フランス男 シャンソン

地中海ではない海。
北の湖。
アンダイエのほうの海岸は 小ぶりなホテルと住宅地。
お向かいのオルダリビアのほうを見ると高層の(と言っても アンダイエに比べてということだが)
ホテルが並んでいる。
このあとで お伺いする ピアノの先生の家を探すのにけっこう苦労した。
というのは ただひたすら一軒家が繋がっていて
目的になるような建物もなにもないから。

そのせいもあって このビーチは とてもファミリアな雰囲気。
トップレスもヌーディストもいない。

そして フランスである。

国境を越えただけだから 100パーセントのフランスとも言えないのかもしれないが。

隣にいた カップル。
まったく 美しくないカップル。
男性は金髪で白っぽく そして太っている。
その男性が 彼女の髪をそっと 愛撫しながら
ささやくように シャンソンを歌う。

シャンソンが大好きで 銀巴里に通っていた私がうっとりするようなシャンソン。

おもわず そちらを見ると
彼が軽くウィンクをしてくださった。
聞いていることは 承知の上。
なんて フランス男なんだろう。

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ここでただ一人のトップレス。


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息子。 
こいつと二人旅でした。



タクシーの運転手さんが アフロ系のハンサムで
にこにこしていて 楽しかった。
料金もおまけしてくれた。
アンダイエの人たちは みんな やたらにこにこして 
道で会うと みんな 挨拶してくれて
小さな男の子は 走ってきて 目をきらきらさせて
ボンジュールと 言って
恥ずかしそうに 去って行った。





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by cazorla | 2015-06-30 07:40 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

国境の北

長男のピアノレッスンのために 二泊の旅行。
スペイン国境の北
アンダイエ 
スペイン語では エンダヤ
フランスである。
国境
日本に住んでいると ほぼ 考えない。
県境とは わけが違う。
そこを越えたら 言語が変わる。
そして 生活も 色も 空気も。
そこは フランスなのだ。





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国境の町だけ見て フランスを語ることはできないけれど
とても 質素な感じがした。
ここは 知性を感じる質素 と言えばいいか
生活を大事にしている人たちが醸し出す 質素なものたちから出てくる美しさ。

アンダルシアに住んでいると やたらと ワシだとか ざくろとかの
シンボリックなオブジェが 家の入り口に置いてある。
そういうものがない。
息子が (彼は16歳だ)言う。
『だって フランスは 共和国だもの。」
貴族の首を切った国と切らなかった国の違い。
政治が風景までも変える。
そういうことが 政治的な見地から 軽く分析できるようになった息子に感心する。


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浮浪者のような人が近づいてきた。
私は わからなかったので フランス語はできませんと答えていると
息子が 答えていた。
けっこう 感動していると
ママ たばこちょうだいって言うから 僕たちは 吸いませんって答えただけだよ
と 笑っている。

長男との二人旅は 初めて。
娘とは たまに出かける。
末っ子とも出かけたことがある。
長男を改めと知る旅であった。

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境界に足を置く。
二つの国をまたにかける男。




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by cazorla | 2015-06-28 07:15 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(11)

コルドバで 勉強してる娘が夏休みで帰ってきた。
犬さんを連れて。
その犬って 一緒に住んでる ダミアンのではなかったの?
でも まあ 想像してました。
しょっちゅう Facebookに写真を載せてるし。
チワワと アンダルシアなんたらという種の雑種。
私は思わず げっ 醜いやん と心ないことを言ってしまいました。

母は昭和2年生まれ。
ちょうど 娘くらいの時は 戦争が終わりつつある時期。
そういうときに 雑種の犬と仲良しになっていた。
うちでは 兄(私の叔父)が 雑種を好きではなかったので
飼うことができず それで町をうろうろして 
毎日 母が お風呂を沸かすときに来ていた。
昔のお風呂は 母屋からちょっと遠くにある。
そして 戦時中は薪の質が良くないので ずっと火の番をしていなければならない。
ハンカチーフで 髪を束ねた母の背中にそっと寄り添う その犬の写真が一枚だけ残っている。
名前をマリと言う。
その犬の眼差しに 娘の犬は生き写し。

だからか 母は一目見るなり
なんてかわいいの
と うっとりした。
娘は勝ち誇ったように 
『ほらね ミカンはかわいいのよ』 と言う。
そう ミカンというのが この犬の名前。
mikan。
娘はアレルギーがあったので 主なる食べ物は 母乳だった。
でも 2歳のときに私が妊娠したので授乳し続けることが困難になった。
娘は苦しんで おっぱいが恋しくなるとミカンを狂ったように食べた。
娘は ことばの遅い子供であったので
みかんとすらすらとは言わず 『み』と『ぴ』の間の音を強く発音し
ピッカンと聞こえた。
一度に五つも六つも食べた。
みかんが 母乳の代わりになるのかどうか
その形が おっぱいの形に似ているからなのかどうか
口の悪い友人は 私のが小さいので 同じ形のものだと思っているのだと言う。
息子は ごく自然に 母乳をやめると同時に牛乳を飲み始めたが
娘は 牛の乳は アレルギーだったこともあって みかんになったのかもしれない。

みかんは 失った愛を取り戻すおまじないにも似ている。



そして 今日は 母の誕生日。
娘と息子二人 そして ミカンと お祝いをした。
88歳 米寿です。



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少し小さくなった母。






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by cazorla | 2015-06-21 02:15 | 思い出 | Trackback | Comments(14)

母のパスポート更新に マドリッドに行ってきました。
日帰り。
列車に乗るまでが 80Kmあるので 山の村に住んでると 大変ですが
母をひとりで置いていくわけにも 今はいかないので。

久しぶりのマドリッド。
前回行った時は 地下鉄工事で ややこしかったので
すっかり 今回は 地下鉄駅を忘れていて
まちがった線を選んでしまいました。
ベラスケスで降りようと思っていたら
ベラスケスのない線で ゴヤでもいいや と
ゴヤでおりたら けっこう 大使館まで遠かった。
ベラスケスとゴヤ
しゃれでいってるわけでもないのですが
ベラスケス通りの次がゴヤ通りなんです。
でも スペイン (だけでは なく他の国も)の住所は 通りの名前と番号
だから 同じ通りでも 一番と100番では まったく違う場所になってしまうのです。

そういうわけで ゴヤで降りて 歩いてみると けっこう遠くて
だいじょうぶか
と思っていると
むこうに 日本の旗。
人生の中で こんなに日本の旗が美しいと思ったことはありません。
(ほんとに 笑)
アメリカ大使館が この15年くらいの間に変わってました。
以前は かなりきれいな女の子二人が ガードマンとして 建物の前に立っていたのに
今は 屈強な兵隊にも見える 大きな男性が 数人 睨みを利かしていました。
15年前にも ちょっとこのあたりで不安になって かなりきれいなガードウーマンに
日本大使館は この先ですかと訊いたのです。
すると そんなものない と 断言された。 笑
『 あ でも あのあの(とおそるおそる) この セラーノ通り 109番なんだけどぅ』
と言うと
100以上の数字は ない とまたまた 断言されてしまった。

9年前に来た時は 母といっしょ。
母と スエーデンのかわいい文房具 を買ったのでした。
それから グラン ビアで 日本食を一緒に食べたり。
あの時はいっぱい 一緒に歩いたね。

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懐かしいね。
ママと一緒に歩いた道。

☆ 外国に住んでいると もうどこにも行かなくても 身分証更新のために パスポートが必要です。
  パスポートは 基本 本人の申し込みで発行されるものなので 代理人が申し込む場合は 委任状と
  医師に書いてもらった大使館に行けないという証明が必要になります。


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by cazorla | 2015-06-20 10:12 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(4)

母のことを書いてから。

母のこと
書いたことで気持ちが すっきりしたのか
不思議に 書いた後 母の状態がよくなりました。
読んでくださった方 コメントをくださった方 どうもありがとうございます。

ご飯を作らなくなっていた母が 料理を始めました。
食べたいものを作って食べる というのは人間の基本だと思います。
それが一番の幸せ。
私も 腎臓を悪くして 十代のときに かなり長い間 病院生活を送っていたのですが
与えられたものを食べるだけの生活って
手足をもぎ取られたような 感じがします。
はたから見れば それは楽チンな生活だとしても。

老人ホームの 一番 困った点は 自分で作ったご飯が食べられないこと。
十代で入院してる時 癌の患者さんで 髪の毛も無くなった 40代の女性が
なにがつらいって 自分で作ったものが 食べられないことよ
髪の毛ないのは 悲しいけど 一つだけ 願いが叶うなら
自分で作ったものを 食べたいなー
いつか ここを出て 食べられるかなー
と言っていました。
そういうものなのかな 
確かに私自身は 母の作ったものがいいな とは思っていたけれど。

台所に立つ
というのは 長いこと 専業主婦をしていた人の 存在理由みたいなものなのかもしれません。

だから 母は 私の作ったものを食べていても
実は その多くは母から受け継いだ味であっても
やはり 自分で作ったものを 食べる
そのことで 自分の存在理由を確認しているのかもしれません。

そして いまは また ご飯を作って
一皿だけ 私の持って行ったものを付け加えて
満足して 生活しています。

私もまた むりせず こんなに一所懸命やってるんだ なんて
思わないで ゆったりと できることを 
自分がしたいからする
という スタンスで 接していこうと思います。

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スペインに来る前に 母はパスポートを作りました。
母は5年のでいいと言ったのですが もちろん 更新がめんどうなんで 10年にしました。
7月5日までに更新です。
ああ もう 10年も経ってしまったんだなと 感慨しきり。
今回も 領事から 10年のでよいですね と確認の電話がありました。
もちろん 10年でお願いします。
そして 次回も 10年。

次の水曜日にマドリッドに行きます。
母のパスポートの更新のために。



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by cazorla | 2015-06-13 23:08 | 思うこと | Trackback | Comments(10)

母のこと









気持ちには暗い部分がある。
だれでも 心のなかに なにか 暗い 人には見せない部分がある。

レーナルドの朝を書いた精神科医のサックス先生は 精神を病んでしまっても
上品な人は 上品なまま
本をたくさん読んでいる人は そういう知的なところを残したまま
心の優しい人は やさしいまま
精神を病んだ人になる と書いていた。
それは 認知症でも 多分同じなのだろう。

母が少しおかしい。
もうすぐ 88歳になる。
米寿だ。
88歳になって 一番の心配は オムツをつけなければならないのではないか ということ。
夜中に何度も起きる という。
ぜったい ベッドを汚したくない。
汚したらもうおしまいだと思っている。
医者は そういうのは この歳では普通なので 寝るときだけ おむつをつけて 熟睡したら
と 言うのだが
それは 彼女の選択肢にはない。


そして 母の思考は うちへ 内へ
さまよっている。
体が少し小さくなった。
背中が少し曲がってきた。

そういうことが母を苦しめる。

体が曲がったことが つらいらしい。




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わたしのせいだと 罵られた。
私が もっと せっせと 外に連れ出したら 体は曲がらなかったと。
出かけようと言っても なかなか 出かけたがらなかったくせに。
そして 去年は 長女が なかなか 大変なときで
家庭内暴力なんていう域には達してないから
大変のうちには はいらないのかもしれないが
それでも 受験にこぎつけさせること そして
彼女もまた 私をののしっていた。
わたしのせいで 音大にしかいけない
ほかの選択肢を 取り去ってしまったと
だから 気力がなかった たしかに。
それは 母もわかっていたはず。

最近 弱っていて 料理を作らない
てきとうなものを食べているようなので
毎日 ご飯を作って持っていく。
しいたけを煮て
卵焼きを作って
母にだけの特別メニューで作って持っていく。
それでも 味付けが甘すぎる
からすぎる
物足りない
などなど 毎日 おいしくないけど 無理して食べた
と言われながら

そうやって否定されていると
なんとなく 力が 尽きてくる。

いらついてるのだ
死ぬことがこわいのかもしれない。

わかっていても 
私も生身だから
気持ちが 下に下にと行ってしまう。

たしかに スペインに連れてきたのは無謀だったかもしれない。
でも ほかの選択肢があっただろうか。
もし 今 母が日本の家で弱っていて
私はすぐに 帰国できるだろうか
私だって 日本に実家があって
たまに 帰国するという ガス抜きがあれば それは
それで ゆったりできる。
ものすごく下世話なレベルでは
日本の風呂に入れる そんなことを考える。
今は 8年帰国してない。
だけど 母と一緒にいたいと思った。
母もそうだと信じていた。

母が ベッドのスプリングがよくなくて 体が痛いと言っていた。
だから 新しいマットを買った。
マットを持ってきてもらうのに 数日かかった。
その間に 母は すこしまた 混乱して
新しいマットが来て 古いマットを捨てるときに
母も一緒に捨てられるのだと 勘違いしてしまった。
そんなわけ ないのに。
あるはずもない できごとを想定して 彼女は混乱し
悲しみ 恐怖のなかにいる。

そういう状態が ずっとつづくわけではなく
少しすると 普通に普通の考え方ができるようになる。
ふつうに生活し
本を読み
そして 私をののしらない。

姑だったら どうなんだろう。
母だから 私は苦しむ。

明日は良い日でありますように。

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by cazorla | 2015-06-11 05:14 | しょうもないこと | Trackback | Comments(26)

寂れた美容院


カソルラの旧市街地から離れると 少し寂しい地域になる。




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もともと城下の外は 今でこそ市内だが
工場地帯だった。
オリーブの工場あとや 小麦粉の工場あとが並ぶ。


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バブルの時代に ピソが立つ予定もあったのだろうが
売りそびれて
いや もっと値段があがると思っていたのだろう
売り渋っているうちに バブルがはじけた。
カソルラは こんな田舎のくせに 県庁所在地より 家の値段が高い。




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そして 寂れた地域に忘れ去られたような 美容院がある。
自宅兼用かもしれない。
どちらにしても 賃貸ではないので テナントにお金を出す必要もなく
多分 固定資産税も低いので
そこそこ やっていけるのだ。
顧客もオーナーも かなりの歳で
どちらが 先に逝くかわからない。

ここは一応 看板というか
日よけに 店の名前がある。
たまに 店の名前さえのせない 自宅解放の美容院もある。
もぐりで 税金を払わない。
そのくせ 村人たちは どこに美容院があるかよく知っている。



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by cazorla | 2015-06-09 18:37 | カソルラ | Trackback | Comments(0)

ここは 我が家から離れているので 
いつか写真を撮ろうと思いながら
やっと 昨日足を伸ばして撮ってきた。
いつも病院に行く車の中から
あれはすごい と話していた。
初めて見たのは いつだったか。
まだ 自転車は 4台くらい。
見るたびに増える。
昨日 歩いて行って 近くで見て こんなにある と。


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煙突にも。



100台に達したら いいことがある とか。。。
アメリカの部屋を作り続ける呪いの家を思わず思い出す。
自転車を くっつけ続けなければ 災いが起きるぞーと言われたとか

だれの家なんだろう。
だれも話題にしてないけど。
この家
自転車がなかったら それはそれですてきな家なのに。

カソルラの三大なぞのひとつ。 (後の二つはまだ 知りません。 笑)



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by cazorla | 2015-06-08 15:43 | カソルラ | Trackback | Comments(8)

今日はお祭り

corpus cristi

今日 6月7日 日曜日は カソルラはお祭り。
キリストの肉体の日。
血の日がワイン
肉体の日は パン
オスティアと言われるパンを食す日です。

村のお祭りですから 村人たちが 村中を 飾り立てます。
特に メルセリア いわゆる手芸用品と下着を売っているお店のホセは
お祭りが近づくと 飾りのデザインと部品集めに明け暮れます。

ほんとうにお疲れ様。

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床には 切りたてのローズマリー (ロメロ)がばらまかれているので
とてもいい匂い。
リラックス効果もあると思います。 
ローズマリーは山に行けば この時期いくらでも採れるのです。

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ホセの家の物置は お飾りのための像やら造花やら 壺などが
いっぱいしまわれています。


ラテン語のcorupus が スペイン語のcuerpoになったんですね。








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by cazorla | 2015-06-07 19:22 | カソルラ | Trackback | Comments(4)

ラテン語の誘い

コンセルバトリオの音楽の歴史の試験 金曜日に終わりました。
この教科は今年始まって あと二年。
今年は 古代ギリシャからルネッサンスまで
で ひたすら タイトルがラテン語なんで 丸暗記 丸暗記。
最初は それが苦痛だったんだけど 丸暗記しているうちに ラテン語に愛着が湧いてきた。

なんとなく意味がわかるような気がしてきて。
たとえば スペインのルネッサンス時代のクリストバル モラレスが
カルロスVとフランシスコ I が 和解したときに作った作品。

Jubirate Deo Omunis Terra

スペイン語のjubirarは定年退職する。
で 最近は 神とか omunisが みんな とか そういうのは
何回も出てるので 覚えて
これは きっと
神さま もう あなたは 定年退職してもいいよ ぼくたち仲直りしちゃったからさ

というような意味だろうと勝手に解釈して 丸暗記していたら
夫が jubirate は喜べってことだよと
さんざん 笑われてしまいました。
なーるほど 退職して これから 第二の人生が始まるから
嬉しくって それが 定年退職って意味と化したのですね。
日本だったら ありえないかも?


歌が上手だったら ラテン語の歌を 歌ってみたい。
すっかり ラテン語が好きになってしまった。
ラテン語勉強しようかな と密かに
でも けっこう みんなに言って失笑を買っている今日この頃。
娘に言ったら 彼女の友達 ラテン語が大好きで
ラテン語で会話ができるくらい
ラテン語にはまっているそう。
でも問題は 会話ができるほど
と言っても 相手がいないと会話が成立しないわけで。。。。。
『だれとも破成せないのに そんなに勉強して ばっかみたい』
と 言ってるんだけど
でも わたしなんとなく その子の気持ちってわかる。
ラテン語を 学んでいると ずっとずっと昔の人たちと 話しているような気持ちになれる。
そして 彼女にとっては 先祖なんだから
ますます そこに会話がうまれるわけで

それは わたしたちが 古典を紐解いたときに感じる
あの感じだと思う。
なつかしく
そして 肉の 血の 中にある ことばの素性が
しっかりと 動き出す
あの感じ。

ラテン語がわかるようになったら
教会の壁に描かれたことばがわかるようになる
そんな誘惑を
甘く感じて



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by cazorla | 2015-06-07 07:10 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)