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ふと気づくと 大晦日。
日本ほど 大掃除だ お歳暮だと 大騒ぎしないので ゆったりと時が流れる。
いや もしかしたら もっと社交的な家では 慌ただしく 過ごしてるのかもしれないが。

マドリッドに行った時に クリスマスだというのに クリスマスらしい飾りではなく
なんとなく 前衛芸術的飾りというか
キュービックのキラキラで お星様とか
マリア様とか
そういう キリスト誕生関連の偶像的飾りがないとは思っていたが
どうやら いろいろ 禁止されつつ あるらしい。

自由という名の禁止。

あとね ベレンって キリスト誕生の風景を 目で見てわかる
小さなお人形ね
あれも 禁止らしくて
今年は ベレン市で パン屋さんを買おうと思っていたのに
待てど暮らせど ベレンの市が立たず
気がつくと 大晦日。
ああ そうか ベレンがないから なんとなく物足りなくて
大晦日になっても あんまり 年が明ける というような気分になれないのか
と 一人納得する。

なんて言ってると ファシストって呼ばれるので気をつけなくては。
自由と言いながら 大きな流れは 口を閉じなければならないことが多くなる。






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来年は 良い年になるといいですね。
来年もよろしくお願いします。






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by cazorla | 2015-12-31 05:57 | カソルラ | Trackback | Comments(12)

Hito Steyerl 展

久しぶりのマドリッド。
大使館で ちょっとした用事を済ませてから
レイナ ソフィア美術館へ。

ここは ピカソのゲルニカがあるのですが
とにかく 現代美術専門なんで 
ゲルニカのみを目指して 足早に歩く日本人の方をたくさん見ます。
アントニオ ロペスもあるし
グリスも タピエスも 素敵なので ぜひ 足を止めてください と言いたくなってしまいます。

今回は 3人の現代アートが 常設とは別に展示してました。

その一つ。
ドイツ人という説明でしたが 多分 日本人のお母さんを持つ方だと思います。
1966年生まれ。
この時代は 日本女性には まだ 国籍を子供に与える権利がなかった。
その法律が変わったのは 結構 最近で 1980年生まれくらいの人たちも 日本国籍を持っていません。
ドイツは もっと最近まで 外国人と結婚した場合 子供は ドイツ国籍を持てなかった。
多分 明治時代に 法律を学びに ドイツに来た人たちによって 日本の民法は作られたのでしょう。

この方の作品は ビデオ。

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存在がなくなる。。。。


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あまりに前衛的で素通りしようかと思ったのですが
一作品に思わず目が釘付け。
こういう作品を どう解釈していいのかわからないのだけど。

スナイパーって雑誌が昔 あったのです。
見たことないけど なんとなく 話が出たり いろいろ問題になったり。
SMの写真雑誌。
ドイツのある女性が 若かりし時に 日本に来て 匿名で その雑誌のモデルになった。
名前は ある友人の名前を使った。
その友人が テロ事件で 自爆して死んだ。
だから その時の写真を 彼女の名前で 撮った その写真を手に入れたい と思った。
そして 再来日して 写真を探してる というドキュメント。
話がとんでもないでしょ?
で そのお手伝い というか 通訳を兼ねて一緒に居る日本女性が 縛られるショーをやってる。
ベタに日本です。
懐かしき日本の香り。
風俗美術館で 探して やっと見つける。
スナイパーの編集室に行くと
あ これは 〇〇先生の写真です。
〇〇先生 登場。
全然 エロくない普通のおじさまが ニコニコして あ これ僕の写真。
これ 撮ったの覚えてるよ。
あ 君?
写真は覚えてるけど 君だったっけ?
全然 面影ないね
なんて 結構 笑いを取りそうな 会話が続く。

ヨーロッパの哲学者たちが うーんと唸りながら 思考するエロが
日本には その重さを失ったまま そこにある。


レイナソフィアって 時間をたっぷりかけて 歩くと 楽しいものに出会えます。

うーん わざわざ スペインまで来て そんなもの見たくない と言われるかもしれませんが。




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by cazorla | 2015-12-26 08:14 | おすすめのもの | Trackback | Comments(8)

アンパン

久しぶりに小豆を炊いたら
柔らかくなる前に砂糖を入れてしまって
どうしたものだと思って
ブレンダーにかけて
煮溶かして 寒天と混ぜて 羊羹にしようとしたら
寒天の使い方忘れていて
うまく溶けず 羊羹にならなかった。
でも 手を加えていたら なんとなく
こしあん風になったので 
あんぱんを作る。


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セブンイレブンだったか
どこかの コンビニで売っていた 生クリーム入りあんまんを 思い出した。
急に。
疲れすぎた日の夜 買って食べた 生クリーム入りのあんまん。

母と娘と 美味しくいただきました。
女3人は アンパンが大好きです。

母が 10年前に頑張って作ろうとしていたセーター。
もう 編み図もなくなって 続けられないから どうしようと。
解くしかないでしょう。
後ろ身頃と袖。
もう少し ましな娘であれば 編み図がなくてもなんとか 前身頃を適当につないで
完成できたでしょうけれど。
解きながら なんだか 悲しくなりました。

明日 マドリッドに行きます。
日帰りの一人旅。
娘が家にいるので 母を任せて 行きます。





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by cazorla | 2015-12-21 04:07 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(12)

外国人

もう直ぐ選挙です。
選挙の時は 郵便物も停止して なかなか 日本からの荷物もつきません。
世界は 選挙を中心に回っている。

選挙が近づくと 聞かれること。

cazorlaさん 選挙行くでしょ?

『行かない』
『どうしてぇ?』
『だって 私 選挙権ないし。』
「えっ なんで ないの?』
そんな驚くなよ。
「外国人だから』
「えっ 外国人だったの?』
『そうよ。 私は外国人です。』
急に 心なしか なまってしまう。
「スペイン人じゃなかったの?』
『日本で生まれた 日本人です』
『そりゃ 知ってたけど。
スペインのこと 嫌い?』
『あの 別に。 えっと 好きです』
『じゃ なんで 国籍 変えないの?!』

そ そんなに不思議なことだったのかい?

まあ いろいろと。
『スペイン人になると 日本の国籍 捨てなきゃ ならないし』


こういう説明でもなかなか 納得してくれない。
でも こういうのは 田舎のおばさんだからだと 今まで思ってたけど
昨日は バヤドッド出身の バヤドリッドオーケストラの指揮者にまで訊かれた。
彼は 私の作曲の先生です。
訊かれた上に 身分証まで 見せなくてはならなかった。
外国人身分証。
本当だ。
君 外国人だったんだね。

やっぱり ここは昔から 人の行き来が多いところ。
民族と国籍は ちゃんと区別して考えてるんですね。


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票のためなら なんでも します という 漫画。



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by cazorla | 2015-12-18 22:33 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

我慢しちゃ ダメ

うちの母は よく 我慢しちゃダメ と言う。
我慢すると どこかで 絶対 歪みが出てくるから
自分のためだけでなく 相手のためにも 我慢しない方がいいという。
私が 小さい時 昭和40年代 のことだけれど
花登筺という脚本家のドラマが 流行っていた。
母は 苦労話が 好きではなかったので ほとんど見なかったが
たまに ぼーっとくつろいでる時 たまたま テレビで流れていて
一緒に見たことが何度かある。
主人公の女性は 一所懸命働いてるのに 夫が 遊んで お金を使い果たす。
かわいそうな 主人公。
でも 母は 絶対 そういうのをかわいそうだとは言わなかった。
ほらね 我慢してるから 歪みができて 夫は 遊ぶしかないの。
かわいそうに 自分の人生が見えないんだ この男の人は。
それぞれが 自分の好きなことをすれば良い と言う。
嫌だったら 別れればいいと。
その考えも 条件によるし
最上とは 言えないかもしれないけれど
それでも 人とは違う見方ができるんだ ということを学んだ。

息子二人は 1998年生まれと2001年生まれ。
上の子のお母さんたちの方が はるかに若かった。
たまたま 下の子のクラスは やっと 生まれた一人っ子とか 忘れた頃にやってきた 末っ子とかで
小さな子供のクラスで 私は (幸いにも) はるかに年の離れた母親には ならなかった。
幼稚園時代 一番若いお母さんで 32歳。みんな 40前後。
でも 長男の方のクラスは お母さんたちがやたら若かった。
幼稚園時代 私は 40をとうに越していたが 他のお母さんは 20代。
幼稚園時代から 小学校2年生くらいまでは お誕生会をする。
都会に住んでいると 小さな子供を読んで 飛び跳ねさせる場所がないので
マクドナルドとか そういう場所になるが
田舎では 自宅でする。
若いお母さんたちは クラス全員を招待していた。
ガレージでするので 何人でも呼べる。
でも 若くない 末っ子のクラスでは 全員は呼ばなかった。
だいたい 仲の良い友達。
体力がないのも一つ。
もう一つは 『みんな仲良く。』 という教育が学校時代にしていなかった。
時々 週末に 末っ子は ちょっと悲しげだった。
眠る前に ポツンと
『あのね 今日は 〇〇のお誕生会だったんだけど
僕と ジプシーの 〇〇と モロッコ人の〇〇だけ 呼ばれなかったの。
みんな 集まって 遊んだんだ。』
と言っていた。
末っ子のことだから ますます 私は 胸がキュンとなって
夫に 報告していた。
でも 夫は 『自分の家で パーティーをするんだ。
嫌な やつは 呼びたくないのは当然だろ。』
と言う。
そりゃあ まあ そうなんだけど。

結果としては 末っ子は その後 大きくなる過程で
全く いじめにあわなかった。
長男の方が 中学の最初の年
まだ 背が高くなっていない頃は 苦労していた。

やっぱりね 無理しちゃ いけないのかもしれない。
嫌な奴とは付き合わない それでいいじゃないか と思う。

先日 久々にいじめ時代を思い出したのは 週末に来て ドアを叩いて 怒鳴る声で。
プート チノ   と 叫ぶ声。 走り去る音。
最終的には ケチャップかけ で 幕が閉じた。
ケチャップをかけにきたのは 一人だったかもしれない。
とにかく それで 幕を閉じた。
その程度のことで 気持ちが 落ち着くのであれば やればいいと思う。
彼らの心に
というより 人生に 何か もっと素敵なことが起きればいいのに と思う。
でも もしかしたら すっきりした気持ちで 前向きに 考え始めているかもしれない。

仲良くなんてしなくていいと思う。

よく 日本語に タコスはあるか と訊かれる。
つまり 前述の プート みたいな。
日本語 に ある?
くそっとか くそったれ とか 
でも 日常会話で 聞いたことない ですよね?
小綺麗に 整った社会だと思う。
だから 多分 歪みは あるんじゃないかな とも。

スペインに引っ越そうと思ったのは あるお母さんのある言葉が きっかけだった。
長女が 公園で 友達と遊んでいる時。
確か 三歳の時。
滑り台の上に女の子3人くらいで並んでいた。
その時 
『あああん 嫌だー マリアちゃん
うちの子の隣に来ないでェ 
ブスが目立つ』
みんな 笑った。
でも 子供達は 笑ってなかった。
言葉は 柔らかだった。
言ってる本人だって 悪気なんて ちっともない。
そして それは つまり 『マリアちゃんはかわいい』と言ってることなんだから
言っていけないことではない と思っている。
ああ だから マリアには 女の子の友達がいないんだと思った。
ゆいいつ ものすごく仲の良い友達は オーストリア人のお父さんを持つ ハーフの同い年の女の子。
二人はいつも一緒で 大きさも全く同じで 双子? なんて よく訊かれていた。

顔の作りが ちょっとだけ 違うんだよね。
どっちが 可愛いとかじゃなく。

ほんのり オブラートで包まれて 攻撃性の全く見えない排他性の方が 
体の中で 効き目を待つ毒のように 危険だ。
だから 私は やっぱり スペインに引っ越してきて よかったと思ってます。
たとえ ケチャップを ドアにかけられても。






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by cazorla | 2015-12-18 19:25 | 思い出 | Trackback | Comments(10)

ケチャップかけ

マイおばちゃんの困ったことは面白いこと  という記事で 『面白いこと、最近ありましたか?』という 問いかけに対する答えです。

面白いことありました。

家に夜中にケチャップかけられました。
血に見せようとしたのかな? 
でも すぐ ケチャップだってわかったそうです。
というのは その日 一番に起きたのは 我が夫で
起きて 掃除を始めました。
だから 私は見ていません。

夜中に みんなが寝てる時に ケチャップの瓶を抱えてやってきた少年。 
多分 少年。
少女ではなく。

こういうことを 笑い話にできるのは幸せ。

マスタードは 色は薄いけど 結構シミになりやすいのです。
ケチャップでよかった。

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by cazorla | 2015-12-15 06:08 | カソルラ | Trackback | Comments(6)

スペイン郵便事情

最近 スペイン在住の方たちが 日本からの小包が 届かない
とか 受け取るのに 税金をたくさん 取られたという 話をされている。
課税対象金額が 2010年に大幅に引き下げられたためらしい。
個人からの贈り物で 45ユーロ以上
企業からの小包で 22ユーロ以上に
税金がかかる。
45ユーロというのは 内容物の値段ではなく 送料と内容物。
だから 料金の高い EMSで 送った方が そういう税金をとられる可能性も高いということ。

それで スペインの郵便事情が最悪である という風に言われている。
私個人としては スペインの郵便に 不満はない。
母の元に 友人たちから 手紙や贈り物が 届くが ちっとも問題ない。
母の友達であるから そこそこの年齢の方たち。
母は 88歳。
それからご想像してください。
一度など 名前と通りの名前しか 書いてない手紙が ちゃんと届いた。
県の名前も 郵便番号もなし。
それでも 調べてくれて ちゃんと届いた。
奇跡である。

小包を送るとなると 結構 送料だけで 3000円くらいになる。
25ユーロくらい。
内容物は。。。
これは自己申請である。
母の友人であるから そこそこの年齢。
奥ゆかしいのである。
だから 内容物の値段が本人にわかっては申し訳ないと
500円くらいと記載されてる。
お茶 梅干し ふりかけなどが そんなに安いわけではない。
しかし おかげで 税金がかかることはない。

小包なんて 一つ一つ じっくり検査するわけではないから
値段の高い物 税金をとらなければならないものに関しては
きちんと チェックするだろう。
すると 送ってはいけないものが入っていたりして
返送 ということになる。

今 調べて びっくりしたのは サッカリンを有する食品 は 送ってはいけないそうである。
サッカリンが入ってるかどうか なんて どうやってわかるのだろう。
今は 電子の力で ピピっと わかるのだろうか。
液体もダメだそうだ。
飛行機に ペットボトルを持ち込めないのと同じ理由だと思う。
輸入禁止になっているものなどなど。
あと 放射能汚染のあるもの。

返送される理由として 考えられるのは 住所に間違いがあった。
母の手紙は届いたけれど もしかしたら 住所の記載が間違っていたのかもしれない。
書き方が 英語のとは 違う。
だいたい まず 通りの名前 番号 
集合住宅の場合 階 部屋番号 (場合によっては 右か 左 という記載もあり)
それから コンマを打って 市町村の名前。
そして 郵便番号  県の名前。
そして 住所の上に 受取人の名前を書きます。

一度 中国からの小包で 住所が 間違っていて 郵便局の人が うちに来て この人知ってる?
って訊いてきた。
知らなかったので 中華料理屋さんに行って訊いてみたら と言った。
あとで 中華料理屋さんに行ったら この人知ってる人がいて 持って行ってあげた と喜んでいた。
名前と 市の名前だけ 正しかったのでした。
そういうのでも ちゃんと探して 持ってきてくれます。
郵便屋さんは 親切です。

ポイントは 送り主が 送料と内容物の合計が 45ユーロ以内になるように 内容物の値段を少なめに書くといいと思います。
スペインから 送る場合 贈り物です と言えば 内容物の値段なんて訊いてこない。
これは スペインの郵便事情が悪い とかいう問題ではなくて 
日本の 郵便局が 内容物の値段を書かせるという 無意味な 習慣が原因だと思います。

業者から 直接送ってもらうと 22ユーロから 税金の対象になるので アマゾンなどで買う時も
家族か友達に 送ってもらった方が いいと思います。
もちろん 正しい 住所で。

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スペインの郵便配達人。
ショッピングカーみたいなので 運びます。






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by cazorla | 2015-12-14 18:57 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)

平等教育の中で

前回の記事。
長男のモロローグ。
息子たちは カソルラから1時間半ほど離れたハエンのコンセルバトリーに週二回行く。
だから 車の中で おしゃべりをする。
先日 哲学の試験の1日前で 試験のテーマはプラトンだった。
ソクラテスはなぜ死ななくてはならなかったか。
それで 息子は いろいろと話し始めたのが あのモノローグ。
フランスの自治体選挙で 極右政党がのし上がっていることにも胸を痛めて
最近は 政治にも少し興味を持ち始めている。

話し終わった息子に夫が言った。
『君は だから 良い人になれるね。
それは とてもラッキーなことだ。』

そう来るか。
いや これはチェスじゃない。
良い人になれる。
わたしはそんなことばは出てこない。
夫は 自分を カトリックだとは言わない。
私たちは 教会に行かないし
子供達も 洗礼を受けてない。
それでも 夫は 1960年に生まれ 他の人たち同様 洗礼を受けた。
カトリックが 肉体に染み付いている。

こういう 経験があるからといって 必ずしも 『良い人』になれるとは思わない。
いじめっ子は いじめられっ子だった経験のある子が多いともいう。
だから こういう経験が いいとも思えないけれど とにかく
平坦ではないものの見方は できるようになるとは思う。 

私はカトリックの国に住んでいる。
カトリック的考えを否定しようとする動きももちろんある。
でも それは アンチ という兜をかぶった 一つのカトリックの形のような木がする。
私が住むハエンは アンダルシアの中では寒い冬をたまに我慢しなければならない。
カソルラは特に山に囲まれているので もともとは 農業的には 貧しかった と思う。
中世に 一度 可なりの飢饉になって多くの人が死んだ。
その時 カトリックであることを条件に ドイツから移民を受け入れた。
だから 見た目は ドイツ人かい? という人に出会う。
まず 青い目の人が多い。

カトリックの中でも いろんな集団がある。
それぞれに 役割があったり する。
あまり 詳しくないので 何も書けない。
信者の方も エルマンダ というグループ分けがあって
この小さな村にも 三つ エルマンダがある。
それぞれに 例えば お祭りのことなどで 意見の食い違いがあったりして
いろいろ 摩擦があったりする。
それでも
まあ とりあえず 僕たち 同じカトリックだし ということで
なんとなく つながっているのが カトリックの国だと思う。
いろんな面で 結構 ゆるいのだ。

イスラムの人たちに関しても 彼らも イエスやマリア様が 聖人の中に入っていて
まあ いうなれば どっかで繋がってるわけで
と 意外とゆるく 繋がってると思う。
ただ イスラムの人たちは 偶像崇拝は禁止なんで カトリックなんて
邪宗であると思ってるかもしれないが。

そういう ゆるく繋がった カトリックの国には いじめは 少なかった。
それが 1990年に スペインを放浪した時の 印象。

カトリックの力が衰えたのと同時に
理想的教育が 広がってきた。
理想主義的教育。

平等 自由 権利。

本当に平等なのか
自由なのか

日本もそうだった と思う。
自由だ 平等だ と言い始めた時
いじめが始まった。
平等だ といっても それは 権利の問題で
法の元に平等というだけなのに
みんな同じ という言葉だけが一人歩きし
現実との格差に 苛立つ。
カトリック社会が最高とかいう話ではない。
土着的社会にあっては アイデンティティを認識するのが簡単だったのではないかという話。
『自分を探して旅に出ています』という本が 日本で出たのが 80年くらい。
探すしかないと思う、自分を。
誰かを 攻撃するのではなく。

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by cazorla | 2015-12-14 04:46 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

seventeen

僕は 昔 よく考えてたんだ。
もしも 僕が 日本に住んでいたら 誰も僕を苛めないのにって。
きっと たくさん友達がいて
いっぱい いろんな話ができた。
ねえ 日本人って 本をいっぱい読むんだよね。
浮浪者まで 本を読むって 書いてたよ。
すごいね。
でも だんだん大きくなって 苛められなくなってから
わかったんだけど
いじめって ただ 共通の話題に過ぎないんだよね。
みんなで 集まって 一つのターゲットに向かっていく。
ちょっと 違う人がいれば そこに行く。
僕は 自分が スペイン人なのかなーってたまに考える。
多分 スペイン人なんだろうけど スペインという国家のために
命を犠牲にできるか ってきかれたら 絶対 できない。
僕は 日本人なのか どうだろう。
日本語もできないし。
日本で生まれたけど あんまり覚えてない。
でも ばあばと約束したんだ
日本チームで サッカーするよって。
ばあば 笑ってた。
でも やっぱり無理かなー。
日本語 できるようにならないとね。

なんで 今 そういう話をするかっていうとね
パリのテロのこと考えてたんだ。
一人は僕と同じ 17歳だったね。
二人は シリアの偽造パスポートを持っていた。
でも みんな フランスで生まれて フランス人だった。
〇〇人 って 実は 意味がないよね。
そこに住んでいても そこに溶け込んでなかったら 
自分で そこの国に人って思えないもの。
彼らは 両親が イスラム教の国の人だったから
イスラムのために死んだら イスラムに 100パーセント受け入れてもらえる って
思ったんだろうね。
なんとなく そういうのが わかるような気がするんだ。
僕は 肉体的には 半々だから そういう どうにかしたら どこかで
100パーセント受け入れられるという可能性がない。
それは ある意味 いいことかもしれない。
だって 僕は 僕である以外何者でもない と言い切れるから。
それでも もちろん たまに寂しい気持ちになる。

僕は 宗教はないけど
宗教はあってもいいと思ってるよ。
宗教がなかったら 戦争はない なんて思ってる人がいるけど
それは 違う。
宗教がなかったら また 違う口実で 攻撃を仕掛けてくる。

だって 僕は みんなとできるだけ 同じ話題で話せるよう努力したけど
そんなの無駄だって わかるから。
チノじゃない 日本人だって いうのも無駄。
どっちだっていいんだ。
違う ということは 変わりないからね。

でもね 僕は ピアノを弾いてると 誰かから とても愛されてるような
ああ ちょっと違うね
なんか 温かいもので包まれてるような 気持ちになる。
みんなの前で 弾いてると 聞いてる人と 一体化していくような気持ち。
うまく言えないけど つながっているような。

無理につながることはないんだよね。
自然に つながっていくんだから。
多分 無理せずに ほっとけば 自然に世界は つながっていくような
そんな気がすることがあるよ。

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by cazorla | 2015-12-10 18:50 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(12)

プート チノ

地域によって ある物事の持つ意味合いが変わる。
それが持つ価値とか。
そういうもの。
サッカーとバスケットボール。
アメリカ合衆国では バスケは 貧しい地域にも あのカゴがぶら下がっていれば出来るスポーツ。
女子サッカーなんかは どちらかといえば 中流子女のスポーツ。
『トラベリング パンツ』という 心温まる合衆国の小説の主人公の一人が 女子サッカーをしていた。
でも スペインでは バスケの方が セニョリートのスポーツ。
それでも どこの町にも サッカー部がある。
それは 学校に属してるのではなく 自治体に属している。
カソルラは コマルカ(この山村地方全体)の中心の町であるから
ほんの少し 気取って バスケットに力を入れている。
だから サッカーには あまり経費を割いてない。
コーチも 特に資格を持ってるかどうか どうでもよくて
少ない給料で 我慢してくれる人なら 誰でも良い。
そのせいか 雰囲気があまりよくない。
ちゃんと 見てないから 元気な子供達の好きなように 勝手にチームが運営されていく。
うちの息子たちは 成長が他の子供より遅い方だったので 小学校低学年の時は 苦労した。
ピアノをしてるから ゴールキーパーは絶対 してはいけないのに 無理強いされたり
いじめられたりして 泣きながら帰ってきていた。
だから 車で20分の隣の村のサッカーチームに入れた。
隣村は 観光も何もない普通の農村。
だから ごく普通に サッカーが 一番大事な スポーツで
コーチも ちゃんとした人がいて きちんと トレーニングしてくれる。
そうやって もう7年くらい。
それが原因で カソルラの学校でいじめられることもあったけど
すっかり 大きくなったから 『直接』のいじめはなくなった。

先日 息子たちがプレイしている トゥヒアと カソルラの試合があった。
4対0で 息子たちが勝った。
夜 夫がいない時に カソルラの子たちが ドアをガンガンと叩いて

プート チノ と叫んで 行ってしまった。

プートというのは 相手を侮蔑する時に使う言葉。
プータが 売女で その男性型である。
チノは 中国人。
典型的な 罵倒である。

もしかしたら チームの子ではないのかもしれない。
そうやって つるんで 同じ目的
同じ笑い
同じ文脈でつながっていることに 心地よさを感じているのだと思う。

多くを語る言葉を持たない人たちのつながり。

ただ 誰かを 誰かと一緒に攻撃したい という気持ちがそこにあるだけだ。
それは 差別ですらない。


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by cazorla | 2015-12-10 08:03 | カソルラ | Trackback | Comments(12)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla