結局のところ歳をとったということなのかもしれない。
日本語がよくわからないのは、日本を離れているせいだけではないだろう。

頂くという言葉があります。
いただく

ご飯を食べる前に「いただきまーす。」という頂く。
柳田国男の毎日の言葉によると、
食べる前に食べ物を一皿ずつ頭の上にのせて神様に感謝したのが始まりだそうです。
昔は、対して皿数もなかったでしょうから、頂くのも3回くらいですんだのかもしれません。

つまり、頂くは頭に載せるということ。
謙譲語です。
学校でもこれは謙譲語ですから、第一人称にしか使えませんとしつこく習いました。
もちろん家でも厳しく教えられました。

第一人称以外では、お手伝いに来ている人には使う場合があります。

例えば、お手伝いさんを連れて、どこかに行く。
ご挨拶だけと思っていたのに、お茶とお菓子が出される。
奥さんだけでは申し訳ないので、お手伝いさんの分も用意される。

すると奥さんがお手伝いさんにいうのです。
「せっかくだから、あなたもいただいたら?」
これは、用意してくださった方を立てて、お手伝いさんを第一人称の範疇に入れているという場合。

ところがですね、今は頂くを丁寧語として使うらしい。
とんでもない、と明治時代の祖母に育てられた私などは思います。


母が最近テレビを見ないのは、見ると腹たつことが多いからだそうです。
NHKのアナウンサーでさえ、間違った日本語を使うので、聞いていてイラつくと。

まあ、私は人のことが言えるほどちゃんとした日本語ではないのですが、それでも頂くを第二人称、第三人称に使うのが普通になってしまって、もう日本語もわかりません、と言うしかないですね。
スペインの若者言葉もわからなくて、息子がなんか言うたびに娘に通訳してもらう。

世界中、どこも同じです。夫は夫で「僕は君の友達ではない。」と言いながら言葉を訂正する毎日。

若者の言葉が気になるのは年取った証拠ですか?

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by cazorla | 2017-06-29 02:18 | 思うこと | Trackback | Comments(10)

私たちは日本という豊かな国に住んでいると思ってますよね。
医療面でも、最高だと思っていたのに、昨日紹介した記事では世界で10位に入っていませんでした。
意外に思った人も多かったのではないでしょうか。
フランスもドイツも、そしてもちろんイギリスも入っていません。

この医療の質の高い国ですが、日本の場合、問題は均一性なのではないかと思います。
ヨーロッパだと私立のクリニックももちろんありますが、基本は社会保険で運用される公立の病院です。
住んでいる地域に基本の内科と小児科があり、簡単な検査はそこでできます。
そして、さらに専門の検査や治療は大きな病院になります。
村→市→県→州→国
のようなピラミッド型システム。

日本の場合は社会保険が使えるとはいえ、基本は私立のクリニックが多いので、ある地域に集中し、患者の少ない地域にはほとんどクリニックがないために、医療サービスが受けにくい地域が出て、その結果10位に入らなかったのだと思います。

もう一度、1位から10位までを引用します。

■医療サービスの質が高い国トップ10(HAQインデックスによる)
1. アンドラ
2. アイスランド
3. スイス
4. スウェーデン
5. ノルウェー
6. オーストラリア
7. フィンランド
8. スペイン
9. オランダ
10. ルクセンブルク


一位のアンドラはスペインとフランスの境目、ピレネー山脈のところにある、ほぼ「町」と言ってもいいくらい小さな国です。
税金がつかないので、多くの人がお買い物に行くため、小さいながら安定した経済力を持つ国です。

それ以外はやっぱり北欧。北欧も資源や商業が発達しながらも人口が少ないので医療サービスが行き届いています。

意外なのはスペインではないですか?
スペインは大病の場合、サービスが行き届いています。
例えば脳腫瘍。
私もありますが、検査から施術が無料です。
経済的に落ち込んで、医療費も少し倹約の傾向にありますから、風邪などは社会保険から外されました。(ただし、診察は無料)
ですから、一般の人には、スペインの医療は必ずしも裁量というわけではありません。しかし、大病、癌やそれに準じたものの場合、安心できます。
また、ケアもあって、例えば心臓の手術をしてあまり動き回らない方が良い場合、家事の援助があります。
28歳で手術をしたマリカルメンの家には週二回、ハウスキーパーが30年間派遣されていました。
検査の結果、心臓が平均水準になったのでハウスキーパーサービスがなくなりましたが、30年間という長い間ってすごいです。

それから寝たきり老人が少ないのは毎日散歩に連れ出されるからです。
毎日、介護の人が各家を訪問し腕をとって、1時間から2時間散歩をします。
ですから、寝たきりになる可能性も低くなるのではないかと思います。
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Photo by Tiago Muraro on Unsplash

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by cazorla | 2017-06-27 23:30 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(2)

父が12年前に手術の後、死んでしまった。
手術は成功したものの、なぜか突然死んでしまった。
以前にも書いたかもしれない。
父は首の付け根部分の血管が詰まってしまったために、血が頭に届かないために、脳が働かない時があった。
夜中にトイレに行きたくなって、どこにトイレがあるか思い出せないので家の中を探し回った。
そういう状態で手術をした。
そういう状態であったが、まだオムツをしていなかった。
病院では、オムツをされた。
父は、オムツを自分で外した。父の最後のプライドである。
オムツを外すのでベッドに縛られた。
父は強靭な人だったので、縛られた綱も外して、またオムツを外した。
さらに強く縛られた。
そうやって手術し、成功したのが6月11日。
成功したのだから、血は頭に登って行き、脳は以前より機能する。
しかし、部分的に壊死していたから、言葉がうまくでないところもあったそうだ。
それでも、自分が自分であることや、どこにいるか、そういうことはわかっていたのだと思う。
そして、オムツをすることの不快さも。
父はそれなりの体を持っていたので、重かったと思うし、だから世話をするのも大変だったと思う。
父を車椅子から、ベッドに移す時抱えて投げてベッドに置いていた。
投げつけられるから当然痛い。
「痛い、痛い」と父が言うと介護の人が「痛いですか、ははは」と笑ったと母が言う。
歳をとった夫婦のみで、家族が他にいないので、軽く扱われていたのだと思う。
そして、6月20日に死んだ。母の誕生日に。母がこれ以上苦しまないように。
これはある意味虐待死であったと思う。

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もちろん医療現場は人手不足で大変だと言うことはわかっている。
しかし、日本と言う国は憲法で基本的人権を守られることになっているのではないか?
それは国民の権利だし、国の義務だ。
医療現場が人手不足なら、国はそれに対して何かするべきだし、国民もそれを求めるべきだ。
虐待は医療現場による虐待ではなく、国による虐待だと、そう考えてます。

人が人であること、それは守られるべきことだと思います。
赤ん坊であっても、年寄りであっても。

一人の人間として、一つの人格として、人権を持った個人として扱われること。
それが虐待を、どう言う種類の虐待にしても、虐待を少なくしていくことだと思います。


■医療サービスの質が高い国トップ10(HAQインデックスによる)
1. アンドラ
2. アイスランド
3. スイス
4. スウェーデン
5. ノルウェー
6. オーストラリア
7. フィンランド
8. スペイン
9. オランダ
10. ルクセンブルク







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by cazorla | 2017-06-27 07:07 | 思うこと | Trackback | Comments(3)

日本では虐待で1日1人の子供が死んでいるという統計があるそうです。
狭山虐待事件の判決が降りて、その記事を読んで思ったことを書きます。

下のようなコメントが載っていました。
このような児童虐待事件を防ぎたいと願うが、「たとえ子どもの(泣き叫ぶ)声を聞いても、それぞれの家庭に事情があり、実際に通報できるかと言えば、できない。警察か、児童相談所か、どこに言えばいいのかも分からない。こういうときにどこに通報するのか、もっと分かりやすくなればいい」と話した。
いつも同じようなコメントが載ります。
シンプルな法律でこれは解決できることなのではないでしょうか。
スペインでは、子供が10分以上泣いていたら、警察に通報します。
どんな事情があっても10分以上泣くというのは異常な事態です。
悪いことをして叱っても、もう絶対しないね、と言えば泣くのをやめます。

赤ちゃんが泣くのは、お腹が減っているか、オムツが濡れているか、気持ちが悪かったり体調が悪いなどの理由で、抱きかかえてあやせば泣き方も穏やかになります。

シンプルに警察に通報することが市民の義務になればと思います。
結局は、隣人に関わりたくない、隣人に恨まれたくない、というようなことでしょう。

それから「私も子供がいるが、虐待する気持ちがわからない。」というのもありました。
本当にそうでしょうか?
虐待を一切したことがない親がいるとは思えません。
多かれ少なかれ虐待はどこの親子関係の中にもあるのではないでしょうか。
虐待で死んでしまうのはごく一部の子供です。
それは、誰でも子供を殺してしまったら、社会的に抹殺されるのを知ってるからです。
だから、どんなに感情的になってもコントロールする。
死にまで追いやることは、まずないということです。
それでもこれだけ虐待死が報道されるのは、「虐待」が数多く存在していることの証拠です。
私だって、虐待したことはあります。
そして、虐待されたことがあります。
全く潔白な母親なんて本当に少ない。

こういうことを言うと理想論だと言われるかもしれません。
しかし、やはり言いたいのは虐待して殺したのはこの母親ではなく、
私たちもそこに関わっていたんだと言うことです。
仮にそばに住んでいて、泣く声が聞こえても知らん顔していたから共犯というだけではなく、
虐待せざるおえない状況を、または社会を作っている私たちが、
虐待させている、そして虐待されている子どもの一部が死んでいっている。

虐待にもグレードがあります。
自覚してなくても虐待になりうること。
悪いことをしたから叱っているという場合でも、そこに計画性、方向性、目的性がかけていたらそれは虐待です。
感情的になりすぎているかもしれません。感情的になったらそれは虐待です。
ほんの少し洋服を汚した程度で叱ったら虐待です。

もしかしたらオムツ外しをしないのも虐待と呼べるかもしれません。
私が赤ちゃんのときは、オムツは1歳の時に外していました。
今は2歳、3歳でもオムツをつけている。
これってもしかしたら虐待ではないですか?
だって、仮に私自身が今オムツをつけることを誰かに強要されたとします。
そしてトイレに行くことを禁止されるとこれは虐待ですよね?

そういうささやかな虐待は社会の中にあって、ちょっとずつグレードを増して、ある人はかなりひどいことをして、そして殺してしまっている。
ささやかなところから少しずつ、虐待を減らしていくこと、これが大事なのではないかと思います。
化学の実験的見解ですが。

正直に言えば、私がスペインに引越しを決めたのは虐待しそうな自分が怖かったからです。
私はスペインに逃げました。
私の中にある攻撃性が目覚めないうちに逃げました。
逃げ場のない人が虐待をして、殺している。
そう思うと死んでいった子どもたちにも、殺してしまった母親たちにも、責任を感じざるおえないのです。

そういうことを考えました。

つまり、子どもを連れたお母さんにもっと優しくしてあげてください、と言いたいのです。

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by cazorla | 2017-06-24 07:02 | こども | Trackback | Comments(6)


先日、マドリードに行ってきた時に見た信号です。
新聞の記事で、読んでいたのですが、こんなにあちらこちらにあるとは思いませんでした。

ホモセクシュアリティの信号。
別に私はアンチ同性愛者ではありませんが、何故にしてこのようなものを設置するんだろうって思うのです。
というか、私の周りには同性愛者の人がいっぱいいるし、友人でもありますし、
若い頃は東中野に住んでいたので、同性愛の隣人もいて、ごく普通に空気に溶け込むように普通にありました。
それは善でもなければ、悪でもなく、ただ好みというかそういうものとしてそこにあったのです。

その上、ちょうど1980年くらいは少年愛ブームでもあって、文学とか漫画の世界では美化しすぎの傾向さえあった時代です。
でも、それは現在のスペインのあり方とは違った形でした。
そもそも、日本では同性愛に対して、極度に攻撃的ではなかったし、平安時代の文学の世界にも現れていて、ごく自然にあったのではないかと思います。

イギリスで1954年数学者のアラン・チューリングが同性愛の罪で逮捕され、刑務所でなくなってしまいましたが、そういう悲惨な事件は日本ではないと思うのですが、どうでしょう?
(にも関わらず日本ではまだ結婚が認められてないのですが。)

だからといって、同性愛者信号って何?と思わずにはいられないのです。

随分昔に、フェミニズム信号が設置されたことを記事にしています。


何故に信号?
と考えちゃうんですよね。

うーん。どうして何でしょうね。



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by cazorla | 2017-06-22 12:07 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

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マドリードにて。
正直、最初見たとき、エコロジストのデモだと思いました。
こういうのを使ってデモをしたってニュースを昔読んだようなきがするので。
ペダルをみんなで漕いで、動かすという、完璧エコ仕様の車です。
それに準じたこのBバイク。
結構、デブの女性が乗っているのが笑える。

8人から11人乗車可能で、添乗員が一人つきます。
みんなでペダルを漕いで、マドリード周遊する。
45分間で220ユーロ。3万円くらい?
10人として一人3,000円。
250ユーロだと飲み物付きだそうです。

今、マドリードは暑い日が続いています。
大丈夫かな?
これは義弟の結婚式の次の日撮影したものです。
この日も暑かったのですが、さらに暑くなっているらしい。

必死で漕いでいても、スピードには限界があるから、クラクション鳴らしている車も多く、見ている方は暑苦しかった。

乗ってみたい?




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by cazorla | 2017-06-18 20:22 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(6)

素敵な人生のあり方というのはどういうものだろう。
一つには、あなたの赤ちゃん時代、もしくは幼児時代をよく知っている親しい人がいること。
両親以外にそういう人がいるのは、素敵なことの一つだ。
「君は赤ちゃん時代から頑固でねー。」とか、
「君は赤ちゃんの時、そりゃー可愛くて、抱っこして歩いていると人だかりができたよ。」とか、
そういうことを言ってくれる優しい両親以外の人を持っているというのは人生がより素敵になることだと思う。

先日、義弟が結婚したけれど、義弟にとって夫はそういう人だ。
義弟は夫の腹違いの弟で、夫が大学時代に生まれた。
だから、夫は義弟のオムツを替えている。
もう、35歳になっている弟だが、そういう意味で夫は兄以上の存在。

そして、娘にもそういう人がいた。
夫の親友。夫より、私より1歳年下。
娘が1歳の時、まだ東京に住んでいた頃、年末を過ごすためにスペインにやってきた時の写真だ。

娘はだいたいアレルギーがあるから、暑くなるとお尻が痒くなる。
そういうわけで、暖かい部屋の中ではいきなりズボンもパンティも脱いでしまう。
人の家でそういうことをやっているのだ。

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今週の火曜日は13日だった。
スペインでは火曜日はあまり旅行などをしない方が良いと言われる日。
運が悪い日。そこに13日が重なるとかなりひどい日だ。

その日に彼は死んでしまった。
すい臓がんで数ヶ月苦しんでいた結果である。

人生に意味を見出そうとすると、かなりしんどい気持ちになる。
人生に意味なんかないんだよ、と私は言いたい。
ただ、受け入れるしかできないじゃないか。

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by cazorla | 2017-06-15 23:16 | 思うこと | Trackback | Comments(0)

結婚式の楽しさは家族に会えるということかもしれません。
普段忙しくてなかなか会えない家族。
他の方のブログを見ていると週末はいつも家族の誕生会などでいつも一緒というスペインの家庭も多いようですが、うちの夫の場合、それぞれに忙しく、特に義父はちっともファミリーな人ではないので会うこともなく時がすぎる。

義父は2002年から恋人ができて、彼女と一緒に住み始めているのですが、そう考えると15年も会っていないことになります。
マドリードに住んでいる義妹が「私だって5年くらい会ってない。」というくらいですから。
うちはアンダルシアのその中でも特に山付近に住んでいるので、来るのも出るのも面倒な場所。

義父の恋人に関してはあまり情報がなく、どんな人だろうとワクワクして行きました。
義妹の娘、つまり姪っ子の話によると半分優しくて、半分無愛想な人という情報。
40歳くらいーと言うのでそれはあまりに若すぎないかと言うと。だって義父はもう85歳。
義妹が65歳と正しい情報をくれました。
10代にとっては40も60も同じようなものなんですよね。
65歳だって、義父にとってはかなり若い。

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義父の恋人とも仲良くなって楽しかった。
世代が近いと言うこともあって、(私が57歳だから)
話が合いました。美術館とクラシックのコンサートの情報などをもらって手を繋いで歩きました。

久しぶりに会った甥っ子が16歳になって背が高く、ハンサムボーイになっていて。
そんなハンサムな男の子が別れる時にぎゅっと抱きしめてくれて
会えてよかったーと言ってくれたのも嬉しかった。
社交儀礼とはいえ、やっぱり嬉しいですよね。

一人っ子だから、家族って嬉しいな。




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by cazorla | 2017-06-13 18:42 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

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義弟の結婚式でマドリードに行ってきました。
6月はスペインではなかなか良い時期です。
普通は。
でも昨日は暑かった。
でも普通は暑すぎず、花も咲き誇って素敵な時期なので結婚式はやっぱり6月。
マドリード郊外のラ・フィンカ・エル・アルベロの広い庭で結婚式。
だから6月は結婚式にぴったりの時期。
池には白鳥がいて、鴨が赤ちゃんを生んでいて
そういう意味でも素敵な時期です。

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まず儀式。
神前結婚ではなく、人前結婚。
午後6時に始まります。
儀式は40分くらい。

そのあと、アペルティボの時間。

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メイドさんたちが勢揃いしています。
ハモンセラーノ(スペイン生ハム)を切る人もいてハムもたくさん。
小さめクリームコロッケ、小さめキッシュ、パテ、くだものと飲み物が運べれてきてずっと飲んだり食べたりして
9時になると夕食が始まります。
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まだ明るいから時間の感覚がずれてしまう。

ケーキがすごく美味しくて、お代わりしてしまいました。


思ったこと、起きたことなど色々ありますが、帰宅して疲れてるのでとりあえず、結婚式の様子だけご報告です。



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by cazorla | 2017-06-12 07:34 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

なぜだか2009年のこの記事がアクセス2位になっていて、久しぶりに見て「かわいいー!」と思ってしまいました。
どこかでスペインの学校ってカンカンとか踊っちゃうんだーなんて紹介されたのでしょうか。
こんなにかわいくて、お尻をプリンと見せてもかわいい人たちも現在中学4年生。
i日本式に言えば高校1年生です。
6月に終了し、これから大学に進学する子はバチジェラートに、行かない子は専門学校に行きます。
男の子たちは今でも、まー男の子ですが、女の子は変わりましたよ。
お化粧して、うちの大きい方の息子を誘惑したりしてるらしい。やれやれ
育児なんてあっというまに終わっちゃうんですよね。
忙しくしてるとますます速くて、ふと気づくとみんなの大きくなりすぎ!
末っ子も靴のサイズが42です。日本式だと何センチになるんですか?27cmくらい?
臭いし、かわいくない。

スペインは今年はなかなか暑くならなかったんですが、やっとというか
とうとう夏になって30度超えました。

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by cazorla | 2017-06-09 20:30 | こども | Trackback | Comments(2)