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日本に生まれて

クリスマスですね。 いかがお過ごしでしょうか。
天皇誕生日でもあります。

クリスマスにもみの木を飾る。
キリストはもっと南の国出身なのにどうしてもみの木なんだろう?
クリスマスのイメージって日本には 北の国の童話やなんかから入ってきているから
イメージがちょっと違いますよね。
どこの国でも 日本でもそうだけど 冬至とか年開けとか いろんな行事があると思います。
北ヨーロッパにももちろんありました。 だんだん 日が短くなる ことに対する恐怖からでもありました。 太陽が死んでしまう。 木にたくさんの 火の飾りをして お祭りをしていました。
犠牲者を一人選んで 木に縛り 燃やしていました。
カトリックが入ってきた時に 人を殺すことを禁じましたが
そのかわり この木の風習だけは残すことにしたのです。
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ヨーロッパというとすごく美しいイメージだけでとらえがちだけど どこの国でも 迷信はたくさんありました。
日本も。 だから 民俗学っておもしろいと思うのです。
日本で処女崇拝がはじまったのはいつでしょうか。
日本では 処女に対する恐怖みたいなのがあって
結婚前に 婿と床につく前 処女でなくなっていなくてはならなかった地域がたくさんあったようです。 村によっては 村はずれに それ専門にしていたおじさんが住んでいて 娘達はそこへ行かなくてはならなかったそうです。 また 地域によっては 舅が まず床を共にすることになっていたそうです。
昭和27年の新聞によると 花嫁と床に入ろうとした父親を息子が訴えたという記事が残っています。 ということは だいたいそのころまで そういった風習が 残っていたことになります。

手をちょっと伸ばせば届くくらい近い歴史の中で日本はまだそんな感じだった。
でも それは 恥じることではないと思う。
私たちは ちょっと今の世界とは違う風習を持った国を軽蔑したりしていないだろうか。

愛国心教育 
国を愛する事は素敵なことです。 どこの国の人だって 自分の国が好きだ。
でも 正しく 悪いことも良いことも 歴史の流れも きちんと知って 知ろうとして その上で愛していかなくっちゃいけないんだと思う。
愛国心 スペイン語で patriotismo でもちょっと間違えると patriotero 狂信的な となってしまう。

夫に愛国心と愛国主義は どう違うだろう と訊いたら 愛国心にはいつも少し悲しい気持ちが入ってくると思う と答えていた。 愛する人の悪い所を受け入れる時 少し悲しみが伴うように。

Born down in a dead man's town.
The first kick I took was when I hit the ground
You end up like a dog that's been beast too much
Till you spend half of your life just covering up

Born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
Born in the U.S.A.

救いのない町に生まれ落ちて
物心ついた時から蹴飛ばされてきた。
殴られつれた犬みたいに、 一生を終えるかもしれない。
身を守ることに、 ただ汲々としながら。
(Bruce Springsteen)
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by cazorla | 2006-12-25 03:48 | 夫のことば | Trackback | Comments(26)

優しい女

優しい男は嘘をつく男か・・・という命題。
私は男に関してはわからないけど
男に嘘をつかせないのが優しい女だと思う。
あなたがもし
「ほんとうに私のこと愛してるのっ?!」と 小さな っ を入れて尋ねる時 もうすでにきづいてるはず 彼はもうあなたを愛してない。 それでも訊くのは 男に嘘をつかせて そのあと 「あの時こう言ったでしょっ? うそつき~~~!」と 泣きわめくためではない?
大好きな男に集中している女は男のちょっとした変化をみつける。
そして その変化が意味する物もちゃんと理解する。

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私たちがスペインに戻った年 夫は 大学院に入った。
大学院の同級生と 夫は少しロマンチックな気分になっていたと思う。
きっと帰ってくるわと思いながら待っているのじゃない。 そういうのは卑しい気持ちだ。
そういうのもありだな と思った。 誰かを好きになるのは 生身だから しょうがない。
私たちは生身だ。 こまったことに。
そして いつもリミットを抱えている。
そして いつもこう考える 今 自分のことを好きになってくれる人がいるけど もしかしたら5年後にはもうちっとも魅力的ではなくなっているかもしれない。 そういう気持ちがあるから あなたのことを好きだと思ってる人につい優しい気持ちになる。 そして 私たちは最後のロマンスの可能性を考えてしまう。
その後 何が起きたか知らない。 そういうことは訊かない。 嘘をつかれるのは嫌いだから。
私にも訊かないでほしい。 嘘はつきたくないから。



夜露まじりの 酒に浮かれて
嘘がつけたらすてきだわ
裏切られた 思い出も
口に出せば わらいごと
耳に聞こえた 話はみんな
明日の朝には みずしらず
酒が胸の メモ帳を
破り捨てて くれるだろう
自慢話は嫌い 約束事は恐い
嘘を抱えた両手 そっと開けて口説いてよ
(「嘘つきが好きよ」詩・中島みゆき

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映画 やさしい女のドミニック・サンダ 本文とは関係ありません。

14年前 恋人がいそいそと夜中に車を走らせて 女の子の所に行っていた時 それは 悲しかった。 彼女が 成城に住み ひとり娘で 才媛で おまけに人目を惹く美人だったから なおさらである。 恋人の親友から電話がかかってきた。 彼は よい友達だ。 私がぼーっとしているので 何もしらないのではないかと心配している。 一緒に食事をした。
「泣きつけばもどってくるからさー」 と 彼は言う。 
相手の良心をゆさぶるのは フェアではない。
いつもフェアでいたいと思う。
私だって 好きな人ができるわけだし。
実際 その2年後 私は好きな人ができてしまった。
もし良心に訴えたとしたら 私は 負い目ができる。
その後の 自由が消えるようでいやだ と言った。

親友は ちょっと淋しげに頷いた。
昨日 彼からメールが来た。
今年の正月は沖縄で過ごします。 ジャングル探検。 ハブがこわいよー。
ふと 会いたくなった。
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by cazorla | 2006-12-17 01:28 | 思い出 | Trackback | Comments(18)

優しい男

昨日 ぶったおれたの。
そんなに大げさなことではなく たんに足首がなんだかよくわかんなくなって
飛ぶようにばったんと。 痛かった。
あっというまに 沢山の人が集まってくれて 起こしてくれた。
で ふと思い出したこと。
昔 銀座で その時はほんとうに気分が悪くなって
倒れた。 東京ではでに倒れるわけにはいかないという気持ちがあったのかどうか
とにかく 静かにうずくまった。
その時にだいじょうぶ と近づいてくれた人。
タクシーを止めてくれて 
運転手さんにお札を一枚渡して 
「お嬢さんの行きたい所 訊いてあげて」

「あの お名刺かなにかいただけますか?」と銀座のホステスのようなセリフの私に軽く会釈して行ってしまった 初老の紳士。 かっこよかった。
おもわず チャンドラー好きですか
と訊きたくなったくらい。

角川のコマーシャルで チャンドラーのことばが使われヒットした時がある。
「男は強くなければ生きていけない。 優しくなければ 生きていく資格がない。」

このセリフ 女がベッドの中でしとっーとしていて 幸せのため息をつきながら 「どうしてそんなに優しいの」と言った時の答え。
優しさって そういうことね。

あなたは優しい男ですか。
ちょっとくらい神経質でも優しい男は 好きです。
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by cazorla | 2006-12-16 08:23 | 思い出 | Trackback | Comments(22)

林檎の木の下で

スペインに引っ越してきて 一ヶ月目 毎日のように夢を見た。
一週間 同じシリーズの夢。
毎日 死んでいった人たちが 一人ずつ順番に夢枕に立つ。
「もしかして 私を迎えに来たの?」
と 思わず 質問した。
妊娠していた。 末っ子のアルバロの妊娠の時である。

Sの夢も見た。
Sは元恋人の親友だった。
SとMと元恋人と3人は ずっと仲良しで いつも一緒だった。
二人の親友は もてるタイプだったと思うが どうも 男同士の関係の方が好きで いつも3人と私  四人で遊んでいた。 夢の中でも 彼は死んでしまって それで みんなで 骨をうちの庭に埋めよう と言っていた。 それはいいね そしたら 毎年 みんなでお墓参りに来て 遊べるね と私が言う。 私たちは 芝生の上に スコップを突っ込み 穴を掘った。

それは 桜の花の散るころだ。

元恋人のQとは なんといっても八才も違うから つきあった八年の間には いろんなことがあった。 別れたのは 一度や二度ではない。 それでも なんとなくまた会ってしまう。 好きになる人はいっぱいいる。 誘ってくれる人もいっぱいいる。 でも 心が通じる人はわずかしかいないから。 そして いつも偶然がかさなってしまうのだ。
そして何度か目の別れの後のもう一度やり直しの時 それは今まで以上に蜜月だった。
私たちは たぶん このまま結婚したいと 思っていたかもしれない。
箱根に行くことにした。 
箱根行きの準備をしている時 Sから電話があった。
「なんかさー俺 さむくってさー」
3月の初めである。 ちょっと まだ寒いし なんとなく人恋しくなる時期でもある。
しかし 私たちは 箱根行きでうきうきしていたので 彼を無視した。
箱根からもどっても Sには連絡しなかった。
私たちは私たちの関係の修復に忙しかった。
そして 二人の関係があまりに甘く 私たちは その中にいた。

その時期 ちょうど元恋人たちの世代は大学が終わり みんなそれぞれの仕事が面白くなった頃でもあった。 結婚を意識する人も増えたし 結婚生活が忙しくなった人もいた。 その中でSだけは 司法試験の勉強をしていた。

Sが死んだ。
自然死である。
あまりに突然の死で 死体解剖をした。
彼は 自分の死を感じていたのだろうか。
みんなの家にも 毎日 電話があった。
「会いたいよ」

葬式にみんなが集まった。
もう 寒くても なにもしてあげられないのに。
会いたかったのは生きていた時なのに。
死んでもう話のできなくなった Sが箱の中で化粧をしていた。
香典は なんと三千万も集まった。 そのくらい沢山の友達が来たのだ。
小学校の友達 だけじゃない 幼稚園の友達も 赤ちゃん時代の友達も。
でも もう 彼を暖めることはできない。

私は泣いた。
一つの時代の終わったことに。
もしかしたら そのために泣いたのだ。
なんてエゴイスト。 
この思い出を恋人と共有することはできない それが悲しくて泣いている。

もしあの時会いに行っていればと だれもが思う。
もし 逢いに行っていれば 彼は死ななかったか?

もしも なんて ないのだ。
私たちは 彼の死を ほおっておいた。

私は恋人と一緒にこの思い出の中にいるべきだったか。
芝生の上にスコップをいれる その土の匂いを
私は本当の思い出のように 懐かしむ。
そして その思い出は末っ子の出産に繋がっていく。

Sは一人っ子だった。
ひとりで 何に苦しんでいたのか。
彼の苦しみを知ろうとしなかったことは罪だろうか。

だから 今 あなたがつらい思いをしていれぱ
あなたに寄り添いたいと思う。
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by cazorla | 2006-12-10 01:41 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

私は私が好き!

まだ中学生くらいの時だと思います。
ある日公民館かどこかに行ったら 一人の女の子の後ろ姿が見えました。
髪が長く あんまり敏捷そうではない後ろ姿。
なぜか 涙が出るほどかわいくて 走っていって抱きしめたい と思いました。
でもよくよく見ると これは 鏡のマジックで 私の後ろにある鏡の像が目の前の鏡に映っていたのです。 私は 自分の後ろ姿にたまらない愛情を感じたのでした。

私は私が とっても好き。

自己愛って バカみたいですが。
ナルシストは ヒヤシンスになって ナルシストって あまり良くないように言われる。

でも やっぱり私は私が好き。

ルソーによると自然状態において人間が最小限に持っていた感情は 自己愛とコンパシオンだったそうです。 つまり 自己愛は 自尊心が生まれる自己保存の自然な感情であり コンパシオンは他者理解のための感情でした。 これを本質とする「野性的人間」は文明人より 自制心があり 他人に危害を加えることはありませんでした。 
しかし・・・・

ある土地に囲いをして「これはおれのものだ」と言うことを思いつき 人びとがそれを信ずるほど単純なのを見いだした最初の人間が 政治社会の真の創立者であった。(人間不平等起源論・ルソー)


私的所有の思想って 夫婦の間にも及んでいて それが結局不幸な考え方の基盤になっているような気がします。 

夫が よく言うのです。
「ボクは幸せだ。ほんとうに幸せだ。もちろん 君もしあわせだと感じていてくれたらぼくとしてもうれしい。」
決して 幸せにしてあげる なんて言いません。
だれかが誰かを幸せに 「してあげる」 なんて 不可能です。
わたしは 彼を好きで 幸せだから 一緒にいたい。
そして 彼は私を好きで 私を優しい目で見ていてくれる。

キスするようにシャッターを押した
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by cazorla | 2006-12-07 08:35 | 夫のことば | Trackback | Comments(19)

個人のブログとかホームページは 一人の人が作ってるから
あたりまえだけど 作ってる人が死んじゃう時もある。
だから 更新がとまったり 突然消えたりすると 心配する。

魔女マジョの部屋  44才で 癌で亡くなられました。 最後にご主人がご挨拶を書いてくださってます。 四年半の結婚生活。 人生の最後を 優しいご主人と過ごされてほんとうに良かったなと思います。

ムサシのホームページ   この方も四十くらいの方。某snsで知り合いました。 きれいな方でした。 癌だったそうです。

スペインの風を感じて  盲導犬セレスと二人でスペインを旅している。 もう十年前からずっと読んでいました。 ずっと 更新が止まっていたので お手紙を出したら スペインのお友達からスペイン語のEメールが送られてきました。 癌で亡くなられたそうです。 
星の王子様の中のキツネの言葉「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ」は有名ですが 目の見えないさよこさんの旅行記はほんとうにスペインの町・風習・人がきちんと説明されていたと思います。
そして目が見えないからこそ ますます人とかかわって 旅行者以上の経験ができたのではないかと思います。 もしも スペインに行きたいなと思われている方は 是非 このページをお気に入りに入れて 参考になさってください。

追記 こちらのページ 十年近く読んでいて メールも出し 管理人の方が亡くなったというメールもいただいたのに セレスさん本人から生きているというメールいただきました。
このページに送っていたメールはいったい??? という感じなのですが 訂正します。
どちらにしても このページは目の見えない人がここまで 見ていた。
という点ですばらしい旅行記だとおもいます。

ネットの世界ってことばだけですが それでも この人は大好きだなーと思う人がたくさんいます。 いつまでも 続けていってくださいね。
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by cazorla | 2006-12-07 05:05 | おすすめのもの | Trackback | Comments(14)

振分髪も肩すぎぬ


さて、年ごろ経るほどに、女、親なくたよりなくなるまゝに、もろともにいふかひなくてあらんやはとて、河内の国、高安の郡に、いきかよふ所出できにけり。さりけれど、このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、出しやりければ、おとこ、異心ありてかゝるにやあらむと思ひうたがひて、前栽の中にかくれゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、

風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらん

とよみけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。

伊勢物語です。 中学三年生くらいの時の教科書に出ていました。
文部省もきっとこういう妻育成が日本のため と思ったのかどうか。
それでも 二十三段 筒井筒から始まるこの話が好きでした。

これを習った時 夫が他の女の所に行くにもかかわらず 女は身だしなみを整え ただ無事に旅をすることを祈る 良い妻である と習った (と思う)。
でも 今 これを読むと この妻は まったく疑ってなかったのだと思う。
信頼していたのだと。  
私も信頼しています。 絶対浮気はしない。 もし 他の女の人とつきあい始めたら それは本気だから そうなったらしょうがないなーっと思います。 
許すとか許さない という問題は私の中にはないのです。
だって むこうが人生のすべてかけて 新しい人生始めようとしているのに 私が許さないって言ってるの バカみたいじゃない?
私が オテロで書いたのは そういうことです。
子供がいて 夫婦の絆があるから 冷静でいられるのだ というご指摘もいただいたのですが
子供が夫婦の絆 だとは思えない。 子供はあしかせです。 子供がいるからこそ努力して 二人きりの時間を持つようにならないと 二人の共通の話題もなくなってしまう。

「許すとか許さないと言う立場に配偶者はいるのだろうか。」


と書いたのは 冷静でいる ということではなく 許すなんていうほど 夫を軽蔑できない ということです。 たぶんどんな状態になってもレスペクトしてると思うから。 

母が結婚するにあたってくれたことば
「賢妻良母」
良妻賢母ではなくて。 母としては 菩薩であれ。 父親の厳しさだけで十分だと。
そして賢い妻であれ。

でも このことば 母のオリジナルではなく 何かの本からのぱくりです。
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by cazorla | 2006-12-06 05:07 | おすすめのもの | Trackback | Comments(18)

ウベダに行ってきました。
隣町まで 子供達のプレゼント買いに行っただ。
おらっちの村は高いだよ。
村って 交通の便が悪かったりして 何でも高いのですよ。
隣の町まで車で行った方が安い。
高くってもおもちゃなんか おばあちゃんが孫に買っちゃうから 値段が下がらない。

で インスティトゥトグループ。 スペインはプリマリアが6歳から12才 6年間。そのあと 16才までが 義務教育で インスティトゥト。 その後職業訓練学校みたいなところと大学準備クラスに別れます。 で そのインスティトゥトグループの社会見学というか遠足。 夫がさっさと歩くから 少し離れちゃった。 母とふたりでおしゃべりしながら歩いてたから。
そのグループの男の子が チナ (中国女)って言ったから 腕をふんずとつかんで お説教。
「どういう観点で チナということばを使うか」
「どういうメタファーをそのことばにこめたいか」
「あなたにとってチナは どういう国であるか」
「私たちは日本人であるが 日本と中国の少なくとも地図上の位置は知っているか」

私は中国人と間違えられることは べつにどうでもいいの。
中国人と日本人を区別できないのは当然だと思う。
マドリッドの北部に住む人たちはできるけど そんなに日本人とも接したこともなければ 日本人であろうと 中国人であろうと韓国人であろうと ベトナム人であろうと みんな同じだと思う。
日本人だって スペイン人を見てスペイン人だとわかる人は 少ないと思う。
例えスペイン語で話してもわからないと思う。
だから それはどうでもいいこと。
でも その言葉を発する背景になにがあるか 自分の行為がどういう発端を持っているか
それは自覚しなければならないと思う。

差別云々ということではなく きちんとした自分の思想に責任を持てるようになってほしいと思う。

15年前 旅行している時はこういうことはなかった。
地域にもよるけど これはテレビの影響だと思う。
日本でも 娘をつれてると 「わ かわいい 外人みたい」と言う。
それは中国女に比べたら もちろん 悪意は伝わらない。それでも 変だと感じるのは 対象に対する思いやりに欠けると思うから。 その言葉で傷つく子供もいるという想像がない。
だから これも 見ているものとの 直接的かかわりあいの欠如 つまり テレビ視聴者的世界とのつながり というものを感じるのだ。

私がいないので心配して夫が来た。 その時には 彼の教師とクラスリーダーとの話し合いも終わってた。 「何人かがマリファナ吸ってたね。 臭ったよ。 あぶないよ」 と言った。

でも 彼は怖がってた。 私が腕を握った時 十代の私よりでかい男の子なんだから 逃げるのは簡単。でも 私の握りしめた腕をふりほどけず じっとしていた。
彼は あの時ちゃんとわかったと思う。
私たちは同じ人間なんだよって。
だから 私は 知らん顔はしない。
ヒステリーな中国女と思われても ちゃんと話す。
たぶん 将来 うちの子供達が 住みやすくなるように という願いをこめてるんだと思う。
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 ★水色の花瓶と花瓶の間にあるちょっと変形したツボ。 これもビデです。
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私はスペインが好きで 嫌いになりたくないから
えっ? と思った時はすかさず 質問するし
喧嘩も売るし お説教もする。 それが相手に対する礼儀だというふうに思ってる。
でもね無視しているほうが疲れないと思う。
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by cazorla | 2006-12-06 02:44 | スペイン 文化 言葉 | Trackback | Comments(10)

辻潤と美意識

オテロ」を軽いひとりごとのつもりで書いたのですが コメント頂いてまた少し考えたりしておりました。
 
伊藤野枝という人がいます。  ウィキーペディア伊藤野枝

彼女は 私の大好きな辻まことの母親であり 辻潤の妻。 そして 後に大杉栄の愛人として甘粕事件で 虐殺されます。

1916年 伊藤野枝が家を出ようとしている時に 辻潤は 「幸せにおなり」と言って 別れます。
1923年 甘粕事件 伊藤野枝 大杉栄とともに虐殺。 辻潤は 伊藤野枝について沈黙をまもる。
1932年 精神に異常をきたす。 斎藤茂吉博士に診察を受ける。
1944年 淀橋区上落合一丁目三二八番地 静たい寮で 死去。 餓死であった。


辻潤の著作を読んでいないので 精神に異常を来した理由はわかりません。
ただ 伊藤野枝が去る時に 幸せになりなさいと笑顔で送り出し
戦時中の闇米を買うことをこばんで 餓死してしまうのは この人の美意識であり
自己愛なのだろうな と思います。
そしてこの自己愛の強さで 妻を引き留めなかったために妻が虐殺された という風に 考えていたのではないかと 思うのですが それはあまりに女性的見解でしょうか。

辻まことのことば
辻潤の思想や言動を全く理解できたとは思わないが、その人間としての誠実や美に対する賢明な追求を低く評価することは、 ボクにはできなかった


年譜は 折原修三の「辻まこと 父親辻潤」を参考にさせて頂きました。



朝ご飯セットのコーヒーで書いた男の子と八年つきあって ずっと仲良しだったのだけど ある日 夫に恋をして。 それを電話で言ったら 彼は会いに来てくれた。 そして 「今日は君をののしりにきたんだ。 もう二度と会わない。 不幸になればいいって 言いたくて。 でも 君の顔を見たら
やっぱり幸せになってほしいと思う。 もしも 君になにか必要なことがあれば いつでも連絡してくれたらいい。 そして ずっと 君を好きだよ。」と言ってくれた。
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by cazorla | 2006-12-05 09:17 | おすすめのもの | Trackback | Comments(8)

オテロ

今日は母の家でちょっとくつろいでしゃべっていた。
母が言う。
「だけど なんだかいまだに恋してるみたいだから 心配して言うんだけど もし 彼が浮気したらどうするの?」
「離婚の時の財産分担と 子供に関しては もう話し合ってる。」
「そういう事務的なことではなくて その時 あなたやっぱりつらいんじゃないかなって。
だって いまだにすごく好きみたいだし・・・」
なるほど そういうものか。
と 久しぶりに 普通に母親というものと普通の話をしている。

もしも夫が誰かを好きになったとする。
それは 彼の問題であって 私の問題ではない。
かっこをつけてるわけではなく
他を好きになったら それは私の問題ではない。
もしかしたら 私が原因ということはあるけど。
人の気持ちはどうにもならない。
私は 夫がものすごく好きなのである。
どうであれとにかく夫が幸せになってほしい。
そして 愛しているから彼に私の醜い部分は絶対見せたくない。
結婚している人は 他の人を好きになってはいけないか。
いいとか悪いとかではなく 自分の気持ちでさえ コントロールはできない。

そう言った場合は許せるか?
許すとか許さないと言う立場に配偶者はいるのだろうか。
それは契約だから?
許しをこうとすれば 私だ。
たぶん。 その瞬間に憎しみを感じただろうから。

友人の恋人に好きな人ができた。
もうかれこれ三十年以上前の話だ。
神戸の異人館のたくさんある所に彼は住んでいた。
ある日 友人がいくと 彼女がいた。
友人は泣いた。 
恋人は訊いた。
「どうして 泣いてるの? 僕がこんなに幸せなのに」
友人は泣くのをやめた。
こういうことを心の底から言える人もいる。 最高。

その後結婚して 十年前 だから別れて20年後に再会。
もう一度 つきあう。
ずっと 好きだったんだ。 

こういう人とつきあったことがない。残念ながら。
もう少し散文的な男の人が好きなのかもしれない。

十代の時は20代ではもう恋愛なんかしない と思っていた。
でも幾つになっても心はときめく。
めんどうだな と思いつつ。

五十才を過ぎた男があるレストランにはいるとそこて゜八十いくつかのおばあさんの誕生日を家族が祝っている。 そのおばあさんが かれを名前で呼ぶ。 その時 思い出す。 彼女は 彼が二十歳くらいの時つきあっていた人なのだ。
そして 彼らは しばらく二人きりで話し 彼は家まで送っていく。
そして 別れにキスをする。

「あなたは今でも優しい人なのね、ウォーレン。それがわかって嬉しいわ。あなたについて私の考えは間違っていなかった。」
どういえばいいのかわからない。 でも彼女にキスしたいと思う。そしてそうする。

でも 降りしきる雪の中に車を進めていると、 私が手にしているものなんてほとんど何もないみたいに思えてくる。私が老女とのあいだに今しがた交わした優しさのほかになにも。だから私はそのことに心を集中する。

「バーステ゜イ・ストーリーズ」 村上春樹編訳(中央公論新社)の中から 「ムーア人」ラッセル・バンクス

こういう素敵な八十才のバースデイを持ってみたいもんだ。
そのためには・・・
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by cazorla | 2006-12-04 01:33 | おすすめのもの | Trackback | Comments(23)