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(スペインへ1990年に行った時のことを思い出しながらつらつらと。)

インドとかスペインとかちょっと濃いめ(書いてて自分でもよくわからないけど)の所を旅行していると やたらアメリカ人が愛想がいい。 日本人旅行者を見つけると 旧知の友人にあったように満面の笑顔で近づいてくる。彼らは 中国人と日本人をよく見分けられる。 その点が ヨーロッパの人たちとは違う所だ。 
ガウディもダリも(今はどうだかわからないが)当時は 見に来るのは ほとんどが日本人とアメリカ人だった。 そして なんとなく シンパシーを感じたりしてしばらく談笑する。 
イギリス人でスペイン旅行する人たちはだいたいスペイン語がわかる。アメリカ人だって 基本的には第一外国語がスペイン語が多なんだからイギリス人よりスペイン語がわかって当然だと思う。 
だから 基本的にアメリカ人って 外国語に弱い と言う点で日本人にけっこう似ているのかも と思う。
それでも スペインを旅行しよう というアメリカ人はたぶん 平均的なアメリカ人ではない。
先日 フセインに死刑の判決が出たけど 80%のアメリカ人は 9.11がこれでやっと解決したとほっとしている。 これが 平均的アメリカ人だと思う。 だから スペインに来るアメリカ人はすくなくともイラクがどこにあるか知っている。(フセインが死刑はいいとして でもどういう形でさばくのかというのが私にはいまだに理解できません。 フセイン 死刑 そして選挙。 )

それから ガウディ公園など歩いているとアメリカ人だけでなく 海外生活が長かったスペイン人からもよく声をかけられる。 例えばセバスは オーストラリアで 医者をしていた。 退職してバルセロナに住む。 私たちと話している間にも いろんな人が(ほとんど 老人だが)挨拶する。その度に 満面の笑顔で返しながら 彼らについて私たちに説明する。
「今のは ペドロ。 英語名はピーター。 ペドロはピエドラが語源。 石って言う意味だ。だからさ大きな声では言えないが あいつは 石頭で~」そして彼らが言うのは「バルセロナに自由はない。」である。 
外国人として どこか生まれた所ではない別の国に住むと 厳しいこともあるのだが 同時に自由 ある種の自由が得られる。 それは 自国民ではないからこのくらいのことは許されるということだ。 だから 経済的にたいへんでもなかったら外国の方がはるかに居心地がいい場合もある。 うちの夫も日本が恋しい。 そして私は 外国人の自由を満喫しているというわけだ。
カソルラにも外国生活の長かった人たちが住んでいる。 スイスのフランス語圏や オーストラリアなど。 かなり若い時に渡っているので 実は母国のように恋しいらしい。

たまに めちゃ意地悪な感じの愛想の悪い人たちに出会った。
列車の中やホテルでは 目があうとたいてい挨拶しあう。 しかし たまに HOLAと言っても返事がない人たちがいる。
ある日気づいた。 彼らはフランス人なのだ。
その後気をつけるとフランス人と ほかのヨーロッパの人たち スペイン人とも区別できるようになった。 特に女性は お化粧の仕方ですぐわかる。
「ボンジュール」と声をかけると 突然にこやかになる。
彼らは基本的にシンプルなのだ と思う。
にこにこして 「こんにちは え と わたしは にほんだいすきでーす。」なんて答えてくれる。


ダリ美術館 ダリの誕生の地 フィゲラにある。
バルセロナから 国鉄(RENFE レンフェ)で。

        レンフェのページhttp://www.renfe.es/
        左側にある国旗で言葉が選べます。英語・カタラン・ガリシア語・バスク語
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by cazorla | 2006-11-09 02:33 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(8)
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ハエンの北西に位置するセグラ。 セキュリティという意味の村です。
こんなに高い所にあって 城も大きいし まず安全ということでしょうか。
まわりは オリーブ畑。 あの山のてっぺんにある村です。
人口1171人
マドリッドに近いので マドリッド住民のセカンドハウスが多いです。
スーパーはなく お肉屋さんと 八百屋さん たばこ屋さん レストランが数軒 そんなかんじ。
でも いわゆる過疎村の雰囲気ではなく きちんと 修復されたきれいな村です。
ヨーロッパ各国からも観光客が来ています。
最近はお城を巡る旅というのも流行らしいです。

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少し近づいてみます。
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村の入り口には セグラ出身の詩人 ホルヘ・マンリケの像。
詩人にして兵士。 兵士にして詩人。 スペイン版二宮金次郎的?
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城の上から見た村の様子。
この小さな村でこの礼拝堂の大きさ。 かつては重要なポイントだったのが想像されます。
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城はかなり高い位置にあるのですが この岩山を軽々と走る野生のやぎを発見。
普通は人間にあまり近づかないのに うちの子供達にちょっと触って 行ってしまいました。
うちの子達も この岩山をかなり軽々と登っていたために 同類だと思ってちょっと挨拶したのでしょうか。
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あまりに静かだったので 旗が風ではためくたびに音をたてていました。
旗って音がするんだ と初めて思ったので・・・
旗はスペインの旗ではなく EUの青い旗でしたが。
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by cazorla | 2006-11-02 08:13 | アンダルシア | Trackback | Comments(10)

聖女伝説

カソルラのすぐ横のケサーダ山脈にある鍾乳洞。
ティスカルというところです。
ここに昔 聖女ティスカルが 現れたと言われています。
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鍾乳洞の岩肌って 光の差し方によっては人の形に見える時があるかもしれないです。
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9月には ティスカルのお祭りがあってみんながあつまるので たくさんロウソクのあとがみえます。  たぶん 年を取って 中の方まで行けない人たちは 通り道にロウソクをともしているようです。
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そして ここ サンチュアリ・デ・ティスカルに 聖女ティスカルはまつられています。
中は きれいで ここを守っている女性がいらしゃいました。
「昔は こう言う所は 司教の愛人が守っていたものなんだ」と 夫。
そういえば イギリスの思想家バートランド・ラッセルの本の中に スペインの司教は普通六十人の愛人を持っている と出ていた と言ったら
「そんなにたくさん持ってるわけないだろ。第一 この村に六十人も独身の女がいるかどうか・・・」 
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月曜日だったので レストラン・ティスカルは閉まってました。
残念。
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by cazorla | 2006-10-04 06:44 | カソルラ | Trackback | Comments(16)
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秋になったな と感じるのは 山から下りてくる動物に会った時。
夏の間は 人が沢山いて 動物たちはどこかに隠れています。
今日 会ったのは山のやぎ。
スペイン山羊て゜はなく ムッフロと呼ばれる たぶんヨーロッパ山羊。
雄は 角の形が 丸く 羊と同じような形です。
これは若い雌。
母が ほら私が日本人だから珍しそうに一生懸命見てるよ と言っておりましたが
確かに しばらくじっとしていたので写真を撮ることができました。
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by cazorla | 2006-10-03 06:40 | カソルラ | Trackback(1) | Comments(19)
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以前 アルカラ・デ・エナレスという街に住んでいました。
マドリッドの郊外にあたる街で マドリッド圏の中では マドリッドに次ぐ都市でした。
それでも 「村」的要素がたくさん残っていて
たとえば 丸い フランス風に言えばパン・ドゥ・カムバーニャ 田舎風パン、マドリッドだとパン・デ・プエプロと 呼びますが アルカラでは パン・ビエホです。 村意識が強いから 村と言いたくないのでしょう。 直訳すれば 古いパン。 もともと パンは丸く作るのが本当だったのですが フランスで バケットという形が発明されました。 少量の小麦粉で大きく見える魔法の形です。丸だと どうしても少なく見えるのです。 それに倍の大きさに焼かないと美味しくできない。
まあ それはともかく パン・ビエホ わたしは ずっと文字通り古いパン 昨日のパンを安く売っているのだと思っていたのです。だって 買う人のほとんどは なんとなく貧乏そうな(失礼)年取った人ばかりなんですもの。
e0061699_851722.jpgそれからもう一つ マドリッドに比べて とっても村的と思うのは お店に必ず つけはきかないよ と書いているところ。 たぶんちょっと前まで つけが大丈夫だったんだと思いますが 最近 マドリッドの通勤圏なのでベッドタウンとしてドンドン人口がふくれあがってます。だから つけにしても 次の日どこに住んでるかわからない よそ者も増えてきている。 いちいち言うのは面倒なので 入り口にどーんと書いてるんですね。 カソルラはどこでも スーパーマーケットでも つけはききます。 むしろ つけをお願いして初めて 村人として一人前に扱われ 対等の人間関係が始まるような感じです。

アルカラの良いところは 政権交代が激しいところ。
しょっちゅう変わるので 要求デモをするとすぐに受け入れてくれます。
カソルラというかアンダルシアは 長年 社会党なので どうしてもコネクションが幅を利かし なかなかデモ ということにはなりません。 それがちょっとものたりない。
それからもう一つは コウノトリがたくさん住んでいること。 
マドリッドには来ず なぜ アルカラに?
アルカラは 高層建築がなく 教会の塔が高くそびえているのが理由だと言われます。
その他 食生活などもかかわってくるのでしょうが。
それから 忘れられないのは パイプオルガン。 サラマンカほど 大きくはないのですが甘美な 音は忘れられません。
そして 私が住んでいた頃は 移民の方達にたくさん新築のピソ(マンション)を無料で提供していました。 だから 学校にも色んな国の子供達が 一緒に通っていました。 今は 移民も増えて ドンドン提供するのは難しくなっているとはおもいますが。

それからヨーロッパで一番うまい助産婦さんがいる とも言われています。
うちの末っ子も 彼女に取りあげて頂きました。 国立病院 プリンシペ・デ・アストゥリアス(皇太子の呼び名)
確かに 一瞬の痛みですみました。
保険の利かない人でも十万ちょっとで取りあげてくださるそうなので 是非一度お試しください。
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by cazorla | 2006-08-30 09:14 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(8)
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ウベダの大聖堂です。Sacra Capilla de El Salvador1536年建設。これはカソルラにある廃墟サンタ・マリアと同じ建築家の作品。
カソルラの教会は 残念ながらナポレオンの時代 フランス軍に攻められ壊れてしまいました。
(ちなみに その時果敢に戦ったカソルラの軍隊の報償として カソルラは小さな村ですが 「市」の称号があたえられています。)
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こちらは 撮影風景。Diario AT より

ところで この大聖堂には入り口に二つの彫刻があります。
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普通 大聖堂を造る時 大変の出費ですから 貴族が寄付をします。
これは寄付をした貴族の家紋です。
男性の像がついているのが 夫の家の紋。
女性の像がついているのが 妻の家紋。
スペインは今でも結婚しても苗字が変わりません。 それぞれが自分の姓を名乗り それぞれの家族のお墓に入ります。
ですから 寄付をした場合も夫婦ですることですから 夫と妻 それぞれの家紋がはいるわけです。 16世紀のスペイン 意外と男女平等? 結構 感心してしまいました。

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ウベダの陶工 ティトの店の入り口。
緑色がウベダらしいセラミックです。
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by cazorla | 2006-08-11 12:20 | アンダルシア | Trackback | Comments(16)
バエサは16-7世紀に栄えた街です。
その後 ルートからはずれたために 近代建築が建てられることもなく今に至ります。
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大学です。1538年設立の大学ですが今では夏期国際大学の講座のみに使われています。
ただ夏期コースとしてはかなり規模が大きく 幅広い講座があります。
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Palacio de Jabalquinto ハバルキント宮 この建物の前で撮影されたようです。
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古い街の入り口。 今は 外にも家が並んでいます。
ちょうど修復工事をしていて 車が入り口の所に止まっています。
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塔の上から街全体が見渡せます。
ただ 登るだけで2ユーロというのは高い感じがしました。
みなさん (外国人観光客も)値段を聞いて結局登らないで出て行きます。
私も母が一緒でなかったら 登らなかったと思います。

バエサは マドリッドの南駅(メンデス・アルバロ)からウベダ行きバスで三時間くらいです。
約20ユーロ。
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by cazorla | 2006-08-11 11:18 | アンダルシア | Trackback | Comments(0)
天国に一番近い街 Medinaceli(ソリア)に私も行ってきたので写真を載せたいと思います。前回は夫の写真で紹介したので。
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ローマ人が街を築いた時も この景色を見たのでしょうか。
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先日 幸せについての時に スペインでは幸福論が読まれない と書いたのですが ラッセルは今でも読まれています。 「結婚論」「幸福論」「教育論」
なんとなく やっぱり思想的にはフランスよりイギリスのほうがしっくりいくのだな と思います。 今でもこの三冊はスペインの普通の本屋さんで普通に売られています。
日本では確か教育論は絶版になりました。
結婚論 幸福論は岩波文庫で出ています。
「おっさん ふざけすぎ~」とか言いながら 読み進んでしまいます。(私の場合ですが)

「おっさん ふざけすぎ~」といえば アメリカ人記者によるダライ・ラマのインタビュー。
かなり厚い本で何日かに渡って質問に答えているのですが この優秀なアメリカ人 目を白黒させながら 「しかし 昨日は●●とおっしゃったと記憶していますが・・・」と訊くと「昨日はそう思ったんだけど 今日はその間違いに気づいたのだよ」としらっと言われる。
私 不勉強でダライ・ラマをよく知りませんが 好きです。
エマーソンも一貫して矛盾のない人間は自分に嘘をついている と言いましたが。
ダライ・ラマのような立場で きちんと正直であるのはなかなか大変なことだと思います。
この本 スペインでも結構売れているらしいです。
e0061699_739799.jpg写真はメキシコのチベット仏教研究所のページから拝借しました。
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by cazorla | 2006-08-02 07:44 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(15)

旅籠

ダロカで滞在したホテル。
Posada de Almudi
ポサーダ というのは 鳥の止まり木のこと。
もともとスペイン語の泊まるところは ホテルではなくポサーダと言っていたそうです。
旅籠もこれと似てますよね。
ホテルはフランス語。 あえて ポサーダというところにこの街の古さに対する愛着があるのですね。
下の写真の赤い垂れ幕のあるところ。

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C/ Grajera, nº 7
Tlfs. 976-800606
Fax: 976-801141
50360 Daroca (Zaragoza)
E-mail: posadadealmudi@teleline.es

ツイン 60 €
ツインの部屋を一人で使った場合  42 €
補助ベッドを置いて3人で使った場合75 €

スィート  80 €

デュプレックス (四人で使用できます。) 115 €

朝食と税金込み
お昼ご飯 10 €

15世紀の貴族の家なので 階段もゆったりしています。
こんなに安いのに とっても気分良く過ごせます。
週末はかなり前に予約を入れないと 冬でも満室だそうです。
レセプションは ゲイのとってもキュートな人が温かくお迎えしてくれます。

サラゴサといえば やっぱり スペインハム(ハモン・セラーノ)です。
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天日干しです。
今はどこでも 特別なお部屋で作ることができますが ここはこうやって 道ばたに干してます。
私の住んでるハエンのように緑が豊かな場所では 乾きません。
本当に乾燥した サラゴサならではの ナチュラルなハモンです。
ハモンだけでなく どの食べ物もとっても自然な感じがしました・
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by cazorla | 2006-07-26 09:44 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(10)
ダロカの街からアネントに行く道にある街 バルゲ
ここに限らずどの村にも ムダハール式のかなり立派な教会があります。
この村も ほとんどの家が閉鎖され 街ゆく人は老人だけなのに 教会はきちんとていれされています。 このあたりを 車で通ると 教会の塔を次々と見られます。
そして こう言うところで道を聞くと我先に来て教えてくれます。
きっとこれから三年くらいは 「アジア系の女でさ たぶん中国人だね 道教えてやったんだ~
すっごいきれいでさ~(絶対こういう罪のない嘘を言って 相手を羨ましがらせる) ありがとうって言いながら何度も振り向いて手をふってさ~」なんていう 話が少しずつ膨らみながら 冬の長い夜も退屈しないで過ごして頂けるのだ と思うと とってもうれしいです。

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スペインの学校には宗教の時間というのがあります。
基本的にカトリックのクラスです。
ちゃんと教科書もあって きちんと勉強するらしいのですが
フランコの時代には週1時間 司教が来て お話ししていたそうですが 今は週2時間 若い女の先生が クラスを持っています。
二年くらい前ですが この宗教の時間を廃止しようという 提案がされた時期に 父兄会で若い娘のクラス担当の女性の先生が サインしてほしいと 父兄に頼みました。
宗教の時間を廃止しないための請願。それはそれて゜いいんですが 私はかなりむっとしました。
ひとつは 先生が「スペインは カトリックの国ですから この宗教の時間を継続させるべきで・云々」という発言。 スペインはカトリックの人の多い国だけど 「カトリックの国」ではないでしょう。 実際 沢山のモロッコ人が帰化してますし。 それから プロテスタントの人も 少数派ですが います。カソルラにもちゃんと 教会があります。 宗教の自由はもちろんあり です。
それから もうひとつは 父兄会で 署名を提案したら 「まあどっちでもいいや~」と思っている層も署名する。 それは正しい デモクラシーの姿ではないと思う。

そう言うことを言っても理解して頂けたかどうか たんに異教徒っていやよね と思われただけかも。
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by cazorla | 2006-07-26 07:38 | アンダルシア以外の街 | Trackback(1) | Comments(6)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla