賀状なんて 大化の改新のころからだ
とか 言いそうになる。
日本の年賀状は どんなふうに発展して行ったのだろう。
木版画の国である。
江戸時代に それらしきものが 刷られていたということはないのだろうか。
日本の郵政がはじまったのは 1870年。

クリスマスはなんとなく好きだ。
人々が幸せそうで。
うちだは特にクリスマスを祝っていたわけではない。
冬休みが始まってでれっとしていた。
お正月の用意で忙しくしていた。
といっても そんなにお付き合いがあるわけでもなかったので
たいしたことはなかったのだと思うけれど。
父が毎年 お菓子のたくさん入った赤いブーツを買ってきてくれていた。
私は 塩辛の好きな子供であったので お菓子はとくに好きではなかった。
それでも 赤いブーツはとてもすてきだった。
そして 中身のお菓子はくいしんぼの母のお腹におさまった。
父も特に甘いものが好きだったわけではない。
結局 この象徴的なクリスマスが 私たちの心をあったかくしてくれるのだ。

父は 私生児として生まれた。
そのあとで 何度か 養子に出されている。
スペインに母を連れてくるとき ビザ申請に戸籍を翻訳するために
戸籍を見て こんなにややこしい人生を背負っていたのかと思った。
戦争にも行き その後 戦後のことだけれど 二年間 中国に拉致されている。
そういう人が 子供を持って 毎年 クリスマスにお菓子の入った赤いブーツを買ってくる。

それは なんとなく 切ないできごとのように思われる。

私のような娘でも
娘がいて
そして 孫がいて よかったと思って 死んでいってくれてたらいいなと思う。

メリークリスマス


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by cazorla | 2014-12-26 04:06 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(6)

24日の夜は ノーチェ ブエナ 良い夜 と呼びます。
ちなみに大晦日は ノーチェ ヴィエハ 古い夜。

今日は息子とケーキ作りました。

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息子の作った家。

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母、 私です、の作ったブッシュドノエル。
ヘタレてますがおいしかったです。
飾り付けに やる気のなさが伺えます。
だって あっという間に 消えちゃうんだもの。
息子たちがあっという間に食べる。

クリスマス お菓子つくり。

明日は マサパン。 いわゆるマジパン。

マサパン スペインのマジパン

24日に生まれたキリストを訪ねて 三賢人が 一月六日に
贈り物を持ってやってくる。
マサパンのあとは ロスコン作ります。

この記事みたいな やる気満々の飾り付けにはなりません。
もちろん。
でも 味は最高
と 言っておきます。 笑



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by cazorla | 2014-12-25 05:19 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(3)

クリスマスが好きだった。
クリスマスという 事実であり 慣習であり 歴史的なイベントであり 流行であり
ありとあらゆるクリスマスにかかわるものが好きだった。

小学校の時 クリスマスケーキが 配られていた。
昭和四十年代のことだ。
クリームでバラの花を作ったとても甘いケーキ。
小さい時から甘い物があまり好きではなかった。
だから特別な気持ちはわかなかった。
あとで キリスト教系の学校を出た友人が 公立の学校でクリスマスケーキをもらってたの?
と びっくりしていた。
だからそれはかなり特別なことだったようだ。
近所にある長寿パンというパン屋さんがプレゼントしてくれていた。
パン屋さんは 韓国人だった。
たぶん クリスマスケーキをプレゼントするということに
ある種の意味が 含まれていたのだろう。
今は 北朝鮮にいる。

ふと カポーティのクリスマスの思い出を 思う。
毎年 クリスマスには必ず読む本だ。


40年前からシュトーレンを焼いている。
40年前などというと 若い人にびっくりされる。
そんな昔からですか? って。
そう もっと昔から シュトーレンは 焼かれていたのですよ。

私のレシピは ドレスデンのシュトーレン。
でも 40年の間に少しずつ 私の好みに変わっていったかもしれない。
これが カポーティの話に出てくるケーキに似ているような気がする。
5年前にドイツ人宅で一緒に作ったシュトーレンより ずっとおいしいと
ひそかに思っている。

そして 現在 ブッシュドノエル 製作中。

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クリスマスは
マッチ売りの少女 のことも思い出す。
マッチ売りの少女の 死ぬ瞬間の幸せな気持ちを 思う。

メリークリスマス


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by cazorla | 2014-12-25 01:34 | お気に入りのもの | Trackback | Comments(0)

ラ・マンチャからハエンに入ると がらっと 風景が変わる。
あの 風車小屋と乾燥した風景から どこまでも続く オリーブ。


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オリーブの収穫は だいたい11月から2月くらい。
平らなところばかりではなく 斜面にも植えているので
雨で地面がぬれているとうまくとれない。
だから 晴れた日だけの仕事。
今は 機械化が進んだらしいが 広大で平坦な畑でないと あいかわらず
昔と同じ 手作業になる。
だから 雨がふらなければ クリスマスもお正月も イブと大晦日以外は働いている。



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長い棒で オリーブの木を叩いて 落ちてきた実を女性が集める。
夫も カソルラに引っ越してきた最初の年は ここで働いた。
一緒に働き 一緒にお弁当を食べて
新しい住民として 受け入れられた。

ちなみに 私は ある時 お金がほんとになくて
そんな 月のおわりに 子供のお誕生会。
プレゼントはどうしよう と思ったら つけにしてくれて
『あなたも つけをして やっと ここの住民ね』
と言われた。

そうやって 少しずつ 社会の一員になっていく。





Andaluces de Jaén - Paco Ibañez.オリーブ畑の歌。


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by cazorla | 2014-12-24 00:12 | カソルラ | Trackback | Comments(0)

息子たちが映画を見ている間 ウベダの散歩。


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空は青いです。

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メランコリー通り。


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ウベダ コンセルバトリーの日時計

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最近はクリスマスツリーはこういうのになってます。
昔 木を持ってきて サント アントンの日に燃やしていた。
あの頃がなつかしい。

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オスピタル デ サンティアゴ のパティオ・
たまにここでコンサート。




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by cazorla | 2014-12-23 04:36 | アンダルシア | Trackback | Comments(6)

同性愛 スペインの場合

カソルラは 人口8000人の村です。
オリーブ畑に囲まれて オリーブ農業のオリーブ工業 そして観光が主な産業。
人口比だは比較的老人が多いと思う。
そこに 15組の同性の夫婦が住んでいる。
正式な夫婦 15組。
恋人同士で同棲しているカップルや 一緒に住んでいないけど 付き合ってるカップルもいる。
スペインは 2005年に同性の結婚を法制化した。
デンマークが最初の国と言われているが それは 法的カップルとして受理しただけで
『夫婦』というカテゴリーになったのはスペインが最初の国だそうです。
カトリックの国だから 反対も多かったのでは と思う人もいると思うが
ほぼ まったくデモは 起きなかった。
意外にも フランスのほうが 激しかったらしい。



スペインで あまり起きなかったのは あの保守的なうちの夫さえも
スペイン女性と結婚したら大変だから ホモになる気持ちはよくわかる
という 見解のせいかもしれない。

それに カトリックでは ホモセクシュアリティーを禁止しているのではなく
その行為を禁止しているだけだそうです。
そのあたりって けっこう微妙だと思うけど。
たとえば イギリスは かなり 最近まで 同性愛を法的に禁止していた。
1952年 数学者の アラン チューニング が 逮捕されている。
スペインでは アラン チューニングを歌った歌があります。



スペインの中学は四年制なんですが (高校は2年) 三年と四年で 市民教育という授業があります。

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ホモセクシュアリティーについても習う。
それが一つの愛の形であるというようなこと。
でも あまり教え方がうまくない というのが私の見解で
テストでどう答えれば点がとれるか わかってるから
政治的に正しい答えを書くけど 実質的に認識できるかどうか疑問。
うちの娘は四年前にこの教科を学んでいたけど 
『おっさん 二人が絡み合ってるところを想像すると気持ち悪い』と言う。
そういう考え方はいけません というのが 先生の答えだったらしい。
私が
『でぶのおっさんとおばさんが絡み合ってるところを想像してみたら?』
というと
『なるほど 同様 気持ち悪い』
と 納得した。
人間が美しい のではなく 美しい人間がいる が正しいのだと思う。

日本はどうなんでしょう。
私の住んでいた 東中野のアパートには 同性愛のカップルが住んでいた。
大家さんは 仲良しの友達同士と思っていたが 住民はみんな知っていた。
だから 日本はそういうことに寛大なんだと思っていた。
歴史的にも そういう文学が残っていたりする。
少なくとも 『禁止』になったことはない。

思うのだけど 同性愛のカップルがどうどうと存在するようになったほうが
『不幸な女性』も減ると思う。     
もしくは 『不幸な男性』も。
以前  人生はおとぎ話に似ている で 長いあいだ 妻とあまりしっくりいかなかず
離婚したあと 自分が同性愛であることに気づき 男性と同棲を始めた人のことを書いた。
その時 妻も すでに 50歳。
彼女だって ずっと なぜか 愛されていない気持ち を引きずっていたと思う。
もう一人 知人が 大学時代 同性愛をカミングアウトしたにもかかわらず その後女性と結婚。
なんとなく うまくいかず 子供達が大学に入ったのを機に離婚して男性と結婚した。

結婚して 夫に愛されていないと感じる場合
もしかしたら その多くは夫が女を愛せないタイプというのが原因かもしれない。

仏教の教えは あるがまま。
あるがままの自分に素直に生きて行く というのが
正しい選択なのではないかと思います。




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by cazorla | 2014-12-21 19:32 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)