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私 全く ヴィオラが上達しないコンセルバトリーの劣等生ですが
現在 試験期間中です。
今日は 音楽史の試験。
バロックです。

スペインのバロックは こんな感じ。
カバニジャス 

バレンシア出身。
今 ウィッキーペディア 英語版みたら スパニッシュ バッハって書いてあった。

覚えよう。。。。

オルガニストだったので オルガンの作品が多いです。



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やっぱり 一番のネックは 言葉です。
というか 名前がドイツ人の名前とか だいたい どう 読めばいいのっていうのがあって。
例えば Scheidt さんとか。
丸覚え。
あと 題名が ラテン語なんで それも丸覚え。

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by cazorla | 2015-11-26 19:45 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(10)
長男のエンリケが好きだ。
息子だから 当然と思われるかもしれないけど
スペインでの生活での負の部分を共有してきたと思う。
そして 心情的に かなり近いと思っている。
息子は 小学校の高学年から中学の2年生くらいまでよく殴られていた。
久しぶりに昔の記事を 探して読んだ。

殴られやすいヤツ

中学に入ってから エンリケは少し変わった。
がむしゃらに 勉強をするのをやめた。
興味のないことに エネルギーを費やすのをやめた。
リラックスしてきたのかもしれない。
頑張りすぎることに疲れたのかもしれない。

休み時間 よくいじめらていて 長女が 二学年上なので 気づくとかばっていた。
殴られたら 殴り返せ 
長女はそう言っていた。
長女は そういうタイプだ。

ずいぶん前に長女と二人で歩いていたら 何かが聞こえた。
私は 話に夢中になっていたので 何を言ってるのかわからなかった。
娘はネイティヴだから 夢中になっていても 言葉を拾える。
それは ジムの二階の窓からだった。
『言いたいことがあったら 降りてきて 面と向かって言ってごらん おかまくん。』
ドスが効いていて 母としては 一応 おかまなんて言っちゃダメだよ と。
『ママ ああいう奴らは ほっとけばエスカレートするんだから 強く出なきゃ ダメなんだよ。』

だから 長男が 何をされても黙っている。
殴られても じっとしている
そのことが しゃくに障る。
『弱虫! 何で 殴り返さないの? あんたの方がずっと
筋肉あるし 小さくてもずっと 強いんだよ』

だって 殴り返したら 僕は 彼らと同じレベルまで落ちていく。
僕は 自分を落としたくない。
僕は 体をボコボコにされても
魂は 綺麗なままにしておきたいんだ。』

これは 中学2年生の時。
まだ 背も低かった。
今では 180あるから 誰も手を出さない。

私は 魂を守りきった息子を誇りに思ってます。

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by cazorla | 2015-11-23 18:30 | こども | Trackback | Comments(10)
スペインの日曜日も夜になりつつあります。
今 息子は リナレスの駅にたどり着いて ウベダからバスに乗って帰ってきます。
バルセロナでのピアノレッスン。
リナレスからバルセロナまで 8時間。
三時間個人レッスンと 2時間のグループレッスン。
土曜日 朝 10時から2時間のグループレッスン。
1時間半のレッスンをお昼ご飯を挟んで 二つ。
そのあと マドリッドとバルサの試合を見に バルへ。
マドリッド 惨敗で悲しかっただろうな。
実は バルセロナのバルで もしマドリッドが勝ったら
息子は有頂天になって 喜びの声をあげ 
周りのバルサファンにボコボコにされるかも
と心配してたので 実は 負けてホッとしてます。


ビデオは夏に 地元のキリスト デ コンスエロのお祝いの日のコンサートです。
巡礼の年から。



未だに ちゃんと挨拶ができない子供な息子です。
曲が終わってやれやれって感じで 頭をちょっとだけ動かして行ってしまう。




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by cazorla | 2015-11-23 02:39 | こども | Trackback | Comments(12)

開かれた街を目指して。

今日から 長男エンリケは バルセロナです。
ピアノのレッスンを受けるために一人で 電車に乗ってバルセロナに。
そして それからバスに乗って アカデミア近くのホテルに行く。
17歳の冒険。
来年は 受験です。
これから 幾つかのレッスンを受けていかなくてはならない。
先日 パリで テロがあった。
犯人は 少年たち。
何人かは シリアの偽造パスポートを持っていた。
でも テロリストは パリで育ったフランス人。
地元で イスラム国によって リクルートされる。
先日 バルセロナで 数人がリクルートされたらしい というニュース。
地元の子の方が 土地勘があるし 言葉もわかる。

パリとバルセロナにある共通点。

2000年にスペインで住み始めた。
長女マリアが 4歳 長男がもう少しで2歳になる時。
その時 すぐに買ったのがこの本。

Controversias en la educación española
Alvaro Marchesi

コンプルテンセ大学(マドリッドの国立の大学)の教育学の教授の本です。
その中に 理想的な学校を作るための都市計画について書かれていました。
興味深く読んだのは ちょうど私たちが 済んだ マドリッド郊外のアルカラデエナレス市の新興住宅地が
このプランにかなり似ているからです。
ひとクラスに イスラム系移民の子 東ヨーロッパ系移民の子 ジプシーの子 貧しい階級の人 中流階級が
どのくらいの割合で混じっているのが理想的か そのためには 公団住宅(スペインでは 二種類あって 条件を満たせば無料で住めるところと 収入によって 値段が変わるところとある。) と 普通に売られているピソの割合等 街を作るときから
学校のクラスの構造を考えながら計画していくというプラン。
残念なことに 思う通りには できません。
というのは 中流階級は 少しくらい遠くても ジプシーやイスラム系がいない学校に連れて行ったり
イスラム系も お金があって 厳格なイスラム教徒の場合 私立のイスラム教の学校に連れて行くからです。
それでも 中流でもこういう学校がいいなっと思う人たちはメンタルが広がっていて いい雰囲気でした。
そして この理想的な割合が 守られるために ある程度の移民の制限はなされるべきだというのが
アルバロ マルチェし氏の考えでした。

私たちが 住んでいた時期は この理想的な割合が保たれていましたが その後 イラク戦争が始まり
保守党が敗退し 社会党になってから 『人類愛』的 政治展開になって 多くの移民が 入ってきました。
移民自身も 大量の移民が入ってくることには反対でした。
というのは やはり賃金が下がる
多くの働き手がいれば 賃金が下がる。
そして 誰でもできるような仕事は 移民が請け負い 貧しいスペイン人の仕事がなくなる。
それは 差別につながる。

ハーモニーというのは 音楽の世界だけでなく 大事なことだと思います。
ただ 今 ハーモニーなんて 時代遅れだと ヒンデミットが世界のハーモニーを
作曲した時点で言われていたことですが。

このプランの最も大事なことは クラスの子供達の割合。
つまり 中国人街 イスラム系の人たちの地域 とか そういう地域を作らないこと。
スペインではほぼそれが成功していると思います。
そういう極端に閉ざされた地域がない。

唯一 バルセロナにだけ イスラム系の地域がある。

それが パリとバルセロナの共通点です。

少し歩けば 美しい街がある。
そこに 閉ざされた人々。

うちの息子は モロッコ人の子供達と仲良し。
いろいろと宗教のことも教えてもらって かなりイスラム教にも詳しい。
そんな息子が一人で バルセロナに行くので
夫が 『バルセロナのイスラム系の人は カソルラの人とは 違うんだから 気をつけろ」
と言う。
できれば 巻き込まれない方がいいと思っている。
いつどこで発砲があるかもしれない。
息子はちょっと緊張した。

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カソルラのジプシーの家のある路地。
ちょっと寂れてるみたいだけど この隣は パジョ(ジプシーではないスペイン人)
その向こうが ドイツ人。



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by cazorla | 2015-11-20 21:30 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(8)

祈る

フランス在住のオーヤマさんが パリに祈りを という素敵な文章を書いてます。
テロが起こるたび イマジンが流れる。
宗教のない世界を想像してごらん
宗教がなくなれば イスラムのテロがなくなるのか?
そういうところに パリに祈りを と書くおーやまさん。
ここまで もつれたら 祈るしかない。
そして 祈りの力って 実はあると私も信じてる。
森洋子氏が 願いは 念じれば必ず実現する と言っていた。
それと同様。

実は テロがあるたび かなり 悲しい気分になる。
当たり前だろう と言われそうだけど 
もちろん テロそのものは ものすごく悲しい出来事だけれど
それと 世界の動き みたいなものに。
Facebookを開けるとプロフィール写真が 三色旗の色になってる人だらけになってる。
YouTubeを開けると 私たちは フランス側に立ちます と書いている。
そりゃ そうなのかもしれないけど でも ビジョンの位置が違うんじゃない?
だって これは イスラム系の人の一部の組織の起こしたテロであって
イスラム対フランス という図ではない。
ETAがテロを起こしても 私はスペインの側 もしくは カスティージョ側につきます
なんて言わないし。

問題はもうちょっとややこしいし

どこにいて
何を見ているか。

例えば フセインが 死刑になった。
それっておかしいんじゃないか って思えるスタンス。
でもイラクは 独立した国。
独裁者なら殺してもいいの?
どこかに イスラムに対する差別がないか。

スペインに引っ越してきたのが 2000年。9月。
マドリッド郊外のアルカラデエナレスの新興住宅地に住んでいた。
ムスルマン(イスラム)の人もたくさん住んでいた。
でも その頃 私の住んでいる地域で ベロをつけている人は 少なかった。
ほぼ居なかった。
翌年 2001年 9月。 合衆国でテロが起きた。
イスラムに対する攻撃。
批判。
一斉に ベロをつけてきた。
朝 幼稚園に子供達を連れて行ったら 今まで イスラムだかよくわからなかった人も
みんな ベロをつけてきた。
それは 一つの抗議。
テロ イコール イスラム教は悪い宗教 という図に対して。

その時のどきっとした感じ。

攻撃の先が宗教に行く。
本当に宗教のない世界が理想なのか。
私自身は特に宗教はないけれど 人間は弱いから 祈ることがある。
そしてまた あるものを信じて なんとか生き続ける。
無宗教と言う名の宗教 さえも 信じる対象であったりするのだと思う。

誰が悪い
何が悪い
フランスの方に立つ

そういう子供の喧嘩みたいなことではなく
15歳の男の子が爆弾 抱きしめて 突撃してしまう背景を考えてみたいなと思います。

実際 ここまできたら 祈るしかない
そんな気もする。
皆が目を閉じて 祈り始める。
攻撃性
どんな小さな攻撃性も捨てて


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by cazorla | 2015-11-16 18:37 | 思うこと | Trackback | Comments(22)

人生の調味料

歩いていて 見つけたもの。
石畳の地面と石の家の隙間から生えているいちじくの木。

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まだ こんなに小さいから この夏 小鳥が食べた無花果が落ちたのだろう。
多分 そのうち この家の人が 抜いてしまうかもしれない。
それでも この生命力に 感動する人がいる。
例えば 私。

全く無駄なものはない。


先生に 石女 う・ま・ず・め になるぞと言われた というコメントをいただきました。
でも その先生に そのあと かばってもらって 結局 その先生は 恩人なんです というコメントをさらにいただきました。
悪気なんて ないんですよね。
でも 傷つけてしまう。

傷ついてしまうのも 学校にいる間の 大切な行事かもしれない。
ある意味では。
傷つかないで 一生を終えることができれば それに越したことはないかもしれない。
けれど それは ほぼ不可能。

自分のことを 自分で 『私は天然なの』という人が嫌いと Kさんがブログで書いていた。
思ったことをそのまま口にしてしまう人のことなんだと思う。
それで傷付く。

例えば うちの息子が まだ 小学生だった時。
東京在住のイギリス人の友達が 泊まりに来ていた。
彼は 間違って 犬用シャンプーを使っていた。
ある日 何かの拍子でそれが判明した。
すると 長男が その時 9歳くらいだったが
急に泣き出して 『ごめんね。だから はげちゃったの?
ごめんね ごめんね』
『いや いや これはもともとでぇ』
そう もともと ハゲだったのです。
笑い話になったけれど これと全く同じシチュエーションで 十分 傷つくことはある。
もしかしたら この友人も 心の深いところで傷ついていたかも。

母は よく 私に 言っていた。
『あなたは メガネなんか かけたら もう 全く見られないからね。
気をつけなさい。
メガネ したら もう 全く望みなし。』
望みとは 結婚の可能性であります。
ちょっと 目が疲れたら 遠くの空を見つめて 何とか 40過ぎまで 目だけは良かった。
それでも ああ 私はブスなんだな って ちょっと
いえいえ かなり傷ついていたのは事実です。

傷ついた って 相手に対して言えるくらいの傷つき方だったら
それはまあ 人生の調味料くらいに思っておけばいいかなと 最近では思います。
それでも たまに やっぱり 傷ついたり しますが。

でも 人生で一番 傷ついたのは 娘との葛藤の時かな。
愛してる人に ボロクソ言われるのが 一番こたえるよね。
だから まあ 心を鍛えるために いろんな人と関わって傷つけ合う。

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なんて 言いながらも 時として 外に出られなくなることがある。
娘とは今では ものすごく仲良しで 幼児の頃と同じ。
親子だから 修復できる。
親子っていいね。
私も相当彼女を傷つけたし。





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by cazorla | 2015-11-16 00:39 | 思うこと | Trackback | Comments(16)

前回の犬のみかんとの散歩道より ちょっと野生的な散歩道。
セレスエロ川沿いの道。
セレスエロは セレッソ 桜 を小さくする語尾をつけた言葉。
ちっぽけな桜の木。
もともとは 桜の木が いっぱいあったのでこの名前がついたのですが
最近では いちじくが もっと多くなってしまいました。
いちじくの方が 生命力が強い。


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スペインは 夏になると その日の強さで 草が枯れてしまい 黄色になる。
夏をイメージする色は 黄色。
そして 秋になり 雨が 降り始めると 草が生えてくる。
秋。
人生の秋は初老の頃でしょうか。
だから エロジジイのことを ビエホ ベルで 緑色のジジイと言います。

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川沿いに 山を登っていきます。
実は 川に落ちました。
カメラを持っていたので どこかを捕まえる代わりに カメラをつかんで
水の中に落ちないように 持ち上げて。
イバラがいっぱいあって 背中と手に引っかき傷ができ
靴もズボンもすぶ濡れに。
みかんは 遊んでると思って はしゃぎ回るし。
最悪。



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登りきって 下を見る。
この辺りの山は昔は海の底だったのだそうです。
昔。 そう 本当に昔。
アンモナイトが残っている。
カルシウムが多い。
山のてっぺんには木がない。


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美しい時間。
午後5時。
アンダルシア北部のオリーブのあるところ。
静かに秋が深まっていく。

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by cazorla | 2015-11-14 03:25 | カソルラ | Trackback | Comments(4)
経験がないと 想像する にしても限界があるんだな と 子供時代を思い出して考える。
なぜか ずっと心の隅に残っている言葉。

小学校の教室には二つ黒板がありました よね?
昭和40年台の小学校。
1967年。 チェコのプラハの春よりも前。
授業に使う 真ん前の黒板と 窓の正面の壁の連絡用の黒板。
連絡用の黒板に書かれたことば。

『上村くん(仮名)は パンツをはいてきてください』

違和感があったから そのことばが残ってる。
それは 小学校一年生の教室。
上村くんはいつもニコニコしていた。
なんとなく 大人な イメージがあった。
当時は クラス名簿というのがあった。
多分 今は無くなってるはず。(ですよね?)
個人情報保護法施行の後 無くなったと思う。
クラス名簿には 生徒の氏名 両親の氏名 職業と住所 電話番号。
やたら 国家公務員が多いクラスだった。
そして上村くんは お母さんとは苗字が違ってた。
でも それが何を意味するのかは よくわからなかった。
うちの母なんかもきっと そういうことは考えたこともないと思う。
そういうことに無頓着な人だったから。

でも 今 想像する。
上村くんとは あまり遊ばないようにしなさい と
言うような うんざりするような親がいたに違いないと。
私は 人とうまく付き合えない 昭和40年には少数派の一人っ子だったし
口も重くて ことばが出てこない。
そんな私と 上村くんは話していた。
私が おしっこを教室でしてしまった時も
まあ そういうこともあるわな と達観していた上村くん。

そういう大人の上村くんに対して
先生が 40歳くらいの いかにも教師的な女性だったけど
連絡用の黒板に書いたことば。

『上村くんは パンツをはいてきてください』

今 想像する。
お母さんが疲れていて 洗濯物がたまっていても
上村くんは何にも言わなかったんだと。
まだ 自分で洗うには 7歳は 小さすぎた。

クラスの男の子が 『お前 ぱんつはいとらんのか』と笑っても
女の子が さも軽蔑したようなしかめ面をしても
やっぱり 笑っていたし 相変わらず パンツを履かない日の方が多かった。

もしもその先生に想像力があれば 黒板にそんなんことは書かなかったと思う。

私は 人前で話せない子供だった。
話そうとするとうまく息ができなくなる。
ある日 先生が 浦島太郎の話を知ってる人は手を上げてと言った。
私は (もちろん)知っていたけど手を上げなかった。
『前に出て話したりさせないから 知ってる人は 手を上げて』
と言ったので しょうがないので手を上げた。
すると すぐに私を当てて 『前に出て 話しなさい』と言った。
騙したのだ。
私は前に出て 話そうとしたけど 声が出なくて 息ができなかった。
先生はしょうがないので 自分で 話して ところどころで 私に 『そうね?』と
確認して その度に 頭だけで頷いて そして席に着いた。
その時の 体の感覚を未だに覚えている。
あえて 子供を傷つける必要がないのに
傷つける
とは言わずに 教育という。

私は今では 結構 人前で話すのも平気になったし
ラジオに出て 馬鹿みたいにしゃべったりしたこともある。
でも 先生のおかげです ではなく 単に歳をとって そういう時代に入っただけ。
多分 上村くんも今では パンツを毎日履いてると思う。
そして まあ ああいうこともあったなーとニコニコしているに違いない。
そうだといいなと思う。


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同じ時代のスペインの子供たち。
この遊び 今では 禁止になっているそうです。





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by cazorla | 2015-11-08 08:47 | 思い出 | Trackback | Comments(23)
雨がちょっとだけ降った日は 地面の汚れが
まだ 残っていて そのせいで滑りやすい。
坂の多いこの町では なおさら 危ない。
というわけで 先週 滑って 転んで 
村中の話題になっていますから 痛くないふりで
歩いてはいても 未だに痛い。
痛いときって それを治療しようとする体の動きがあって
そのせいで
多分そのせいで やたら眠くて 眠ると深く深く眠ってしまう。
深く眠ると 本当のような夢を見る。
うちの犬のみーちゃん ことみかんが しゃべる夢。
モニョモニョと口を動かして だっこ と言った。
他にも何か言っただろうか。
とにかく 柔らかい可愛い声でだっこと言った。
抱きかかえて 嬉しくて。
日本語で。

自分の心さえわからない と 前回の記事で書いた。
つまり その通りで
実は私も 日本語をしゃべらない子供達に不服があるのか。
私 全く努力してないからしょうがないし
娘なぞは ママがちゃんと教えてくれないから バイリンガルになり損ねた と言う。
全ては 私の無精の結果。
田舎に引っ越して 日本人に会うこともないし
たいして 日本語教育に 重きを置いていなかった。
子供達は 子供達だけで 出歩いている環境だし。
ああ そう言い訳ね。

でも だっこー
ママ だっこー
って 言われていた頃が懐かしいのか。
それが 私の本心?

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最近は スペイン語ではピンキージョという 細めのパンツが流行っていて
日本語で 何ていうのか知らないけれど
私は フェミニンなパンツだと思うし
夫も 不機嫌な顔でじろっと見る。
でも もう何も言わない。

息子は うちの母に会った時に 幼稚園レベルの日本語を話す。


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この頃は だっこーってまだ言ってたよね。






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by cazorla | 2015-11-07 11:29 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(12)

私という名の変奏曲

『私のいう名の変奏曲』が ドラマ化されたというので 週末に見ました。
1984年の作品。
天海祐希嬢がとても好きなので 楽しめましたが
私がこの本で一番 大事というか 一番好きな点が 外されていた。
ググってみたら 誰もその点に関して書いてないから
もしかして 私の思い違いなんだろうか。
手元に本がないので確認できないのだけれど。

ググれば大体のストーリーが書いてあるのでここでは はしょりますが
主人公は顔を整形して 人生が全く変わってしまった。
事故で壊れてしまった顔を再生するときに 友達の写真を見せる。
誰でも 考えるのは 綺麗な方になりたい と思う。
それが 連城三紀彦の作品では 綺麗じゃない方になる。
主人公は 整った顔なんだけど なぜか 友達の方が コケティッシュな魅力があって
いつも幸せそうなので そちらの顔になるという設定だったと思うのだけれど。

だから 当時 読んだ時 頭の中で 小泉今日子という設定で読んでました。
ちょっと丸顔。
元が 美人系だから その上に可愛い顔を乗せたら 小泉今日子ぽくなるのではと。

美人が 美人じゃない方に憧れる といのは ありだと思う。
例えばブリジットバルドー的な顔。
すいません 古くて。
連城三紀彦のそういうところが好きだった。。と記憶してます。

確認のため いろんなページを見ていたら 主人公の恨みが理解できない
勝手すぎると いうコメントが多数あった。
多分 そうなんだろうと思う。
でも 人間の気持ちって そう簡単に割り切れない。
だから 文学がある。(笑)

ガルシア マルケスの『予告された殺人の記録』
結婚したばかりの妻が こんな家に住みたい と言う。
男は その家を買いに行く。 男はものすごく金持ち。
その家は 老人が一人で住んでいた。
老人は 家を売りたくない。
その家は 死んだ妻との思い出がいっぱい詰まっている。
男は 札束を積み上げる。
老人は首を振る。
男はさらに札束を積み上げる。
その繰り返しで ついに 老人は泣きながら 首を縦にふる。

文学的ではない我が夫は 売りたくなければ売らなければいいだけの話だろうと言う。
確かにそうなんだけど 目の前に積み上げられる札束は人の心を壊す。
もし仮に ただ いくらお払いしましょうという言葉であれば大丈夫だったかもしれない。
それは ダイヤに目がくらんだ お宮と同じだ。
(金色夜叉 古すぎますか?)

『羊たちの沈黙』の中で レクター博士も 『見るものを欲しくなる』と言っている。

すっきりと自分の真の気持ちがわかれば もっと世界は住みやすいと思うのだけれど。
人間ってややこしいですね。

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写真は 予告された殺人の記録 舞台公演のポスター





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by cazorla | 2015-11-04 08:57 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla