息子たちが映画を見ている間 ウベダの散歩。


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空は青いです。

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メランコリー通り。


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ウベダ コンセルバトリーの日時計

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最近はクリスマスツリーはこういうのになってます。
昔 木を持ってきて サント アントンの日に燃やしていた。
あの頃がなつかしい。

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オスピタル デ サンティアゴ のパティオ・
たまにここでコンサート。




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by cazorla | 2014-12-23 04:36 | アンダルシア | Trackback | Comments(6)

ウベダお散歩

今でも デートという言葉が使われているのかどうか
さだかではありませんが ウベダに新しく小さな博物館ができたというので 夫と行ってきました。
デートより 逢い引きってことばのほうが きれい。
Sinagoga del Agua
ウベダの歴史指定地域て゜ マンションを建てようとした人が
地下にどうやら 歴史的に意味のあるものがあると 市役所に届けたのが
発見のきっかけ。
発見っていっても ここに住んでいた人は 当然のことのように
普通にここを使って 生活していました。
ユダヤ人迫害があった あの時期のユダヤ人の家で
その上に 長い歴史の中で キリスト教徒が住み 少しずつ 手が加えられていた
ということです。
ドアに小さな穴があって 猫の出入り口もあります。
当時 飢饉もあって 動物を飼うというのは かなり裕福な証拠だそうです。
地下には 七つ 井戸があり
階段も7段ずつ。
7という数字は こんなに昔からラッキーナンバーだったんですね。

youtubeで ごらんになれます。




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予定どうり マンションは建てられて 地上は ピソ(マンション)になっています。
貸しますのふだも。
最初の予定では地下駐車場付きだったのだそうですが 駐車場無し。
でも こんな歴史的なところに住むのは ちょっと 素敵ですよね。

入場料 ガイド付きで3ユーロ。
十時開館で 七時半 閉館。
なのですが しらずに 午後八時近くに行ってしまいました。
でも ちゃんと 入れてくださって さすが スペイン。
で その時間外の入場者グループが10人だった というのも さすが スペインです。


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中で 写真を撮らなかったので 市役所の写真をお借りしました。

拙ブログ内の世界遺産ウベダに関する記事
ウベダ 散歩
映画 アラトリステの撮影をした街 ウベダ Ubeda
ウベダ ティトさんの陶器のお店
ウベダのおみやげ物やさん

ダイエット五日目 反省のための全身写真 ウベダの散歩道で
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by cazorla | 2010-08-12 17:01 | アンダルシア | Trackback | Comments(4)

ウベダ 散歩

ウベダ 隣の町です。
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こういう古い家を改造したホテル。
こじんまりして 家具も古い物を使ってる。
実はパラドールよりずっと 昔の貴族の気分が味わえて
料理もおいしく
お値段もリーズナブル。
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スペインの庭は 建物の中から見たことを想定して作られているものも
多い。 だから その横を歩いている時 そんなにきれいだと思わないものも
建物の中から見ると きれいだったりします。
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ひとつひとつの絵 オブジェの意味がわかったら
もっと散歩は楽しくなるのにね。
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by cazorla | 2007-07-13 03:38 | アンダルシア | Trackback | Comments(16)

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Lady of Elxです。

エルチェの貴婦人
典型的スペイン人顔。
イベリア人の と言う意味で。
うちの夫とうりふたつです。
スペイン人 と私たちがいう時にイメージするスペイン人と 歴史的に見たスペイン人はずいぶん違う気がします。
私たちがイメージするスペイン人は たとえばかなりアラブ系の真っ黒な大きな目だったりしますよね。
これは 紀元前4世紀のもの。
キリスト以前のものですから キリスト教ではない宗教の祭事に使われたと想像できます。
こちらのページに載っている図を見ると背中に穴が開いています。
ここに 何か入れて祈っていたのだろうと推測できます。

Wikipediaの英語ページで説明が読めますが http://en.wikipedia.org/wiki/Lady_of_Elxスペイン語のページ http://es.wikipedia.org/wiki/Dama_de_Elcheの方がどういう彩色がしてあったか 図で説明しているので面白いです。 現在のバレンシア地方の民族衣装に似ています。
ギリシアの影響が強いのですが この時代 実は ギリシア彫刻も 彩色してあったのです。
今 無彩色の物を とっても 美的と思ってみていますが 派手な色合いのオリジナルを見ることが出来たら どういう感じでしょうか。
世界遺産に二度指定されているようですが なぜ二回?
もしご存知の方がいらしたら教えてください。

マドリッドの国立博物館でご覧になれます。  国立博物館の情報こちらのページの住所の所をクリックすると地図が出てきます。
国立考古学博物館 
Serrano, 13
地下鉄: Serrano駅 (4番線) y Retiro ( 2番線)
国鉄: Líneas de Cercanías. Recoletosレコレット駅
バス: 1, 9, 19, 51 y 74
電話 91 577 79 12
団体で入場する場合の電話: 91 578 02 03
開館時間: 火曜日から土曜日, 09:30 から20:30  日曜日 09:30 から14:30. 月曜休館
入館料 3, 01 €. 土曜午後および日曜 無料


この彫刻にそっくりの夫ってどんな感じだろう・・・と気になる方もいらっしゃるかもしれませんが もし写真を載せて 日本に住んでいた時の恋人達から隠し子情報とか送られてきても困るので 夫にうり二つの 娘の写真で。
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by cazorla | 2006-10-11 07:25 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(21)

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以前 アルカラ・デ・エナレスという街に住んでいました。
マドリッドの郊外にあたる街で マドリッド圏の中では マドリッドに次ぐ都市でした。
それでも 「村」的要素がたくさん残っていて
たとえば 丸い フランス風に言えばパン・ドゥ・カムバーニャ 田舎風パン、マドリッドだとパン・デ・プエプロと 呼びますが アルカラでは パン・ビエホです。 村意識が強いから 村と言いたくないのでしょう。 直訳すれば 古いパン。 もともと パンは丸く作るのが本当だったのですが フランスで バケットという形が発明されました。 少量の小麦粉で大きく見える魔法の形です。丸だと どうしても少なく見えるのです。 それに倍の大きさに焼かないと美味しくできない。
まあ それはともかく パン・ビエホ わたしは ずっと文字通り古いパン 昨日のパンを安く売っているのだと思っていたのです。だって 買う人のほとんどは なんとなく貧乏そうな(失礼)年取った人ばかりなんですもの。
e0061699_851722.jpgそれからもう一つ マドリッドに比べて とっても村的と思うのは お店に必ず つけはきかないよ と書いているところ。 たぶんちょっと前まで つけが大丈夫だったんだと思いますが 最近 マドリッドの通勤圏なのでベッドタウンとしてドンドン人口がふくれあがってます。だから つけにしても 次の日どこに住んでるかわからない よそ者も増えてきている。 いちいち言うのは面倒なので 入り口にどーんと書いてるんですね。 カソルラはどこでも スーパーマーケットでも つけはききます。 むしろ つけをお願いして初めて 村人として一人前に扱われ 対等の人間関係が始まるような感じです。

アルカラの良いところは 政権交代が激しいところ。
しょっちゅう変わるので 要求デモをするとすぐに受け入れてくれます。
カソルラというかアンダルシアは 長年 社会党なので どうしてもコネクションが幅を利かし なかなかデモ ということにはなりません。 それがちょっとものたりない。
それからもう一つは コウノトリがたくさん住んでいること。 
マドリッドには来ず なぜ アルカラに?
アルカラは 高層建築がなく 教会の塔が高くそびえているのが理由だと言われます。
その他 食生活などもかかわってくるのでしょうが。
それから 忘れられないのは パイプオルガン。 サラマンカほど 大きくはないのですが甘美な 音は忘れられません。
そして 私が住んでいた頃は 移民の方達にたくさん新築のピソ(マンション)を無料で提供していました。 だから 学校にも色んな国の子供達が 一緒に通っていました。 今は 移民も増えて ドンドン提供するのは難しくなっているとはおもいますが。

それからヨーロッパで一番うまい助産婦さんがいる とも言われています。
うちの末っ子も 彼女に取りあげて頂きました。 国立病院 プリンシペ・デ・アストゥリアス(皇太子の呼び名)
確かに 一瞬の痛みですみました。
保険の利かない人でも十万ちょっとで取りあげてくださるそうなので 是非一度お試しください。
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by cazorla | 2006-08-30 09:14 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(8)

バエサは16-7世紀に栄えた街です。
その後 ルートからはずれたために 近代建築が建てられることもなく今に至ります。
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大学です。1538年設立の大学ですが今では夏期国際大学の講座のみに使われています。
ただ夏期コースとしてはかなり規模が大きく 幅広い講座があります。
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Palacio de Jabalquinto ハバルキント宮 この建物の前で撮影されたようです。
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古い街の入り口。 今は 外にも家が並んでいます。
ちょうど修復工事をしていて 車が入り口の所に止まっています。
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塔の上から街全体が見渡せます。
ただ 登るだけで2ユーロというのは高い感じがしました。
みなさん (外国人観光客も)値段を聞いて結局登らないで出て行きます。
私も母が一緒でなかったら 登らなかったと思います。

バエサは マドリッドの南駅(メンデス・アルバロ)からウベダ行きバスで三時間くらいです。
約20ユーロ。
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by cazorla | 2006-08-11 11:18 | アンダルシア | Trackback | Comments(0)

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週末はサラゴサのフルートクラスに行ってる娘を迎えに行く途中でテルエルという町に立ち寄りました。 この地方の建物はムデハールというイスラムアートの影響のある建物。
カテドラル(サン・マルティン)もご覧のように イスラミックです。
コルドバと違うところは最初から イスラムのアイデアを使って カトリックが建てた教会というところです。 ムデハールについてはこちらをご覧ください。
http://www.interamericaninstitute.org/work_in_progress.htm

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広場の右端になにやら彫刻のようなモノがありますが わかりますか?
近づいてみると
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この小さな闘牛です。
これなんで こんな小さいの?
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テルエルは瀬戸物もとてもきれいで イスラムの影響の緑を使っています。
タイルもこの色調。 これは 警察署はこちらのマーク。
きれいなマグカップも買いました。
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by cazorla | 2006-07-25 04:27 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(10)