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日頃から思ってることなんだけど、日本って認知症がすごく多いような気がする。
この間、高層マンションの問題についての新聞記事(日本の)を読んだんだけど、
高層マンションが流行っていたのは(今もかもしれませんが)2000年ごろ。
20年経って、住んでる人が高齢化し、自分の家がわからず、うろうろしていると言う。
もちろん、どの階も似たようなものだけど。
それでも、一体幾つの人たちが迷うんだろうと。

70歳くらいで徘徊したり、痴呆になったり。
もちろん、アルツハイマーという場合もある。
スペインもそこそこアルツハイマーの人がいます。
ご近所さんのお母さんは65歳にアルツハイマーになって20年。
アルツハイマー協会というのもあって、たまにバザーなどもやっているのでアルツハイマー協会の人たちとの交流もあります。
でも、それにしても、認知症の人を介護してという話はあまり聞かない。

で、ふと昨日、思ったのだけど、
というのは、私は脳腫瘍が11年前に見つかって、処置をした。
それまで、頭痛で吐いたりしていたんだけど、そういうのも治った。
脳腫瘍のオペの前は、ちょっと暗い気持ちになっていたんだけど、一言、
「実は私、脳腫瘍があって。」
などというと、出てくる出てくる、脳腫瘍患者。

私の行きつけの歯医者さんが、カリフォルニア大学で勉強した人なんだけど、彼のお母さんも脳腫瘍。
そういう関係で、世界ナンバー5の脳外科医のうちの一人を紹介してもらって、安心のオペでした。
で、その頃、脳腫瘍の治療をしたのが、ご近所に一人、娘の通ってる中学の先生に一人いて、
脳腫瘍仲間ができた。
全く同じ年に脳腫瘍。

あら、脳腫瘍ってそんなに特殊な病気じゃなかったんだわ、とびっくりした。
その後、三人で再検査や状況などを分かち合った。

実は脳腫瘍持ってる人って多いんです。
今は電波が飛び交ってるし、
電話を使うことも多い、
見えない磁気が頭の周りにあるのだから、
脳腫瘍くらいできても不思議ではない。

でも、日本は検査にお金がかかるから、あえて脳腫瘍検査をしない。
で、65歳くらいでふと自分の家がどこかわからなくなる。
なんてこともありかな、とふと思ったの。

頭痛、吐き気、不眠、物忘れ、怒りやすさ、残酷性、憎しみ、集中力のなさ、異常な集中力などなど。
耳鳴り、虫のようなものが見える、失語症など。

脳腫瘍の簡単な自分でできる見つけ方

目を閉じて右手と左手の人差し指の先をタッチさせる。
目を閉じて片足で立ってしばらくじっとしている。

この二つ、どちらかができなかったら、脳腫瘍があるかもしれません。

スペインは検査が無料なので、あっちこっちに脳腫瘍患者を見つけられるのだと思う。
脳腫瘍を見つけていれば、認知症と思われる症状の人も減るのでは?とふと思った。

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ツイートを読んでいて、脳腫瘍だけど人に言えない、というのがあった。
あ、そうか、日本って脳腫瘍ですも言えないんだな、と。
それもあってこの記事を書きました。
普通に自分の問題を話せる社会が、健全なんじゃないかなとふと思ったので。

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by cazorla | 2017-11-04 08:40 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

マリアはなかなか難しい子どもだった。
頑固だし、体がとにかく丈夫だから、外出してもずっと歩いてた。
7ヶ月くらいから歩いていたけど10ヶ月ではほぼバギーを使わない状態。
とにかく歩く。
そのくせ小さくて、10キロないくらい。
ちなみに歯が生えるのも遅く、10キロで歯がないとまるで3ヶ月程度の赤ちゃんに見えた。
それでも歩く歩く。
そして疲れても、バギーに乗らず、抱っこもされず、「独立」宣言をしていた。

そのくせ、やっぱり疲れているから、機嫌が悪くなって泣き出す。
そういう自分を制御できず、どうしていいのかわからなかったのだろう。

ハーフの子どもは、基本的に丈夫にできているから声もでかい。
だから、泣くとかなり他人の迷惑になる。
夫がよくあやしていた。

例えば、ライターを襟元から入れて、ワンピースの下から落とす。
冷たいライターが目の前から消えて、お腹に冷たい感触を残しながらスカートの下に落ちてまた現れる。
それが不思議で面白くてマリアはケラケラ笑う。

笑いというのは、驚きのあとの安堵の呼吸だと思う。
驚いて、息を止める。
そのあと、安心して空気が体から出て、一息つくのが笑い。
そのとき、声が伴われる。
それが笑い。

マリアがケタケタ笑うと、青年たちが言った。
「外人の子どもってよく笑うよな。」

外人の子どもはよく笑うのか?
笑いというのは遺伝子に組み込まれているのか。
いやー、そんなことはない。

スペインには中国の子どもを養子にしている人がたくさんいる。
彼女たちはやっぱりどこかスペイン人だ。
座り方、笑い方、目線のやり方。
生活の中で受け継いで行くもの。

そして、笑い。

笑いは驚きで止めた息がリラックスして抜けた瞬間と書いた。
そういう意味では、「これは冗談ですが」と言った後に言う冗談には笑いはない。
驚きがないもの。
それが笑いである日本では、子どもは笑えないだろう。
笑いが何か理解していなければ、ちいさな子どもを笑わせるのは困難。

ずいぶん昔に書いたのだけど、マリアがアトピー検査をした時、
採血するためにぐるぐる巻きに縛り上げられていたこと。
いくつかのメッセージに、危ないからそれは妥当な処置と書かれていた。
しかし、WHOでは、子どもをいかなる理由があるにせよ、縛り上げてはいけないと言う。

動いたら危ないでしょっ、と怒りの声が聞こえてくる。

末っ子のアルバロはスペインで生まれた。
41歳のときに生まれたのでそこそこ問題があった。
肝臓にちょっと問題があると言う。
それは私の問題で、血液に濁りがある。
本人の問題かどうか、しばらく血液検査をしましょうと言う。

まだ、生まれたばかり。
1ヶ月にもなっていなかった。
採血をするのに二人の看護婦さん。
一人が笑わせる係。
笑っているからそちらに集中している、
その瞬間を捉えてチクリと採血をする。

一瞬泣く。

すぐに笑う。

ああ、なんてプロなんだろうと思った。

「笑い」はプロのお仕事。
ガイジンの子どもがよく笑うのではなく、外人である夫がよく笑わせるのだ。
それはなかなかの労働だと思う。
気持ちに余裕がなくてはなかなかできない。

だから、私も頑張った。
一人でバスや電車に乗らなければならないとき、とにかく笑わせる。
夫のようにできない。
いくら「ガイジンの子ども」とはいえ、私と一緒のときは「日本人の子ども」になるのか?

いやいや、単に笑わせるのが下手な日本人母なのです。
それでもかなり努力して、まあ、夫ほどではないがそれなりに及第点はとったと思う。

世の中にはいろいろな固定観念がある。
少し、立ち止まって可能性を考えてみよう。
世界中の子どもを笑顔にするために。

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by cazorla | 2017-11-02 22:35 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(2)

カタルーニャ独立の真実

カタルーニャの独立問題が話題になっています。
カタルーニャがあげている利益を、怠け者のアンダルシアやなんの取り柄もないエストレマドゥーラが使っているなんて言って。独立にメリットはあるのかといえば、もちろんないに決まってます。なぜ、カタルーニャが利益があるかといえば、地理的なメリット。それはヨーロッパへの窓口担っているから、プロドゥクトがバルセロナを通って行く。そこで利益があげられる。ただ、それはスペインのカタルーニャだから。

カタルーニャが独立するにあたって、銀行がまず退いた。
バルセロナを本拠地にし、マークだってカタルーニャ出身のミロがデザインしているカイシャが退いた。
だいたい、ユーロを使わなくなったら銀行はものすごい損害を被る。
スペイン人がみんな食べてるパンのメーカー、「ビンボー」
チョコレートドリンク「コラカオ」(確かコルドバに移転)
そして、水道局がマドリッドに移転。
もちろん、移転の意味は、ライセンスを移転するだけで、現在はそれだけの話。
ただ、全ての税金がカタルーニャの外に行く。

カタルーニャの企業は市民戦争のときだってフランコを維持した。
それは、カタルーニャだけでは、メリットがないことがわかってるから。
そして、今もそういう考えは続いている。

そもそも大阪が独立したとして、メリットはあるか?
ってそれだけ考えてもわかると思う。
じゃあなぜ独立?

2017年になぜカタルーニャは独立しなくてはいけなかったのか。
なぜ、それが2017年だったのか。

それはアンドラに関係がある。

アンドラは税金がかからないから高級車はアンドーラで買うといいらしい。アンドラはそういう特殊な場所。
モナコ、スイス、ジブラルタルと同じように匿名の銀行口座が作れる。
誰にも知られず。
アンドラ公国(アンドラこうこく)、通称アンドラは、ヨーロッパ西部ピレネー山脈中にある立憲君主制国家フランススペインに挟まれたミニ国家であり、フランス大統領とスペインのウルヘル司教の2名による共同大公を元首とする。首都アンドラ・ラ・ベリャ
アンドラは税金がかからないから高級車はアンドーラで買うといいらしい。アンドラはそういう特殊な場所。
モナコ、スイス、ジブラルタルと同じように匿名の銀行口座が作れる。
誰にも知られず。
なおアンドラは、国際決済機関のクリアストリームに16の匿名口座を開いていた。
(WikipediaWikipedia)

ところがEUに意向もあり、フランスとスペインはアンドラの銀行に口座の開示を迫った。
そして来年、アンドラにある銀行は開示する。
さあ、大変、開示されたら闇のお金のルートが見えてくる。
そう思った人たちが、どうしたか。

独立。
独立したら安全圏。
アンドラの口座で開示義務があるのはフランス国籍の人とスペイン国籍の人の口座だけ。

独立運動のリーダーは自分の利益、個人の利益しか考えてなかった。
そして、今、カタルーニャはかなり困った状態になっている。
観光だって30パーセント減少、たった15日で。

独立運動は一体なんだったんだろう。

例えば、闘牛問題を見てもカタルーニャ独立運動はどこかおかしいと思える。
カタルーニャは、闘牛を禁止した。
私自身は闘牛は好きでもなんでもないけれど。
闘牛が「スペイン」の文化でカタルーニャのものではないということが一つの理由。
しかし、それは本当?

実は闘牛というのは地中海の文化。
だからもちろんフランスでも地中海地方では闘牛場がある。

今年の9月にフランスであった闘牛の一場面。
アニマリストが飛び込んできて、闘牛士を攻撃した。
そのあと、アニマリストは取り押さえられ、フランス国家が演奏され人々は歌い始める。

フランスはなんて美しい国なのだろうと思う。
もちろんたまに宗教に関してやりすぎでは?と感じることはある。
それでもフランスはしっかりと筋が通っている。
正しいということにブレがない。



ずいぶん昔、サルコジが大統領に選ばれた時に、フランス人は別にサルコジが好きじゃないけど、現実派なんだとある新聞記者が書いていた。理想主義に騙されない。
ちゃんと何がメリットか見極める。
理想主義者のことばに丸め込まれて、困った選択はしない、それがフランスなんだ。
隣の芝生かもしれないけれど。
ただ、こんな風に国歌が歌えるフランス人がちょっと羨ましい。

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などと言っていたら、息子が「僕もスペインの国歌を歌いたいんだけど、ほら、スペインの国歌って歌詞がないんだもん」とほざく。



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by cazorla | 2017-10-21 08:09 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(8)

1990年に初めてスペイン旅行をした。
地球の歩き方が流行っていた時期。
地球の歩き方が地球の転び方と呼ばれていた頃。
HISが格安旅行券を売り出して、私もそこでアエロフロート航空で出かけた。
トイレットペーパーが分厚くてほとんどオーブンペーパーのようだった。
ソ連の飛行機。
座席の通路が狭くて、ソ連人のスチュワーデスさんが通るたびに肩を少し内側に入れなくてはならなかった。
日本人スチュワーデスと全く違う、大雑把な対応。
機内食に関しては何も覚えてない。
不思議なくらい何も記憶に残っていない。

周りには日本人がたくさんいて、どのくらい旅行するの?とかいろいろ話していた。

当時は、まだ飛行機で喫煙できていた。
どちらかといえば、喫煙者の方が禁煙者より幅を効かせていた時代だ。
禁煙席を選んだが、私の一つ前の席は喫煙席。
ほとんど禁煙席の意味がない。

旅行前に風邪をひいていた。
なんとか、熱も治り、咳も止まっていたのだが、前方から流れる煙で咳がまた出始めた。
下手をすると、咳が止まらなくなる可能性もある。

こういう時、普通はどうするのだろう?

私はスチュワーデスさんに相談した。
席を替えることが可能かどうか、とにかく酷いほど咳がで始めた。
スチュワーデスは前の席に座っているグループに話した。
彼らはスペイン人だった。

そのあと、彼らはタバコを後ろの別スペースまで行って吸うようになった。
おかげで咳も止まった。
スチュワーデスさんが、飲み物をひっきりなしに持ってきてくれる。
毛布を持ってきて、くれる。
飴を持ってきてくれる。
そうやって、やっと落ち着いたとき、周りの空気が変わっていることに気づいた。

「日本の恥だ。」
と誰かが言った。
それが私に向けて言われているのか、すぐにはわからなかった。
「非国民」と誰かが言った。
「信じられない!」ともう一人が言った。
そしていくつかのののしりの声を聞いて、それから日本人乗客たちは誰も私と口をきかなかった。

マドリッドに到着して、スペイン人たちが口々に体に気をつけて旅行するようにと言ってくれた。
タバコを吸う人も吸わない人も、みんなが口々に挨拶して、軽くハグをしてくれて、別れた。
スチュワーデスさんも、体に気をつけて、良い旅になりますようにと言ってくれた。
日本人乗客たちだけが、私を冷たい目で見ていた。

私はずっとこのことが心に引っかかったまま過ごしてきた。
もう30年近く昔のことだ。

引っかかっている。そして答えが見つからない。
夫に話してみた。

「それはね、日本人は我慢しなくてはいけないと思っている。
特に相手が欧米人だとなおさら我慢して何かをいうのはタブー。
僕はなんてたって、10年以上日本の外務省で働いてるからそういうことはよくわかる。
君は日本人なのに本当に日本人の心を理解できないね。」
そう言って夫は笑った。

我慢しないから日本人の恥?
やっぱり相変わらずわかっていません。
無駄な我慢は何の解決にもならないと言われて育ったので、やっぱりわからないまま歳をとって言ってます。
幸いなことにスペインに住んでいるので、あまり問題も起きないで誰かに怒られたりしないままに。

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写真は最近のマルタ島行きの飛行機


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by cazorla | 2017-10-13 06:23 | 思うこと | Trackback | Comments(6)

某ブログで、父親であるブログ主さんが家族の洗濯をして干す。
当然、20歳くらいのお嬢さんの下着も干す。
これに対して、「母親」が「恥じらい」を教えるべきではないかとコメントが入っていた。

恥じらいって何?

日本女性の恥じらいとか言って、これは日本の女性独自の文化のように感じている人も多いようだ。
本当に日本女性って恥じらいがあるの?
下着問題と恥じらいは、少し別問題なのではないかと感じる。
ここの辺はすごくややこしいので一つずつ検証した胃と思います。

恥じらいというのは「個」の認識だと思う。
自分がどういう存在か。それは「他者」の認識と対をなしている。
他人がいなくては恥ずかしいという気持ちは生まれない、もちろん。

足を広げて座るのも、電車で化粧をするのも、他者を意識していないから。

マドリッドのティッセン美術館は私立であることも関係しているのか売店で素敵なものがリーズナブルな値段で売っている。
ちょっとしたお土産にもオススメな小物が多い。
美術館そのものは印象派が多いので、そんなに煩雑に行かないが、たまに売店に入る。
売店は人気があって、結構繁盛している。
いくつか選んでレジに並んだ。結構、待たなくてはいけない。
後ろに並んだノルウェーから来た青年とおしゃべりしながら待っていた。
すると、日本女性が当然のように私の後ろに割り込んで来た。

私も彼も並んで待っているのにどうして割り込んでくるの?ときいてみた。
すると、その質問にびっくりしている。
「並ぶべきじゃないかなー? 割り込みなんかしたらよくないよ。」
「私たち同じ日本人でしょ!」と答えが来た。

この人たちは、日本では(たぶん)割り込みなんてしない。
でも、スペインで私という日本人をみて、全く良心の呵責もなしに割り込んで来た。
これは「個」の消失。
または、私と彼女たちは同じ日本人というくくりで、「個」の広がり。
私のことを他者とは思わなかった。
「私たち同じ日本人でしょ?」という言葉がそれを表している。

割り込みはよくないというと、時間がないという。
時間がない。せっかくスペインに15時間もかけて来たのに云々。

どちらにしてもそれは後ろに並ぶ人たちに、許可を求める問題。
スーパーのレジなんかでもよく、「今から子供を迎えに行かなくちゃいけないから、先に払わせて!!」とどなるママたちがいる。もちろん優先。

最終的には、日本人観光客用の別レジができて、そちらで支払いをして大急ぎで出て行った。

恥じらいは教えるもの?

前述した女性たちは、多分1950年くらいに生まれた人たち。
当然、「恥じらい」教育は受けてる。嫌になる程。
多分、最近の子はまたを広げて座ってけしからんなどと言ってるかもしれない。
それでも、堂々と割り込むなんて、恥じらいなんてないでしょ?

教えても無駄なんじゃないかなと私は思う。

それより、「個」の確立、他者とは違う自分の存在を認識すれば、どういうシチュエーションでも「恥じらい」のある行動はできると思う。

というふうに書いていてふと思ったんだけど、「恥」という言葉はだいたい「日本の恥」とか「家の恥」という感じで使われますよね?
「個」が家や日本という広範囲に広がって認識されているのが日本に置ける恥の本質かもしれないと思いました。

下着を見られるのは恥ずかしいこと?

下着を見られることは恥ずかしいことがどうか。
他人に下着を見られるのは恥ずかしいこと?
もし、勝手に下着を入れた引き出しを開けて、見られるとイヤですよね?

なぜか。

ずいぶん昔のテレビ番組。1970年くらいです。大昔。
久我美子だったか誰かが死を宣告されて、パンティを切り刻む場面が私の脳裏に深く残っている。
70年代はガンになったらほぼ絶望的だった。そんな時代。
70年代はほぼ福助のパンティを履いていた。そんな時代。
白い木綿で、使っていると黄ばみが出てくる。そこんとこを死んだ後にそれがたとえ家族であろうと娘であろうと誰にも見られたくない。それはとても恥ずかしいこと。

死んでいく怖さに比較したらそれは大したことではないかもしれないけれど、確かに大事なこと。
パンティを小さく小さく切り刻む。
そういうちょっと見られては困る、今、突然、交通事故に遭ってしまったら、見られては困る下着が引き出しには一つくらいあるでしょ?

これまた、ずいぶん昔、フランソワーズ・モレシャンというフランスのおしゃれ評論家だかなんだか、
色々な本を出して、フランスの女の子はどういうふうに日常のおしゃれをするか書いていた。
もちろん、私も一所懸命読んだ。
そこには、万が一に備えてレースのついた可愛い下着をいつもバッグに忍ばせておくこと、と書いていた。
万が一とはつまり、愛の一夜が突然起きるかもしれないということ。
なるほど、と私の頭にしっかりインプットされ、ほとんど無駄だったけど、レースフリフリパンティはいつも私のバッグの中にあった。
これはね、身につけている下着は、もしかして臭いがあるかもしれない、シミ(何かの!)があるかもしれない、古くてヨレヨレかもしれない、というような理由でちょっと「恥ずかしいもの」なのです。
当時はまだ「勝負下着」なんて言葉もなかった。

でも、同性の家に泊まることになっても、やっぱり予備の下着を持っているというのは大切な習慣。
同性が見てもやっぱり「恥ずかしい」。

父親が下着を干すこと

前述のブログの話に戻ります。

父親が下着を干すことについて、もし抵抗があるとすれば、それはなぜでしょう?
それと恥じらいって関係あるの?

コメントで「母親は娘たちに恥じらいを教えるべきだ」というようなことに対して『でもね、子どもがオムツしてる頃から僕が洗濯してるんで、子どもにとっては今さら違和感ないんでしょうね。」という答え。
つまり、父親を他者とするかどうかがここでは問題になるのではないかと思います。

父親がいつも家にいなくて、寝るのが早い子供は下手をすると週末しか会えない。
すると父親は、週末の「訪問者」としてインプットされる。
そもそも母親を「他者」として認識するのはかなり成長してからです。
お尻が気持ち悪いなーと思うとオムツを替えてくれる母親は自分の一部。
鼻がかゆいから指でかく、それと同じ。
鼻をかく手は自分の手。それと同様にオムツを替える手は「自分」の手。
そこには他者認識がないのです。

うまくいっている夫婦の子供が最初に発する言葉は「ダディ」だとアメリカの研究報告があります。
それは、生まれた初めて認識する「他者」だから。
人の名前を呼ぶ、というのは他者認識。自分のことは呼ばない。だから、ママはその後になる。
うまくいってない夫婦に当てはまらないのは父親は排除された「他者」だからだそうです。
もちろん、全てが日本の家族に当てはまるとは限らないのですが。

ところが、父親が甲斐甲斐しく赤ん坊の世話をしているとそれも変わります。
父親を他者だと思えない。
個が確立した後も、ファミリーとしての認識がずっと強く、下着を干されていも違和感がない。

つまり、父親が自分の下着を見ることに違和感がある女性は、父親が自分を性の対象として見るかもしれないという恐怖もあるのかなという印象があります。

だから、これは「恥じらい」の問題ではなく、父親の存在がどういうものか、という、娘にとってどういう位置付けがされているかということなんじゃないかと思います。

息子が下着を干すこと

うちでは息子も洗濯物を干す。
もちろん、娘の下着も私の下着もある。
別に息子にだけ干させているのではなく、娘だって干す。
家事のローテーション。
男女平等ということもあるけど、息子に下着を干させると別のメリットがある。

つまりちょっとやそっとの下着で異常に興奮しない男になる。
人生、しょうもないことでダメにしてしまう人って多いでしょ?
脚を組み替えて、チラチラ、バサンバサンと見せて誘惑してくる女子を無視して欲しいです。
だいたい、下着フェチにもならない。(ちなみにスペインにはほぼ下着フェチはいません。)

洗濯物を干すのは、10歳くらいからしてるから全然抵抗はないようです。
余談ですが、うちの息子と結婚するとメリットいっぱい。アイロンかけも上手だし、ボタンくらいはつけられる。

うちの娘の恥じらい教育

なんてしてません。
反対に私がされることもある。
スパッツを履いて掃除をしていると、「ヴィーナスの丘」が見えるから隠すべきだとしつこい。
田舎のカトリック社会で育ってるから。
家の中だからほっといて欲しいんだけど。

(注釈:わかりにくいかと思いますが、イスラム教もカトリックも基本の根っこは同じところにあるせいか、キリスト教も体の線を出すことがタブーだった時代があります。あのハーレムパンツのようなものがイスラム圏で着用されるのもヴィーナスの丘が見えないための配慮。つまり、ジーパンもNGなんです。ここは中世かと思うんだけど、とりあえず、娘の意思には従ってました。ただし、家の中でまで言われるのはいやだ!最近、娘も都会で学生生活を送っているので、今では普通にジーパン履いてます。)

恥じらいっていうのは社会的な問題かなと思う。
というか社会における自分の存在の認識。
あと、テレビの普及で対象との距離が測れなくなっている。
世界認識がテレビ画面と同じ。
目の前にいる人を、テレビの画面と同様に見る。
これは世界共通だと思う。

電車でまたを広げて眠ってる女子高生の恥じらい云々とかよく書いてるけど、結局、家でテレビを見ている時と状況が変わらないのだと思う、外にいるという意識が少ない。

だから、恥じらいなんて教えてもしょうがないと思う。
教えても、日本の外に出て、割り込みするような恥知らずな行為に出てしまう。
ただ、自分は一人の人間で、外界とどう関わっていくかを認識させることしかできないのではないかなと思います。

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by cazorla | 2017-10-11 16:43 | 思うこと | Trackback | Comments(9)

知らないうちに10月になっていた。
それも7日。
エストレマドゥーラにいる息子に仕送りするのすっかり忘れていた。
だいたい月初めに送るのに。
グランドピアノを買って、経済的に問題がある、ということできっと最速の電話を控えているのだろう。
それとも忙しすぎて電話できないのかも。
かわいそうに。

息子がピアノを学んでいるエストレマドゥーラのバダホスは、コンキスタドーレスがたくさん出たところ。
つまり、どっか行かなきゃやってられんよ、というような場所で、そのせいか観光もいまいち。
だから教育に力を入れて、コンセルバトリオが充実しているのかどうか。
とにかく小ぢんまりしたいいコンセルバトリオです。
フルートなんて定員1人だし。

それでも、すぐそばに世界遺産のメリダもあるし、ヨーロッパで一番見事な桜地帯がある。
その桜がすごいらしい。
十万本くらいの桜がずっと遠くまで花をつけるそうなので来年3月に行く予定にしています。

そしてその桜は全部さくらんぼができる。
それはやっぱり素敵なことだ。
さくらんぼをつける桜の木は何百年も生きる。
さくらんぼをつけないソメイヨシノは60年の命。
クローンであるソメイヨシノ。

人間のクローンを作るという計画があって、作って欲しい人は応募したらしい。
そのうちの大多数が日本人だと言われているけど、ほんと?

ヒトのクローンってやっぱりヒトと同じ知能なんだよね?
感情はどうなの?
自分と同じ顔をした人が、すごい速さで年をとっていくのを見るってどんな感じなんだろう。
あまり見たくないな。

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バダホスにて、うちの末っ子。
現在は一人っ子としてうちで君臨してます。


バダホスってほとんど誰も興味ないかもしれないけれど、よかったら見てください。
実際、ほとんど誰も見にこないんだよね。
でも、なかなかいいところです。
変な人もいっぱい住んでるけど。
神は死んだとか怒鳴ってるじいさんとかね。
まあ、そういうところも含めてとってもスペインな街だと思います。






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by cazorla | 2017-10-08 09:44 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(2)

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車椅子の人がいます。
スペインに来て、車椅子の人が多いなと感じました。
マドリード郊外、アルカラ・デ・エナーレスに住んでいたときも、バスに乗るときなどによく出会いました。
若干の違いはあっても、どこにいようと車椅子の人の数、その人口に対する割合はあまり変わらないのではないかなと思います。
それなのに、日本に住んでいるとあまり車椅子の人に出会わない、ですよね?
どうしてなのでしょう。

1980年くらいに、博多に行ったとき、車椅子の人をたくさん見ました。
博多のピカソ展に行ったので、県立美術館のあるあたりです。
車椅子が滑り出すように、さっさーと走り去って行ったのです。
もちろん、たくさんと言ってもせいぜい5台くらいだったと思うのですが、その風景は未来の扉を開けた場所を示唆しているように私の頭に残りました。
車椅子の人たちは、付き添いの人もいなくて一人で颯爽と走り去って行きました。

そのときは、なんといっても18歳のガキンチョだったので、博多は交通事故が多いのだろうかと思ったのです。
それでも、車椅子の人が自由に一人で動き回っているシーンはとても美しく感じました。

多分、博多の街は、車椅子で動きやすいデザインになっているのでしょう。

スペインに来て、車椅子の人をたくさん見るようになって思うのですが、車椅子だけではなく手話で話している人がその辺りにいたりする、それが健全な社会なのではないかと思うのです。ダウン症の人もよくいます。ダウン症の人が経営しているお店もあります。

写真の話に戻ります。

この日は、ツナのコンサートの日でした。Tunaというのは、もともとはセレナーデを歌う大学生音楽グループです。
衣装も伝統的なマントをつけた中世のような服装です。

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こういう服装で、セレナーデを歌います。セレナーデは、バルコニーの下で女性に愛を語るとてもロマンチックな歌です。そのコンサートが終わり、特別ゲストがマリアッチのグループでした。

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マリアッチはメキシコの愛を語る音楽。歌唱方法は、いわゆるクラシックの声の出し方にも準じているので、無理やり同じグループに入れてしまったのかどうか。でも、とにかく、このマリアッチの音楽で、ツナの人たちもすっかりリラックスして一緒に踊ったりとても楽しく過ごしました。

踊りは二人で組んで踊る、いわゆる社交ダンスのような感じです。
カップルで来ている人は、パートナーと踊っていましたが、一人で来ている人、同性の友達と来ている人は、踊る相手を探して踊ります。

車椅子の人も踊る相手を探して踊っていました。
断る人もいるし、断らない人もいる。
それは、他の男の人たちと同様です。

「車椅子を使っている」というのが、その人の特徴の一つでしかないのではないかと、ふと思いました。
太っているとか痩せている、背が高いとか低いとか、そういう特徴の一つに過ぎないのではないかと。
もしかして、私たちは「身障者」ということに構え過ぎてしまうのではないかと思います。
例えば、身障者が踊りを申し込んで、断りたいと思っても、断ると差別しているような後味悪さを感じてしまう。
だから嫌だけど踊る。
それがまた嫌だから、できるだけ関わらないようにしたいと思う。

そういう意識構造があるのではないかとふと思いました。
でも、ここでは、踊りたいと思う人は踊るし、断る人は断る。
断られても、彼はちっとも気にせず、次の女性を見つける。
彼は彼で、「身障者」だから断られてしまう、とは思っていない。
いや、思ってるかもしれないけど、だからってそれは背が低いからモテない、と同じレベルで考えているのではないかと思います。

そういうごく普通に付き合いができるようになるには、たくさん車椅子の人が街に出て、関わりを持つというのが第一歩。
そのためには、車椅子で一人でどこにでもいける街づくりをするというのが基本になると思います。


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by cazorla | 2017-10-01 06:10 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(10)

安楽死と寝たきり老人

我が村に住んでいるオランダ人から、メールをもらった。
某新聞記事。
安楽死について。
eutanasiaなんて難しい言葉を、私は知らなかった。

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たった14年で安楽死が3倍以上増えているのがわかる。
安楽死という選択。
2年前に伊藤比呂美の『読み解き「般若心経」』を再読したばかりだった。

安楽死というのは、本人の意思で決めるとはいえ、安楽死を決心する時期というのはまだまだしっかり生き続けられる時期なのではないかと思う。
決心するには、かなりエネルギーが必要だから。

実は安楽死について書こうと思ったわけではない。
寝たきり老人について書きたいと思っていた。

ヨーロッパでは寝たきり老人が少ないのは、安楽死がないからだという記事を以前どこかで読んだ。
日本はとにかく延命処置をするから、寝たきりが多いのだという。

これ、私はずっと疑っていた。
安楽死は、実は日本でもある程度存在しているだろうと想像される。
伊藤比呂美のお母さんも延命処置をしないでほしいという書類にサインしたとあった。

安楽死が増えたオランダ。しかし、多いとはいえ、死亡原因の6パーセント。
もちろん、6パーセントは他の国に比べて大きな数字。
しかし、たったの6パーセントとも言える。

安楽死の内訳は
つまり安楽死をした人の年齢の内訳は出ていないが、老人だけではない。
むしろ、癌患者の多くは老人とはいえない年齢の人たちだろう。
そして、寝足りきり老人の数字を確認していないが、安楽死と寝たきり老人はやはり関係ないのではないかとこのグラフを見ながら思った。

母が2年前の冬に、お風呂で滑って倒れて、歩けなくなった。



寝たきり老人になる、一歩手前だった。
いや、2ヶ月か3ヶ月、もう数えられないけれど、寝たきり状態だった。
それを克服して歩けるようになったのは、やはり家族に助けられたから。
歩く努力、希望がないと寝たままそのままになってしまう。

寝たきり老人を看病している人を批判してるわけではありません。
スペインにだって、多分、寝たきり老人はどこかにいると思います。
それでも、
やはり自分が寝たきり老人にならないために、いろいろなことを分析しています。

先日、私が執筆させてもらっているトラベルクリップというページの中国在住の人の記事を読んでちょっとびっくり。



このスーパーおじいちゃんって、60前後。
へい! 私じゃ。私も57歳ですから。
以前、何かの仕事で、ちょっとプールで2000メートル泳いでから始めます、と言ったら50過ぎて2000メートルってすごいですね、と言われた。
そーですか?
ドイツ人グループは5000メートルくらい、70近くなっても泳いでる。
彼らは、機械です。
あのガッチリした体に比べると、私などヒョロヒョロで。

つまり、老人たちがヨーロッパは元気です。
日本人は若く見えるというけど、肉体的にはかなり老化が早いのではないかと思う。
だから、私は同い年の夫に負けないように頑張っている。
先日、ドイツの新聞の漫画を見て笑ったけど、悲しかった。
日本人女性という題名で、20代、30代、40代が綺麗で、50代でいきなりがくんときている。

スペインでは、50すぎての出産は普通で、特に「高齢出産」とは言われない。
私は41でもかなりきつかったけれども。
周りで52の母親から生まれた末っ子ちゃんたちがうじゃうじゃいて驚かされる。
今は経済的問題、つまり大学進学など諸々の問題でなかなか年取って産むということは少なくなったようだけど。

やっぱり寝たきり老人が少ない、というのは社会制度に原因があると思う。

この辺りでは90歳で一人暮らしで、掃除を一人でやって買い物をしてる老人が(女性が主だけれど)多い。
もちろん、80すぎて体力がなくなった人もいる。
そういう人は配偶者が手伝う。
大抵夫が妻を介護している場合が多い。
男性はいつも、女性を助ける立場を選ぶのかもしれない。騎士道精神(カバジェーロ)スペイン人。

一人暮らしで弱ったら、介護の人が来る。
介護の人は、日本のような介護をしない。
腕をとって2時間、歩き回る。
ただ、ひたすら歩く。
歩いているから、家のことは自分でできる。
まだ、まだ。
買い物は電話をかければスーパーが配達して来る。
ちょっとしたものは、甥っ子姪っ子、息子や娘に頼む。
全く誰もいないという人は珍しいけれど、それでもいなかったら介護の人に頼む。

そういう
ただひたすら歩かせることをしているから寝たきりが少ない、一つの原因ではないかと私は思っています。

日本も介護といえば、すでに世話が必要な人、認知症の人、だけれどそうなる前のケアにもっと介護すべきじゃないかなと思います。
私はとりあえず、泳ぎます。
転ぶ、危険もないから。




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by cazorla | 2017-09-23 19:34 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(8)

おーやまさんに久々コメントもらったからってわけでもありませんが、以前書いたニーハルについてトラベルクリップで記事をアップしました。(おーやまさん、こちらにも海の写真はありません)

ミミズさんに笑われたからってわけでもありませんが、できるだけ自分の文書で書けるといいなと思って最近いろいろ考えているのです。そして、このニーハルという、スペインにわざわざ来たらやっぱりアルハンブラのグラナダとかメスキータのあるコルドバに行くから、まず、行こうなんて思わないような町について、読んで楽しいと感じてもらえる記事にしたいなと。

そういう意味では、この記事なかなかいい記事ではないかと自画自賛してしまうのですが、どうでしょう?
最初は、ニーハルの記事は1500文字くらいの小ぶりの記事にする予定で描き始めたんだけど、書いてるうちに楽しくなって、3000文字と少し。実は、ホテルの認知症のおばあさんの話も入れたかったんだけど、長くなりすぎるような気がしてそれはカット。

この記事で紹介しているホテル。2年前に1度泊まって、とにかくテレビがないという点が気に入ってるんですが、オーナーはお母さんが認知症になって、介護しなくてはならないから、ホテルを2年前に始めたそうです。でも、とても静かで徘徊もしない、ただ座っているだけの認知症。いろいろなところにいろいろな物語がある。

ここ数日、夫はノートに図面を描いてます。
新しい家の図面。
え、引っ越すのーなんて聞かないでください。今は、家を買おうにもお金ないし。
ただ、ニーハルか、その周辺で家を建てる計画を一人でしてるだけです。
そして、なぜかその家にはグランドピアノがあって、かなり広く、パティオが二つもあるし、

グランドピアノ
息子の学生寮に置くグランドピアノは買いました。
100万円くらいの中古のでいいじゃんと思っていたのだけれど、結局、弾き比べて、それからあの練習量に耐えられるピアノということで、予算オーバーもオーバーで日本円で200万超え。
でも、なんでスペインはグランドピアノがこんなに高いんでしょ?

で、半分借金して、どうにかこうにか。
息子に、人生が嫌になったらこのピアノ売って旅に出るといいよ、と言ったらにっこり笑っておりました。
ピアノを持っていると、そういう選択もありなんだ、いいよねー。




本当に好きな記事なんで読んでください。


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by cazorla | 2017-09-10 07:31 | 思うこと | Trackback | Comments(10)

カソルラに住んで15年になります。
すごい!
一箇所にこんなに長く住んだのは、初めてではないかと思います。
15年住むと0歳だった子供も15歳になっちゃうんですよね、当たり前だけど。
知ってる顔の女の子が赤ちゃんを連れて歩いてるのを見たり、元気いっぱいだったおばあさんが、介護の人に付き添われて歩くようになったり。
15年の歳月はとにかく長い、重い。

日本にも10年帰国してないので浦島状態ですが、日野さんも74歳、立派におじいちゃんになってる。


これをFacebookで紹介していたのは、茶髪のバイオリニストNaoto氏。
かっこいい
と。
そうだ、Naotoも髪染めてかっこいい男の子だけどあれだけ弾けるようになるまで相当レッスンしてきたんだな。
素直に日野さんをかっこいいと言えるのは、真剣にやってきたからでしょ。
燃えるジジイになった日野さんに乾杯。

ただねー、これ見て勘違いしてるじいさんやおっさん、特に中学の先生が生徒叩くのはやめてくださいね。
叩くにはそれだけの、人格と愛情が必要です。
未だに、中学の時殴った先生のこと嫌いですもの。

でも、日野さんはかっこいい。

トラベルクリップの記事で、スペインの城シリーズというのを始めました。
意外と好評だと思います。
第一回は我が村カソルラから。




15年見続けてきたカソルラの城。

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by cazorla | 2017-09-05 00:29 | 思うこと | Trackback | Comments(6)