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シャルリ・エブドのテロ事件のことを覚えてますか。
みんなが Je suis Charlie というプラカードを持ってデモ行進をしました。
テロは反対だけど、Je suis Charlie はちょっと変なんじゃないかって思ったのです。

で、今回イタリアの地震の後。

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画像はこちらから

ラザーニャになった地震の被害者たち。

イタリアンマフィアにどうにかしてもらいたいって思ってるイタリアンがいるはずです。


ちなみに以前も書きましたが福島地震の時はおちんちんが3本ある日本人の漫画が出て、うちの息子はまだ小さかったのでいじめられました。
うちに帰って『ママ、日本人って本当におちんちんが3本あるの?』ってきくんです。
バカね、そんなわけないでしょって言ったらほっとしてました。


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by cazorla | 2016-09-03 18:21 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(8)

連載jp

たいして書いてるわけではないのですが、連載jpで書き始めました。
5月22日が第一回で、合計4本という遅筆です。
多くの人に読んでもらえるチャンスなんて書いてるけどどの程度読まれているのかわからなかったし、ベストランキングの記事と色合い違いすぎるしで下書き状態だったものを先日やっと出したら初めてランキングリストに載っていてすんごく嬉しかったので。

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単に『ヌーディストビーチ』って題名だけで開いてみてつまんなくて閉じちゃった、それだけなのかもしれませんが。

連載jp  http://rensai.jp

スペインの外国人 でずっと書いていこうと思っています。



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by cazorla | 2016-07-30 12:14 | しょうもないこと | Trackback | Comments(4)

あなたに会いたくて。。

それは別に慰めるために言ったわけではなかった。
なんとなくそう言ってしまって、言ってしまった後にそう言ったことが実は本当のことだと思った。
受験の結果が出た夕暮れ。
結果が喜ばしい結果ではなかったから、その次の受験の用意の後に一休みして、
お台所で軽食を取っている息子に言った言葉。
『実はずっと会いたいと思ってたんだ。』
ー誰に会いたかったの?
『君に会いたかったんだよ。』
ーいつも会ってるじゃない?
『30年前からずっと会いたかったんだよ。』
ー変なの。僕は30年前は存在しなかったんだから会いたいなんて思うなんて不可能だよ。
『30年前から会いたかったんだ。ずっと。思い描いてた。もしかしたらその前に会ったことがあったかもしれない。だって時間が過去から未来に続くなんて誰が決めた?誰も知らないことがいっぱいある。もしかしたら君がある日私に会いに来てたかもしれない。そしてその瞬間のある一筋の光の間に君が私を捕まえたんだ。そして私はずっと君に会いたいと思った。だから君は私が30年間待ち続けた人。』

それは真実だった。
ずっと会いたいと思っていた人がそこにいた。
会いたいと思っていたらきっと会えるよね。

私に会うために生まれてきた人に、ありがとう。

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ずいぶん昔のことになるけれど、ある女性がいた。いつも綺麗に日焼けしていた、
その時私は20代後半で、その私にとっては彼女はそこそこ『おばさん』カテゴリーだった。多分40代だったと思う。子供はいなかった。ひたすら夫の話をする人。夫をひたすら愛してる人。夫という人はピアニストであり作曲家だったそうだ。私はなんとなく顔を知ってるだけだった。いい感じで年をとってるなと思った。私の友達が親しくしていた。その女性が当然亡くなった。癌だった。その数ヶ月前に元気そうな姿を見ていたから驚いた。友人がお葬式に行った。彼女の夫がひたすら泣きながらピアノを弾く、そういうお葬式だったと友人が私に言った。それはなんとなく衝撃的なことだった。私はそのお葬式に行ったわけでもないのになぜかその映像が私の頭の中にあって、泣きながら弾くショパンのノクトゥルノが聞こえてくるようだった。そして、私のお葬式で泣きながらピアノを弾く人を想像した。ピアノを弾く男の人と結婚したいとちょっと思ったけどそんなことはうまくいくはずがない。恋に落ちる前にピアノが弾けますかとは聞けないのだから。そして私は私のお葬式でピアノを弾いている男の人の映像を封印した。忘れてしまっていた。息子は豪傑タイプの金太郎のような男の子だったのでピアノを弾くようになるなんて考えたこともなかった。ピアノが弾きたいと言った時も、ふーんてなもんだった。ある日、ふと
また思い出してしまったのだ。でも、その話は多分息子にはしないだろう。死んだ後に泣きながらピアノを弾くだろうか。弾いてくれたらいいなと思う。





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by cazorla | 2016-07-01 06:45 | 思うこと | Trackback | Comments(12)

夕陽を見ながら

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時々 というかしょっちゅう、自分が無能だなーって思って

自己嫌悪。


夕陽見ないといけないんですよー。 知ってました?
脳波が正常になるんだって。
夕陽見ないと狂うんだって。
悪い気持ちがにょきにょき出てきて
悪いことしたーーいって。

なんであの人が?みたいな記事ってあるじゃないですか?
やっぱりね、夕陽見なきゃいけないんです。
スペインは9時過ぎに見えるからいいけど
日本は早い時間ですよね。
会社に勤めていると見ない。

ちょっと仕事の手を休んで見ましょうね。
私も自己嫌悪に陥らないようにしますから。


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こういう時間帯って、家も一呼吸してるように感じませんか?
ああ、1日終わったなーって。

とにかく
気持ちが落ち込んでも、家に帰ってお風呂に入って。
そしてお布団に入る。

朝になったら元気になってるかもしれないし。


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野の花です。
可愛いでしょ?
名前は知りません。


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by cazorla | 2016-05-27 01:23 | カソルラ | Trackback | Comments(18)
その本は 山積みにされていた。
その時はまだ文庫ではなくて ハードカバーだった。
1982年だったのだろうか。
そう それは山積みにされていた。
83年に読売文学賞受賞とウィッキーに出ているから
そのころかもしれない。 山積みしているのだから。
それは その頃 ベストセラーだったのだろうか。
86年に 文庫になっているから きっとそれ以前のはず。
その本の表紙の女性が 私をいつも呼んでいた。
本屋に入るたびに そう思っていた。
その頃 多分 池袋の西武の本屋か 芳林堂だかで ラテン文学の本を探しに行くと必ず目に入っていた。
買いたいという気持ちもあった。
でも ハードカバーであるから それなりの値段。
それだけ払うのなら ラテンアメリカ文学の本が欲しい。
そういうわけで 結局 雨の木を聴く女たち を買わなかった。

そして すっかり 忘れてしまっていた。

どうしても欲しい本だったわけではない。
ただ 本が私を呼ぶのだ。

本が私に言う。
あなたは 『私』を読むべきなのだと。

1996年 私は母になった。
実は あれだけ本が好きだったにもかかわらず 1992年頃から すっかり本を読まなくなった。
多い時は 日曜日 1日だけで 5冊呼んでいた。
そんな私が 本を読む気力がなくなっていた。
多分 年齢のせいもあったのだろう。
新しい知識にどんな意味があるのか そういう疑問。
30歳を過ぎた独身の女が抱えているもの。
多分 そういうことなんだと思う。
母になった途端 また 本を読みたいという気持ちが溢れてきた。
なんというか 生真面目な言い方をすれば良い母になりたい という気持ち。
いや そういうのでもない。
ただ 赤ん坊の成長は 私を未来に向かわせてくれた。
そういうのでもないか。
授乳の時は 赤ちゃんの顔を見ながらしてくださいと
保健所の方に言われた。
はい はい と返事をしながら 実は授乳しながら 本を読んでいた。
本に対する情熱がまた燃え上がった。
新宿図書館に行っては 5冊しっかり抱え込んで帰ってきて
ただ ひたすら本を読んでいた。
本屋にも 通った。

そして またもや 出会った大江健三郎。
どういう経緯でその本を手に取ったのか覚えていない。
ただ 自然に その本は 私のところにやってきた。
どうしても 読まなくてはならない本として。



大江健三郎と武満徹の対談集である。
私は現在 コンセルバトリーの学生であるのだけれど 全く 音楽に疎くて
『雨の木(レイン・ツリー)』が 武満徹の作品の名前だということを知らなかった。
この本を読んで初めて知ったのです。

この本を 何度読んだだろう。
手に取った数は 百を超える。
ああ あれは どこに書いていたっけ?
そう思いながら ページをめくった。
この本は 私にとって 育児書だった。
長女を育てている時も
長男を育てている時も
何度 この本に助けを求めたことか。
子供というのはオペラだ。
ある時は ソプラノがアリアを歌う。
バリトンが静かにそれに答える。
テノールが叫ぶ。

私はオペラを作っている。
そう思いながら育児をした。
育児は オペラの作曲に似ている。
今 まだ 到底 オペラなんていうレベルではないが (もちろん)
作曲のクラスで ソナタを作っている。
作りながら思う。 やっぱり 子育ては オペラだと。

そう思いながら この本を何度もなんども読んだ。
読みながら 『雨の木を聴く女たち』を読むべきだったと思った。
どうせなら 日本にいる時にそう思うべきだった。
『オペラをつくる』読み始めて 20年目に急に読みたくなったのだ。
それで Tちゃんが 日本から遊びに来る時 何が欲しいか聞かれたので 迷わず
『雨の木を聴く女たち」を頼んだ。

そうだ 読むべき本だったのだ と思った。
不思議な宿命みたいなものを感じる。

それが去年の5月。

夏が過ぎて 9月に息子は高校最後の学年になった。
ピアノを続ける彼は 受験の準備を始めた。
作品は ベートーベンのOP2。 古典主義の作品
ドビュッシーの半音階のためのエチュード
ショパン スケルツォ。

もう一曲が 見つからない。
何にしよう。

先生は 彼のそのまた先生に聞いた。
マルタ サバレッタ。
ラローチャの 第一弟子。
『最後の曲は タケミツのレインツリー』

この時 世界が繋がった。
なぜ 1982年 私は特別に好きだったわけでもない大江健三郎の本に執着したか。
本屋に行くたびに 買いたいという気持ちを抑えなくてはならなかったか。
なぜ あんなに欲しかったのか。

未来はあなたに語りかけて来るのだ いつでも。
ただ 静かに耳をすませば きっと聞こえてくる。
過去 現在 未来とつながっているのではなく
世界は あなたの周りを ゆったりと螺旋状に 動いている。
まるで 世界が 抱きしめたいと思っているように。

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レインツリー
「『雨の樹』というのは、夜なかに驟雨があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだから。他の木はすぐ乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さい葉をびっしりとつけているので、その葉に水滴をためこんでいられるのよ。頭がいい木でしょう」



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by cazorla | 2016-05-21 08:39 | 思うこと | Trackback | Comments(23)

選択の自由

スペインという国は 理想主義的色合いが強い国だと思う。
ずいぶん前に フランスで サルコジが大統領に選ばれた時 フランスの新聞記者が
フランスは 基本的に現実的な国民性が強い国だから サルコジは嫌いでもサルコジを選ぶ というようなことを書いていた。
それに比べてかなり夢想的なところがある。
理想は理想でしかないのかもしれないし
スペインの経済が かなり傾いたのも そういうことが背景にあるのかもしれない。
それでも と 思う。
10年前に 書いた記事。

子供たちが 小学校に通っていた時書いたものです。
ダウン症の男の子が一緒に小学校に通っているのを見て なんて素敵なんだろう
そう思って書いた記事です。

ただ 中学に入ると 環境はガラッと変わるらしい。
前回の記事で 娘が 妊娠中に障害のある子だとわかったら 堕すといったのは
中学に入ってから ダウン症の子供に対してのいじめがすごかったから。
あんなにいじめられて それを見守り続けることはできないと。
うちの息子たちも (そして多分娘も、本人は あまり言わないけど) いじめがあったくらいだから。

ある日 食卓で どんな人と結婚したいかって話を 半分冗談で話していた。
その時 夫が 長男に「君は華奢な子が好きだから やっぱり日本人の女の子がいいんじゃないか?」
と言うと 『僕は 日本人とは結婚しない。 だって 生まれてくる子供が チノ(中国人)って言われるから。』
と ボソッと言った。
当時は 中学1年くらい。まだ背が低くていじめられてた。
自分の子供がいじめられるのは 本当に辛い。

娘に言わせれば 私は あんまり現実を知らない理想主義者。
それでも 問題を解決するのが 排除することだったら また違うほころびが出てくる。
私の通ってるコンセルバトリオのあるリナレスには ダウン症のヘススが経営する文房具屋さんがあります。

9年前の記事に 懐かしいマロンママのコメントがあったので引用します。

日本での羊水検査は、どちらかというと産まない選択のために使われている方が多いような気がします。(産むのだったら、他さがしてくださいよというのも聞きます。)
少し前の話なのですが、羊水検査をして、ダウンである確率が高くて、産まないことをあんにすすめられたけれど、結局産むのを選んで、正常児だったという話も(今はもっと正確なのかもしれません。)
「産むのは親のエゴ」とまで言われたそうです。(産んで、どれだけ税金使って世の中に迷惑かけるのっていうことなんでしょうね。)
羊水検査が命の選択の道具になってほしくないです…


生まない自由があるように 生む自由もあるといいな と思います。

ちなみに私もいじめられっ子でした。
その話は そのうちに書きます。
私の時代はそんなにいじめが問題になっていない頃。


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川は 流れが急な方が水が澄んでいる。








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by cazorla | 2016-05-04 07:46 | 思うこと | Trackback | Comments(0)

花のもとにて

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イチジクの木。
根元に生えてる草。
根元というより 株の上の方 枝が広がって そこに草が生えてる。
そして 花が咲く。

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共存共栄。
これこそが共存共栄。
このことばは ヤクザと政治家とか そういう設定で使っているのを聞いて覚えた言葉。
でも 本当の共存共栄は こういう感じ。
人工的な 場面では 寄せ植えとか。

寄生虫というと 悪いものの代表のよう。
寄生虫のような男とか そういうメタファーで使われる。
でも 寄生虫は 例えば 動物にくっついてるけど 動物を絶対殺さない。
それは 住処だから。
小学生時代 ギョウ虫検査があった。
寄生虫は悪者。
でも寄生虫がいなくなって アトピーが増えたと最近言われるようになった。

共存共栄。

母が 二日前にまた転んで ベッドから 立ち上がれない。

ごめんね
悪いね
死んだほうがいいね
痛くって もう生きて行きたくない

でもね 一緒にいるから お互い 生きていけるんだよ。

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野の花たち。

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よそんちの桜。


今 連休で娘が帰ってきている。
今 20歳。
夜 お茶をしながら しゃべる。

染色体異常の検査について話す。
『私は 検査して 異常があれば もし 障碍児だったら堕す』
と 娘が言う。
『私は 一人目の時は まだ日本だったから しなかった。
高いもの。 60万。
で そこそこ年だったから 可能性のことは考えた。
お医者は 検査しますかって聞いてきた。
パパと話し合った。
もし 障がい児だったらって。
最終的に 障がい児でも生むことになりそうだから 検査はしませんんって。』
『でも 障害のない子が生まれて嬉しかったでしょ?』
『そりゃ そうよ。』
『でしょ? やっぱり 障碍児は嫌なんでしょ?』
『そんなに簡単に決められない。
障碍児が生まれても大丈夫なように ちゃんと勉強して 用意しておいたもの。
それに 生まれた時は まだ わからなかったり 一年して 初めて分かるケースもあるのよ。』
『そうなったら 私は もちろん育てるけど。
やっぱり わかってたら 堕す。
人生無駄にできないもの』
『無駄だとは思わない。
神様は 無駄なものは 作らないと思う。
もし 障害のある子供が生まれたら それは また ある意味を持ってるんだと思う。
人間が ただ 受け入れるだけ。
それ以上のことは 傲慢だと思う。』
『ママっていつから クリスチャンになったの?」

存在理由は ある。
いや 存在理由なんて なくてもいいのかもしれない。
ただ そこにある。
そう いう言い方をすれば 仏教徒。

色とりどりの花が咲く季節。
誰にも見られないまま散る花もある。
でも もちろん 彼らはそれで構わない。
人間のために咲くわけじゃない。


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by cazorla | 2016-05-02 07:49 | 思うこと | Trackback | Comments(6)
うちの犬のみかんは 去年の夏に来た。
ほぼ一歳の時にうちに来た。
それまではコルドバの娘の家にいたので まだ 田舎生活は 10ヶ月くらい。
まだまだ 若いので 好奇心いっぱい。
先日 初めて 近くで 馬を見た。
馬もみかんを見た。
ちょうど 食事中。
散歩道で 草を食べていた。
一瞬 食べるのをやめて みかんを見たが
(その時 口が ほんの数秒 止まった)
自分に危害を加えない生き物カテゴリーに入れて
また 草を食み始めた。
みかんは 立ち上がった。
二本足で しっかりと。
立ち上がって 馬を見ている。
四つ足。
でも猫ではない。
猫なら 追いかける。
犬でもない。 犬には 三つのカテゴリーがある。
遊べるやつ 退屈なやつ いけ好かないやつ。
そのどれでもない。
一体 こいつは何者だろう。
でかいけど 遊べるのかどうか。
二本足で ずっと 立っているみかんを見て
こうやって 好奇心いっぱいのサルだけが 二本足で歩いて
人間になったのかなーと思った。


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遊べるやつに会えた日はラッキー。

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by cazorla | 2016-04-03 04:47 | カソルラ | Trackback | Comments(4)

帰宅の列車で。

日帰りでマドリッドに行ってきました。
パスポートの更新。
別にどこにも行かなくても 外国人登録の更新にパスポートは必須。
でも そうだ そういえば うちの夫は 日本にいるとき パスポート持ってなくて
旅行に行くとき 急遽 作った。
スペインの場合 作るのはすごく簡単。
ナンバーを確認するだけで すぐ 作ってくれる。
おまけに 1000円くらい。
だから 必要なときに作ればいい。
おまけに 日本国は 外国人登録の更新はかなりゆるい。
ほぼ 自動的。
最初は すんごく 面倒だけど 一旦 受け入れたら とことん親切。
それは 実生活にも反映してますよね。
一旦 友達になったら とことん親切。
特に外国人には。

でもスペインは もう 永住権も持っているのだけど
更新となれば パスポートを提示しなければならない。
おまけに パスポートを作るのも 面倒。
一旦 切れたら もう一度 戸籍を取り寄せたりしないといけないので
どこにも旅行に行かなくても 更新する。
で 高い。
10年前 220ユーロくらい取られて ヒエーーとなった。
先日 母のときは 145ユーロで 嬉しかった。
ユーロと円の関係で値段が変わる。
今回は 114ユーロで さらに 安くなっていた。

遠くに住んでる人には 1日で作ってくれる。
新しいパスポートを受け取って 帰る。
今は セマーナサンタ、いわゆるイースター休暇なので 列車は混んでいる。
お隣は どんな人だろう と ちょっと心配。

ああ デブのオヤジ。

肘を 肘掛に しっかり置いて 脚を組んでいる。
靴の裏が こちらに向けられているので 
気をつけないと 私の脛に当たる。
小さくなって 座る。

デブのオヤジめー と 心の中で悪態を吐く。

しばらく 行くと いきなり目が覚めたオヤジ。
ああ まだ アランフエスか と独り言。
ぐっすり眠っていたのだ。

どこまで行かれるのですか と訊く。
アルカサールデサンフアンです と答える。
じゃあ 起こしてあげますから ゆっくりお眠りなさい と言う。

すると にっこり笑って
デブのオヤジの体から ちょっと美形の青年が出てきた。

本当に。

目が グレイがかった青。
ありがとう と言って にっこり笑った。
青年は 脚をもちろん組まず ひじかけから 腕を外して
少し小さくなって 眠り始めた。


デブのオヤジだって 生まれた時から デブのオヤジだったわけではない。


アルカサールデサンフアンに着くと にっこり笑って 挨拶をして降りて行った。

デブのオヤジの中に隠れた青年。
たまには 奥さんにもそのお顔をお見せなさい。



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by cazorla | 2016-03-24 21:38 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(12)

男の優しさ

外に出たら 友達が恋人と一緒にいた。
友達 って よく何か共通項があって 友達になったりするけど
スペインでは そうでもない気がする。
ママ友なんてない。
子供が同じクラスだって 別に だからってそのお母さんと付き合ったりしない。
で 私の友人たちは なぜか 子供のいない人が多い。
私自身が母親っぽくないからなのか。
その友人は たまたま近所に住んでる。
つまるところ 近所の人だ。
ここは おばあさんが多いから 一緒に山歩きできるのは 私くらいだから何となく付き合ってるのか。
いや よく 図書館であったり お互いお金がないので
無料のイベント情報を交換したりして 一緒に出かける。
彼女は独身で 幼稚園から付き合ってる恋人がいる。
恋人は 中学の美術の先生。
その友人が 中高の同級生の赤ちゃんを見ていた。
昨日の記事のシングルマザー。
私も近づいて 赤ちゃんを見る。
手がちっちゃ〜〜い。
とか 叫んで笑って 触りまくる。
赤ちゃんって 何で 見てるだけで楽しいんだろ なんて言いながら。
ふと 友達の恋人を見ると 空を見てる。
退屈だーっていうように。
子供なんか 興味ねーよ って感じ。
あ ホセマリアは 子供が好きじゃないのかなーって 一瞬思った。

こういう光景。

男は ただ 手持ち無沙汰に空を見ている。
それは どういう風にでも解釈できるのだけど

それから しばらくして気づいた。
もし 子供を見ていたら
彼は優しい人なので うるうるした瞳で赤子を見てしまうかもしれない。
そうすると 私の友人は 彼は子供が欲しいのかもしれないと思う。

そう 彼は ものすごく優しい人なんだ。
彼らがなぜ 結婚しないのか。
40年も付き合っていて 変わらない関係をずっと 続けているのか。
そういうことは 何も知らない。
彼らはいつもそうやって 一緒にいる。
まるで 地球が生まれる前からのおきまりのように。

40を過ぎて 自分だけの子供を作ると決めた人がいる。
彼女には赤ちゃんがいる。
40を過ぎて 優しい恋人がいる人がいる。
幼稚園の時からずっと付き合っている恋人。
私は 三人の子供達と 理想の夫
そして何と言っても 五十五歳になっても まだ 名前にちゃんをつけて呼んでくれる母がいる。
今 一緒にいてくれる人を 愛してる
そういう共通項で 私たちは 友だちでいられるのだ。


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by cazorla | 2016-03-21 04:53 | 思うこと | Trackback | Comments(8)

あなたに会いたくて・・・・


by cazorla