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車椅子の人がいます。
スペインに来て、車椅子の人が多いなと感じました。
マドリード郊外、アルカラ・デ・エナーレスに住んでいたときも、バスに乗るときなどによく出会いました。
若干の違いはあっても、どこにいようと車椅子の人の数、その人口に対する割合はあまり変わらないのではないかなと思います。
それなのに、日本に住んでいるとあまり車椅子の人に出会わない、ですよね?
どうしてなのでしょう。

1980年くらいに、博多に行ったとき、車椅子の人をたくさん見ました。
博多のピカソ展に行ったので、県立美術館のあるあたりです。
車椅子が滑り出すように、さっさーと走り去って行ったのです。
もちろん、たくさんと言ってもせいぜい5台くらいだったと思うのですが、その風景は未来の扉を開けた場所を示唆しているように私の頭に残りました。
車椅子の人たちは、付き添いの人もいなくて一人で颯爽と走り去って行きました。

そのときは、なんといっても18歳のガキンチョだったので、博多は交通事故が多いのだろうかと思ったのです。
それでも、車椅子の人が自由に一人で動き回っているシーンはとても美しく感じました。

多分、博多の街は、車椅子で動きやすいデザインになっているのでしょう。

スペインに来て、車椅子の人をたくさん見るようになって思うのですが、車椅子だけではなく手話で話している人がその辺りにいたりする、それが健全な社会なのではないかと思うのです。ダウン症の人もよくいます。ダウン症の人が経営しているお店もあります。

写真の話に戻ります。

この日は、ツナのコンサートの日でした。Tunaというのは、もともとはセレナーデを歌う大学生音楽グループです。
衣装も伝統的なマントをつけた中世のような服装です。

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こういう服装で、セレナーデを歌います。セレナーデは、バルコニーの下で女性に愛を語るとてもロマンチックな歌です。そのコンサートが終わり、特別ゲストがマリアッチのグループでした。

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マリアッチはメキシコの愛を語る音楽。歌唱方法は、いわゆるクラシックの声の出し方にも準じているので、無理やり同じグループに入れてしまったのかどうか。でも、とにかく、このマリアッチの音楽で、ツナの人たちもすっかりリラックスして一緒に踊ったりとても楽しく過ごしました。

踊りは二人で組んで踊る、いわゆる社交ダンスのような感じです。
カップルで来ている人は、パートナーと踊っていましたが、一人で来ている人、同性の友達と来ている人は、踊る相手を探して踊ります。

車椅子の人も踊る相手を探して踊っていました。
断る人もいるし、断らない人もいる。
それは、他の男の人たちと同様です。

「車椅子を使っている」というのが、その人の特徴の一つでしかないのではないかと、ふと思いました。
太っているとか痩せている、背が高いとか低いとか、そういう特徴の一つに過ぎないのではないかと。
もしかして、私たちは「身障者」ということに構え過ぎてしまうのではないかと思います。
例えば、身障者が踊りを申し込んで、断りたいと思っても、断ると差別しているような後味悪さを感じてしまう。
だから嫌だけど踊る。
それがまた嫌だから、できるだけ関わらないようにしたいと思う。

そういう意識構造があるのではないかとふと思いました。
でも、ここでは、踊りたいと思う人は踊るし、断る人は断る。
断られても、彼はちっとも気にせず、次の女性を見つける。
彼は彼で、「身障者」だから断られてしまう、とは思っていない。
いや、思ってるかもしれないけど、だからってそれは背が低いからモテない、と同じレベルで考えているのではないかと思います。

そういうごく普通に付き合いができるようになるには、たくさん車椅子の人が街に出て、関わりを持つというのが第一歩。
そのためには、車椅子で一人でどこにでもいける街づくりをするというのが基本になると思います。


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# by cazorla | 2017-10-01 06:10 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(10)

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カセレスで食べた修道院のお菓子アルメンドラがおいしかったので作ってみました。
参考にしたのは、右の本です。
修道院の料理の本。
スペイン北部、ブルゴス県のレルマ。
Monasterio de La Ascensión del Señor
ラ・アセンシオン・デル・セニョール修道院のレシピ。

アーモンド100g
砂糖 100g
卵1個
あればレモンの皮すりおろし少々
丸ごとアーモンド、7個くらい

卵は黄身と白身に分けて、白身は固くあわ立てます。
残りの材料を全部混ぜて、だいたい混ざったら固くあわ立てた白身をいれて混ぜます。
固すぎたら水をちょっと入れる。(この辺りがとっても修道女的発想)

丸めて真ん中にアーモンド一粒ずつ置きます。

写真のアーモンドが白いのは、皮を向いたアーモンドしか家になかったからです。
向いてない方が、味もアクセントになるし、見た目もいいと思います。

アルメンドラードは、マサパンのようなものですが、マサパンは黄身だけしか使いません。そのため、もっと濃い味。



修道院でお菓子を買った時の記事は↓
こちらのアルメンドラードは絞り出ししてますね。
絞り出すためには、少し卵を多くするか、水を足します。




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# by cazorla | 2017-09-27 21:22 | レシピー集 | Trackback | Comments(2)

安楽死と寝たきり老人

我が村に住んでいるオランダ人から、メールをもらった。
某新聞記事。
安楽死について。
eutanasiaなんて難しい言葉を、私は知らなかった。

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たった14年で安楽死が3倍以上増えているのがわかる。
安楽死という選択。
2年前に伊藤比呂美の『読み解き「般若心経」』を再読したばかりだった。

安楽死というのは、本人の意思で決めるとはいえ、安楽死を決心する時期というのはまだまだしっかり生き続けられる時期なのではないかと思う。
決心するには、かなりエネルギーが必要だから。

実は安楽死について書こうと思ったわけではない。
寝たきり老人について書きたいと思っていた。

ヨーロッパでは寝たきり老人が少ないのは、安楽死がないからだという記事を以前どこかで読んだ。
日本はとにかく延命処置をするから、寝たきりが多いのだという。

これ、私はずっと疑っていた。
安楽死は、実は日本でもある程度存在しているだろうと想像される。
伊藤比呂美のお母さんも延命処置をしないでほしいという書類にサインしたとあった。

安楽死が増えたオランダ。しかし、多いとはいえ、死亡原因の6パーセント。
もちろん、6パーセントは他の国に比べて大きな数字。
しかし、たったの6パーセントとも言える。

安楽死の内訳は
つまり安楽死をした人の年齢の内訳は出ていないが、老人だけではない。
むしろ、癌患者の多くは老人とはいえない年齢の人たちだろう。
そして、寝足りきり老人の数字を確認していないが、安楽死と寝たきり老人はやはり関係ないのではないかとこのグラフを見ながら思った。

母が2年前の冬に、お風呂で滑って倒れて、歩けなくなった。



寝たきり老人になる、一歩手前だった。
いや、2ヶ月か3ヶ月、もう数えられないけれど、寝たきり状態だった。
それを克服して歩けるようになったのは、やはり家族に助けられたから。
歩く努力、希望がないと寝たままそのままになってしまう。

寝たきり老人を看病している人を批判してるわけではありません。
スペインにだって、多分、寝たきり老人はどこかにいると思います。
それでも、
やはり自分が寝たきり老人にならないために、いろいろなことを分析しています。

先日、私が執筆させてもらっているトラベルクリップというページの中国在住の人の記事を読んでちょっとびっくり。



このスーパーおじいちゃんって、60前後。
へい! 私じゃ。私も57歳ですから。
以前、何かの仕事で、ちょっとプールで2000メートル泳いでから始めます、と言ったら50過ぎて2000メートルってすごいですね、と言われた。
そーですか?
ドイツ人グループは5000メートルくらい、70近くなっても泳いでる。
彼らは、機械です。
あのガッチリした体に比べると、私などヒョロヒョロで。

つまり、老人たちがヨーロッパは元気です。
日本人は若く見えるというけど、肉体的にはかなり老化が早いのではないかと思う。
だから、私は同い年の夫に負けないように頑張っている。
先日、ドイツの新聞の漫画を見て笑ったけど、悲しかった。
日本人女性という題名で、20代、30代、40代が綺麗で、50代でいきなりがくんときている。

スペインでは、50すぎての出産は普通で、特に「高齢出産」とは言われない。
私は41でもかなりきつかったけれども。
周りで52の母親から生まれた末っ子ちゃんたちがうじゃうじゃいて驚かされる。
今は経済的問題、つまり大学進学など諸々の問題でなかなか年取って産むということは少なくなったようだけど。

やっぱり寝たきり老人が少ない、というのは社会制度に原因があると思う。

この辺りでは90歳で一人暮らしで、掃除を一人でやって買い物をしてる老人が(女性が主だけれど)多い。
もちろん、80すぎて体力がなくなった人もいる。
そういう人は配偶者が手伝う。
大抵夫が妻を介護している場合が多い。
男性はいつも、女性を助ける立場を選ぶのかもしれない。騎士道精神(カバジェーロ)スペイン人。

一人暮らしで弱ったら、介護の人が来る。
介護の人は、日本のような介護をしない。
腕をとって2時間、歩き回る。
ただ、ひたすら歩く。
歩いているから、家のことは自分でできる。
まだ、まだ。
買い物は電話をかければスーパーが配達して来る。
ちょっとしたものは、甥っ子姪っ子、息子や娘に頼む。
全く誰もいないという人は珍しいけれど、それでもいなかったら介護の人に頼む。

そういう
ただひたすら歩かせることをしているから寝たきりが少ない、一つの原因ではないかと私は思っています。

日本も介護といえば、すでに世話が必要な人、認知症の人、だけれどそうなる前のケアにもっと介護すべきじゃないかなと思います。
私はとりあえず、泳ぎます。
転ぶ、危険もないから。




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# by cazorla | 2017-09-23 19:34 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(8)