おんぶ紐

長女を産んだ時に
四人のこどもを産んで育てた友人から
おんぶ紐をもらった。
おんぶしてると こどもは落ち着く。
おんぶしておそうじすると楽よと言われた。

なるほど と
先輩の言うことには従う。
ところが 夫が とんでもないと言う。
そうじをしていたら ほこりだって舞い散るし
そんな不衛生なところに こどもをしばっておくなんて と。

国が違うと 感じ方が違う。

でもさ あーたのお家は 三人 お手伝いさんがいたし
料理をする人もいたし
そんな環境のおやくのおかあさんみたいには 育てられません
と 答えると

そうじは僕がする
こどもが一緒に遊びたいというなら ずっと 遊んでいなさい。

と いうわけで 三人ともおんぶしないで育てた。

そのくせ お正月休みに スペインに来た時は
(長女が 4歳になるまで 東京に住んでいた。)
娘は しっかり 赤ちゃんの人形を 背中におぶって歩いていた。
人間は環境の動物である。
そして おんぶする という行為あh 象徴的に母である。

私はおんぶをされていたか。
私もおんぶはされなかった。
1960年 の ちょっとおしゃれなママ雑誌は
おんぶは 脚の形が悪くなると書いていた。
脚の形なんて遺伝子ですから まったく効果もなかったけど
おんぶをされなかった私も
やはり 赤ちゃん人形をおぶっている写真がある。

母乳ケアの野方の山西先生に教えていただいた 抱っこ紐は手作りして抱っこして歩いていた。
同じ高さで 世界を見ることができる。
前向きにだっこしていた。
歩いていると 脚を動かす。
まるで歩いているように。

でも 不思議に 抱っこ紐で人形をだっこするこどもっていないですよね。
どうしてなんでしょう。

やっぱりおんぶ。

でもおんぶって 東アジアだけの習慣?

S子リアルの街を 人形をおんぶした娘を
みんな ニコニコしてみていた。
日本の女の子だーって 言いながら。


こういうの 見つけました。
おんぶ 西洋世界にも広がりつつあるようです。
そのリンクからお借りした画像。

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アフリカでは 広い布にくるんで だっことおんぶの間くらいの位置で抱える。

子供達もなぜか 旅行のときに 弟が疲れると
おんぶしていた。 
今度 昔の旅行の写真 探してのせます。

おんぶって習慣 いいですよね。
でも 夫がそうじしてくれるというので 結局 おんぶしませんでした。
そこまで しても 妻が 赤ん坊をおんぶしてそうじするのがいやだったんですね。
人間の心情というのは 不思議です。







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by cazorla | 2015-07-28 09:35 | スペイン 文化 言葉 | Trackback(1) | Comments(10)

娘がマカロンを作った。
母に持って行く。
母がきく。
88歳 もともと新しもの好き。
『あら マリアちゃん(娘の名前です。) パリに行ったの?』
「行かないよ。』
『じゃ どこで買ったの? マカロン。』
『マリアが作ったんだよ』
『あらー 自分で作ったの。
パリで売ってるのにそっくり。』
って パリで 買ったことなんかないし
第一 パリに行ったこともない。

それでも 不思議なのは 最近では 今日が何曜日かよくわからないし、
昨日のこともわからなかったり
あたらしい横文字のことばは覚えるのが大変になっているのに
そんなに 生活に密着していない マカロン ということばを覚えていた。
日本から離れて 9年。
昔はいろんな雑誌を見て 知識はたくさん。
母は新しもの好きなのだ。

大正時代の兄と姉のあとに 昭和2年に生まれて
それでも 少し 大正ロマンの香りの中で育った。
伯父は 銀座の資生堂パーラーで クリームソーダを飲んでいたが
母はもう戦争の真っ最中の 青春時代で
いかに脚が長く見えるモンペを作るかが  ふ人生の課題だった。

そういう母が 昭和の平和な時代を
山口の田舎に住みながら 雑誌から情報を得ていた。

私は 成長の速いこどもであったので
9歳で すでに ちょうど良い 服を見つけられず。
母が 服を作ってくれていた。
母は 雑誌を見て アイデアを盗む。
私は着やすい 前にファスナーのついた服を何枚か作ってもらっていた。
でも 田舎なので そのアイデアは あまりに急進すぎる。
そう あれは 70年くらいのこと。
ツィッギーの (あの細身のモデル)を 真似たのだ。
夫のコメント。
でも ママはそれがなかなかエロティックな服だということに気づかなかったんだろうね。
もちろん そんなこと 考えず 9歳の丸顔の女の子は その服を着ていた。
そして クラスメートから 軽いいじめ。
『それ 後ろ前よ。 着替えなさい。
ここで着替えなさい』
と 数人の女の子に 囲まれた。
『これは 母のデザインだから。
デザインした人が これでいいって言ってるから こうなの』
と 何度言っても 毎日 しつこく 繰り返す。
ある日 担任の先生が 気づいて 声をかけてきた。
ホームルームか何かの時 みんながいる時に
『それは おかあさんのデザインですか。
前にジッパーがあるなんて モダンだなー』
1969年 山口の フグだけはおいしい 港のある漁師の多い街だった。
その一言で いじめはなくなった。
そのころの先生たちは しっかりこどもたちをみていたんだな と しみじみ思う。

そして アンダルシアの田舎町に住んでマカロンを作る娘は
たしかに この前開きワンピを作った人の孫なのだ。

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『ああ おいしい。
まるで パリのカフェにいるみたいよ』
と満足そうに母が言う。


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by cazorla | 2015-07-26 22:42 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(8)

アルマグロ 散歩。

前回 アルマグロに来たのは 2007年。
母と子供たち三人と一緒に。
母は元気で マサパンをいっぱい買った。
だから 今回も買おうと思ったら 売ってなかった。
前回は 年末に行ったのでした。
マサパンは クリスマスのお菓子。
子供達も小さかった。

2007年の記事。
ビジャヌエバ・デ・インファンテス (アルマグロ近くの町)

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アルマグロの図書館。
中世の刑務所を改造して 今では図書館。

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日差しが強かったので 帽子が売れていました。

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ちょっと早めのお昼ごはん。
観光の中心地のバルだったけど 値段は普通で おいしかった。
とくに そのバルのおかあさんのオリジナル おばあさんのジャガイモ がおいしかった。
30日に息子を迎えに行った時にまたいただこうと思ってます。


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これは 家具屋さん。
うさぎが入り口にいる。
宣伝効果ありなのか?

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ラマンチャだから もちろん あちらこちらに ドン・キホーテ。
で ちょっと考えたのだけど ドン・キホーテって いつもブ男だけど
ブ男だという 記述があるの?
もしかして ものすごく ハンサムだったかも と言ったら
夫に笑われた。

息子を置いて 帰宅。
一週間の夏期講習。
電話が来ない。
どうしてるのでしょう。



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by cazorla | 2015-07-26 06:12 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(0)


夏期講習。
息子も来年 受験を控えているので。
先日は マドリッド。
これから一週間 アルマグロ。

ここが 宿舎。
オスペデリア アルマグロ。
今は いわゆる ユースホステルですが
もともとは ドミニコ会が主催する宿舎。
貧しい人たちが ここで 眠り食事をしていた。


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中庭 (パティオ)で朝食。




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パティオにある井戸。 水が流れ続ける。 

今回の夏期講習は オーケストラの楽器とピアノ。
コンセルバトリオの同級生の女の子と参加。
先生は日本人の女性。
偶然 息子二人と同じ歳の息子さんがふたり。
長男と同い年の息子くんも バイオリン奏者として 参加。




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by cazorla | 2015-07-25 03:41 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(0)

湯沸かし器というか 電気ケトルっていうんですね。
スペインでも ケトル エレクトロニコって スペイン語と英語ミックスなんで
なんや けったいな名前 と思っていたら 20歳のAちゃん (日本人)が 
電気ケトルのことでしょ と 言うので
そっか 日本でも ケトルなんだーと。
いえ 意外と日本とスペインって似てるかも。

それはそうと 母も電気ケトルを使っているんですが
最近 どうも 使ってる様子がないんで きいてみたら
部品が二つ 落っこちて それを私に 渡した時に、
『今度 説明書読んで つけるから それまでは つかわないで。』
と私が言ったので つかわないでお鍋で沸かしてると。
二つも部品が落ちたらどう考えても (こんなシンプルな構造の機械なんだから)
機能するはずがないと思うので それはなにかの思い違いと思うのだけど
なんせ 私も脳腫瘍のある身で もしかして 私の脳の欠落かと
少し 心配になったりする。
とにかく 本人は そう思っているのだから
うちの 電気ケトルと交換する。
鍋でいちいち沸かしたら あぶないし 時間もかかるし。

夢と現実が ごっちゃになることって
普通に40歳50歳でもあるし
4歳5歳だと もっとある。
だから これは あえて 認知症というほどのことでもないのだと思う。
おしゃべりする人がいるわけでもなく
暑いし。

そう ほんとに暑くて 母も食欲がないので 
ちらし寿司を作った。

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彩りとして緑がかけているけど
タラの身で そぼろも作った。
なぜか 錦糸卵がうまくできなかった。
なぜだろう。
普通の ワインビネガーだったけど 十分に 日本の味ができたと思う。
いまでは こんな片田舎でも 海苔が売っている。
日本からの輸入品。

母も おいしいおいしい と言って食べた。

本を読まなくなっていた母が また 本を読むようになった。
それが とてもうれしい。


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by cazorla | 2015-07-22 07:17 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(6)

カテゴリーに入れないで

村上春樹のエッセイで 自分のことを 例え冗談でも おばさんとかおじさんと言わないほうがいい と書いていた。
たとえ それが 本心から出たことばでないにせよ ことばは 発せられたところから一人歩きし始めると。
正確な言い回しは忘れたけど だいたいそういうようなことが書いていた。
私もそう思う。
ことばは 発せられた時点から 一人歩き始める。
たぶん 日本語くらい 新しいことばが次々と出てくる言語はないのではないかと思うくらいに新たなことばが出てくる。
もう 8年帰国していないので 次回帰国したら まったくことばが通じないのではないかと思ってしまう。
アラフィーとかアラフォーって 最初 聞いた時は (読んだ時は) なんだかグロテスクな生き物を想像した。
チャイルドレスと呼ばないでほしい というツィートを見て こんなことばがあるのだと驚いた。
これは カテゴリーのある世界を作ってる原因であり 結果なんだと思う。
ひとつのグループに入れられるのはごめんだと言いながらも 入れられることで安心できる人もいる。
自分は入れられるのはいやだと言いながら 世界をカテゴリーで分割してみている人もいるし、
相手をカテゴリーに入れないと 話ができない人がいる。

ああ ブラッドベリーの小説 短編の対象という作品。
『おれはただの対象なんだ おれに名前をつけるな』
と叫びながら 相手が『お前は砂男だな?』と言うと
違う と叫びながら 砂を巻き始める。
そういう話。

わたし もう8年帰国してないから 47歳までの記録しかないですが
別に自慢じゃないけど おばさん と呼ばれたことがない。
別に若く見えるタイプじゃない。
年相応に見えると思う。
でも おばさんとは呼ばれない。
30くらいの時に友人と一緒に その友人の友人宅に泊まりに行った。
3歳の可愛い男の子がいる家。
で その男の子は 友人をおばさんと呼んでるのに
私を おばさんとは呼ばない。
それで 友人はかりかりと怒っていた。
『なんで 小柄でかわいい私をおばさんって呼んで でかくてかわいげのない あんたを名前で呼ぶのよ。
買収したんじゃないの?』
最後の日には 私の手を握って 3歳児が『女の子ってかわいいなー」だと。
実はそういうことがよくある。
それは たぶん 私も相手を カテゴリーに入れないからだと思う。
相手を三歳のちいさな男の子といして扱うのではなく
ひとりの人間で いろいろ 話してしまう。
彼らの目で見て感じているものを そのまま一緒に見たいと思っている。

それが結局 自分のことを おばさんとかおじさんとか 呼ばないということなんじゃないかと思う。
自分も世界も対象も カテゴリーに入れない。
カテゴリーに入れないから 友人もいろんな人がいる。
共通点があるかないか そんなことは関係なく。

イスラム教の友人もいる。
モロッコの人だから 厳格な信者でもないのかもしれないが、
お茶を一緒に飲む。
おいしい あのモロッコのミントティー。
そして モロッコのお菓子を作ってくれる。
イスラム教の人は つるんでいて イスラム教の人だけで固まっている という人がいる。
でもそれはたぶん イスラム教の人たちというカテゴリーで相手を括ってしまうから だから 
あなたと友達になろうとしないだけかもしれない。

夏休みになって 娘が 犬を連れてコルドバから帰ってきたと以前書いた。
すっかり 大家族の生活に慣れて ひとりでいることができなくなった 犬のみかん mikan。
ひとり残して出かけようとしたら まったく吠えたり声を出さない静かな犬が、
激しく 泣き出した(鳴き出した)。
こどもたちは どうしよう 連れて行くしかないか と言っていたけど
わたしが ちゃんと説明したら 納得してくれた。
ことばって 『意味』ではないんだ。
そこには ちゃんと 『力』がある。
だから ことばはだいじにあつかわなくてはいけないんだと思う。
聖書も 「まず ことばありき」 とある。
ことばは 神と共にありき。

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すっかり 一緒にいる生活が気に入った様子。
ちなみに 私が 日本語で 「おすわり』と言うとすぐ座る。
子供達は 英語で命令する。
なんでやねん。 今時のはやりか?
で ほぼ 無視される。
自分の肉から出てきたことばは 力を持っているんだよ。






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by cazorla | 2015-07-20 07:54 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

長女は ほぼ じっとしているのが苦手な赤ん坊だった。
だいたい 生まれた時に白いきれいな新生児用の服を
タクシーの中で 脱ぎ捨ててしまうくらい
動き回った。
まるで 地上で マグロを抱きしめているように感じた。
まさしく鮪。
一月の寒い時期に タクシーの中で裸になってしまう赤ん坊が存在する。
これが 彼女の本質。
『美しき天然』ということばがふと頭をよぎる。

 空にさえずる鳥の声

峯より落つる滝の音
大波小波とうとうと
響き絶やせぬ海の音

聞けや人々面白き
この天然の音楽を
調べ自在に弾きたもう
神の御手(おんて)の尊しや


私たちはその頃新宿に住んでいた。
西武新宿線の下落合。
小滝橋からバスに乗って 上野に行く。
バスに乗ると 動きたがるし 
動けないと 泣いたり叫んだりする。
夫が ライターを出して 娘の襟元から 服に入れる。
ライターはするりと落ちて スカートからすとんと落ちる。
それが なぜか 彼女の『笑い』の糸にふれて
ケラケラと 笑う。
何度もそれが繰り返される。
ケラケラ
するとそばにいた青年たちが言う。
『外人の子供ってよく笑うよな』
それは素直な観察で
素直な意見なんだけど
でもね
そうじゃなくて 笑わせる夫の存在がポイントなんだよね。
つまり『外人の夫』は 笑わせるのが上手なのだ。
こどもが 泣いたり叫んだりするのが
人に迷惑になるからどうにかしたい というのではなく
自分の娘が泣いている つまり 不幸な状態であるのが いやだから
彼女が 幸せな気持ちで 過ごして欲しいという ただそれだけの願いで
一所懸命 笑わせている。

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あのころは 車を持ってなくて こどもを連れて どこでもバスに乗ったり電車を乗り継いで
とにかく どこにでも 行っていた。
この間 ものすごくひさしぶりに マドリッドのイケアに行った。
記憶よりも ずっと遠かった。
マドリッドに住んでいた時は 子供達三人を連れて バスを乗り換えて
ここまで来てたんだ と 驚いてしまった。
まだ 若かったんだね と夫と言って
もう 今では できない
そんなことを話した。

だから 私は 電車やバスで 泣いてる子を見ると
ついつい 遊んであげる。
親が相手だと泣いてしまう子も 他人にあやされると
その珍しさに ニコニコしてしまうことが ある。

だから あなたも もし どこかで 泣き声を聞いたら
うるさいなー なんて思わず 遊んであげてください。
きっと うるさいなー なんて思っていらいらしてるよりも
ずっと幸せな気分になれると思います。













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by cazorla | 2015-07-18 10:35 | こども | Trackback | Comments(12)

汗腺の数というのは
民族とか国籍に関係なく
その人が 生まれ落ちた最初の数年に住み着いた土地の気候にあわせて決まるのだそうです。
一般的に 日本人は ヨーロッパの人の二倍。
これは 湿気のある日本の土地に合わせた数。
汗は熱くなった体を冷やすために流れる。
湿気が多いと バランスの
化学だか物理だかで習った飽和の法則で
汗が出にくいのだと思う。
だから 日本や その他 モンスーンの地域では 汗腺が多くなる。

娘は 日本で生まれ 4歳と9ヶ月を過ごしたので
汗腺の数は 私と同じ。
だから この暑さで 私と一緒に倒れた。

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痩せました。
私も ここ 数日で 2キロちょっと。
彼女は 首の付け根の骨が出たと喜んでる。
なんとなく 日本人ぽい。

と 二人でキャーキャー言って過ごす。

女友達に 胸が なくなったと言われた
と言うので 加山又造のエロティシズムについて講釈。
でかけりゃ ええと言うわけじゃない。

日本人の体って 痩せると なんとなく色っぽくなると思いません?
スペイン人は あまりに痩せると がつがつごつごつになるんだけど
それはたぶん 骨の細さ に違いがある。

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食べないと 欲のない超えた感じになる。
まったく 食べてないわけではなく
多分 普通の日本人の女の子の 1.5人分くらいは食べてるけれど



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このオーバーオール。
私が18の時買ったもの。
切って使ってる。
なんと37年前のもの。
買って しばらく着ないでしまっていて
その後 マタニティとして復活。


これです。


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この小さい人が今 使ってる。
痩せたと言え まだまだ 後ろ姿の写真は力強い。



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by cazorla | 2015-07-16 23:08 | スペイン若者 | Trackback | Comments(10)

壊れた歯磨きチューブ

今年は 暑いです。
どのくらい暑いかというと。。。。。





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県内のほかの町 アンドゥハールです。
カソルラはここまで暑くならにけど
川と山があるから
でも 暑い。
そうそう 50度のとこもあるんどよー って
きょうたちゃん に 言ったら
体温より10度以上も上で どうやって乗り切るんですか
というようなことを言われた。
ほんとに 頭のいい人だなーって 深く感心しました。
体温とくらべるんだ!!
こういう考察力って 大事ですよね。

で 中学だか高校のときに 牛の胃袋をつかって 実験したことがあります。
胃袋だったけ?
うろ覚え。
でも中に 冷たい水をいれて 熱い色水につけると 均一になるように水が外にもれる。
そういうの? だった???

まあ とにかく そのくらい熱い。
暑い。
それで かなり だるい日々だったんだけど
とうとう 爆発して 吐きまくり。
で 吐いていたら 下から下痢。

気分は 壊れた歯磨きチューブ。

そのまま ベッドに。

その後また起き上がったとき ベッドにちょっと違和感。

ありゃりゃ これはなんざんしょ。

夫を呼んで これ もしかして う** だよね。

私は もうすでにげろげろ状態で シーツを替える気力がなかったので
すべて夫まかせ。
こういう時
結婚していてよかった と心から思う。


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スペインの作曲家 カサドと結婚していたピアニスト原千恵子さん。
最近 幻のピアニスト という本が出ているそうです。
日本では あまり有名だはなかったけど ヨーロッパでは かなり有名なピアニストだった。



ずっと昔 雑誌で読んだのだけど
ある女の子が 恋人のマンションに初めて行った。
彼が 夕食を用意してくれて。
でも 飲み物を買い忘れた彼が 彼女を一人残して出かけた。
その間に急に 大の方をしたくなってトイレに行ったのだけど
すましたあとで 紙がないのに 気づいた。
そのままの格好で 紙を探して 台所の戸棚を見ているところに
彼が帰ってきた。
そして それで 二人の関係が終結。

もちろん 雑誌には ゴーストライターが 読者の体験を装って
架空の話を書くこともあるけれど
だとしても
この程度で 終わりになる実感みたいなものが 日本男児にはあるかも。

どうなんだろう?

ま とにかく
夫に感謝。


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昨日はなんと3リットルの水を飲みました。

今年は とにかく 暑い。


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by cazorla | 2015-07-16 06:53 | 夫のことば | Trackback | Comments(4)

夫婦

たまに見るロシアの写真ニュース。
同じ日に生まれた夫婦が75年連れ添ったあと1日違いで死んだ。

とても美しく
羨ましく

日本語で読みたいなと思ってググったら
同じ日に死んだ夫婦たち というページを見つけた。

最初の 75年一緒だった夫婦の日本語記事は こちら

高校時代からずっと一緒。

カソルラにも 14歳から 付き合っていたという仲良し夫婦。 今 50歳。
ご近所のメルチェは 5歳の時から 今まで (もう更年期。 でも 年齢不詳)ずっと一人の恋人。
ずっと仲良し。

夫にこの記事の話をすると 今はどうだか知らないけど 僕らくらいの年齢の場合は
50%くらいが 幼馴染めとずっと一緒だよ。

そういえば マドリッドに住んでいたときのご近所さん
みんなそうだったね。

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この写真を見て 死ぬ日のことを考える。
未亡人にはなりたくない。
こんなに年取るまで生きていけるかわからないけど。
でも ずっと一緒でいたい

そう 思う。




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by cazorla | 2015-07-08 06:25 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(2)