スペインは春休み

いわゆるイースター休みです。
子供達、あああもう子供たちではないけれど、でもまあ子供達全員揃います。
イースター用のお菓子を作ったりしようかなと思っていますが、
全員揃っているはずの子供達は、今日は誰もいません。
イースター前夜祭というか、パーティーに行った模様。

まあ、そういうわけでハーピーイースター。

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# by cazorla | 2017-04-09 08:18 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(4)
昨年の流行語大賞か何かになった「保育園落ちた、日本死ね。」というフレーズ。
ちょっと前にこれを書いた人の文章を読みました。
赤ちゃんができた時点で、ワンランク上の新しい家に引っ越したそうで、それで、そのプランは全部、子供を保育園に預けて働いて得た収入を見込んでいたそうなんですが、
世代の違いもあるかもしれないけど、見通しがちょっと甘かったということでしょうか。

前回の記事で、マリアが生まれてちょっと貧乏で内職していたことを書いたのですが、若干貧乏は覚悟しておくべきだったのかなと。でも、私は貧乏であっても生活を素敵にするには、衣食住ではまず「住」を大事にしたいなと思い、かなり無理して、マンションを買いました。それぞれにライフスタイルがありますから、どれがベストだとは言えないし、それぞれが一番大事だと思うものにお金をかければいいと思います。

でも、とりあえず、私は家がそこそこ綺麗であることが大事だなと思っていました。昭和天皇の妹さんの写真を「暮らしの手帳」という雑誌で見たことがあります。かなり貧乏で、生活保護ギリギリくらいのという説明がきでしたが、子供達は妹さんの作ったみつゾロ絵の半ズボンのスーツを着てきちんと正座をしている写真でした。これを見たときに、思い出したのが「風と共に去りぬ」で、落ちぶれたスカーレットオハラがカーテンを使ってドレスをつくる場面です。贅沢に育った人たちは、「あるべき状態」にする技術を持っているのだなと感動しました。私は全く洋裁などしません。マリアが赤ちゃんの時、服を何枚か作ったくらいで、スーツなどとてもじゃないけれど作れない。天皇家に育った人が、作れてしまうのに。

いや、ちょっとずれてしまいましたが、貧乏でも貧乏くさくない生活ができることが大事なんだと思います。
保育園落ちて、働けなくても、ワンランク上の家に住むのは可能だと思ったから、こういうことを買いているのです。専業主婦がいるのといないのとでは、(つまり共働きかワンインカムかの場合ですが)生活費にものすごく差ができます。主婦はお金をかけなくてもガラスープなど作ってグツグツとブーケガルニがたっぷりの美味しい料理を時間をかけて作ります。主婦は、会社で働くほど、靴や衣装が必要ではないし、交際費も抑えられるし。だから、ワンインカムになってもそんなに大変じゃないのではないかなと思います。

でも、その一方で私は三鷹で保育園に落ちたために自治体を訴えた人は支持します。
四人めが生まれて、保育園に入れてもらえなかったので、自治体を起訴したニュース。日本死ねという代わりに、行動に移したのは、立派だと思います。それに四人も子供がいたら無条件に保育園に入れる、というのが普通であるというのが、私は健全だと思ってます。そうじゃないと、誰もわんさか子供を作らない。作りたくても作れない。
戦時中は子供をたくさん産むことが、国益だと言われていましたが、普段の平和な国でもやはり国益だと思います。一人の老人を支える就労者たちがいないと社会保障も全て壊れてしまう。

だらだら無意味に活気ましたが、「死ね」なんて言わないで、解決する方向に歩いていきたいなということです。



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# by cazorla | 2017-04-08 08:15 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

1996年新宿区民

ふと最近思い出したこと。
昔、内職してました。マリアが生まれてすぐの頃です。
マリアを生んだ頃、子育てが楽しくで、子育てに熱中していました。
でも、やっぱりお金がないと困るなーと。
マンションを買ったばかりだったし、生活はなかなか大変でした。
区報を見たら、区役所で内職を紹介しているとのこと。それで早速区役所に。

新宿民だったんですが。新宿というのはなかなか良い区なのです。
赤ちゃんが生まれた時に出産お祝いがあります。
マリアは木製の食事椅子をもらいました。
かなり重いちゃんとした木で、かわいかった。
エンリケは、小さなソファーベッド。
それから、幸福の木とかそういう鉢植えがもらえます。
毎年、4月28日の緑の日には、やはり植木がもらえます。
夏みかんの木とか。
あと、ベランダにお花を植えると長さ1mにつき月1000円とかね。

ちょっと話が逸れました。つまり、新宿区は区民に優しい区なのです。
お仕事はすぐもらえました。
区役所の内職斡旋の係りの人は、50歳くらいの女性でした。
すごく優しい人。お仕事を斡旋するだけではなく、相談に乗ってくれたり。
宛名書きの内職をいただきました。
単純作業が実はものすごく好きなのです。

内職以外にも、新製品のモニターをしていて、図書券をもらっていました。
今でもそういうモニターのお仕事ってあるのでしょうか。
発売前のドレッシングとか、お菓子などが送られてきて、それについて感想を書く。
そういうものが送られてくるのも楽しかった。
中には一緒に図書券、500円分が入っていて、
2000円くらいになったら、本屋さんに行って。

30代の私はそういうことが楽しかったなと、ふと思い出したのです。

1996年、武満徹が亡くなった年。
マリアが生まれて、ちょっと貧乏で、それでも楽しかったなーと。
そして、マリアは卒論のテーマを武満徹にして、世界はきっとどこかで繋がっているんだなと。
繋がっている1996年の新宿のことをふと思い出したのです。



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# by cazorla | 2017-04-06 07:50 | 思い出 | Trackback | Comments(2)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla