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長男の17歳のお誕生日

息子 17歳になりました。
大江健三郎も セブンティーンという作品を書いてるし
セブンティーンという雑誌もあったし
特別の年。
おまけに お誕生日をお家で祝う最後の年。
来年はどこにいるのでしょうね。
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ケーキは二つ用意しました。
ロールケーキに 手づくりのボンボンのせ。
下手だけど 美味しかった。

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そして いつか作ろうと思っていた りんごのクリームケーキ。
作り方は ドイツ在住のこの方のブログ

いつも使っている丸型に入れて オーブンの鉄板にのせようとした時
底が落ちてしまった。
グシャーーン。
でも 鉄板の上だったから そのまま 型に戻して
焼きました。

とってもおいしかったです。




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by cazorla | 2015-10-04 23:16 | こども | Trackback | Comments(12)
コンセルバトリオ スーペリオールに入るにあたって
娘が 質問した。
『ねえ ママ もし わたしが妊娠したらどうする?』
『わたしの子として育てる。 だから勉強に専念しなはれ』
実のところそれは 本心というのでもなかったけど
まあ そういう答えを期待しているのだろうと 思って
機嫌よく送り出したいというのもあって そう言った。
この答えを 気に入ったようで
にっこり笑って コルドバに旅たつ。
しばらくして Facebookを見ると 日本で買った羽根布団の上に犬がいる。
なんじゃこりゃ。
ミカンと名付けられた犬を飼っている。
だいじょうぶなの?
ピソのオーナーは知ってるの?
大丈夫。 それに これはわたしの犬ではなくて 同居人のダミアンのだから。
そう言っていたにもかかわらず 夏休みには一緒に帰ってきた。
わたしねー こういうやせっぽちの雑種犬って好きじゃないのよねー
なーんて言ってたのに やっぱり嬢がうつる。
夏休みが終わって 一緒にコルドバにもどる。
やれやれという気持ちと 寂しいという気持ちと。
次の日 朝早く電話がかかってくる。
どうも 一緒に住めない雰囲気。
元同居人も かれの新しいピソは オーナーがすぐそばに住んでるし 無理。
というわけで 新しい家族 として迎えることに。

もともと 動物愛護団体で保護されていた犬。
そして 長女が可愛がっているとはいえ ほぼ 一人で ピソにいた
なんとなく 不安定な生活状況の犬だから
自分の宿命みたいなものを受け入れているようで
物静かで 世界を理解しようと一所懸命。
けなげなのである。

勉強に専念するために 赤ちゃんは ママが育てる。
そのことばどうり。
わたしの新しい赤ちゃん。
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子鹿に似ているミーちゃん。


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廃墟です。 昔は年取ったジプシーがヤギと暮らしていた家。


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動物愛護団体にいた時の癖なのか お皿のドッグフードをテラスに運んで食べる。
小さいから苦労したのだと思う。


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by cazorla | 2015-09-26 20:38 | カソルラ | Trackback | Comments(10)

写真

Facebookって なーーんのためにあるのでしょ?
と たまに疑問に思う。
ニュースダイジェストとしてはけっこう便利ではあります。
でも 若者たちの写真。
息子の
長男の

今 フェリアですから けっこう外出が多くて
でかけて おどって 飲んで 写真。
で それが 各写真
ちがう おんな だぜ
って
まあ 友達 ただ のともだち
とは言え こんだけ まいかい ちがう女の子と 写真撮って
それ 載せて いいのか と 思う。

一人だけ載せたら問題でしょ と息子が言う。
ひとりだけだと その子となにかあるか って おもうでしょ

ぼくさー 平等につきあいたいんだよ

それなんか変 とわたしは思う。
でも まあ そういうもんかー と 一応譲歩する。

末っ子 14歳に言う。
『ねえ あんなに毎回 ちがう女の子と写真に写って
もしかして あんたのにいちゃん 女好きかい?』
末っ子が言う。
『ちがうよー ばっかだなー ママ
エンリケは女の子なんて全く興味ないの
ないから 写真なんて 何枚でも載せられるんでしょ?
どーでもいいんだよ。』

そういうもんかい。


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by cazorla | 2015-09-19 20:09 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(2)

スペインで浴衣美人

来週からフェリア。
カソルラ村の住民は 準備に忙しい。
行列用の馬を街並みや人に慣れさせるために散歩させたり
セビジャーナやヒターナという名の衣装の最後の仕上げ。

そういう中で 半分日本人のうちの娘が浴衣で登場。

日本で買った既製品なので ちょっと袖が短い。
173センチ。
最近 天海祐希の出るドラマを見たが 171センチの彼女が
でかいと言われている。
日本に住んでいたら うちの娘も でかい と言われていたのか。
それとも 天海祐希の年齢だからでかいのか。

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見返り美人図。

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石の壁のいかにもスペインの固い風景のなかで。


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自宅の窓から。


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愛犬みかんと。


城に撮りに行きたかったんだけど 今日はご近所で。




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by cazorla | 2015-09-12 18:18 | スペインティーンエイジャー | Trackback | Comments(4)

新しい家族

一人目を出産した病院で 赤ちゃんの入浴を習ったとき
最初にしては随分 上手ですね と言われたので
はい 犬を飼っていましたから
と答えて顰蹙を受けた。
ちょっと 怒らせたようだった。
でも 今でも わたしはその答えが間違っていたとは思わない。
犬を入浴させるのと 赤ん坊を入浴させるのは 基本的には同じスキルを要する。


長女のマリアが コルドバで学生生活を始めたのが去年の9月。
ときどき Facebookを覗くと 友達やコンサート(娘はフルート科の学生)のことを載せている。
ある日 たぶん 一月くらいだったと思うけど
突然 ベッドに寝ている 犬を発見。
犬なんて飼ってだいじょうぶのの ときくと
みんな買ってると言う。
もちろん 大家さんには内緒。
つまるところ われらが小さいときに 縁の下で秘密で犬を飼っていた
あの状態。

うちでは絶対に飼いませんからね。
ほんとうに 二年生が始まってから 新しいピソでも
飼って大丈夫なの
と何度も聞く。

二ヶ月の間にすっかり 末っ子とも仲良しになっていたが
一応 お約束なので コルドバにもどる。
荷物も多いので 夫が車で 連れて行く。


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なんかちょっとさびしいね
などと思っていたら 次の日 早速電話。
同居人のパパもどうも やばいのではないかと言うし
どうも 今年は 無理のよう。
そういうわけで
次の日 またまた コルドバへ 迎えに行く。

犬一匹のために親は大忙しである。

犬を飼うというのは 犬の一生を 受け取ること。
彼女はもうすぐ二十歳になるというのに まだまだ 8歳の子供が 縁の下で隠れている
その時代のまま。
その日はでょうどトイレの不具合を直しに大家さんの娘婿氏がやってくるかもしれないので
ちゃんと見つからないようにと指示をする。

コルドバのピソにつくと 犬のみかんは
物置に入れられていた。
かわいそうに。

みかんはもともと動物愛護団体から貰い受けた犬。
捨てられた犬の宿命で 飼い主の言うことは絶対服従で
物置に入れられて 全く声も出さず 隠れていた模様。

犬を飼うというのは 小さなときに世話をして
そして 死んでいくまで しっかり一緒にいること。
10年20年 彼らにやすらぎを与えられる状態にならない限り 
そんなに簡単に貰い受けてはいけない。
飼えなくなったら 友達の農場に持って行こうと思っていたと言う。
あそこなら 犬がいっぱいいて楽しいと言う。
でもね あなたに嫌われてそこに行くのだと思ったらかわいそうじゃない?

とにかく わたしの同居人が増えました。


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by cazorla | 2015-09-11 01:15 | こども | Trackback | Comments(4)

ソルプレッサ(surprise)

長男が 映画に行った。
我が村は たまに 劇場で映画が上映されるだけなので
バスに乗って 町に行く。

町に行くたびに わたしは 田舎のネズミの話を思い出す。

友達といっしょにバスに乗って 映画に行く。
そういう時代の経験は 都会で育った子とは また違うのだろうと思う。

電話のベル。
電話が忙しく鳴る。
受話器を取ると 無愛想な16歳の息子のダミ声。

『なんか用? どうしたの?』
『ママ サイズは?』
『なんのサイズ?』
『ママの服のサイズ』
『げげっ なんか買ってくれるの?』
『あんまり期待するなよ。
で あとで気に入らなくても文句言うなよ』
『言わない』

シャツを三枚買ってきてくれました。
腕の部分が細すぎて 売れ残った模様。
一枚 1ユーロ。
ちょっとおしゃれな女の子の店のタグつきだけど
値段札付き。
最後の最後の安売りだったんだね。

1ユーロだから 買ってやろうって気分になったのか。
それでも 16歳 女の子の店に入るのは
それも友達の見る前で ママへのプレゼントを選ぶのは
恥ずかしかっただろうなと 想像します。


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秋も深まる カソルラ村。 雨が多くなりつつあります。

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by cazorla | 2015-09-10 03:15 | こども | Trackback | Comments(2)
フェリアは各市 各村 各町で 違う日にある。
秋の収穫祭りに近いニュアンスを持つ。
フェリアというのは 簡単に言えば 市(いち)だ。
行商の人たちの店。
秋の収穫で 入ったお金で ちょっとしたものを買ったり
食べたりする。
だから その行商の人たちが あっちの村 こっちの村に移動して
日にちの違う日に それぞれの町で 豊作を祝う。
それが元々の意味だと思う。
そして アンダルシアでは とても大事なお祭り。
マドリッドでももちろんフェリアはあるけど 学校もふつうにあるし
ほかの小さなお祭りと同列。

カソルラでは 9月の第3週に開催される。
その 一週間前に クリスト・デ・コンスエロのコンサートがある。
毎年 カソルラにゆかりの音楽家を呼ぶ。
ゆかり なので 比較的ギャラは安く済む。
四年前は 息子の言っているこんセルバトリオの教師でもあり コンチェリスタでもあるアルベルトが来た。
そのときに 彼は エンリケは 2…3年後に きっとここで弾くだろう と予言した。
予言は的中。

バイオリンの伴奏だったけれど
リストの巡礼の年から 一曲を独奏した。
めったに クラシックを聞く機会のない村人も 静かに聞いた。
ざわざわしていた 小さなこどもたちも黙った。

そして はじめてのギャラ。
2曲の伴奏と1曲の独奏で 100ユーロ。
コンクールの賞金はもらったことが何度かあるが
ギャラという形では はじめて。

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左にいる女の子は 中学生のこんセルバトリオのバイオリンの学生。
ピアノの楽譜をめくっている。
曲が終わると 息子は ウィンクして ありがとうと微笑む。
ウィンク。
やれやれ。



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16歳の夏の思い出。


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by cazorla | 2015-09-08 09:06 | カソルラ | Trackback | Comments(14)
前回の記事 うつくしい からだ は わたし自身への 応援歌。
自分で いいかあちゃん だ って 無理やりにでも 納得させる。
そうじゃないと やってられなくなる。
ほんとは 日本で育てたほうがよかったんじゃないかとか
もっと違う育て方があったんじゃないか
とか ね。

母乳で育てないと切れやすくなる なんて言う人がいるらしいけど
うちの子たち ものすごいエゴイストだし
自己主張強すぎで かっとなると 切れまくり。
でも 母乳で育てたんですよ。
100パーセント。
2番目 3番めの子に関しては 哺乳瓶さえ使わなかった。
長女も 哺乳瓶 一応 買ったけど 嫌がって
3ヶ月で ストロー 使い始めたくらい。
もし 人工乳だったら これよりひどいの?
んなわけ ない。
実験なんてできないから
子育てに関しては 実証なんてできない。

布おむつで育てたのも これは やっぱり 自己満足。
今となってはそう思う。
ちょっとくらい 早く 歩けるようになったって
大きくなれば同じ。
うちは みんなことばが遅かったけど それも結局は同じ。

やっぱり 思うのだけど
楽しければ それでいい。

小さな子供時代って 大変 大変とか言いながらも
やっぱり 楽しかった。
そう
もっと 楽しんでもよかったかなって思う。
味わうという意味でね。


だから 今も
もうちょっと まじめにならんかねー
とか もうちょっと 親を敬うような人になってほしい
なんて ないものねだりなんてせず
とりあえず 今ある状態の この子供達を
もう こどもとも呼べないけど
それでも

楽しもう。

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こいつも 最後の年。
受験生です。
来年の夏が終わればいなくなる。

あと四年で夫婦二人だけになる。
特大のケーキも作らなくなる。
クッキーを 鉄板に並べても並べても
まだ 足りないなんてこももなくなる。
そういうことを 想像するとちょっと
やっぱり
寂しくなる。





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by cazorla | 2015-08-29 12:01 | こども | Trackback | Comments(10)

うつくしい からだ

子育てしていて こういう風に育てたい ああいう風になってほしい
と 親が勝手に思っていても なかなか 思うようにはならない。
私は数学が大好きだったのに 娘は 数学が わからない。
好きも嫌いも頭がかたまったまま。
楽しいとは思えないらしい。
なんで なんで 小さいときから。。。
あ そうだ うちの母もそうだ。
数学が嫌い。
食事の仕方だって ちゃんと教えていたつもりでも 思春期になって
下品に食べるのがかっこいいと思っている。
息子も 『豪快』を勘違いしている。

唯一 うつくしいからだ を持ってくれたと思っていうる。
運動をさせること。
袋菓子を食べさせない。
間食をさせない。
離乳食は 野菜を中心にした手作り。
できあいのものをたべさせない。
顔が百点満点の長美形でも 体が美しくない場合と
顔は 50点くらい でも体がうつくしい場合、
多分 後者のほうが 全体にきれいだと 思う。
個人的な 趣味もはいるかもしれないが。

私は小学3年のとき 肥満児だった。
食事は きちんとしていたが なんといってもスポーツ音痴だったし、
家で じっとしているのが好き。
おまけに 幼児のとき 食が細く 弱かったので 食べると母が喜んでくれた。
母が喜ぶ顔が見たくて 暴食した。
母も母で 常識で考えたら 9歳のこどもにとんかつ5枚は多いと思うべきだ。
その後 年間10センチ 二年にわたって成長したおかげで 肥満児人生から脱出した。
だから わかる。 ふとっているのは つらい。

汗を流すこと。
自分の体をちぇっくすること。

袋菓子を食べさせなかったから あるとき ものすごく食べたいと言い出した。
夏休みに 母のピソの庭でパーティをして 好きなものを好きなだけ買って来させた。
ある程度 ポテトチップスやグサニートなどと言われる 揚げ菓子を 食べたあと、
こういうものって たくさん 食べると気持ち悪くなるね という。
それ以来 まったく 食べたいと言わなくなった。
習慣は 大事だと思う。
成人病も 習慣病と呼ばれる。

それから これは私の思い込みにすぎないかもしれないが
バターは背を高くする。
浅野ゆう子も『徹子の部」で言っていた。
バターを食わせたねずみは 食べないねずみより でかいという実験。
オランダ人はバターが好き。
マヨネーズだって 溶かしたバターで作って オランダソースと呼ばれる。
わたしもバター好きで 母より 10センチ以上背が高い。
手作りのお菓子にはいつもバターを使っているので バターの消費量は かなりだと思う。
背は高くなったと思う。
娘が173 長男 185。
でも末っ子はまだまだ小さい。
14歳。 上二人も 15歳までは 小さかった。

小さい息子がいるのも いまのうち。

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by cazorla | 2015-08-20 05:52 | こども | Trackback | Comments(12)

おかあさん

よしもとばななの短編小説 おかあさん。
おとうさんが死んだ後 祖母のもとで育った主人公。
覚えていなかったのだけど 父親が死んだ後 まだ大人になりきれていない母親に虐待されていた。
それで 祖母に引き取られて 育った。
そういう記憶が 急に蘇ったあとに おかあさん と叫ぶ。
なつかしくて。
母親とはそういうものだ。
完璧出なくても
最悪の母であっても
こどもにとっては 最高の存在。
にも かかわらず 母親はいつも迷う。
そして いつも 罪悪感に苛まれる。

たとえば 帝王切開でこどもを産んで 自分が 母親として完全ではないと思う。
だから 帝王切開で生まれたこどもは 我慢強くない と言われると 敏感に反応する。
生まれ方によって こどもの性格が変わるといったのは マリアモンテッソーリ、
だから モンテッソーリの学校では 入学時 どんなふうに生まれたかきく。
そのせいもあって スペイン・マドリッドの学校でも その解答欄はある。
アンダルシアではなかった。

わたしの三人の子供達。
一番上の長女は 帝王切開。
二番目 長男は 自然分娩。 でも 途中で二時間止まってしまって かなりボコボコ状態で生まれる。
三番目は するりと 分娩台で 15分で 出てきた。

長女は生まれた時からきれいだったし
我慢強くないかというと まあ そうかもしれない。
かなり楽天的である。
苦しいことがあってもすぐ忘れる。
我慢強くない と言われるとけなされたように感じるかもしれないが
それもひとつの個性で それはそれで 美点にもなりうると思う。

帝王切開であったことを わたしも実はかなりコンプレックスに感じていた。
でも 二人目三人目を産んで思うのだけど
それはあくまで運と 8割くらいは 医師の怠惰だと思う。
木曜日に 帝王切開が多いのをご存知だろうか。
長男を産んだ育良クリニックは 土日祭日営業。
だから ほぼ 自然分娩。
実際 長男は 日曜日に生まれた。

たとえば 母乳の話。
母乳が出るか出ないかは 助産師さんとの出会いが大きいと思う。
長女は 最初は 特別に母乳で育てようとして育てたわけではなく
たまたま 人工乳のアレルギーだったから 助産師さんに相談した。
ツィートで 母乳の出ない人たちが
痛いマッサージもがまんして
というようなことを書いていたが マッサージは決して痛くない。
痛いマッサージをする助産師さんは マッサージの仕方を知らないのだと思う。
だから 即 別のひとを探すべき。
マッサージは気持ち良く そのまま 眠ってしまう。
リラックスするので なぜか 一緒に連れて行った赤ちゃんもねむってしまう。

フランス在住のおーやまさんも 母乳育児に関する記事を 書いているので是非参考にしてほしい。

思うのだけど 日本の産院はあまりに多くのことを 推奨しすぎる。
たとえば 乳首を消毒するとか。
そんなもの必要ない。
むしろ そこが痛くなって 授乳がむずかしくなる。

帝王切開だったり
母乳をあげられなくて
コンプレックスを感じたり
悲しい気持ちになっているひとが いるとしたら

それは あなたのせいじゃないと 言いたい。

それは あなたのせいじゃない。
たまたま 運が悪かったり しただけだ。
まわりがうるさいと思ってるひと。
母親や姑が いろいろいうことがうるさいと思っているひと。
それは やっぱり もう絶対的存在になりえないことで 嫉妬をしているひとたちがうるさく言ってるだけ。
母親は なにがあっても絶対的存在。

虐待されていた娘だって 『おかあさーーーん』と叫んでしまうのだから。
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長男はわたしなしには いられなかった。
シッターさんになついてらくだった長女とは全く反対。
初めて シッターさんにお願いして帰ってみると
オムツが 爆発しそうになっていた。
『すみません。 替えたかったんですが 泣いていて替えさせてくれなくて』
と 若いシッターさんが 半泣きだった。

絶対的存在。

本格的な母親時代。
母乳じゃなくても 自然分娩でなくても
それは 絶対的存在。






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by cazorla | 2015-08-14 05:12 | こども | Trackback | Comments(28)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla