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羊飼いの息子 サダム・フセインの死刑執行。
You Tubeでは カテゴリー エンターテイメントだ。
それは あまりにふざけすぎでしょう。
この死刑執行が あまりに 市民操作そのものなので

テロの犯人はフセインではなかった。
もちろん 独裁者であった。ただ 死刑執行に市民操作の意図を感じることに
不快感がある と言いたいだけです。

You Tube 死刑執行人の一人が携帯で動画を写してる。
El Pais La ejecución de Sadam

新たにまたほかのビデオがインターネット上に
el Pais  フセイン死刑執行ビデオ 2


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El Mund ★ Sadam 1937-2006

流れとしてはイラクの留置所で ばかばかしい写真を撮っている米兵と同じ。
次に何が起きるか。
怖いと思う。

追加
[ハバナ 1日 ロイター] キューバ外務省は1日、イラクのフセイン元大統領の処刑が「占領者による暗殺」だとして米国を非難するとともに、イラク戦争の終結を求めた。共産党の機関紙グランマに掲載された声明で述べた。

 声明では、前月30日に執行された同元大統領の死刑について「内戦を引き起こされ、何百万人もの市民が犠牲を強いられた国で起きた、政治上の愚かな行為であり違法行為」だと非難。「占領者(米国)による暗殺」だとの見方を示した。

 その上で「何千人もの米国の若者たちが戦争で死ぬことも止めるべきときだ」としている。


追加 合衆国は さらに 三万人の兵士をイラクに送ることに決めた。
さらい 米国の若者たちも犠牲になる。
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by cazorla | 2007-01-03 00:50 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(13)

バラハス空港テロ事件

マドリッドのバラハス空港に ETA[スペイン・バスク地方の民族組織ETA(Euskadi Ta Askatasuna)]が爆弾をしかけました。
爆弾をしかけたことは前もって通知したので ほとんどの人が逃げたのですが
たまたま その放送を聞いていなかった人が亡くなりました。
一人はエクアドール人。 恋人を迎えに来て 友達が中に迎えに入ってる間 うっかり車の中で眠ってしまって 放送を聴けなかったのです。

ターミナル4の4階建てのたてものが崩れ落ち 作業をしている消防士たちも
大晦日 鐘の音に合わせて 葡萄を食べています。 (ただ おめでとう と言って シャンパンをぬくのは自粛しました。)
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感極まって 抱き合う消防士。
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マドリッドでは 大晦日も テロリズム反対デモが繰り広げられました。


Excite エキサイト : 国際ニュース

正月そうそう こういう記事は書きたくなかったのですが
亡くなられた方のご冥福を祈って。
バスク ナショナリズムについては また書きたいと思ってます。
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by cazorla | 2007-01-01 22:39 | スペインの新聞から | Trackback | Comments(10)

祈り 

年末のお茶の時間 の記事でご紹介した友人。 わが 恋の教師ですが
彼女のことばでいちばん心に残っているのが
「刹那的恋と 永遠の恋がある。
永遠に続く 刹那的 恋 もあれば 
一瞬にして終わる 永遠の恋 がある。
できることなら たとえ 一瞬で荒れ 永遠の恋をする相手に会いたい。」
これを聞いた時弱冠 21才。 意味は全然わからなかったけど
刹那的な恋は苦しい。
それは 相手がどんなに優しく どんなに愛してくれても 永遠の恋とは言えない場合。
こちらもどんなに愛し そこには ほかの夾雑物がなくとも
どんなに強く愛し合おうと 永遠とはいえない恋がある。
おだやかな しあわせな 刹那的な恋は あまりにしあわせなために 心も体も 壊してしまう。


永遠の人に会うには 人生はあまりに短い。(ミラン・クンデラ 不滅より)


生物学者 ベイトソンの著書 「天使のおそれ」の扉にある詩。


神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気を
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を。

God grant me the serenity
to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and wisdom to know the difference.

Living one day at a time;
Enjoying one moment at a time;
Accepting hardships as the pathway to peace;
Taking, as He did, this sinful world
as it is, not as I would have it;
Trusting that He will make all things right
if I surrender to His Will;
That I may be reasonably happy in this life
and supremely happy with Him
Forever in the next.
Amen.

--Reinhold Niebuhr


それは恋だけではなく そこにある真実をみつめなければならない と言うことなのだと思う。
永遠は ここにありますと 年取った 神話学者は 心臓の少し下を押さえた。
Feliz año nuevo. Que seaís felices y paseís bien.
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by cazorla | 2006-12-30 19:59 | おすすめのもの | Trackback | Comments(20)

ヒコクミンの帰国

島田雅彦が「ヒコクミン入門」を書いたのはいつだっただろう。
東中野に住んでいた時 ふだんはしょぼくれた文学学校の前に長蛇の列ができたことがあった。 それもかわい子ちゃん系の女の子たち。
島田雅彦先生講演会だった。
1986年くらいだったから 彼もまだ25か6。
ハンサムだったよね。
ついその本を買ってしまったのも 自分のことを非国民だと思っていたからか 単に島田雅彦がハンサムだったのか おぼえてないけど。

帰国して 入国する時 私はいかにも非国民面をさげているのかどうか
よく質問を受ける。
2005年2月 は 特にひどかった。
というのも 麻薬犬といわれる ゴールデンリトリバーがすりすりしてきたのだ。
でも 麻薬犬ってもっと 攻撃的なんではないの?
テレビで見る分には 麻薬中毒患者のように はあはあいいながら 荷物にかみついてくるけど
その関西空港の犬は 嬉しそうにすりすりしてきたんだ。

「こちらで 質問と検査をさせていただいてもよろしいでしょうか。」と ことばだけ丁寧に 係の男の子が言う。 
まず 第一の質問が笑えた。
何種類かの 麻薬系の植物を栽培している人の絵と 葉っぱの絵を見せて この中で育てている物はありますか? というのだ。
学校の授業で使うようなきちんとした絵。 
それを持っている 宮様のご学友みたいなタイプの男の子。
「ないです。」
「でも よーーく 見てください。 覚えのある葉っぱはないですか?」
で 実は15時間 飛行機に乗ってきたあとなので かなりむっとした。
「私が麻薬を持っているかどうかは 身体を調べればすむことですね。
私も疲れているのでできれば すぐにでも終わらせたいのでさっさと荷物なり 身体なりお調べになってはいかがでしょうか。」
「はい でも規則で一応 この葉っぱのことを訊かなくてはならないのです。」
「仮に 私がその葉っぱを育てていたとします。
でも 私はスペインに住んでます。 それはスペインの管轄であって あなた方にはなんの関係もないと思うのです。 今 私が持っているかどうか それだけでしょ?
仕事があまりにもないので退屈しのぎでなさっているのでしたら 私としては かなり迷惑です。」

少ない荷物でアメリカに入国しようとした方はご存知だと思うが 一般に 荷物の少ない日本人は疑われる。 それは たぶん 日本入国にもあてはまるのかもしれない。

それでやっと 荷物の検査に入った。 荷物は少ないのですぐに終わると思った。
そして 下着の中などを調べる。
歯みがきチューブの中までは調べなかった。
「このくらいの使いかけだと ほとんど入らないのでしらへないんです。」と ご学友君が言う。
「あら 最近は以前の一万分の1の量まで 濃縮できるんですよ ごぞんじないの?」
と つい 意地悪虫が動き出して 目の中をじっと覗く。
不安になって 目が左右にきょときょと動く。
ヴァキ゜ナの中は調べなかった。
インドではそこまで調べる。
サリーを着た大柄な女性が 有無を言わず 指を入れる。
その 無感情がこわい。
日本人の女の子の中には泣いちゃった子もいた。
それは1988年。 今は もうそんなことはしないのかもしれない。
インドではそんなに嫌な気持ちにはならなかった。
外国人なのだから その国の事情というのがある。
ただ やはりアジア系だけ 扱いが違うのは どうかな とは思ったが。

「どうしてヴァギナの中は調べないの?
もしかしたら持っているかもしれないのよ。
あなた達の 麻薬犬を信頼しているのだったら 徹底して調べないと
結局逃してしまうことになるのではないかしら。」
「まあ そうなんですが・・・・しかし・・・」
「マニュアルにない。 ですか?」

かなり意地悪なおばさんである。
1時間で 無罪放免。
告白すると 新幹線で脱糞した。 家にたどりつくまで 気付かなかった。
ショックだったのだ 犯人扱いされたのが。
私は小心者なのである。
一週間の滞在のうち 3日をベッドですごした。
最後に父と会った帰国であった。 もう少し 気持ちよくすごせたら良かったのに。
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by cazorla | 2006-12-26 08:27 | 思い出 | Trackback | Comments(27)

レゲエ聴いてたら 思い出に浸ると巻。

楓くんは 元・恋人の親友。
もしかして 八年間も彼とつきあってしまったのは 楓くんと別れたくなかったからだったかもしれない。
 楓くんは 背が高く ちょっとジャン・レニを意識してた時期もある。
不真面目そうで実はまじめ。 スキューバーダイビングだって 耳が悪いからしない方がいいんだけど 血を流しながらやっていた。 しばらくやってると 慣れるそうですが。

彼は おとうさんが亡くなって おかあさんは 楓くんといっしょに 奥さんが死んで一人息子を育てている人と結婚した。 そしてふたりの間にもう一人男の子が生まれた。
楓くんの義理のおにいさんと 楓くんは当然 全く似てないのだけど 末っ子といっしょに三人で並ぶと 長男と末っ子 楓くんと末っ子の顔が似ていて やっぱり兄弟という感じがする。 おにいさんは 義理のおかあさんをとっても愛していて 義理のおかあさんにそっくりの奥さんをもらった。 楓くんも義理のおとうさんを大好きで しゃべり方とか影響されてる。

楓くんは大学が終わるとすぐにワーキングホリデーでオーストラリアに行き 一年間バナナ農園で働いた。 だから バナナに関してはかなり詳しい。 収穫の仕方を 新宿御苑で バナナの木を見ながら説明してくれた。 楓くんの説明は面白いので すぐに 10人以上の奥様達が集まってメモを取り始めていた。
オーストラリアから帰って来て コンピューターの会社に入って 地道に働き始めた時に 私が本を貸してあげてしまった。 「予告された殺人の記録」 ガルシア・マルケス。
たしかにおもしろい本だけど あんなにはまるとは思っていなかった。
うちに来て どんどん 私の本を持っていく。 そして 大学の課外講座でスペイン語とポルトガル語を学び始めた。 楓くんはまじめなのだ。
そして その後 一年間 ラテンアメリカを放浪する。

楓くんのおかあさんは美人ではないが 魅力的な人。 そして 自分の意見を自分のことばではっきり言う人だ。 しかし 楓くんは けっして おかあさんみたいな人を恋人にしない。
いつも かなり美人で ぜったい自分の意見をいわないようなそういう女の子とぱかりつきあう。
それが彼の問題だ と思う。
給料日になると 絶対私に電話をしてくる。
「おい メシ食いに行こうぜ。」
行ってみると 彼の恋人と一緒だ。 美人で にこにこしている。
「邪魔ジャン」
と言うと 「いいんだよ」と言う。
私だったら デートの時に 他の女の人つれてきたらちょっと迷惑と思う。
彼の恋人たちはいつもにこにこしている。そして 「cazorlaさん一緒じゃないと 行かないっていうから いいんです。 私もそのほうが楽しいし。」
そして 私は 彼女たちの結婚式にも参加した。
彼女たちと 他の知らない人たち。
楓くんがひとりで参列するのは嫌だから という理由で一緒に行く。
ほらね やっぱり嫌だったんだよ 彼女たち。
中にはほんとに好きだった女の子もいて 結婚式で荒れる。
まったくダメな人です。

楓くんはとても優しいので すぐに彼女らしき人ができるが 続かない。
それは 美人で にこにこしていて 毒のないタイプばかり選ぶけど
実は 美人ではなくても おかあさんみたいにものをはっきり言う人が好きなんじゃないかと思う。 彼は彼女たちといて すごく退屈なんだ。
最近 また彼女ができて 山に行ったけどまた別れたらしい。
「だって 知らない女友達のうわさ話していて それでも相づちはちゃんと打ってるのに あなた私の話聞いてるの?て訊くから 聞いてないって正直に言ったら 怒っちゃってさー。」

そんな楓くんでも結婚したことが一度ある。
ラテンアメリカ滞在中に知り合った女の子とできちゃった婚をした。
彼は ちょっと不便な所に行くと俄然かっこよくなる。
英語・スペイン語・ポルトガル語が話せるし ジャングルとか そう言う所も平気だし。
でも 東京に帰ってくるとかっこわるい人にもどる。
そして 息子が一歳になったとき彼女は出ていった。
「絶対 お金とか送ってこないで!」と 書き置きをされて。
それでも毎月送金している。 彼女の父親が秘密で息子のための銀行口座に入れている。
そして秘密でたまに息子の写真を送ってくる。

楓くんの部屋には彼女の写真が飾っている。
ほんとうにきれいな人だ。 今までの彼女たちの中で際だって美人。 たぶん女優だってかなわないくらい。 きれいな人がほんとうに好きなのだ。
「きれいだねー」と言うとほんとうに嬉しそうな顔をする。 バカなのだ。
「ぼくの奥さん 美人でしょう?」
「元・奥さんでしょ?」
ちょっと悲しい顔になる。

楓くんの一人暮らしの部屋は 元・奥さんの写真とバリで買った布で楓くんが作ったカーテンと(彼は器用でセンスがいい) すてきなアイアンの電気スタンド ギターとコンピューター そして本棚。 そして 彼はおいしいお茶をいれてくれる。
トイレには紙がなくて タイ式。
帰国して東京に用がある時はいつもそこに泊まる。
キスもしたことのない私たちも 中年になってしまった。
時の流れは残酷だ。

品川駅で別れる時 彼は言った。
「俺の人生から消えてしまうなよ。」
こんな所で言うなよ。 新幹線で泣いちゃったよ。
もう実家もない私は当分帰国できない。
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by cazorla | 2006-12-25 19:43 | 思い出 | Trackback | Comments(13)

日本に生まれて

クリスマスですね。 いかがお過ごしでしょうか。
天皇誕生日でもあります。

クリスマスにもみの木を飾る。
キリストはもっと南の国出身なのにどうしてもみの木なんだろう?
クリスマスのイメージって日本には 北の国の童話やなんかから入ってきているから
イメージがちょっと違いますよね。
どこの国でも 日本でもそうだけど 冬至とか年開けとか いろんな行事があると思います。
北ヨーロッパにももちろんありました。 だんだん 日が短くなる ことに対する恐怖からでもありました。 太陽が死んでしまう。 木にたくさんの 火の飾りをして お祭りをしていました。
犠牲者を一人選んで 木に縛り 燃やしていました。
カトリックが入ってきた時に 人を殺すことを禁じましたが
そのかわり この木の風習だけは残すことにしたのです。
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ヨーロッパというとすごく美しいイメージだけでとらえがちだけど どこの国でも 迷信はたくさんありました。
日本も。 だから 民俗学っておもしろいと思うのです。
日本で処女崇拝がはじまったのはいつでしょうか。
日本では 処女に対する恐怖みたいなのがあって
結婚前に 婿と床につく前 処女でなくなっていなくてはならなかった地域がたくさんあったようです。 村によっては 村はずれに それ専門にしていたおじさんが住んでいて 娘達はそこへ行かなくてはならなかったそうです。 また 地域によっては 舅が まず床を共にすることになっていたそうです。
昭和27年の新聞によると 花嫁と床に入ろうとした父親を息子が訴えたという記事が残っています。 ということは だいたいそのころまで そういった風習が 残っていたことになります。

手をちょっと伸ばせば届くくらい近い歴史の中で日本はまだそんな感じだった。
でも それは 恥じることではないと思う。
私たちは ちょっと今の世界とは違う風習を持った国を軽蔑したりしていないだろうか。

愛国心教育 
国を愛する事は素敵なことです。 どこの国の人だって 自分の国が好きだ。
でも 正しく 悪いことも良いことも 歴史の流れも きちんと知って 知ろうとして その上で愛していかなくっちゃいけないんだと思う。
愛国心 スペイン語で patriotismo でもちょっと間違えると patriotero 狂信的な となってしまう。

夫に愛国心と愛国主義は どう違うだろう と訊いたら 愛国心にはいつも少し悲しい気持ちが入ってくると思う と答えていた。 愛する人の悪い所を受け入れる時 少し悲しみが伴うように。

Born down in a dead man's town.
The first kick I took was when I hit the ground
You end up like a dog that's been beast too much
Till you spend half of your life just covering up

Born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
Born in the U.S.A.

救いのない町に生まれ落ちて
物心ついた時から蹴飛ばされてきた。
殴られつれた犬みたいに、 一生を終えるかもしれない。
身を守ることに、 ただ汲々としながら。
(Bruce Springsteen)
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by cazorla | 2006-12-25 03:48 | 夫のことば | Trackback | Comments(26)

優しい女

優しい男は嘘をつく男か・・・という命題。
私は男に関してはわからないけど
男に嘘をつかせないのが優しい女だと思う。
あなたがもし
「ほんとうに私のこと愛してるのっ?!」と 小さな っ を入れて尋ねる時 もうすでにきづいてるはず 彼はもうあなたを愛してない。 それでも訊くのは 男に嘘をつかせて そのあと 「あの時こう言ったでしょっ? うそつき~~~!」と 泣きわめくためではない?
大好きな男に集中している女は男のちょっとした変化をみつける。
そして その変化が意味する物もちゃんと理解する。

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私たちがスペインに戻った年 夫は 大学院に入った。
大学院の同級生と 夫は少しロマンチックな気分になっていたと思う。
きっと帰ってくるわと思いながら待っているのじゃない。 そういうのは卑しい気持ちだ。
そういうのもありだな と思った。 誰かを好きになるのは 生身だから しょうがない。
私たちは生身だ。 こまったことに。
そして いつもリミットを抱えている。
そして いつもこう考える 今 自分のことを好きになってくれる人がいるけど もしかしたら5年後にはもうちっとも魅力的ではなくなっているかもしれない。 そういう気持ちがあるから あなたのことを好きだと思ってる人につい優しい気持ちになる。 そして 私たちは最後のロマンスの可能性を考えてしまう。
その後 何が起きたか知らない。 そういうことは訊かない。 嘘をつかれるのは嫌いだから。
私にも訊かないでほしい。 嘘はつきたくないから。



夜露まじりの 酒に浮かれて
嘘がつけたらすてきだわ
裏切られた 思い出も
口に出せば わらいごと
耳に聞こえた 話はみんな
明日の朝には みずしらず
酒が胸の メモ帳を
破り捨てて くれるだろう
自慢話は嫌い 約束事は恐い
嘘を抱えた両手 そっと開けて口説いてよ
(「嘘つきが好きよ」詩・中島みゆき

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映画 やさしい女のドミニック・サンダ 本文とは関係ありません。

14年前 恋人がいそいそと夜中に車を走らせて 女の子の所に行っていた時 それは 悲しかった。 彼女が 成城に住み ひとり娘で 才媛で おまけに人目を惹く美人だったから なおさらである。 恋人の親友から電話がかかってきた。 彼は よい友達だ。 私がぼーっとしているので 何もしらないのではないかと心配している。 一緒に食事をした。
「泣きつけばもどってくるからさー」 と 彼は言う。 
相手の良心をゆさぶるのは フェアではない。
いつもフェアでいたいと思う。
私だって 好きな人ができるわけだし。
実際 その2年後 私は好きな人ができてしまった。
もし良心に訴えたとしたら 私は 負い目ができる。
その後の 自由が消えるようでいやだ と言った。

親友は ちょっと淋しげに頷いた。
昨日 彼からメールが来た。
今年の正月は沖縄で過ごします。 ジャングル探検。 ハブがこわいよー。
ふと 会いたくなった。
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by cazorla | 2006-12-17 01:28 | 思い出 | Trackback | Comments(18)

優しい男

昨日 ぶったおれたの。
そんなに大げさなことではなく たんに足首がなんだかよくわかんなくなって
飛ぶようにばったんと。 痛かった。
あっというまに 沢山の人が集まってくれて 起こしてくれた。
で ふと思い出したこと。
昔 銀座で その時はほんとうに気分が悪くなって
倒れた。 東京ではでに倒れるわけにはいかないという気持ちがあったのかどうか
とにかく 静かにうずくまった。
その時にだいじょうぶ と近づいてくれた人。
タクシーを止めてくれて 
運転手さんにお札を一枚渡して 
「お嬢さんの行きたい所 訊いてあげて」

「あの お名刺かなにかいただけますか?」と銀座のホステスのようなセリフの私に軽く会釈して行ってしまった 初老の紳士。 かっこよかった。
おもわず チャンドラー好きですか
と訊きたくなったくらい。

角川のコマーシャルで チャンドラーのことばが使われヒットした時がある。
「男は強くなければ生きていけない。 優しくなければ 生きていく資格がない。」

このセリフ 女がベッドの中でしとっーとしていて 幸せのため息をつきながら 「どうしてそんなに優しいの」と言った時の答え。
優しさって そういうことね。

あなたは優しい男ですか。
ちょっとくらい神経質でも優しい男は 好きです。
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by cazorla | 2006-12-16 08:23 | 思い出 | Trackback | Comments(22)

林檎の木の下で

スペインに引っ越してきて 一ヶ月目 毎日のように夢を見た。
一週間 同じシリーズの夢。
毎日 死んでいった人たちが 一人ずつ順番に夢枕に立つ。
「もしかして 私を迎えに来たの?」
と 思わず 質問した。
妊娠していた。 末っ子のアルバロの妊娠の時である。

Sの夢も見た。
Sは元恋人の親友だった。
SとMと元恋人と3人は ずっと仲良しで いつも一緒だった。
二人の親友は もてるタイプだったと思うが どうも 男同士の関係の方が好きで いつも3人と私  四人で遊んでいた。 夢の中でも 彼は死んでしまって それで みんなで 骨をうちの庭に埋めよう と言っていた。 それはいいね そしたら 毎年 みんなでお墓参りに来て 遊べるね と私が言う。 私たちは 芝生の上に スコップを突っ込み 穴を掘った。

それは 桜の花の散るころだ。

元恋人のQとは なんといっても八才も違うから つきあった八年の間には いろんなことがあった。 別れたのは 一度や二度ではない。 それでも なんとなくまた会ってしまう。 好きになる人はいっぱいいる。 誘ってくれる人もいっぱいいる。 でも 心が通じる人はわずかしかいないから。 そして いつも偶然がかさなってしまうのだ。
そして何度か目の別れの後のもう一度やり直しの時 それは今まで以上に蜜月だった。
私たちは たぶん このまま結婚したいと 思っていたかもしれない。
箱根に行くことにした。 
箱根行きの準備をしている時 Sから電話があった。
「なんかさー俺 さむくってさー」
3月の初めである。 ちょっと まだ寒いし なんとなく人恋しくなる時期でもある。
しかし 私たちは 箱根行きでうきうきしていたので 彼を無視した。
箱根からもどっても Sには連絡しなかった。
私たちは私たちの関係の修復に忙しかった。
そして 二人の関係があまりに甘く 私たちは その中にいた。

その時期 ちょうど元恋人たちの世代は大学が終わり みんなそれぞれの仕事が面白くなった頃でもあった。 結婚を意識する人も増えたし 結婚生活が忙しくなった人もいた。 その中でSだけは 司法試験の勉強をしていた。

Sが死んだ。
自然死である。
あまりに突然の死で 死体解剖をした。
彼は 自分の死を感じていたのだろうか。
みんなの家にも 毎日 電話があった。
「会いたいよ」

葬式にみんなが集まった。
もう 寒くても なにもしてあげられないのに。
会いたかったのは生きていた時なのに。
死んでもう話のできなくなった Sが箱の中で化粧をしていた。
香典は なんと三千万も集まった。 そのくらい沢山の友達が来たのだ。
小学校の友達 だけじゃない 幼稚園の友達も 赤ちゃん時代の友達も。
でも もう 彼を暖めることはできない。

私は泣いた。
一つの時代の終わったことに。
もしかしたら そのために泣いたのだ。
なんてエゴイスト。 
この思い出を恋人と共有することはできない それが悲しくて泣いている。

もしあの時会いに行っていればと だれもが思う。
もし 逢いに行っていれば 彼は死ななかったか?

もしも なんて ないのだ。
私たちは 彼の死を ほおっておいた。

私は恋人と一緒にこの思い出の中にいるべきだったか。
芝生の上にスコップをいれる その土の匂いを
私は本当の思い出のように 懐かしむ。
そして その思い出は末っ子の出産に繋がっていく。

Sは一人っ子だった。
ひとりで 何に苦しんでいたのか。
彼の苦しみを知ろうとしなかったことは罪だろうか。

だから 今 あなたがつらい思いをしていれぱ
あなたに寄り添いたいと思う。
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by cazorla | 2006-12-10 01:41 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

私は私が好き!

まだ中学生くらいの時だと思います。
ある日公民館かどこかに行ったら 一人の女の子の後ろ姿が見えました。
髪が長く あんまり敏捷そうではない後ろ姿。
なぜか 涙が出るほどかわいくて 走っていって抱きしめたい と思いました。
でもよくよく見ると これは 鏡のマジックで 私の後ろにある鏡の像が目の前の鏡に映っていたのです。 私は 自分の後ろ姿にたまらない愛情を感じたのでした。

私は私が とっても好き。

自己愛って バカみたいですが。
ナルシストは ヒヤシンスになって ナルシストって あまり良くないように言われる。

でも やっぱり私は私が好き。

ルソーによると自然状態において人間が最小限に持っていた感情は 自己愛とコンパシオンだったそうです。 つまり 自己愛は 自尊心が生まれる自己保存の自然な感情であり コンパシオンは他者理解のための感情でした。 これを本質とする「野性的人間」は文明人より 自制心があり 他人に危害を加えることはありませんでした。 
しかし・・・・

ある土地に囲いをして「これはおれのものだ」と言うことを思いつき 人びとがそれを信ずるほど単純なのを見いだした最初の人間が 政治社会の真の創立者であった。(人間不平等起源論・ルソー)


私的所有の思想って 夫婦の間にも及んでいて それが結局不幸な考え方の基盤になっているような気がします。 

夫が よく言うのです。
「ボクは幸せだ。ほんとうに幸せだ。もちろん 君もしあわせだと感じていてくれたらぼくとしてもうれしい。」
決して 幸せにしてあげる なんて言いません。
だれかが誰かを幸せに 「してあげる」 なんて 不可能です。
わたしは 彼を好きで 幸せだから 一緒にいたい。
そして 彼は私を好きで 私を優しい目で見ていてくれる。

キスするようにシャッターを押した
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by cazorla | 2006-12-07 08:35 | 夫のことば | Trackback | Comments(19)