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ふるさとはとおきにありて思うもの

「ふるさと」を持たなかった。
私が育った街は、父の故郷でも母の故郷でもなく、私たちは「よそもの」だった。
母はその土地のことばを嫌ったので、私はできるだけ使わないようにしていた。
多分、全く使っていなかったと思う。
ふるさとに実は憧れていた。

江戸っ子は三代目からというけれども、東京のように外から来た人の多い地域では意外とふるさと感覚を持ってしまう東京生まれは多いのではないだろうか。
そして、東京も東京をふるさとと呼ぶことを寛大に受け入れてくれるのではないかとそう思っている。
私は結婚を機に、戸籍を独立し、私の戸籍は東京になっている。
20年住んだ東京。
長女も長男も東京で生まれた。
だから、スペインの身分証には私のカードにも長男長女のカードにも東京Tokioの文字がある。
育った土地よりも東京が懐かしい。
それはふるさとを持たない人の感傷だろう。

遠藤周作氏が著書の中で、自分に自信がない人は父親や母親の自慢をする、
父親がたいして自慢にならない場合、祖父母、おじおばを。
それでもダメなら、先祖。
それも持っていなければ、平氏だ、源氏だと言い出す。
たいていの場合、どっちかに入るのだけれどそれでもダメだと、日本国。
そして右翼になる。

それを思い出したのは、ふるさとを持たない話から。
自慢できるふるさとを持つことは、きっと支えになるのではないかと思う。
ふるさとを持たなかった少年がテロに走る。
バルセロナに生まれた17歳の少年。

17歳と聞いてすぐに思い出すのが、大江健三郎の「セブンティーン」だ。
17歳の誕生日を迎えた孤独な少年が、右翼になっていく内面を描いた小説。

彼らを擁護しているわけではなく、ただ、テロや戦争をなくすために私たちができることはただ柔軟であることだけなんじゃないかと思う。
悪い連鎖を断ち切らないと、どこまでもどこまでも続いていく。
17歳なんて、うちの長男より幼いんだ。
まだ、自分が死んでいくことの意味さえわからない。
そんなバカな少年がテロに走らない世界になったらいいなと思う。

甘いよ!お前と言われても。
排斥するだけじゃ、何も始まらない。

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うちの子どもたちはやっぱりカソルラをふるさととして、大事に思っているようだ。
いじめられても、それでも、両腕を広げてくれる人がたくさんいたから。

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by cazorla | 2017-08-27 06:32 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

ほんの1週間くらい前に夫と「バルセロナ」の話をしたばかりだったんです。
やっぱりね、
なんていうか、
空気が淀んでいて、
困ったなーという話。

バルセロナでテロが起きたけれど、それとは関係なく、そういう話ではなく、
バルセロナの話を夫としたのは息子を見送った駅のカフェテリア。
バルセロナで観光客に対する嫌がらせみたいなのが始まってるという話。
観光客なんて来ないでほしいという動きがすごいらしいと。

そういうのわかる。
とかなんとか。

カソルラもなんか最近人気が出て、
おまけにバルセロナのように都市じゃないから、
空間がそんなになくて、人が多くなると、ある部分は原宿並みにすごくなる。
田舎暮らしのいいところは不便だけど、静か、じゃなかったっけ?
と、まあ、観光で儲かってる人もいて、
誰かが儲かると、町の雰囲気は盛り上がるのだけれど。

私の住んでいる歴史指定地区にある無料駐車場は、基本、住民のものなのに、
やたら人がきて、車を置く場所がない。
観光客用の有料駐車場は町の入り口付近にある。
そこに入れてほしい。
まあ、そういう大したことないけど、ちょっとした不満。

あるとき、どこかの書き込み、スペインが好きな人とかの書き込みで、こういうのがあった。
「せっかくコルドバに行ったのに、パティオに花が飾られてなかった。
パティオ祭り以外の時も観光で行った人のために飾って置くべきだ。」

というようなこと。
コルドバにはパティオ祭りとかなんとかいう祭りがあって、パティオにキレイに飾られた花のコンクールが5月にあります。
どこのパティオもキレイに飾られて、人気のお祭り。
観光客も多い。
でも、それは住民が「勝つこと」を目的にして、飾り立てる。
シーズンオフは次のコンクールに控えて、枝を切って、ケアしている。
住民は観光客なんてどうでもいい。
観光関係で働いている人を除いては。

観光客は、観光地に行くとそこがディズニーランドか何かとちょっと勘違いしているようだ。
住民は観光客なんてどうでもいい。むしろうざいと思っている。

それはそれとして。
バルセロナはアンチ観光客の動きがすごくて黒雲が立ち込めてた。
しかし、今回のはテロです。
このアンチ観光客とは関係ない。

でもね、ないけどある。あるけどない。

なんというか。

テロが起きるとまず「イスラム」というのがキーワードで出てくる。
イスラム教徒だったことは正しいけれど、
パリのテロにしても、バルセロナにしても、
だいたい普通に市民、そこで生まれて育った人たち、
オリジェンはイスラム系だけれど、そこで生まれて国籍もフランス人だたり、スペイン人だったりする。

その辺りが問題をあまりよくわからない状態にしている。

バルセロナとパリの共通点は、イスラム地区とかチャイナ地区とか、そういうある種の人が固まっている場所がある。
そういう社会の雰囲気、社会の閉鎖性のようなもの。

スペインに住む外国人として、いうのですが、
決して、イスラム教徒が攻撃的なわけではなく、
外国人とフラストレーションについてちょっとだけ考えてほしいなと、
そうやって少し社会が柔らかくなって行ったらいいなと思うのですが、

テロが起こるとさらに閉鎖的になって行く。
それがとても悲しい。

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by cazorla | 2017-08-21 03:01 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

母は一人で暮らしている。
本をたくさん読んでいるようで、会うたびに話が飛ぶ。
明治時代の人の話が出るかと思えば。モーパッサンの話。
モーパッサンの小説に出てくるエピソードがスタインベッグにも出てくるという。
母乳を飲む、死にかけた人の話。
子供がいなくなってなお出る母乳を死にかけた人にあげる話。

モーパッサンは1850年生まれ。スタインベッグは1902年生まれだからパクったとしたらスタイベッグかななどと話す。

写実主義のモーパッサンは、いかにもあったように書くけど。
私はちょっと疑う。
母乳って、乳首から直接飲むのは、赤ん坊だからうまく飲めるので大人はかなり難しいと思う。
というのも、長男が生まれた時、長女が飲みたかった。
まあ、こういうことが自慢にならないかもしれないが、私は母乳はなかなかうまかった。
母乳の時代だけ、菜食主義にしていた。
完全ではないけれど、野菜中心。
牛と同じ。
ライオンの乳より牛の乳がうまい。

そういうわけで、長女がまずおっぱいに吸い付いたんだけどうまく飲めなかった。
コップに絞って飲ませたやった。

「ママのぎゅうにゅうっておいしい!」

という。
ママのは母乳で牛乳ではないのじゃ。
まだ、漢字を知らないから、(今も知らないが)母乳と牛乳の違いがわからなかった。

だからね、モーパッサンの写実主義も実は写実ではないのではないのではないかと疑うという話。
写実主義の絵画にしても見たママをそのままに描くと嘘っぽくなるらしい。
どこかでちょっと嘘を入れると本当に見える。

世界ってそういうものなのかもしれない。

本当に見えれば、それはそれでいいじゃないかと受け入れるべきか。
真実をとことん追求すべきか。
それはかなり難しい話だ。

追求した向こうに何が待っているのか。
それもかなり難しいし、そしてちょっと怖い。

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by cazorla | 2017-08-13 07:22 | 思うこと | Trackback | Comments(4)

90歳の読書ノート

6月20日に母は90歳になりました。
大台の乗る時はいつでも少しエネルギーがいるようです。
19歳の時は、かなり期待を持って。
29歳は不安と倦怠感を持って。
39歳は諦めとふてぶてしさを持って。
49歳は半世紀生きたことの感動と老への不安を持って。

私はここまでの大台体験しか持っていませんが、母は79歳の時、スペインに住んでいました。
その時、母が言った言葉。
「やっぱり、言葉ができないとロマンは生まれない。」

ちょっと期待していたようです。
シャルルボワイエのような人の登場を。
今、当時の母の写真を見るとやっぱり若かったなと思います。
79歳なんて、実はまだまだ若いのです。

母は本を読むことで孤独と折り合いをつけています。
藤原周平がお気に入りです。
時代物を書いていても、藤原周平は母と同い年。
同じ年に生まれたものがもつ、共通の心情、考え方、感性があるのでしょう。

もちろん、私も藤原周平さんの小説、大好きです。

大使館には図書館があります。
勝手に借りて、ノートに借りた本の名前を書いて持って帰るだけ。
好きな時に返しに行きます。
私はマドリードから、4時間以上のど田舎、それも車と列車を使って行かなくてはならないところに住んでいるのでしょっちゅうはいけませんから、たくさん借りて、そして3ヶ月間借りっぱなしです。

そうやって、色々な本を母と一緒に読んでいます。

90の大台に乗るにあたり、母は結構気弱になっていました。
もう一度一人でお風呂に入れるようになりたいと願っていましたが、それは無理なようだとぽそっと言いました。

その年にならないとわからないことはいっぱいあります。
息子がある日、私にききました。

「ママ、死ぬのは怖い?」
「怖いよ、だってまだ一度も死んだことがないから。」
「僕も怖いな。
ママ、他に怖いものがある?」
「年を取っていくのも怖いね。
まだ、一度もおばあさんになったことがないから。」
「それは大丈夫だよ。僕が一緒にいるから。」

年を取るのは怖いなと思う時があります。
軽く体をさわってみると、今まで気づかなかったけれど痛いところがたくさんありました。
いつの間に、こんなに痛いところが増えたのだろうと。
随分、長い間、自分の体に向き合ってなかったなと。

あ、そうだ、母の話でした。

母は、少しずつ、老いを受け入れてきたのですが、それでも90の大台に乗るに当たって、かなりしんどかったようです。
乗れないかもしれない、という時もあれば、乗りたくない、という時もありました。
そして、とうとう乗ってしまって、6月、ちょっと暑かったこともあって、しんどくしていました。

ところが最近、スタインベッグを読みたいと言い出し、「怒りの葡萄」を読みました。
モーパッサン、E・ブロンテ、トルストイを読み、夏目漱石を読み始めました。

「100年後も読まれている小説というのは、やはりあらすじが面白いだけじゃないの。
そこには魂を強くしてくれるものがある。
読んでいると体の中に力が湧いてくるのを感じるのよ。」

それが文学のすごいところなのでしょう。

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経験するってこともすごいこと!






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by cazorla | 2017-08-02 23:07 | スペイン年金生活 | Trackback | Comments(8)

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下落合に住んでいた頃のこと。
新宿区というのはやはり少子化が進んでいて、小児科がありません。
マンションのすぐそばに内科がありそこに行っていました。
老人の患者が多く、朝一番に行って診療リストに名前を書き込んでもだいたい2時間待ち。
小児科がないかなーと思っていたら、小滝橋のところに小児科が開業しました。
もちろん、そこも小児科とはいえ、内科も一応併設し、大人の患者も診ていました。
それでも、カラフルなソファーが置かれ、おもちゃや絵本が置かれて小児科的雰囲気。

2月の寒い日、長男が熱を出しました。
その頃、5ヶ月くらいでした。
普段丈夫な男の子は病気になると大変です。
それは大人になっても同じですよね。泣いて、泣いて、泣いて。
抱っこして、私が立っていなくては泣きやみません。
夜中もずっと立ったまま抱っこしていました。
次の日、小滝橋にできた新しい小児科に行ってみることにしました。
最初はおもちゃなどが珍しく、静かに見ていたのですが、だんだん気分が悪くなったのかぐずりはじめました。
泣き始めると、なかなか泣きやみません。
抱っこしてなだめても、おっぱいを飲ませてもだめ。
すると看護婦さんが近づいて来ました。

「よかった。」と心からホッとしました。
どんなに機嫌が悪くても、他の人があやすとたいていの赤ちゃんは泣きやみます。
特に若いお嬢さんが相手だと、男の子はやたら嬉しいものです。
ところがその喜びもつかの間。

「お母さん、赤ちゃんを泣かせないでください!
他の人に迷惑です。」

私は耳を疑いました。
泣かせたいわけではありません。
赤ちゃんが泣いていて辛いのは母親自身です。それは風邪で気分が悪くて泣いているのがわかるから。
そして閉じられた空間で長い時間またされていればますます気分が悪くなるのです。

私は外に出ました。雪が降っていました。
おくるみでしっかり巻いて、これ以上風邪が悪くならないようにして抱っこで順番が来るのを待ちました。

赤ちゃんが泣いている時、お母さんは二重の苦しみの中にいます。
赤ちゃんが辛い気持ちでいることが悲しいということと、周りの人に迷惑をかけているのではないかということ。
だから子育て中のお母さんはとてもストレスが大きいのです。

少しでもストレスを少なくしてあげるためにこのプロジェクト↓



こういう取り組みがママたちのストレスを減らして、社会全体の虐待も減少して行くのではないかなと思います。

写真は長男ではなく、長女です。泣いてる写真が長女のしかなかったので。
長女生後1週間。





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by cazorla | 2017-07-20 07:06 | こども | Trackback | Comments(10)

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トゥルヒージョにて。
血が混ざったことを記念して作られたモニュメント。
ペルーから持ってきた。
この大きな石を持ってきた。

そんな歴史的な大きな石が何気にトルヒージョの城の前に置いている。
息子、登っているよ。
登っても大丈夫らしい。
いいのか。

血が混ざったことを記念して作られているからいいのだ。
息子も血が混ざっている。
混ざることは悪いことではない。

コンキスタドールは悪い奴というイメージがある。
もちろん、インカ帝国があって文化があって
栄えていたそこにいきなり来たんだから悪い。

けれど、ヨーロッパの国々は全て、やはり新大陸の富に注目していた。
血が混ざらなかった北と血が混ざった南とどっちがいいのか。
強姦があったんだよねという声もある。
あったかもしれない。
同様にたくさんの恋物語もあった。
インカのお姫様が父親を裏切った話もある。

色々な物語があった。
とにかく、現地出身の人がプレジデントになっているのは南だよね。

そういうことをちょっとだけ考えました。



トゥルヒージョへの行き方、観光についてこちらにまとめています。↓



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by cazorla | 2017-07-15 07:48 | アンダルシア以外の街 | Trackback | Comments(0)

市川に住んでいる友人が話してくれたこと。
生ゴミ捨てたら、中に燃えないゴミが混ざっていたって書いた紙付きで玄関の前にゴミが戻ってきていたと。

それは小さな燃えないゴミだったそうで、うっかり入り込んでいた。
燃えないゴミって自治体で若干異なるんです。
例えば、タバコのフィルターって横浜と東京でどっちがどっちだったか忘れたけれど、燃えないゴミと燃えるゴミになるらしい。
革靴も完全に皮だけで作っていれば、燃えるゴミになる自治体もある。
焼却炉の温度にもよるそうで、高温であれば鉄だって燃えるごみになりうるそうな。

で、市川に住んでいる友人の話に戻るけれど、このご近所さんは多分、ゴミ袋を一つ一つチェックしているのだろう。
すごいね。
中には、やっぱり見られると嫌だなと思うようなゴミだってあるわけではないですか?
かつて山口百恵が引退して、そのゴミを漁って記事にした記者がいた。
それに似た不快感があります。

ご近所さんに監視されている恐怖。
東中野で一人暮らししていたのですが、ある日ちょっと大きめ、だけどそんなに大きくないものを捨てることになった。
台所に置いて、オーブントースターなどを載せている低めの台。
粗大ゴミになるのかどうか、電話で問い合わせたら、「女の子が一人で持って階段を降りられるくらいの大きさなら燃えないゴミ」と言われた。
それで、どっこいしょとゴミ捨て場に持って行ったら、すぐに見たこともないご近所さんが来て、これ粗大ゴミでしょと言う。
説明したら、もしゴミとして持って行かなかったらちゃんと引き取ってね、と念押しされた。

窓からいつも見守っているんだー、ひえーと思った。

そう、日本ってそう言うところあるでしょ?
他人のことに無関心なようで、悪いことしていないかちゃんと監視している。

前書きが長くなりましたが、虐待事件の記事の話をしたかったのです。
スペインでは10分以上子どもが泣いていたら、通報する。
やはり、異常事態が起きていると考えるべきだから。
それに対して
「通報することがよい。私は密告社会のようでそれも恐ろしいです。すべてを制度化するということは、それだけ制度化する要因があった、またはあるという解釈もできるのではないでしょうか。」と言うコメントをいただいたからです。

個体差はある、と言うのは便利な言葉だと思います。
泣く子がいる。
泣かない子がいる。
オムツを外れない子がいる。
オムツがすぐ外れる子がいる。

ある部分それは本当かもしれないし、あるいはそんなに違いなんてないかもしれない。
もちろん、うちの3人だって随分違った。
それでも、ある程度の線引きをして、こう言う場合は平均値で考えて、虐待されている子供がいれば、やはり通報すべきだと思う。

狭山虐待事件でご近所さんが、10月くらいまで喘ぎが毎晩だったのにその後間遠くなって、全く聞こえなくなったら、男性との関係が悪くなっていて12月に出て行っていたと言うご近所さんの証言があった。
よそんちのセックスの営みをそこまで細かくわかるのなら、子供が虐待されているかどうかわかるはずじゃないかと思った。

密告しようと何をしようと子供が死なない社会を作る、それをまず第一に考えるべき。
それはね、そう言う世界ってなかなか大変だ。
子供はバカじゃないからそれを利用したりする。
うちの子供だって、(一番可愛い末っ子のアルバロがですよ)
歩いていて、アイスを買ってあげなかったら、「僕、虐待されてるー」と怒鳴った。
それは息子がまだ6歳くらいの時。
「ダレカタスケテー」と叫ぶ息子にものすごい疲れを感じた。
社会は子どもに優しい。優しすぎるかもしれない。
それでも、虐待があるよりましだと思っています。

普通の親は子どもを殺したら、社会から抹殺されるのを知っているから殺しはしない。
殺されないけれど、虐待されている子どもの数だってかなりのものです。
それは、いじめにも繋がり、DVにも繋がる。
攻撃の連鎖。
私たちの中に潜む残虐さ。

虐待で死ぬ子供が毎日一人と言う新聞の記事。
この数字は多分、決して法の前に裁かれなかった、けれども、疑いを持っている医師の密告によるものなのかもしれません。





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by cazorla | 2017-07-10 04:39 | 思うこと | Trackback | Comments(7)

最近、卒親できない親が多いというニュースを読んだ。
結婚相手も就職先も、なんでも口を出す。
結婚相談所も親が行く。
そういうニュース。
親と子供がぴったり寄り添っているのは80年代もそうだったように思うけれど、きっとさらに強くなったのかもしれません。
スペインに住む、いえ、欧州に住む多くの日本人母たちが物足りなく感じるのは、入学式などないから、子供たちが勝手に学校に行ってることかも。

それはそれとして、卒親できないというのは、年齢的な問題があるのではと考える今日この頃です。
卒親できず、結婚就職に首を突っ込む『50代』の親と書かれていましたが、昔なら50代は孫がいてちょうど良い時代。

動物も子供が作れなくなると、赤ん坊に執着し、群の赤ん坊を連れ去って乳をやろうとするらしい。
シェパードやライオンなど、群で育てているとそういうことを観察できるらしいです。
そういう切なさを理解できるようになりました。
多分、孫などいたら世話しているかもしれません。

女性は特に50代の半ばに閉経して、理屈ではなく、切なく何かを求めるのかもしれません。

適齢期という言葉があります。
結婚年齢のことですが、適齢期は孫を持つのにも、介護するのにも、介護されるのにもやはりあるように感じます。
母は33歳で私を産み、私は36で娘を産みました。
すると57歳の私が90歳の母の世話をし、3人の子供たちの進路の相談などにアドバイスしたり。
90歳の母に65歳くらいの娘がいたら、もっと一緒にいる時間があるし、嗜好ももっと近く、理解できることももっとあるかもしれない。
そして、40くらいの元気な孫が、時々大掃除や買い物などしてくれる。
そのくらいの歳の開きがちょうど良いのかなーなどと。

そういうことを考えていた時、ふと思い出したのはドイツの奨学金制度のこと。
大学生の奨学金。返済義務のない奨学金で、8歳以下の子供がいる場合、支給額が増える、というのを以前読んだんですが、
これには世代サイクルを理想的にするためでもあるのかなとふと思いました。

子育てしながらでも勉強できれば最高ですよね。

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もちろん、36歳の新米ママ時代はとっても楽しかったです。



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by cazorla | 2017-07-05 08:03 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

スペインに住んで、おまけに10年帰国しないと知らない言葉が多くなる。
その上、わかったつもりの言葉も多いので、誤解してしまうことも多い。
女子力という言葉もその一つ。
この記事を読むまでは、もちろん「GirlPower」のことだと思っていた。



私が「女子力」という言葉で思い出すのは、長男エンリケが小学校6年生の時のこと。

学校で運動会というか競技会があった。
毎年、テーマや方法が変わる。
5年生の時はシンプルにマラソンで、次の年は優勝するぞと思っていた。
が、6年生の時は、2人1組で、二人三脚の障害物競走。
くじ引きでカップルが決まる。
平等教育の一旦で、全ての人に優勝の可能性があるように。

友達の前年のマラソン優勝者とサッカー部のヒーローがペアになった。
エンリケは、クラスでちょっと(いえ、かなり)太った女の子と一緒。
エンリケは、かなり失望した。

競技会当日行かないという。
夫がそれは良くないという。
「そんなことしたら、彼女は自分が太っていてとろいから君が行かなかったと思い、傷つく。」
「負けるってわかっているのに、行ってもしょうがない。」
「男は負けるとわかっていても戦わなくてはいけない時がある」とバイロンのようなことを言う夫。

それで、渋々エンリケは競技会に参加した。
出かけるときに夫はもう一つ注意を与えることを忘れなかった。
「女の子が遅いからって無理に走ってはいけないよ。彼女が走りやすいように、気を配ってあげる、それがジェントルマンだ。」

ところが、優勝してしまう。
エンリケの話は下記の通り。

「彼女さ、勝つつもりだったんだ。足を結んで、ゆっくり彼女と進もうとすると
『何やってんのよ!行くよっ(ヴァモノス)!!』ってすごいんだ。
で、優勝候補の二人組がからかって笑っていると、足にくくりつけていた風船が割れちゃった。
風船が割れたら、失格というルールがあるから、僕たちは2人で気をつけて走った。」

これぞ、女子力だと感じました。
私なら、スポーツマンの男の子と組んだら、相手に申し訳なくて、緊張しちゃうか、諦めるか、やめちゃうか。
でも彼女は、頑張ろうって思って、結局、本当に勝った。

エンリケもこのときポジティブシンキングが大事だと学んだ様子。

実は女子力で別のことを書きたかったんだけど。
日本は男尊女卑と言われるけれど、日本女子は仕事ができるし、女子パワーはすごいと思ってます。
政治家の女性の割合が低いというけど、政治家になりたくないというのは理解できます。
銀行に行っても、色々ちゃんとわかってるのは女性の方です。
日本の女子は最高です。

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女は体力。
娘、エクササイズ中。
母もよく自転車こぎなどやってました。
私もプールに通ってます。




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by cazorla | 2017-07-02 19:58 | 思うこと | Trackback | Comments(2)

結局のところ歳をとったということなのかもしれない。
日本語がよくわからないのは、日本を離れているせいだけではないだろう。

頂くという言葉があります。
いただく

ご飯を食べる前に「いただきまーす。」という頂く。
柳田国男の毎日の言葉によると、
食べる前に食べ物を一皿ずつ頭の上にのせて神様に感謝したのが始まりだそうです。
昔は、対して皿数もなかったでしょうから、頂くのも3回くらいですんだのかもしれません。

つまり、頂くは頭に載せるということ。
謙譲語です。
学校でもこれは謙譲語ですから、第一人称にしか使えませんとしつこく習いました。
もちろん家でも厳しく教えられました。

第一人称以外では、お手伝いに来ている人には使う場合があります。

例えば、お手伝いさんを連れて、どこかに行く。
ご挨拶だけと思っていたのに、お茶とお菓子が出される。
奥さんだけでは申し訳ないので、お手伝いさんの分も用意される。

すると奥さんがお手伝いさんにいうのです。
「せっかくだから、あなたもいただいたら?」
これは、用意してくださった方を立てて、お手伝いさんを第一人称の範疇に入れているという場合。

ところがですね、今は頂くを丁寧語として使うらしい。
とんでもない、と明治時代の祖母に育てられた私などは思います。


母が最近テレビを見ないのは、見ると腹たつことが多いからだそうです。
NHKのアナウンサーでさえ、間違った日本語を使うので、聞いていてイラつくと。

まあ、私は人のことが言えるほどちゃんとした日本語ではないのですが、それでも頂くを第二人称、第三人称に使うのが普通になってしまって、もう日本語もわかりません、と言うしかないですね。
スペインの若者言葉もわからなくて、息子がなんか言うたびに娘に通訳してもらう。

世界中、どこも同じです。夫は夫で「僕は君の友達ではない。」と言いながら言葉を訂正する毎日。

若者の言葉が気になるのは年取った証拠ですか?

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by cazorla | 2017-06-29 02:18 | 思うこと | Trackback | Comments(10)